黒い羽根の悪魔
「おーい!リンー!どこだー!」
地上ではコウが必死に探し回っていた。いつもならあっという間に見つけることができて、プクっと頬を膨らませ拗ねるリンが見えるのだが、今日は全く見つかる気配がない
こんなに見つからないことは初めてなので、もしかしたら外へ出てしまったのかもしれないと思い大人たちに協力してもらうことにした。少し離れたところで仕事をしている大人たちに声をかける
「あの、すみません」
「どうした?」
「リンを見ませんでしたか?かくれんぼをしてたのですが、いつもならすぐ見つけられるのに今日はどこにもいなくて」
その言葉に驚き慌てる二人。付き人は間違って外にでてしまった可能性を考えて外を見に行き、母親はコウと共に最後にリンを見た場所を探すことになった
「リンー!」
「どこにいるのですか!リン!返事をしてください!」
ひらけた場所なのに全く見つけ出すことができない。母親は自分のドレスが汚れることなんて気にせず、膝をついてあちこち探し回る
「姫様!」
「どうでしたか!?」
「外には出ていないようです。騎士たちは誰もここからでてこなかったと言っておりました」
その報告に少しだけホッとする。外に出たとなれば探す範囲は無限に広がるが、まだこの庭園内であれば隅々まで探せないこともない
「一体、どこに」
「姫様、あれは」
コウが指をさす先にはリンが付けていたリボンの髪留めが落ちていた。だが、そこには壁があるだけで隠れられる場所なんてない
「もしかして……ここは昔、戦争を行った跡地では!?」
「確かに随分昔に戦場になったことはあると思いますが……もう何千年も昔のことで。まさか!?」
「リンも大天使の血を受け継いでいます!早く探さなければ」
あることに気付いた母親は一生懸命、壁にある何か探している。コウも一緒に探そうと走り出した時、付き人に肩を掴まれて止められる
「君は先に出るといい」
「いえ、一緒にリンを探します」
ふりほどこうとするが力が入っていて、全くふりほどくことができない。さらに力を入れて掴んでくる付き人のメガネが怪しく光った
二人がそんなことをしていることに気付くことなく、ひたすらに壁を調べていると刻印を見つける。手をかざすと壁が開き、暗い階段を降りていく
(ここにもまだ生き残りがいるかもしれない!お願い!間に合って!)
高いピンヒールが階段のデコボコに挟まってスムーズに降りれない。あろうことか、ヒールを脱ぎ捨て裸足で階段をおりていく。すると誰かが話している声が聞こえる
それは間違いなく、娘のリンの声であった
「リン!!!!」
「お母…わぁ!?」
咄嗟に男がリンの手を掴み、鎖へ触らせると砕け散る。自由になった男はリンを掴み上げると一瞬にして辺りは禍々しい雰囲気に変わった
こんな胸がザワザワするような空気は初めてで、なにがおきたのかリンには全くわからなかった。ただ、母親が顔を顰めるのをみて悪いことをしてしまったことは理解できた
やっぱりどうしたらいいのか聞いてからじゃないといけなかったんだ。今更、そう思ってももう遅い
「久しぶりだなぁ。大天使さんよぉ」
「……遅かった」
「やっぱ自由サイコー!」
バサリと広げられた羽根は真っ黒で、自分たちとは真逆の色をしていた
「天使じゃ、ないの…?」
「俺は堕天使。魔界の住人だ」
ニヤリと笑った顔をみて、自分のしてしまった事の重大さに気付く。黒い羽根をもつ人はとても悪いことをした人だから絶対に近付いてはいけない、と何度も何度も教えられていた。悪いことをして捕まっていたのを自分が自由にしてしまったのだ、どうしたらいいのかわからず考えていると浮遊感がする
「リンを返してください」
「それは無理だなぁ。こいつはてめぇの娘なんだろ?あのお方に捧げたら新たな力を手に入れることができる。出世コース間違いねぇ」
「させません」
「いいのかよ?大事な娘が傷物になるぜ」
長く鋭い爪がリンの首元へあてられる。リンは自分のしたことがどれだけ悪いことなのか分かってしまったため放心状態になっていた
「やめてください!貴方がここに閉じ込められていたこととその子は関係ありません!」
「大天使の力を受け継いでるだけで関係あんだよ。じゃあな」
周りにある壁をぶっ壊して飛び立つ。あとを追うため、広げられた羽根はまさに対象的で目を奪われるほど白く美しい
唯一の希望であり、未来の架け橋となるリンをここで失うわけにはいかない。今も剣術や勉学を頑張っている兄のためにもリンだけは無事に帰らせなければ
「お願い!その子だけでも返して!貴方のことは見逃すから!」
この発言を他のものが聞いたら怒るだろう。天界にいる堕天使を見逃したとなれば、きっと大天使の座からおろされるはず。でもそのくらいリンという存在は失うわけにはいかない
「だから返さねぇって。それよりいいのか?あのガキ、死ぬぜ」
男の目線は左後ろへと向いていた。今、目を離すわけにはいかないのだが、先ほどから弱りかけている生命があった。一瞬だけ、ほんの一瞬確認するつもりだったが付き人に首を絞められ必死に抵抗しているコウが目に入ってしまった
「いつの間にか入れ替わってて気付けなかっただろ?」
ゲラゲラと大きな口を開けておもしろそうに笑う
コウを助けにいけばリンは間違いなく連れ去られ、リンに集中すればコウを失うことになる。そんなことになったらリンはいままでのように笑えるのだろうか
いつも公務で忙しくなかなか話しをすることもできない自分や訓練や学びを優先する兄の代わりをしてくれている優しいコウ。彼を助けられなかったのは自分のせいだとふさぎ込んでしまうかもしれない
その迷いが男の目にしっかりと映し出される
「あめぇんだよ」
人差し指を上にあげると無数のナイフが出現する。それがコウに向かって放たれると、一瞬にしてコウの元へいきシールドを張る
「オラオラァ!ガキ護りながらじゃ手も足もでねぇなぁ!」
ナイフの雨をふらせ続け、少しすると小さな球体を作り出した。その球体がシールドにあたると爆発する。小さな爆弾でも数があるため少なからずダメージはあるようだ
入れ替わっていた付き人はナイフが大量に刺さって絶命していて、コウは気絶しているものの生命はあった。仲間のはずなのに用済みになったら殺してしまうところも堕天使が嫌いな理由の一つだ
向こうにはリンがいるため下手に攻撃をすることができず、一方的な攻撃が続いている。なんとか隙を見つけてコウだけでも安全な所へ避難させようと考えるも、次々と繰り出される攻撃に隙は見当たらない