それぞれの物語り①
目を覚ましたら真っ黒な水の中に沈められているようで、呼吸が苦しくなって上へと上がると見たことがない部屋だった
乱れた呼吸を落ち着かせるように何度も深呼吸を繰り返すとドアが開かれ誰か入ってくる
「死んで……なかったんだ」
「誰だ……お前」
「君は……これから……魔界の……住人となる」
魔界…?ここが魔界だというのか?
いや、それよりもリンはどうなった。必ず護ると誓ったのに護ることができず魔界に連れてこられたのか
「リンは……どこだ」
「君が……死なな、ければ……教えて……あげる」
それだけ言うと出て行った。ドアが閉まるとまた水が溜まりだして体を沈めていく
久々に感じる孤独感は死んでしまいたい程、心細く日に日にリンに会いたい気持ちや帰りたい気持ちは黒い水に飲み込まれてしまったかのように、なにも感じなくなってしまった
やっと外に出られた頃には全くなにも感じることができず、廃人のようになっていただろう。用意された騎士の服に身を包むも、あれほど憧れていたものだったのにも関わらず驚くほど何も感じない。連れて来られた部屋には自分と同じくらいの騎士が4人と城中の人が集められたのか大勢の人が後ろに居た
今日から幹部として働くことと色んな役割りの説明を受けたが、しっかりと聞いていなかったから何を言われていたのか覚えていない。全てを説明し終わったようで次々と退室していくのを見ていると見覚えのある人物が入ってきた
「生きて……たんだ」
何も言い返さず、ボーッとしているだけの俺を見下ろしている
「リンが……どこに……居るのか……知りたく、ない?」
もう随分とその名前を聞いていなかったから、すぐに反応することができなかったが、頭の中や心にリンの笑った顔や泣いた顔など色んなものが浮かび上がってきて目に光りが戻る
「リンはどこにいる!?指一本でも触れてみろ!直様、殺してやる!」
「それは……できないよ。僕は……魔界の……王で、君は……僕に、忠誠を……誓う……騎士、だから」
「俺は魔界の騎士になったつもりはねぇ!」
「リンがどうなってもいいの」
剣を抜こうとしたが、その言葉に手が止まる。俺はリンの居場所を知らないため、こいつに聞くしかない
「良い子だ……ついてきて」
反抗することをやめ、大人しくついていく。誰も好んで入らないような離れの塔に入っていくと大きな声が聞こえてきた
それは明らかにリンのもので帰してや、ここから出してなどだった
「監禁してるのか」
「彼女は……魔界の……姫だ。ここから……出て、怪我でも……したら……どうする」
「ふざけるな!リンは天界の姫様だ!魔界の姫なんかじゃねぇ!」
リンを助けるために走り出そうとした瞬間、腕を掴まれ足を払われると、あっという間に床に倒れ拘束された
あまりにも早すぎて何が起こったのか理解するのに少し時間がかかったが自分との力量差は明確だった
「君を……生かした……理由は……彼女が……魔界を……滅ぼそうと……した時の……抑止力だ」
「リンは……そんなことしねぇ!」
「分からないよ。それと……自分がシン、だと……言うことは……禁止。バレたら……君は……死ぬ」
「なんで、だよ!?せっかく会えたんだぞ!?」
「君たち……2人を……連れてきた……のは……天界から……攻撃を……させないため。あとは……お互いの……抑止力だ」
「脅迫かよ」
「命令だ。君は……シンとして……これからは……魔界の……ために……動くことに、なる」
魔界のために動くなんて絶対に嫌だ。だが、リンは監禁されていて外に出ることができず天界から手を出されないための道具として置かれている
コウを捨てシンとなれば少なからずリンの側に居ることは許されるだろう。お互いのためにどうするのが一番良いかなんて考えてる暇はない
シンになるか死ぬか、だ
「……分かった。俺はシンとしてリンを見守り続けることにする」
その言葉を待っていたかのようにシファは軽く微笑むとリンが居る部屋へ連れて行かれる。天使を拒む結界が張ってあるようで解除されることなく見張りの騎士に中へと案内される。当然、自分は弾かれると思っていたがすんなりと入ることができた
完全にこちら側の者になってしまったようだ
少し成長したリンは立派なドレスに身を包んでいたがボサボサの髪に、やつれた顔をしており今にでも駆け出したくなったがグッと堪える
「……シンだ。今日から時々、顔を見にくることになる」
もちろんのこと反応はなく会話すらしてもらえない。手を伸ばせば届くところまで来られたのに触れることすら許されない
「それだけ、だ」
居た堪れなくなって部屋から出ようとすると服の裾を掴まれていた。振り返るとボソボソと小さな声で何か言っていた
「なんだ?」
「ここから……出して……もう、いやなの」
こんなに弱々しいリンを見たのは初めてで今すぐにでも天界へ帰してあげたくなったが、力量差がハッキリとしているため安全に連れ帰ることは無理だろう。それに自分はもうこちら側の者になってしまったため、天界へと続く門を通り抜けることができないはず
唇をグッと噛み締め、服を掴んでいる手を振り払う
「ここに居た方が、安全だ」
振り返ることなく部屋から出ていくと泣き声が聞こえてくる。自分のせいでリンを泣かせてしまった、その事実に心が締め付けられるように痛む
「2人で……逃げなかった、んだ」
意外だ。とでも言うように目の前で驚いている
「連れて行ける……訳がないだろ」
「それで……いい。君は……自分の……立ち場を……しっかりと……理解した、ようだね」
嫌味なその言い方にすら反抗する気力は無かった。リンの助けを求める手を振り払ったのは紛れもなく自分自身であって、護ると誓ったはずなのに自ら見放してしまった…罪悪感でいっぱいになる
正式に幹部となってからシファは何かある度にリンのところへ行かせ、それを見て楽しそうにしているのには腹が立った
成人の儀を終え、自由になったリンを見た時はホッとしたが自ら危険に飛び込んでいくのは見ていてヒヤヒヤするし不安になる
そして次第に、自分のことを打ち明けなくともリンが幸せなら側で見護るだけでいい…と思うようになっていた




