私の娘は悪女だと断罪されました
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『 お母様へ
お母様、わたくしレミーラは王太子殿下に罪を着せられてしまいました。
今は、国外追放先に向かっている途中です。道が悪くて、書きづらくこんな字になってごめんなさい。
この手紙は、伝書鳩に任せました。留めておく物がなかったのでくちばしに咥えさせたのできちんと届くかわかりませんが、もし届いたならお母様にだけはわたくしの真実を知っていて欲しいのです。
わたくしは、貴方にとって誇れる人間でありたかったから、聖女様に害を及ぼした事なんてありません。わたくしの願いはただ一つ。お母様と一緒に笑う未来が欲しい、ただそれだけだったのですから。
学園を卒業した暁には、貴方に立派になった姿を見せたかったです。
もしお母様がわたくしの無実を信じてくれるのなら、どうか、国外追放先でもう一度会いたいです。
レミーラより』
あの子らしくない乱雑な字で、そう書かれていた。この手紙を読み終わったイーシアは、はくはくと声にならない物を零す。
イーシアは、森の深くに住む魔女であった。その魔女の元に迷子でやってきたのが、幼き頃のレミーラだったのだ。幸い、レミーラの父であるリステラがすぐに迎えに来たが、それからレミーラ家とイーシアの交流が始まった。
母を早くに亡くしているレミーラにとって、イーシアは本当の母のように振る舞い、レミーラもイーシアを母と慕ってくれた。
そんなレミーラの人生は、とても綺麗なものだった。公爵令嬢である彼女は王太子と婚約し、学業にも打ち込み人望も熱い。
だから、そんな彼女が学園に入学すると知った時、イーシアは自分がいては駄目だと思った。魔女であり人に忌み嫌われる自分は、彼女の人生にとっての黒点だと。
『貴方が立派に学園を卒業したら、また会いに来てね』
だから、そんな言葉と、ネックレスを一つ贈ってイーシアは森に帰った。
たとえ自分を思い出さなくなろうと、レミーラが幸せならそれで良いと思ったから。
だけどどうだ。彼女から学園に入学してから最初で最後に届いた手紙はあれだ。
イーシアは必死に頭を働かせる。この手紙はいつ書かれたのかと。レミーラは何処に行くのかと。だけど俗世に疎いイーシアには分からなくって、レミーラの父であるリステラを訪ねた。
「ーーやあ、君もあの事件を知って?」
「ええ。レミーラから手紙が送られてきたの」
イーシアを困ったように見つめて、リステラは気まずそうに言った。
「じゃあ、君はまだあれを知らないのか」
「あれ?」
「そうだよ。『国外追放途中で、レミーラが乗っていた馬車が盗賊に襲われた』っていう話」
「なぁっ!」
魔力が溢れて、頬がピリピリとするのをリステラは感じた。救いになるかは分からないが、と彼は言葉を付け足す。
「あの子は自害したから、そういう事はされなかったらしい」
「…………レミーラが、死んじゃった……?」
力無く椅子に座ったイーシアに、リステラは毛布をかける。
「ほら、君も急いできたからこんなに体が冷えて。魔力を使いすぎたんだーー」
「っ、どうして! レミーラを助けてくれなかったの! 断罪までは貴方の介入の余地はなくても、国外追放の阻止くらいはっ……!」
彼の手を払い除け、イーシアは吠える。彼女の魔力をモロに浴びたリステラは咳込みながら、弁解した。
「ゲホッ、僕はその日。国外に出張させられていたんだ。ゴホ、アイツラは最初から、レミーラを殺す気だったんだよ
彼女から発せられるむせ返るような魔力。それに苦しむリステラを、ただイーシアは淡々とした目で見つめる。
その魔力が弱まったからとリステラが顔を上げると、そこには手で顔を覆い涙を流すイーシアがいた。
「イーシア……」
「私の大切なレミーラを殺すだなんて、憎い憎い憎いーー!」
手の隙間から見える彼女の目は、血のように真っ赤で、リステラは息を呑む。それは、魔女の力が暴走している証拠だった。
「悪魔どもめ、私の持つ力全てを使って殺してやる」
リステラはイーシアに言葉をかけようとして、その言葉が何処にも存在しないことに気づく。
伸ばしかけた手を引っ込めて、リステラは自嘲した。
「君を止めるも突き動かすも、それが出来るのはレミーラだけだ……」
その言葉は、イーシアには届かない。
この日、大国リューセンは敵にしてはいけない物を敵にしてしまった。
それは間違いなく、破滅の始まりだった。
◇◇◇
あのレミーラが断罪された日を簡単に纏めると、レミーラが王太子に婚約を破棄され、そして最近平民から聖女の力が発現した聖女様に虐められたと訴えられ、聖女様を危険な目に合わせたのは大罪だと他の貴族からの声もあってレミーラは国外追放の運びとなった。
そして、きっと盗賊も王太子あたりが雇ったのだろう。レミーラが通った道を調べたが、近くに決して小さくない村がある道で、盗賊が出るとは考えづらい。また、その道は普段馬車が通らない道なのだ。それならば偶然、ではなく必然、という事になる。
「ほんと、醜い」
リステラは言った。『聖女をこの国に留めて置くために、レミーラと婚約を破棄させ王太子と婚約させる必要があったのだろう。そして、他の貴族から反感を買わない為に、レミーラを悪役に仕立て上げる必要があった』と。
なんなのだそれは。イーシアはため息を付き、宙を睨む。
そして、転移魔法を使い王太子の私室に入る。
ーー今宵、一つの国が滅びる。
王太子は、今から起こる悪夢など知らぬ顔で寝ていた。
その額に、手をかざす。
「はっーー」
王太子が、目を覚ました。
「ご機嫌よう、王太子殿下」
「? お前は誰だ、なぜ俺の部屋にいる!」
紅く色づいた唇を釣り上げて、イーシアは笑った。
「レミーラを愛してる、ただの母親です」
その言葉に首を捻る王太子は、すぐさま自分の違和感に気づいた。腕、足。いや、全身に何かが巻き付いているのだ。恐る恐る下を向くと、そこには幾重もの女が積み重なり、王太子にへばりつき不気味な笑みを浮かべていた。
「ひっ、なんだこの女共は!? 離れろ!」
そう王太子が体を振ろうが、彼女達は離れはしない。そして、彼女達は王太子の服を脱がしにかかった。
ガタガタと震えた王太子がイーシアに手を伸ばす。それにひらひらと手を振り返した。
「どうぞお楽しみください、王太子殿下」
「ヒッ、やめ、うわああああぁぁぁ!」
王太子を女が埋め尽くし、その体を貪り食い始めた。勿論、男女がするそれである。
王太子は快楽と、屈辱で喘いでいた。女達は美人というには烏滸がましい顔をしており、そのハアハアとした息がかかるたびに、王太子は鳥肌を立たせていた。
その様子を、無感動にイーシアは見つめる。
「気持ちの悪い人」
潔癖でありながら、快楽には抗えない。彼が一番嫌がるかと思っていたが、これでは喜んでしまいそうだ。
「あ! 女じゃなくて男の方がいいかしら!」
誰に聞かれずともそうイーシアは言い、指を弾く。そうすると今度は王太子に男が群がった。
「ひいやぁぁっぁあぁ!」
それを見届けて、イーシアは王太子の夢から出た。
そう、イーシアは夢歩きの魔女であった。夢を見せたり、夢を見たりする使い方によっては恐ろしいものとなる力を、イーシアは有していた。
その力を巡って争う姿を見て、自ら森にいたのだ。
だけど、そんな森にレミーラはきた。結界を張っていた筈だったが、『清いもの』であるとレミーラが判断されたせいか通れてしまったのだろう。
プピー、プピーとくさっぱらで眠るレミーラの頬を、イーシアはつつく。
「魔女である私の目の前で寝るなんて」
そう文句を垂れつつも、久しぶりの人間に、何処かイーシアは高揚感を隠せないでいた。
そして、レミーラの額に手を翳す。間抜けにも寝ている少女がどんな夢を見ているのか、気になってしまったのだ。
夢の中で、レミーラは灰色の世界で何かに急き立てられるように走っていた。
「お母様、待って! 置いて行かないで!」
幼く母を求めるその姿は、見た目は若いとはいえ何百年も生きているイーシアにとっては忘れていた光景だった。ハレーションのように、幼い日の自分の姿が浮かぶ。
「お母様、わたくしいい子にするから、だからもう一度わたくしを見てください。抱きしめてください!」
必死に懇願する姿に生まれたのは、憐憫。久しぶりに触れた素直な気持ちは、イーシアの胸にすっと入った。
だから、レミーラをイーシアは優しく抱きしめる。
「大丈夫、お母様はここに居ますわ」
たっぷりの光を詰め込んだ瞳で、レミーラはイーシアをパチクリと見つめた。
そして、ニパッと笑う。
「ようやく抱きしめてくれた。お母様」
「ーー……!」
そうして、辺りが明るくなった。夢が終わるのだ。
目覚めると、イーシアの膝の上に、レミーラはいた。シパシパと目を瞬かせた後に、イーシアを見てレミーラはふにゃりと微笑む。
その瞬間、胸がなんとも言えない多幸感に包まれた。きゅう、と柔く握り締められたような痛みが、酷く心地良い。
その日、ようやくイーシアは人を愛する事を知った。
それから1週間程を、二人で過ごした。だけどリステラがレミーラを探していると聞いて、悩んで悩んだ末に、返すことに決めたのだ。
この思考の変化にも、イーシアは驚いた。魔女は傲慢な生き物だ。自分の幸せが一番なのだ。
それなのに、レミーラの幸せを最優先にするだなんて、
「私らしくないわ」
だけど、不思議と心は満たされたまま。
そうやって覚悟を決めたイーシアだったが、レミーラ家に両手を上げて歓迎されたので拍子抜けしてしまった。
けど、レミーラの本当の母がいるのに……と帰ろうとするイーシアに、リステラは言った。『彼女は、男と駆け落ちしたんだ。だから、君がレミーラの母親になってくれるのなら、こんなに嬉しい事はない』と。
だから、その言葉に甘え、レミーラはイーシアと過ごすようになった。
◇◇◇
王太子の元を離れ、イーシアは次の場所に向かう。そこは聖女の寝室。
無害そうに寝ている聖女の額に、イーシアは手をかざした。
夢の中で、聖女はたくさんの人間に褒められていた。「凄い。流石聖女様」、「なんて可愛らしいんでしょう」、「本当に、レミーラ様とは比べ物にならないわ」
耳障りな音。酷く彼女の自己顕示欲が現れているこの夢を、壊してやりたいと思った。こんな音が、消えるくらい。
パチン、と指を弾く。そうするとさっきまで聖女を褒め称えていた人達は泥人形のように腐り落ちた。
それが、聖女を囲む。「何なの!?」と言って聖女は慌てて魔法を撃ったようだったけど、夢の世界はイーシアの領域。たった16年しか生きてない聖女が勝てる訳がない。
そして、人の形を模した泥人形はにたりと笑って聖女に向かって歌うように囁いた。
「裏切り者」「あんなにレミーラに良くしてもらったのに」「自分の幸せの為に相手を蹴落とす汚い子」
「そんな子いらない」「いらないいらない」
聖女は、その言葉に青ざめながら言い訳をした。
「だ、だってあの子がいると一番になれないんだもの……」
泥は、彼女に覆い被さった。
「全部、泥に溶かしてあげる」
「いやあぁぁぁ!」
ジュワッといい音を立てて聖女が溶けた。溶けた部分は泥に吸収されている。
そのまま、清らかな者とは程遠い顔をして聖女は死んだ。
「なんて、そんな簡単に夢は終わらないのよ?」
夢に死なんて概念は存在しない。ほら、イーシアが手を叩けば元通り。
「ひっ、なんで」
恐怖に顔を引きつらせる聖女に、イーシアは微笑んだ。
聖母のような慈愛溢れる笑みで。
「レミーラの価値を奪った毒女。貴方にはレミーラと同じ様に、人に裏切られる辛さを体験させてあげる。たぁっくさん、ね?」
そして、聖女は何度も何度も繰り返した。優しくされたかと思えば泥人形になり侮辱され、最後は溶かされる。
段々と聖女の自我は壊れていった。
「さよなら、永遠にそこにいなさい」
それを見届けたイーシアはそう言って、今度は空に上った。国が一望できるくらい高いところに行くと、彼女は魔法を唱える。
それは、この国に住まう者達に対してだった。彼等は、レミーラが国外追放される時の馬車に石を投げたり、酷い暴言を吐いたのだ。
到底、許せない。イーシアはリステラだけは魔法の膜を張り、それ以外の人間に『魔獣におそわれる』夢を見させた。
負のオーラがイーシアにつたわってくる。
「永遠に、悪夢の中にいなさい。私が解除したいと思う日まで」
そう言うと、イーシアは黒い丸の中に、この国を集約した。
手のひらに収まるサイズのそれは、とても禍々しい。
それを先にイーシアが住む森に送り、イーシアは何も無くなったくさっぱらに座り込んだ。
魔力を消費しすぎたせいか、寒くてたまらない。
「寒い、寒いわレミーラ」
寒いのは、きっと魔力の消費だけではない。彼女がもうこの世にいないという孤独感。
寝そべりながら思うのは、レミーラに渡したネックレスの事。あそこには強力な毒が忍ばされていた。眠る様に、死ねる毒だ。
あれは誰か憎い人ができた時……とイーシアは仮定していたのだが、レミーラは自分に使ったらしい。
「聖女や王太子に使えばいいのに、優しい子」
であった時から変わらない、綺麗な子。そんな子は、きっと金輪際現れない。いや、現れてほしくない。
だって、イーシアにはレミーラだけだから。
その時、魔力通信が来た。それは、リステラからだった。
リステラはあまり魔力がないからか姿は映らず、声だけが聞こえてくる。
「ーー……この国を滅ぼしたのは、君?」
静かな声だった。
「そうよ」
「どうして僕だけ生かしたの?」
「貴方には、思い入れがあるから」
これは、リステラがイーシアを責める流れだとイーシアは思った。だって、きっとリステラにも大切な人がいたのだろうから。
だけど、彼は思いも寄らない事を口にした。
「イーシア、一緒に生きよう」
「……正気?」
はて、彼には夢を見せてないぞとイーシアは首を傾げる。そんな彼女に説明するようにリステラは話した。
「僕は、君を愛している。君の業を僕にも背負わせてくれ」
「奇特な人なのね、あなたって」
でも、だからこそレミーラは生まれたのだろうか。
「ありがとう。だけど、少しだけ考える時間を頂戴」
「あぁ、僕は先に隣国に行ってる。色よい返事を期待するよ」
空を見上げて答えた。
「えぇ」
まだ、とても寒い。
◇◇◇
リステラへの返事は決まらないまま、イーシアはある村に来ていた。そこは、レミーラが自殺したところ付近の村。ここに、レミーラの墓があるらしかったのだ。
墓地に来ると、一つだけ真新しい墓がある。
それに、手を合わせた。暫く祈ってから、ようやく顔をあげる。
そこには、レミーラがいた。
「ーーえ?」
「お久しぶりです、お母様」
あの揺蕩う金髪も、柔らかい瞳も、彼女のまま。
周りを見渡すと、花が咲き誇っている。なんだか陽気だ。
「本当に、貴方なの?」
「はい、わたくしはわたくしですよ。お母様」
溢れたのは、涙。困ったように笑うレミーラに、涙が止まらない。
「私、もう一度貴方と会いたかった、話したかったの」
「わたくしもです」
そう言ったレミーラの顔が、曇る。
「もう一度、お母様に抱きしめて欲しい……なんて思ったけど、もう無理ですね」
その悲しげな声に、ふるふると首を振った。
「いいえ、お母様に抱きしめさせて頂戴」
「でもーー」
「いいの。貴方を、私が抱きしめてあげたいの。大切な娘だから」
きゅう、と泣きたそうに顔を歪めて、レミーラは両手を差し出した。
「お母様、会いに来てくれてありがとう」
「待っていてくれて、ありがとう」
「今、そっちに行くわ」
あぁ、なんて温かい。
◇◇◇
とある村で、墓地に訪れていた女性が崖から転落し死んでしまった。そこは、先日少女が自殺した場所と同じだったらしい。
村人は、穏やかな顔で眠る女性に祈り、少女の隣に、新しく墓を立てた。
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