かわいい騎士とアザの騎士
メルに淹れてもらったお茶を飲みベッドへと入ったが全く寝付けなかった。少し外の空気を吸ったら気分転換になると思い、部屋から出ると大量の洗濯物を持ったメルの後ろ姿がみえた
「メル?こんな遅くに何をしてるの?」
「姫様!?こんな時間に……どうかされましたか?」
「なんだか眠れなくって。それにしてもこの洗濯物は?」
使用人の服やタオル、シーツなどがたくさんカゴの中に入っていた。これは明らかに使用人たちが行う仕事なのだが、どうしてメルが
「前にいたところの仕事です。私が抜けてしまってからは人手不足で」
そういえば、世話役になる前は雑用係だったと言っていたような……それにしてもこんな時間まで働いていて、自分の朝食を運んでくる時間にはもう起きているとなると3時間も寝ていない気がする
「姫様。ここから先は服が汚れてしまうのでお戻りください」
気付けば初めての洗濯室にきていた。興味がわいてきてしまい、洗濯物の入ったカゴを一つ取ると中に入っていく
メルは慌てて止めたが、一緒にやりたい!やってみたい!と言ったら仕方なく洗い方を教えてくれる
するとメルは服を手洗いし始めた。この量を一枚、一枚手洗いするとそれこそ睡眠時間がなくなってしまうため隣に並んで同じように真似をする
「姫様にこんな仕事、いけません!」
「どうして?メルや他の人はやってるのに」
「そういう問題では」
「いいの!私がやりたいんだから!」
ゴシゴシと洗濯板を使って洗っていくが中々の力仕事で、一枚洗い終えるのに結構な体力を奪われた
使用人たちはこんな力仕事を毎日行っているのか…もう少し楽にできる設備を考える必要がありそう
「なかなかの力仕事ね」
「ここをこうして洗うとあまり力が必要ないですよ!」
「こう?」
「もう少しこうして」
「こんな感じ?」
「そうです!」
2人して楽しく洗濯をする。今だけは姫と世話役というよりも仲の良い姉妹に思えた。自分に妹がいたらこんな感じに笑って家事をしたり、買い物をしたりお揃いの服を買ったりして……とても幸せな時間を過ごすことができただろう
「あの、姫様……嫌ならお答えしなくてもよいのですが、どうして魔界へ?」
「150年前に攫われてきたの。すごく怖くて、憎くて、帰りたくて、毎日泣いてた……だからね、メルが疑問に思ってた魔界のことを知らないのかな?ってことはこういう理由があったの」
これから先、もっと表舞台に出ることがあったらメル以外の人にも突っ込まれることがあるだろう。その時に実は天使なので知りませんでした…なんて言えるはずがない
もっと魔界のことを知らなければ
「今も、魔界が嫌いですか?」
「今は不思議となんとも思わないの……あれだけ帰りたかったのに帰っていいよって言われても帰れない、かな」
「なぜです?」
「私がここに居る理由が見つかったから。色々見てきたけど、話しに聞いてた大嫌いな魔界とは少し違ってる気がする。それにここには間違ったところがあるから、それを取り除けたらいいなって」
「姫様はお強いですね……私ならくじけてしまいます」
「そんなことないよ……改めて自分が無力だって思い知るよ。よし!終わった」
気付けばあれだけあった洗濯物が終わっていた。いつも一人でやっていたメルは2時間くらいかかっていたが、2人でやったからか40分程で片付いた
「後は片付けだけなので私がやります!姫様はお休みになられてください。こんなところを見られたら怒られてしまいます!さぁ!さぁ!」
グイグイと背中を押されて入り口まで連れていかれる。一番時間のかかりそうな手洗いは全て終わったし、大丈夫だろう
「わかった。でも無理はしちゃダメだよ?おやすみ」
「片付けたら私も休みますから、おやすみなさい」
リンが部屋へ向かうのを見送り、洗濯室へ戻ろうとするとシンが立っていた。少しは顔色が回復しているのを見てホッとするが…
「今の……見ていましたよね」
「あいつは……お前に色々な話しをするんだな」
それだけ言うと横を通り過ぎていくシンはなんとなくだが、寂しそうな悲しそうな表情をしていた
「早く片付けて休め。じゃないと今のことを王に報告するぞ〜」
「そ、それだけはご勘弁を!」
メルは急いで後片付けを済ませると、そそくさと自室へ戻っていく。時計を見ると3時に差しかかろうとしていたが、今日は2時間眠れると思った
次の日、朝食を運んできたメルは昨夜の出来事を話してくれた
「それで早く休まないと王に言うぞ〜って言われて!もう慌てて片付けをしたんです!」
「ふふ。メルらしい」
メルから聞いた話しによれば少しは顔色も回復していたようだし、見回りもできていたようで安心する
楽しく会話をしていると扉をノックする音が聞こえ、返事をすれば
「お初にお目にかかります。リィと申します」
「初めまして」
長い白髪に大きなオレンジ色の瞳。透き通るほど白い肌、の中性的な人が入ってきた。多分、きっと、騎士の一人なのだろうが他の人たちより
なんというか……服がかわいい
「早速ですが伝言を……本日、晩餐会を開くこととなりましたので、参加の準備をとのことです」
「分かりました。ありがとう、リィ」
「……失礼します」
リィが退室していったあとも暫く、フローラルな花の香りが残っていた。騎士と言われれば鍛えられていて、なんと言うか男らしいイメージがあったのだがここ居る人たちはシファを筆頭にイケメンが多い気がする
「晩餐会ですか……ドレスを決めないといけませんね。今日のご予定は?」
「行きたいところはある。けど、メルは連れていけない」
「まさか、また外に行かれるのですか!?」
「違う!違う!あそこに、ね」
魔物化の糸口を掴めないかと時間がある時は地下牢にいこうと決めていた。ドレスを合わせる時間があるため、この後すぐに行くことを伝えると、気をつけてくださいとは言われたが止められることはなかった
再び地下牢を訪れるとそこに居る人たちの反応はさまざまで
「……また、来られたんですね」
「言ったはずですよ、救いたいと」
鉄格子の前まで来て座り込む。微かに150年前のことが思い出されるがあの時と今では状況が違う、と不安を押し込む
「何か……掴めましたか?」
「残念ながら。シファ様は闇の理由となるものを全て取り除けばいいと言いますが、それではなんの解決にもなりません。早くあなた方を自由にできたらよいのですが」
ここにいる人たちは皆、下を向いている人が多くここに入れられている自分を受け入れている気がする……自由を与えられたら欲望のままに動いてしまうのだろうか
「鎖が外れたら、欲望のままに動いてしまいますか?それが怖いと思うことも少なからずありますか?」
「そうですね。自分はもう何人もの魔物化をみてきました……なので、自由になれたとしても怖いのかもしれない。彼女とは婚約をしていました。でも、城の中と外で育ったものが一緒になることはこの国ではできません……周りが幸せになる中、取り残されていく自分たち。すごく羨ましくて、妬ましくて憎かった……気付けば闇に飲み込まれていました」
「それで国を恨んでいるのですね」
「自分が魔物化しそうになった時、彼女が助けてくれました。でも自分は助けられなかった」
あの時が蘇る。確かに彼は助けようと何度も何度も必死に声をかけていた。最愛の人の声も届かないほど彼女の心は恨みで埋め尽くされていたのだろう
「次は私があなた方を助ける番です」
「姫さん、どうして自分らなんかに構うんですか?」
「魔物化するかもしれないから隔離する。なんてことをしてたらいつか全ての人を隔離することになってしまうかもしれない。そんなの間違っています、なので少しでも闇を取り除けるよう努力します」
「なぜあなたのような方が王妃に……今までの国なら即刻、始末していただろうに」
「最初は強制的なものでした……でも今は私にしかできないことがある、そう思っています。そろそろ見回りがくる時間ですね、戻ります」
入り口に立って振り向くとペコリと会釈する。階段を登っていくとそこで待っている人物に身構えた。ここはすぐに誰かに助けを求められる場所ではなく、外からも見にくい
「覚えててくれたのか?嬉しいな〜」
そう言って近付いてくると髪をひと束掬ってきた。嫌でも思い出す150年前の出来事
「その顔だ。その怯えた顔がサイコーなんだよ!」
ゲラゲラと汚い声をだし笑うベルに対して、声を出すことすらできない。この人のせいで幸せを壊され、大好きな人たちと離れ離れになった
「もっと見せてみろよ。それともあの時みたいにコイツにでも入るか?」
あの時と同じように黒い球体を作り出し、見せてくる。随分、昔のことなのに昨日のことのようにフラッシュバックを起こす
あの時の光景がお母様の苦しんだ顔が、悲しそうな顔が、今目の前にあるかのように混乱状態に陥ってしまった。身体中が震えて寒い、頭が割れそうなくらい痛くて涙が止まらない
「い、や!いや!!!!」
「お、おい。落ち着けよ」
まさかこんな状態になるとは思っていなくて焦る。王妃をこんな風にしてしまったと王に伝われば、間違いなく消されてしまうと思ったベルは今さら、優しい言葉をかけるが全く届くことはなくますます様子が悪くなる
「そこまでだ」
リンに触れようとしたベルの腕を掴み止めるシン。だがリンの様子がかなり悪く、なにをした!と怖い顔で聞いてくる
「な、なんもしてねぇよ!これから顔を合わせることが多くなるだろうから、挨拶しただけだ」
若干、ベルの言葉が引っかかったが今はリンを落ち着かせる方が先だ。ベルを追い払うとリンを落ち着かせるために肩に触れる。すると、ものすごい頭痛に襲われた
だが今はリンが優先だ
「もう、大丈夫だ。アイツは、いない」
「いない……?」
「あぁ。もう大丈夫だから」
シンにそう言われるとコウや兄のことを思い出した。次第に呼吸は落ち着き、身体の震えも消えていく…漸く平常心を取り戻すと、目の前にいるシンの顔色がとても悪い
「大丈夫!?顔色が」
額にでている冷や汗をハンカチで拭こうとシンに触れればさらに顔をしかめる
「平気だ」
「でも!すごく苦しそう」
歩き出そうとするシンだがフラつき、壁に手をついてなんとか転ぶことは回避できた。チラリと見えた首元からアザが確認できて、前回よりも広がっている気がする。かなり無理をしているのではないだろうか
「シン……休んだほうが」
「俺に、構うな。部屋まで、送る」
そう言って先を歩くシンについていくことしかできない。なにかあった時には必ず一番に助けにきてくれるシンのために少しでも力になりたいのだが、アザを消す方法が術師を探す以外ないとなるとまだ魔界を詳しく知らない自分には今すぐ動くことはできない…