狭い世界は真実を知らない
あれから色々な人と会話や挨拶を交わしたため、気疲れをしてしまった。それに気付いたのかシファから休むことを提案され、それに応えると先ほど座っていたソファーまで連れていってもらえた。座ると飲み物を渡してくれる
「ありがとうございます」
「宴は……初めて、かな?こういうのは……苦手?」
「そう、みたいですね」
疲れる、それもそうだ。周りにいるのは全員、魔族
敵ばかりの宴へ参加して楽しく過ごせるわけがない
「そっか。でも、これからは……慣れて……もらわないと……困る。君は……王妃、なのだから」
[王妃]
この言葉を王様から言われ、改めて魔界の王妃となってしまったことを思い知る
「シファ様にご迷惑をおかけしないよう努力します」
「そんなに……気を……はらなくて……大丈夫。宴が……終わったら……僕の部屋に……おいで。それまでは……休むといい。シン」
「お呼びですか」
「姫が……疲れたよう……だから。部屋まで……送って、あげて」
「御意。行きましょう」
シンに手を引かれながら自室へと向かう。ずっと自分がした判断が間違ってなかったのかと自問自答を繰り返す
「またなにかあれば呼べ」
シンの言葉にハッと我にかえると、目の前には自室があった。慌ててお礼を告げるとペコリと頭を下げ、リンが中に入ったのを確認するとシンは戻っていった
「あ、姫様!お帰りなさいませ!」
「ただいま」
行きとは違い、どこか元気がないように感じたメルからなにかあったのか聞かれたが、久々に人の多いところに行ったから疲れた、と答えた。するとメルはゆっくり休めるように退室しようとしたが、一人になると心細いので思わず引き止めてしまう
「メルと……お話しがしたい」
「……奇遇ですね!私も姫様とたくさんお話しがしたかったんです!」
メルは近くに座るが、決して近すぎず主人と世話役の距離を保つ。それに寂しくなるが会話を続ける
「メルは天界へ行ったことはある?」
「天界ですか……行ったことはないですね。行きたいとも思いません」
「なぜ?」
「姫様もご存知だと思いますが、王を堕としたのは天使ですから」
「シファ様は元天使なの!?」
あまりの衝撃的事実に動揺が隠せない。いや、天界へ復讐するために私を誘拐したのだとすれば辻褄が合う
いつ頃堕とされたのかは分からないが、魔界の王になっている以上、かなり昔だろう。長年の恨みをはらしたということだろうか
「姫様、ご存知なかったのですか?」
「ち、違う!違う!ちょっとまだ疲れてたみたい」
今、ここで自分が天使だと知られるわけにはいかない。だがそのうち墓穴をほりそうなので、この国のことを多少でも知っておく必要がありそうだ
「天使って人間からすれば良いイメージかもしれませんが、実際はこういうことをしているんですよ」
それにしてもこんな話しは知らなかった。魔族は常に天使や人間を陥れようとしているって学んでいたのだから……自分の知識の無さに情けなくなってくる
そしてふと思った
「天使と堕天使……元は同じならば、なぜこんなに争い合うのかな」
これは紛れもない本音。天界では堕天使は惑わすために天使の名前を使っていると聞かされていた。だが実際は同じ天使であって仲間だったはず
「みんな、失いたくないんですよ。自分を…家族を」
「失う?」
「望んで生まれたわけじゃありませんから」
メルのその言葉に改めて、何も知らないことを思い知る。自分の知っている世界はあまりにも狭すぎた
思わず、拳に力が入るとノックの音がしてシンが入ってくる
「王がお呼びです」
もうそんなに時間が経ったのか、と思って時計をみるもまだ30分も経っていなかった。宴は終わったのだろうか
「行きます。メル、付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ!姫様、いってらっしゃいませ」
シンに連れられ、先ほど訪れたシファの自室へと戻ると勝手に扉が開かれた。それを見て、シンは警備に戻っていった
一人で中に入ることに多少の不安はあるが、一歩中へ入ると先ほどの会場とはうって変わって自室となっていた
「待って……いたよ」
「お招きいただき、ありがとうございます」
「そう……かしこ……まらないで。君と……僕の……仲じゃ、ないか」
手を引かれ、シファの隣へと座る。グラスを取り出し、飲み物をそそごうとするシファを見て、本来は自分がやるべきことであることだと思い、慌てて飲み物をとる
勢いあまってグラスに手をあててしまった。倒れたグラスは床に落ち割れてしまう
「危ない!!!!」
飛んでくるガラスの破片をシファは全て素手で掴んだ。そのおかげでひとつもこちらには飛んでこなかったが、シファの手から血が出ている
「大丈夫?」
「私は……でもシファ様、血が」
「コホッコホッ……大丈夫……だよ」
急に大きな声をだしたからか、数回咳き込んだあと大丈夫だと言われる。だが小さなかすり傷から重い病気になる場合だってある
シファの手を握ると光が包み込む。これは天使が持っている癒しの力でみるみる傷が癒えていった
「お忘れですか?私は天使です」
「……そう、だったね」
あっという間に傷は癒え、光が輝いたからかどことなく部屋が明るくなった気がする。先ほど、メルと話して気になったことを聞いてみようと思った
「シファ様が……元天使だったというのは、本当でしょうか?」
それにピクリと反応したがすぐに言葉を発してはくれなかった。急に空気が重くなる
呼吸が少しずつし辛くなってくるが、緊張感に負けず言葉を続ける
「50年間……天界で育ちましたが、そのような話しは聞いたことがありません。堕天使はみな、惑わすために天使の名を使っていると聞かされていました」
「……確かに、僕は……元天使、だよ。大天使の……前で……ミカと……闘い……負けて、堕とされた」
「ミカと!?」
長年、大天使である母の護衛を務めていたミカはごりごりの武闘派で有名だ。いたぶるような性格のため、きっとボロボロにされてから堕とされたんだろう
「君、には……教えて……いない……みたい、だね」
「天界を……恨んでいますか?」
「天界に……なにも……感じて、なかったら……君を……ここに……閉じ、込めて……おかないよ」
やはり長年の恨みから自分がここへ連れてこられたようだ。天界が下手に手を出してこれないように
「天界に……帰りたい?」
「はい……お母様に会いたい」
気絶してしまったため、最後に見たのは助けようと必死になっている母親だった。その後、どうなったのか全くわからない
「君の……望みは……叶えて……あげられない、けど……それに……近い、ことは……できるよ」
「近いこと?」
「君にとって……僕やシン、世話役の子は……家族、みたいな……ものじゃ……ない?君と……僕は……婚姻を……結んだ。それに……150年の間……一番、君を……見てきたのは……シンだ。これは……家族とは……言えない、だろうか」
50年しか天界にいることができなかった。年数でみたら、シンが一番多く見にきてくれていた…シファとは婚姻関係のため、家族と言われればそうなのだが
自分にとって家族はお母様とお兄様とコウだ
「家族、と言えるかは…わかりません。ただ、近しいものだとしか」
「そう。明日から……君の、部屋に……見張は……つけないし、結界も……解除する。城の中も……自由に……みてもらって……かまわない」
「どう、して」
思いもよらない自由の宣言に困惑してしまう。先ほどの答えがシファにとって満足のいくものだったのだろうか
「君は……王妃に……なるんだ。城のことも……色々、知って……もらわないと」
「分かり、ました……」
急に眠気に襲われる。シファの前では失礼だと思い、抗っているもののすぐにシファの肩にもたれかかりスヤスヤと寝息をたてて眠ってしまった
ソッとリンを抱き上げ、ベッドに寝かせると優しく見つめる
「君は……ここから……出られない。自ら……出られなく、なるよ」
そんな不穏な言葉を吐くと、自室から出る。そこにはシンが立っていて警備をしていた
「明日から……姫の……見張りや……結界は……なしに、する」
「よろしいのですか」
「姫は……もう、城から……逃げ出すことは……ないだろう、から。けど、君の……役目は……まだ、終わらないよ」
「はい。承知しております」
「少し……外に……出て、くる」
シンの横を通り過ぎて外へ向かうシファ。まさか全てを解除して自由にするとは思っていなかったが、きっと何か考えていることがあるのだろうと思い何も言わない
夜はまだまだ続くため、また扉の前で警備を行う