繰り返す悪魔ー③ー
あれから色々と考えていた。魔物化するくらいならば、今のままの状態で…
「そんなのダメだ。私にはできない」
窓から外を見ると今日も国民たちは働いていて、いつもと変わらない日常がそこにはあった
なんとなく見たくなくなって椅子に座ろうとしたら急にものすごい爆発音と轟音が聞こえ、城がガタガタと激しく揺れる。何事かと思い急いで部屋から出るとちょうどメルが向かってきていた
「姫様!」
「メル、なにがあったの!?」
「まだ詳しくは分かりませんが地下牢でなにかあったようです!急いで避難を!」
メルに手を引かれ走っていると、誰かに名前を呼ばれた気がして立ち止まる。すると真後ろに誰かが現れる
「お母様!?」
それと同時に足場を崩され、下へと落ちる。たくさんの人が見ているところで羽根を広がるわけにはいかず、怪我をしても治療すればいいや…と思っているとシンが飛んできて助けてくれた。そのまま一気に城の上まで飛んで避難させようとしてくるのだが、お願いをしてお母様の後を追ってもらう
なんとか目視で確認できるくらいの距離まで近付けたのだが、さすが元大天使。羽根はボロボロでも飛ぶスピードがかなり速い
「この辺りに人がいない場所、もしくは近寄らない場所はある?」
「あそこの山なら立ち入りが禁止されてる」
「ならそこまでお母様を誘導してほしい」
「どうやって?スピードじゃ追いつけねぇし、お前の声も届かねぇぞ」
自分が飛べたらいいのだが、万が一ってことがある。シンにスピードが速くなるスキルを使用し、お母様の前を飛ぶ。だがあの時の自分と同じようにピリピリとした電気が走っていてあまり近付くのは危険だろう
「お母様!リンです!私の声が聞こえますか!」
「リ……ン?」
「そうです!あれから150年の年月が経ちました!もうリンは50歳の子供ではないのです!」
「50歳じゃ……ない?」
「私は、もう200歳になりました!成人したのです!」
「お前が……お前が連れてったんだろー!!!!」
少しでも話しが通じると思ったが、また昨日のようになってしまった。やっぱり意思疎通は難しいのだろうか
黙っているとこちらにめがけて突っ込んでくる
「あの山までひきつけて!」
「っても、速い!追いつかれる!」
「リンを……返せー!!!!」
お母様から放たれた光の攻撃を避けていたが、シンの肩を掠めた時にバランスを崩して落ちてしまった。タイミングが悪く、スピードが速くなるスキルの効果がきれてしまったため反動でシンのスピードはいつもより遅くなってしまった。必死に手を伸ばすシンの後ろにお母様の前に立つシファがいた
「君は……変わって……しまった、ね」
「お前か!?お前が連れてったのか!?」
「そうだよ」
「返せ!リンを……返せー!!!!」
光を集めて剣を作り出すとシファに向かってふりかざす。あろうことか、シファはよけることをしなかった
そのため、左肩から右の脇腹にかけて天使の力が宿った攻撃が入る。ジュウジュウと火傷のようにその部分だけ焼ける
それにはさすがに驚いたようで、攻撃をするのをやめて目の前の人物を見る
「君を……こうして、しまった……のは……僕、だ」
そう言って優しく抱きしめる。嫌がることもせずされるがままになっていると
「……か……な、め……?」
「リエル。本当に……ごめんね」
「か……なめ。か、な……め。かなめ!」
何度も何度もシファが使っていた偽名を繰り返し呼ぶ。リエルの頭の中はあの時の楽しかった映像がたくさん流れてきて、少しだけ正気を取り戻したようでシファは空から山へと移動した
「リンは……もう、いない。魔界の……妃になった、から」
「返……して。リンを……リンを!返して!」
とうとう抑えきれなくなり、魔物化が進みバケモノへと変わってしまった
それほど長くはなかったけれど、共に時間を過ごしてきた身からすれば愛していた人のこんな姿は見たくはなかった
シンの時と同じようにたくさんの剣を周りに出すと、こちらに向かってくるリエルに向かって全て放つ
高い木々に囲まれ始めたためこの距離なら見られる心配はないと思い、地面に激突する前に羽根を広げ着地する。ナナメに落ちてきたようで先ほどの場所から結構離れてしまったよう
どうやって上へ戻ろうか考えているとシンが見つけだしてくれた
「やっと……追いついた」
「怪我してる!?」
先ほどお母様の攻撃が掠めたところから血が滲んでいて焼けただれたようになっている。治療しながらシンの話しを聞くと、あのあとシファと共に山へおりたようだ
お願いをしてお母様とシファを探す。漸く見つけた時にはシファが剣をだし、お母様へと放ったところだった
「ダメ!まって!」
あの時と同じようにまた剣が消えた。こんなことができるのは一人しか知らない
「シファ様!待って!」
「シン。姫を……こんな、ところに……連れてくる……なんて」
「あなたは私がここへ来ることを分かっていたはずです」
シファは無言になってバケモノの方を見る。シンと一緒にお母様がバケモノになってしまったことに驚いているとシファの足元に血がたくさん落ちていることに気付く
「シファ様!?お怪我をされているのですか!?」
「このくらい……彼女の……痛みに、比べれば」
シンと同じように焼けただれていてるのを見てお母様にやられたことに気付く
でもシファなら容易く避けることができたはずだ。なのになぜそうしなかったのか…それよりも今はこの場をなんとかしなければ。いや、シファの治療が先だ
「誰も、できないから……僕が、やる」
治療をしようとした手は払われてしまい剣を一本作り出すとそれを持ってお母様のもとへ向かおうとする
「待ってください!私が……私が、この手で……全て終わらせます」
「君に……できるの?できないよね」
「私じゃなきゃダメなんです。お母様をこうしてしまったのは間違いなく私ですから」
「……そう」
それだけ言って去っていく。あとのことは全て任せてくれたと言うことでいいのだろう。心の中でシファへお礼を告げる
「シンは手を出さないで。これは私がやるべきことだから」
「分かった、だが俺はあくまでお前を護るためにここにいる。危険だと判断したらすぐ止めるからな」
それにコクリと頷くとバケモノのもとへと歩いていく。するとこちらに反応して興味を示した
「お母様……今のあなたには少し眩しいかもしれませんが、どうか思い出してください!あなたはかつて誰のために羽根を広げていましたか!?」
自分の羽根を広げると思った通り眩しいようで顔をそらす。自分よりも美しくて大きな羽根は天界にいるみんなが安心したはずだ
自我があるのかないのか、ずっと自分の名前を呼び続けているだけで襲ってこないのはなぜだろう
「お母様、リンです」
「リン……?」
「はい。お母様が見ないうちに200歳になりました。お母様、あの日のことは忘れません」
「あの……日?」
フワリと飛ぶと天界のいつも遊んでいた庭が現れる。よくここでコウとおにごっこやかくれんぼをした。お母様とお兄様とピクニックをしたりティータイムを行っていた
「覚えていますか?この風景を、花たちを」
あの頃を思い出したのかバケモノは少し落ち着き、表情が穏やかになったように感じる。今なら連れ戻せるかもしれない
「お母様!あれから150年経ってるんです!お母様は覚えていますか?天は全てを導き選択肢を与える」
“これはおまじないです”
“おまじない?”
“リンがずっと幸せでいられますように……て”
「リ……ン」
「今まで一人で悩ませてごめんなさい。悲しい思いをさせてごめんなさい。側にいられなくてごめんなさい……ずっと、ずっと会いたかった」
涙が溢れると地面に落ち、そこから光の輪が生まれ広がっていく。暖かい光がお母様を包むとバケモノから元の姿へと戻っていく。これにはシンも驚きを隠せない
「……リン」
「お母様」
「ほんとうに、本当にリンなのですね」
「はい。もう200歳になりました」
「150年……150年間探したのですよ」
「お母様たちを忘れたことは一度もありません」
お互いの顔を再度確認し、奪われた時間を取り戻すかのように抱きしめ合う
「すぐに治療師を呼びます」
「いえ、このままで」
「お母様!?なぜ!?」
「150年間、私は数々のものを壊し……色々なものを失った。これ以上は苦しみたくないのです。それに……今だけ、正常で、いられる……だけ、なので」
やはりバケモノになってしまった以上は浄化や癒しの力を使っても無意味なようだ。原因となるものを取り除かなければならないのなら、間違いなく魔界を消さなければならない。そうしないとお母様はバケモノになり、魔界で暴れ続けるだろう
昔の自分なら喜んで魔界を差し出した。だが今はどうだ?
シンにメル、シファ、国民のみんな……魔界という国を捨てるのかお母様一人を犠牲にするのか、どちらも選べなくなっている
どうしたらいい、どうするのが正解なのか
「あなたは優しい。その優しさでたくさんの方々を、救ってくださいね……リン、大好きです。あなたをずっと、ずっと……見守って、いる……わ」
お母様から剣を握らされると目の前でバケモノになる。シンが急いで腕を引こうとするよりも先にバケモノの心臓をめがけて剣を刺す。バケモノは灰となりバラバラと崩れ風が攫っていく
「静かに……静かに、眠ってください。もう……苦しまなくて、いいです。あとは私が……引き受けます、から」
「……大丈夫か?いや、大丈夫じゃねぇか」
シンは心配してくれているが、今はとても落ち着いててどちらかと言うと穏やかな気分だ。ここでクヨクヨと立ち止まるわけにはいかない。お母様に言われた通り、たくさんの方を救いたい、護りたい
シンが涙を拭って抱きしめてくれる。この手でお母様を殺めてしまった……天界のものなのに元大天使であるお母様を
私は結局、この国を選んだんだ
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自室にてシファはチェスの駒を手に持ちコロンと転がす。いまだに傷の治療は受けていないようで血が流れていた
「君は……ここを……選んだ、ようだね」
すると側近がやってきて報告をする
「そっか……そうだね、少し……心配だけど……そっちも、急がないとね。明日、出る……みんなに……伝えて」
「御意。傷の治療はしないのでよろしいのですか?」
「僕が……このままで……いたいんだ」
「承知しました」
これ以上、突っ込むのは野暮だと思い心配だがなにも言わずに退室する
シファは傷口を優しく見つめ愛おしそうに撫でていた