白銀の騎士は無表情
眠れなくてバルコニーで座っていると止まったはずの涙が再びでてきて風がさらっていく。泣いてなんかいられないのに…そう思えば思うほど涙が出てくる
後ろから足音が聞こえたため振り向くとリィがいた。こちらに向かって歩いてくると隣に座る
「泣いてるの」
「うーうん。大丈夫だよ」
「そう。ここ、好きなんだ」
「風が気持ちいいね」
「うん。だから好き」
また溢れてきた涙をリィが拭ってくれる。その優しさにさらに涙が流れてしまって、普段無表情のリィが少しだけ驚いた表情をした
「悲しいの」
「もう、大丈夫だよ。ごめんね、驚かせて」
「そう」
「リィはどうしてここに?見回りかなにか?」
「叔父に呼ばれたから」
何人もの城の人と接してきて分かったことがある。きっとリィも叔父様がいるからここで幹部をしているんだ…みんな身内の地位や肩書きにハマっている
「私はみんなを救いたい。偉い人だとか、国民だからじゃなくて……みんなが平等にいろんなことができるようにしたい。肩書きにハマってるなんてつまらないじゃない?だから、リィにも力を貸してほしいの」
「なんの」
「私に……勇気をくれる力」
「……やっぱり君は少し違う。君の力になれるか分からないけど、幹部として君を護るよ」
それだけ言うと室内へ戻っていってしまった。拒否されなかっただけリィなりの気遣いというか優しさだろう
誰かと話しをしていて不安感が少し落ち着いたのか眠気がやってきたため自室へと戻る
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とある一室に少数の貴族たちとベルとエルが集まっていた
「このままあの小娘にこの国を好き勝手させてたまるか!!!!王はなにを考えておられる!!!!これでは私たちの立場すら危うい」
「そう焦るんじゃねぇよ。王は明日から国を離れる。またとないチャンスじゃねぇか」
「だけど姫には常にシンがいる」
「足止めすりゃいいだけだろ、あいつはよく地下室にいく。魔物化したやつらに襲われたってーのはどうだ?」
エルはそううまくいくか心配しているが貴族たちはベルの提案に驚いている。少し痛い目にあってもらえばいいと思っていたのだが、ベルは王妃を殺すと言っている。こんなことが王にバレたらどうなるかなんて考えなくとも分かることだが、目の前のベルは愉快そうに話しをしていた
「何事もやってみねぇとわかんねぇだろ。ただ問題は俺らに警戒心があることだ。一番いいのはシンか世話役だが世話役じゃ地下室にいけねぇし」
「では私の甥を使ってください」
ちょうど部屋に入ってきたのはリィだった。叔父からの命令には絶対服従でリンともあまり接したことはない。リオンよりはスムーズに動いてくれるだろう
「成功すればお前の地位をあげてやる」
「ありがたいお言葉」
そんなことが深夜に行われているとは本人たちしか知らず、翌朝を迎えた。シファは外へと繋がるゲートの前でみんなに見送られていた
「なるべく……早く……戻るよ。出ている間は……リン。国を……頼む」
「はい。いってらっしゃい、シファ様」
名前を初めて呼ばれたためドキッとしていると優しく抱きしめてくれる。そのあと、右手をとると口付けしてから側近たちと共にゲートへ入っていった。シファがいない間なんとか乗り越えなければならないのだが、いつもどんな仕事をしているのか全く知らない
「会議など重要なことは暫くない。みな、自分の役割を今まで通りに行ってくれ」
シンがそう言えば集まっていた人たちは自分たちの持ち場へと戻っていく
「なにかあったら言え」
「ありがとう。頑張らないとね!普段、シファ様はなにをしてるの?」
「書類を確認したり他の奴らの働きを見たりしてるが、王自身が動くことは滅多にない。なにかあれば俺たちに命令がくるからな、王が席を外すわけにはいかねぇし」
「そっか。そうだよね」
何度も聞かされているが国が王を失うことだけは避けなければいけない。改めてシファがとても大きなものを背負っていることを思い知った
「今はお前が王だ。全力で護る」
「ありがとう……シン」
「今日もいくのか?」
「うん。まだ魔物化から救う方法は見つけれてないけれど、少しでも闇を増やさないようにしたいなって」
いまだに魔物化を消す方法は見つかっておらず、あの時シンのアザが浄化できたように、お母様が一時的にバケモノから戻ったように同じように浄化をしているつもりでも全く効果がなかった。その人がなにを憎んでいるのか分からないため浄化をするにもその何かが掴めない限り消すことは難しいだろう
人の心は誰にも分からない。その人が抱えている闇の大きさも同じく分からない。あの時、シンが繰り返し言っていた『家族』についてもいまだに聞けずにいる
「お、シン」
その声に思わず警戒すると傷付いたような表情をしながら、そんなに警戒されたら逆に傷付く〜なんて言われるがベルには何度も最悪な場面を見せられてきた
今さら警戒するな、と言われても無理だ
「なんかようか?」
「はぁ……まぁいいや。少し気になる動きを見つけてな、勝手に動いていいのか確認しにきたってわけ」
「どのへんだ」
「ここだと説明しにくい。地図があるとこに行きたい」
怪しい動きがあるのならすぐにでも確認しなければいけないのだが、リンを一人で地下牢へ行かせられない。悩んでいると
「いいよ、先にそっちを見にいって」
「だが」
「私一人の用事よりも国民になにかあったらいやだから」
「分かった。悪いな」
「姫様は本当に優しいね〜代わりにリィ!」
ベルに呼ばれるとすぐリィが現れ、シンの代わりに共に行動をすることになった。リィのことはあまり知らないのでこの機会に知ろうと思っているリンとは違い、リィは叔父に言われたことを思い出していた
“いいか、お前にしかできないことだ。あの小娘が襲われることになる。お前は一撃くらって見殺しにしろ、分かっているはずだが確実に殺すのだ。でなければお前も牢獄いきだ”
「リィ?どうしたの?」
「……べつに」
リィはどこにいくのかも何をするのかも特に聞いてくることはなく、ただただ黙って後ろを付いてきてくれた。いつも通り、地下牢の階段を降りていると苦しむ人々の声が聞こえてきたため急いで駆け降りる。鉄格子は全て壊されていてその場にいる人、全員の魔物化が進んでいた
「なんで!?急になにが」
いつも話しをしてくれる男性へと駆け寄るが突き飛ばされてしまい尻もちをつく。数日前まではこんな前兆なんてなかったし、全員一気に症状が進むなんて
すると奥の方からドスドスとバケモノとなったものの足音が聞こえる
「一体……なにが、おきてるの」
「君を……陥れる、ため……に……早く……逃げ、て」
「それはできません!あなた方を救うと約束しました!なのに黙って魔物化を見ているなんて」
「みんな……君を……狙って……っ!?」
男性もすでに右側はバケモノになっており、少しだけ残っている理性で必死に自分を保っていた。この数のバケモノを外にだしたら大混乱になってしまうが、ここにとどまるよう言っても聞いてはくれない…どうしたらいいのか悩んでいると一体のバケモノがこちらに向かって走ってきた。リィが前に立ちシールドを張ってくれたおかげで怪我はせずにすんだ
「早く逃げて」
「できません」
「死ぬよ」
「それでも彼らを見殺しにはできない!約束したんです!必ず救うと」
そう言い合っている間にも一体、また一体とバケモノが増えていき攻撃をしてくる。リィの護りも無敵ではないし、3人はジリジリと後ろの方へと追いやられすぐ後ろは壁だ
こんな状況なのになにもできないなんて…あまりにも無力だ
考えごとをしていてシールドから少しでてしまったようで、そこをバケモノに攻撃される。いち早く気付いたリィが庇うと腹部を負傷してしまった
「リィ!!」
「平気。でもこの状況はきつい」
バケモノ5体と自分と男性を護りながらだといずれこちらがやられてしまう…それに癒しの力を使ったところで魔物化が浄化されることもない。もう殺すという最悪な考えしかないのか
すると、左右同時にバケモノが攻撃をしてきてリィは剣を抜こうとする
「ダメ!殺さないで!」
リィは言葉を聞いてくれたようで、剣を抜こうとした手はシールドを強化するために使ってくれた
「ごめんなさい……でも、殺さないで」
「殺……す」
男性が飲み込まれつつある。必死に自分を保つように声をかけるが段々と魔物化が広がってきた
「憎い!憎い!全てが憎い!」
「そう、ですね」
三分のニほど魔物化が進んだところで急に首を掴まれ、持ち上げられる
「いけない」
リンに気を取られリィはシールドに集中できなくなってしまい、破られると攻撃をされる。先ほどの腹部の傷がかなり酷かったようですぐに動けそうになかった
「俺らが、なにを……した!国民を……奴隷の、ように……扱い、やがって!俺らに……価値なんて、ないって……そう、言いたい……のかよ!」
「ごめん、なさい……そんなに……苦しんで、いた……なんて」
涙がでてくる。悲しいからじゃなく、自分がなにも知らなかったからだ。彼は今まで何も言わなかったけれど、こんなにも苦しんでいた…自分の首を掴んでいる手を握ると、そこから癒しの力が輪となり光り輝く
「本当にごめんなさい」
「……俺……は」
「ずっと、ずっと戦っていたのですね。大丈夫です……もう、大丈夫ですから!」
彼らは長く戦っていた。苦しみを憎しみをその全てを解きたい。こっちに向かってきていたバケモノたちにも光りが包み、倒れると次々と人間へ姿を変えていく…リィの傷も光りが包むと綺麗に回復して驚いている
バタバタと足音が聞こえるとシンがやってきた
「リン!!!!なんだ、これ」
「姫が……解いたんだ」
光りが収まると視界がグラリと揺れ倒れそうになる。シンが慌てて支えてくれたため床に倒れることはなかった
「シン……私は、救えました、か?」
「あぁ、見てみろ。みんな元に戻ってる」
「……良かった」
力を使った反動なのか疲労感がとても強く頭痛も酷い。みんなの姿を確認したくとも少し時間がかかりそうだ
リィが近付いてくる
「一体……この力は」
「リィ……回復して、良かった。私は……天使です」
天使のことを言うのにまたシンに止められたが、リィなら大丈夫だと言う。本当に殺したりするつもりで近付いてきたのなら、きっとバケモノに襲われた時に助けることはしないだろう
「お前が大丈夫って言うなら……にしても、なんで急に魔物化が進んだんだ?訳わからねぇ」
「叔父たちが。ベルもエルも一緒になって一部の貴族が君を殺そうとしてる」
急なカミングアウトに動揺が隠せない。今さっきリィは大丈夫だと言ったが、叔父たちの計画を知っているということは…そういうことだろう
「君がきてから王政の威力は弱まってる。自分たちの立場が危ういと思った叔父たちは君を殺して、また前みたいな国に戻そうとしてる」
たったそれだけのことでここの人たちが巻き込まれバケモノにされてしまった。自分の立場や地位を守るためだけに犠牲にされたのだ
「彼らは王がいない今がチャンスだと思ってる。せいぜい気をつけることだね」
それだけ言って去っていこうとするリィを止める
「どうして、このことを、教えてくれたの?」
「さぁ、なんでだろ」
「一緒に……一緒に、戦ってくれませんか?」
「……っ!?……興味、ない」
共に戦うよう差し出した手は握られることはなく、リィは階段を登っていってしまった。それに寂しさを感じたがリィにも理由があるんだろう
「あいつは叔父からの命令以外で動くことはよほどなことがない限りない。きっと殺すように言われてたはずだ……初めて命令を破ったことになる」
「そう……リィになにもなければいいのだけれど」
あのベルのことだ。なにもしないはずがないのだが、確たる証拠がないため叔父たちを問い詰めることができない
少しは動けるようになったのでシンに治療師たちを呼んできてもらい、ここにいる人たちと一緒に治療を受ける。普通の治療が眠っている人たちにも効いたことで魔物化は完全に解けたようだ