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それぞれの物語り②

 言われたことをこなすだけ。ただそれだけの存在



 叔父のところで男児が産まれなかったため僕が引き取られることになったが、与えられたもの全てが幼かった僕には辛く大変なものばかりだった

 勉学を一日13時間行い社交界に出ても恥ずかしくない程の礼儀作法を短時間で叩き込まれると、すぐに実践を行う。少しでも違う動作をすれば帰ってきてからムチで叩かれ食事を抜かれる

 泣きながら次は失敗しない、と繰り返す日々が幼少期の思い出だ


「お前、女みたいで気持ち悪いんだよ!」


「本当は女なんじゃないのか!?」


「ぼ、僕は男だよ!」


 見た目で判断される年齢の頃は、この見た目で何度もイジメられた。成長すれば男らしくなると思っていたが、アカデミーに入る頃にはもっと可愛らしくなってしまった。それが嫌で何度も相談をしたことがあったが叔父たちには全く相手にされず、それどころかドレスを着ればそこら辺にいる女性よりも可愛くなる僕を利用した。煌びやかなドレスを着せられたくさんの花を髪に付ければ、どこからどう見ても女性にしか見えない。その状態でパーティに参加させられ男の相手をさせられることもあった

 屋敷に居るのも社交界へ行くのも地獄で感情というものを無くそうと努力をする。なにも感じなければ辛くないし泣くこともない…僕は命じられたまま行動をするだけの人形だ



 叔父に言われたことをしっかりと達成してくると褒めてもらえたし暖かい食事がでてくる。失敗すれば暴力を振るわれ食事は水のみ

 そんな温度差の激しい環境にも慣れてきた頃、たまたま屋敷に遊びに来ていた親戚の女の子に声をかけられた


「リィってとっても綺麗ね。羨ましいわ」


「僕は男だよ」


「知っているわ。でも綺麗な男性も悪くないじゃない?私はリィの隣を歩いていると、とても誇らしく思えるわ」


「なんで」


「私の隣に居る方はとてもステキでしょ?って」


「そう」


 彼女にとっては些細な言葉だったかもしれないけれど、僕にとってはとてもありがたい言葉だったのは間違いない。人形に少し感情が戻りだし、彼女と一緒に居ることが多くなった

 今までは人目が気になって短時間で買い物などを済ませていたが、彼女と一緒の時は周りを気にせず堂々と歩くことができたし買い物もゆっくりと見て回れることが嬉しかった

 なにより彼女が屋敷に居る時だけは叔父からドレスを着させられることがなく嫌な思いをすることが減った

 だが、そんな幸せな時間は唐突に終わりを告げる


「な、なんで……ドレスなんて着ているのよ」


 その日、たまたま行ったパーティに彼女も招待されており、あろうことか女装を見られてしまったのだ


「これには訳が!叔父がこうしろって!」


「気持ち悪い!触らないで!叔父様からの命令だからって自分の美しさを利用してこんなことをするなんて」


「僕は利用してない!叔父が勝手に利用してるんだ!」


「嫌なら嫌って言えばいいでしょ」


 初めての拒絶と僕が嫌だと拒否をしていないと思われたことに取り戻していたはずの感情がまた無くなっていくのを感じる。彼女だけは特別で僕のことを理解してくれていると思っていたが違った…全てがどうでもよくなりパーティを途中で抜け出すと屋敷へ戻ることもなく大雨の中、橋まで来て立ち止まる

 やっぱりこんな見た目で生まれてきたのが間違いだった…そう思い川をみると激しく濁流が流れている。この流れならすぐに飲み込まれるだろう…欄干の上へと立つと、これでやっと全てから解放されると身を投げようとした瞬間


「ダメ!!!!」


 誰かが腕を掴み、橋の上へと引き戻される


「死なせてよ」


「ダメよ。絶対にそんなことさせない!」


 ボンヤリとする視界に見えたのは自分と同じ髪色と、どこか似ている顔


「お母様…?」


「リィ!死ぬのは逃げよ!あなたは生きるの!」


「でも、もう嫌だよ……この見た目のせいで……僕は何度も何度も……辛い思いをしてきた!」


「今のあなたの格好を見れば、なにをさせられてきたのか分かるわ。もう少し……もう少しだけ待ってて。必ず迎えに行くから!」


 その言葉を聞いて久々に大泣きした。泣いている最中、母はずっと抱きしめて慰めてくれていた

 落ち着いたところで母からの話しを聞くと無理矢理、僕を叔父が引き取ったそうで取り戻そうと必死になっていたが叔父の方が力が強く、なかなか取り戻せなかったそう。もう少ししたら迎えに行けるだけの力をつけることができるから、それまでの辛抱だと言われた

 この時の僕は迎えに来てくれることに喜びを感じ、どのような方法だとかは何も聞けなかった

 母と指切りをして別れる。その後いつも通り暴力を振られたが、もう少しの我慢だと言い聞かせ必死に耐える



 反抗することもなく言われたことをやるだけ。感情は全て捨て去り優しく微笑む人形となった僕を叔父は可愛がるようになり、屋敷に居る時もドレスを着せられ着飾る

 食事をするのも叔父の隣、部屋も叔父の隣に移動させられ叔父の機嫌がとても良い時は入浴も共にした

 何も感じない、嫌悪感もない。僕は人形だ


「今日はお前に良い報告がある」


「なんでしょうか」


「ついてこい」


 案内されたのは地下牢で一回も入ったことはなかったが、カビ臭くホコリもたくさん舞っている。こんなところで生活なんてできるはずがない…幼い頃はよく反抗をしていたが、ここに入れられなかっただけ良かったと思う


「リィ」


 いつも平常心だった心臓が一気に跳ね上がって鼓動が耳から外にでる。その声は紛れもなく、あの日聞いた母のもので恐る恐る声のした方へ振り向くと、会った時よりも酷く痩せこけた母が居た


「お母様」


「こいつはあろうことか謀反を企てた。運よくその計画を耳にしたため、こうして捕えることができたのだ」


 焦りから汗が出てきて呼吸が荒くなってくる。連れ出してもらえるまでの我慢だと思って人形になっていたのに、こんなところに居たら連れ出してもらうことは無理だろう


「これはお前への見せしめでもある。最近は反抗せずに素直に従っているが今後はお前もここに入ることがあるかもしれんな」


「リィ」


 骨しかない腕を必死に伸ばしてきた母の手を取る前に叔父に肩を抱かれ離される


「お前は自分のした愚かなことを反省しろ。行くぞ」


 叔父に肩を引かれ地下牢から出る。母は危険をおかしてまで助けようとしてくれていたのに僕は叔父の言うことに従い母を助けることができなかった

 母を助けたいのに僕には何の力もなく、どうすることもできない…違う。できないんじゃなくてやらないんだ


「行かせんぞ」


 叔父の手に力が入ったのが分かった。それでも振り解こうと久々に叔父に反抗をする


「お前は誰にも渡さん」


 ドンっと突き飛ばされレンガの山に後頭部を打ち付ける。意識が段々と薄くなっていくと初めて悔しいという感情が生まれた

 人形は涙など流さないのに僕の目からは涙が流れた

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