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中編

 王城の応接室で、目の前には国王と王妃が座っている。

 父親のカンティンと母親のローゼファニーである。

 ベアトリスとの一件から4日後、アリアンナは両親からの呼び出しに応じていた。

 許可を得てソファーに腰を下ろす。目の前の両親を見やると、いつもとは様子が違い、非常に神妙な面持ちをしていた。不可思議な現象で、両親に相当心配をかけてしまったことがわかった。しかし体に問題はない。

 あの時アリアンナが願ったことは両親の考えとは異なるかもしれないが、正しいことをしたと確信している。

 アリアンナは両親を安心させようと、いつも通り微笑んでみせた。


「お父様、お母様、ご機嫌よう。ご心配をおかけしてしまったようですが、ご安心ください。私、至って健康ですのよ」


「アリアンナ、医者から体に異常はないと聞いていますが、大丈夫なのですね?」


 確かめるように母親であるローゼファニーが問いかける。医者から容態を聞いてはいても、娘の安否を自分の目で確認するまで不安であったのだろう。化粧で上手く隠してはいるが、娘のアリアンナには顔から疲労が滲み出ているのが感じ取れた。

 光に包まれた後、意識を失ったアリアンナが目を覚ましたのは翌日の昼前であった。突然倒れ、半日以上意識を失っていたのだ。心配をして当然である。

 そして今日の面会までに、全ての予定を調整しているのだから、2人とも激務をこなして大変だったことは簡単に推察できた。それと同時に、両親からの計り知れない愛情をアリアンナは感じていた。


「はい、お母様。むしろ元気すぎて、外に出られなくてとても退屈なくらいでした」


 問いかけてきたローゼファニーは微笑む娘の顔と軽やかな声を聞いて、ようやく安堵の表情を浮かべた。背もたれに身を沈め、微かに溜息を漏らした。

 しかし隣で静かに見守っているカンティンは、未だ苦しそうな表情で黙ってアリアンナを見つめていた。

 アリアンナは緊張感を漂わせる父親を安心させようと、わざと戯けてみせる。


「お父様。私、初めて勉強したいと思いました。あっ、勘違いしないでくださいね。嫌いというわけではないのです。ただ、何もすることがない退屈な時間って、とてもツラいことと初めて知ったのです」


 しかしカンティンの緊張感がなくなる気配はなく、ただアリアンナの顔と右手を見ていた。

 いつもと違う父親の様子にアリアンナが違和感を感じ始める。どういうことですかと尋ねるように母親に顔を向けると、ローゼンファニーの表情も初めて見るものだった。

 それはアリアンナの知る両親ではなく、ランディーニ王国国王夫妻としての顔であった。


「アリアンナよ、医者から聞いてはいるが、右手の“敬愛の紋様”が消えてしまったことは真か?」


 予め覚悟していた質問とはいえ、初めて聞く父親カンティンの厳しい声音にアリアンナは思わず怯む。

 少し怖いとも言えるカンティンの目が真っ直ぐアリアンナを見つめてくる。

 父親の緊張感を少し緩ませようかとも頭に浮かぶが、いつの間にか部屋に立ちこめていた緊張感がそれを許そうとはしなかった。

 仕方なくアリアンナは、カンティンの問いに素直に答える。それがカンティンが悲しむ、望まぬ答えである故、言いたくはなかったが。


「はい。このように」


 アリアンナが右手の手袋を取り、手の甲をカンティンに見せる。何もない、白い手の甲を。


「そうか・・・。聞いていた通りか」


 自分自身の目で事実を確認したカンティンの声に力はなかった。


「それにしても、どうして消えてしまったのでしょうか?お父様はご存じですか?」


「なんでも、紋様を持つ両者、お前とベアトリスが紋様が消えてなくなって欲しいと強く望むことで消えてしまうらしい。

 ベアトリスから聞いて調べたら、代々王族に伝わる記録に記してあった」


「そう言えば」


 あの時のことを思い出すと、確かにフィネガンを助けようとして願っていた。


「そうか。願ってしまったのか」


 カンティンが顔を俯かせてしまった。両親が落胆しているのは明らかである。全てを失い、絶望しているようにも見えた。

 アリアンナ自身、自分が取り返しのつかないことをしてしまったことは重々理解出来る。自分の幸せと国の繁栄のために“敬愛の紋様”を16年も守ってきてくれた両親には感謝してもしきれない。しかし姉ベアトリスの持つ“怨恨の紋様”は全てを破滅させてしまう。大切なものを失ってからでは遅いのである。

 何より、幸せになるのに紋様の力が必要不可欠なわけではない。

 本当に大切なもの、幸せとは何かを両親に思い出してもらおうとアリアンナは口を開く。


「お父様、お母様。この度は勝手なことをして申し訳ありませんでした。しかし、私は自分の行ったことを間違っているとも考えておりませんし、後悔もしておりません。

 お姉様の“怨恨の紋様”の影響は日に日に強くなっています。このままでは伝承通り、お姉様が破滅をもたらすことは間違いないでしょう。そのような恐ろしいことは防がなければなりません。例え“敬愛の紋様”を犠牲にしても。

 確かに“敬愛の紋様”のおかげもあり、私はこれまで幸せでした。しかし、全てが紋様の影響とは思いたくありません。愛を注いで育ててくれた両親。苦楽を共に歩める友人。正しい道を示してくれた先生方。生活に彩りを与えてくれる側近達。私の素晴らしい出会い全てを紋様がもたらしてくれたとは到底思えません」


 両親が顔を上げたのを見て、アリアンナは自分の言葉が2人に届いたことを知った。ただ、まだ表情は暗い。2人を元気づけるため、アリアンナは自分の想いを言葉に込めた。


「幸せは誰かに与えてもらうものではないと私は思います。自分の力で、時には周りの者と手を取り合って築いていくものではありませんか?

 大丈夫です。私は、私達は、ランディーニ王国は“敬愛の紋様”に頼らずとも幸せになることが、必ず出来ます。

 なにより、私は“怨恨の紋様”のせいで、皆が不幸になる方が耐えられません」


 アリアンナは知らぬ間に両手を胸の前で組んで、訴えかけるように語りかけた。その甲斐あってか、両親が眩しいモノを見るように見つめている。自分の想いが伝わったことがわかり、アリアンナは嬉しさで微笑む。


「国王陛下」


 ローゼファニーが厳しい顔でカンティンに声をかける。それを受けてカンティンも姿勢を正す。

 両親を元気づけたと思って喜んでいたアリアンナであったが、目の前の両親が思っていた反応と全く違うことに戸惑いを隠せなかった。

 いつもの愛情に満ちあふれた優しい目ではなく、一国の王、王妃としての目がアリアンナに向けられている。

 全く予想だにしなかった展開に、アリアンナは目を白黒させてしまう。

 経験したことのない状況に戸惑い、助けを求めて後ろを振り向くが、いつもいてくれたエドリック、フィネガン、グラウコはそこにはいなかった。周りを見回しても壁際で静かに控えている両親の側近がいるだけである。アリアンナが縋る思いで彼らを見ても、その目は何の感情も見せることなく逸らされてしまった。

 戸惑いが混乱となり、アリアンナの景色が歪み始めた。


「アリアンナ。これから大事なことを伝える」


 カンティンの声でアリアンナの景色が元に戻る。

 目の前の両親は先程と変わらず、厳しい目でアリアンナを見ていた。目の前の景色が歪むほど混乱してしまったにも関わらず、両親が全く気づいてくれなかった様子にアリアンナは寂しさを覚える。そのことを訴えようと口を開きかけたけれど、その場の空気が言葉を発するのを許さなかった。代わりに口から出たのは「はい。お父様、何でしょうか?」という返事であった。


「ゴホン。現在、我がランディーニ王国はある問題により、周辺国との関係が悪化している。今はまだ皆の尽力により大きな影響は出ていないが、悪化の兆候は確実に出ている。そして、それは私の失態によるものである」


 国家の存続に関わる、理解を超えた問題に、アリアンナはカンティンの話を真っ直ぐ受け止めることが出来なかった。信じられず、カンティンの隣に座っているローゼファニーの目を向けると静かに頷いて返された。


「どういうことですか!?」


 突然聞かされたことを受け入れることが出来ず、かといって否定することも許されなかったことで、アリアンナはワケもわからなくなり叫んでしまった。

 しかし、2人とも眉1つ動かすことはなかった。

 こんなにも混乱してしまっているのに、宥めようとも慌てる様子もなく静かに自分を見続ける両親にアリアンナは怒りを感じ始める。


「何とか言ってください!お父様!お母様もなぜ黙ってらっしゃるのですか!?」


「黙りなさい。アリアンナ、国王のお話はまだ終わっていません。座って聞くように」


 聞いた事のない、ローゼファニーの静かながらも背筋が寒くなるような声に、アリアンナは初めて恐怖を感じた。「ヒッ」と口から漏れ、足から力が抜けてソファーに倒れるように座り込む。重く柔らかいソファーでなければ、勢いを受け止められずに後ろに倒れ込んでいただろう。

 アリアンナの心情は大きく揺れ動き続けているのに、目も宙を彷徨っているにも関わらず、2人とも気にせず話し始めてしまった。


 アリアンナは国王の話を黙って聞いている。いや、実際は聞いていなかった。アリアンナの頭は他のことでいっぱいであった。

 なぜ、私を見てくれないのか?

 なぜ、私の話を聞いてくれないのか?

 なぜ、私を気遣ってくれないのか?

 なぜ、私が怒られなければならないのか?

 答えを求めるでもなく、ただ子供の癇癪のように「なぜ」を繰り返し続けていた。

 そもそも国家運営は大人達がすべきこと。まだ学生の身である自分に説明する必要などあるのだろうかとアリアンナは思い至る。そして失敗の原因が明確であるなら、協力して改善すれば良いのではと。物事を難しく捉えすぎてるのではと父親のことが心配になる。「私が教えて差し上げた方が良いのでは?」と父親を見やるが、母親の厳しい目に気づき口を開くことが出来なかった。

 そのままカンティンの難しい話が延々と続いていく。


「一昨日、ベアトリスと話をした際に初めて気づかされた」


「待ってください。お姉様とは一昨日お話ししたのですか?私より前に?」


 国王の話を遮り、アリアンナが問いかける。そう言えば先程もお姉様と会ったような事を言っていたと思い出す。問いつめるように国王を強く見つめる。王妃からの叱責がすぐに飛んできたが耳に入らない。

 しばらく見つめ合った後、カンティンが大きな溜息と共に折れて答える。


「言った通りだ。ベアトリスとは一昨日話をした。問題あるか?」


 カンティンの言葉は尋ねるものであるが、語気は強く、「黙っていろ」と言外に言っているのは明らかである。

 しかしアリアンナにとっては素直に受け入れられることではなかった。16年間、物心ついてからは常にベアトリスより優先されてきたのだ。

 アリアンナが黙ったことで国王が話を再開したが、アリアンナの頭の中はそれどころではなかった。

 なぜ、私よりお姉様の方を優先されたのか?

 なぜ、私にはすぐに会いに来てくださらなかったのか?

 なぜ、私の無事を喜んでくれないのか?

 なぜ、私にそのような厳しい目を向けられるのか?

 いくつもの疑問が浮かび上がる。しかしどれだけ考えようとも、何一つ答えは思い浮かばなかった。

 紋様が消えてしまったことにおいても、“敬愛の紋様”と“怨恨の紋様”では、なくなって困るのはアリアンナの持つ“敬愛の紋様”の筈である。それにも関わらず、両親が先に姉と会談をしたと言う。「一番に心配されるのは私ではないだろうか」とアリアンナは両親の冷たい仕打ちに不信感を抱き、悲しみに胸を痛めた。


「以上が、今後の方針である」


 ようやくカンティンの難しい話が終わった。

 とても重要なことを話しているようであったが、アリアンナにとっては、これまでと全く違う両親の対応の違い、豹変ぶりが気になってそれどころではない。2人に聞いても、先程の様子からは、望む答えが返ってくるとは思えなかった。アリアンナはすぐにでもフィネガン達に会うべく、思考を巡らせる。


(おそらく、皆も当事者として事情聴取のために王宮にいる筈。私が気を失った後、どうなったのかわかれば、今の状況も少しはわかるでしょう。お父様達が別人のようになってしまった理由が。それに、私のことを心配もしているでしょうから、安心させてあげないと)


 アリアンナは今すぐにでも立ち上がりたい衝動を抑えて、父親の退出の許可を待つ。

 しかし、状況はアリアンナの望む方向へは進まない。


「続いて、お前の処遇について、決定事項を伝える」


 思ってもいなかったカンティンの言葉に、アリアンナは感情のまま驚きを表情に出してしまった。

 私の処遇って、何?

 今日は事情聴取ではないの?

 ローゼファニーからの「みっともないですよ」と叱責を受けて慌てて取り繕うが、内心は混乱したままである。

 しかし、カンティンはアリアンナの心情など気にも止めず、話を続けていく。

 先程までの国家についての話とは違い、自身のこと故、何とかカンティンに意識を向ける。


「アリアンナ。お前を全ての公務から外す。これは“敬愛の紋様”による影響がどの程度かわからないためである。問題ないと判断できるまで、国内外全ての公務に参加を認めない」


 想像以上の内容に、アリアンナは自身の耳を疑った。

 まだ学生とはいえ16歳の王族である。18歳で学院を卒業した後は王族の一員として、公務に励むものである。あと僅か2年しかないのに、今公務から外されては、卒業後の活動に大きな支障が出てしまう。学院ではフィネガンやエドリック、グラウコを始めとして多くの友人や繋がりを得ることができた。しかし所詮若輩者。国家運営に現在携わっている人達は、父親のように年配者である。彼らとのコネクションを作れる機会は逃したくなかった。


「困ります、お父様。私は愛する国民のために、卒業後は身を粉にして公務に励むつもりです。そのためには、僅かな期間であっても、公務を外されるワケにはいきません」


「アリアンナ!何度言えばわかるのです。上位者の言葉を遮ってはいけません。黙って聞き入れなさい」


「ですが、お母様ッ。これは私の将来に関わることです。お父様の言葉とはいえ、黙って受け入れられません。取り消してください」


 アリアンナの強い言葉に、カンティンとローゼファニーが大きく息を呑んだ。アリアンナは強く2人を見つめる。夢を叶える為には引くわけにはいかなかった。

 アリアンナには夢があった。

 国民全員が笑って豊かに過ごせる国を作るという夢が。

 ただ、理想を掲げるだけでは夢は当然叶わない。

 夢を叶える為には力が必要である事を知っている。

 幸い、アリアンナにはその力を手にできる機会があった。

 それならば、後は全力を尽くすだけである。

 とても素晴らしい夢。

 だからこそ難しい夢。

 夢を叶える為に、どれだけの時間がかかるかわからない。

 素晴らしい夢は少しでも早く叶った方が良い。

 ならば、少しでも立ち止まるワケにはいかなかった。


「お前は何を言っているのだ。私は父親として娘に言い聞かせているのではない。国王として、臣下に命じているのだ。国家運営とお前の我が儘。どちらが優先されるかは言うまでもない。理解したな?」


「そんなッ。お父様。私は国のためを思って」


「理解出来ないのか?」


 怒りが滲んだ声にアリアンナは恐怖を感じて口を閉じる。

 生まれて初めて向けられた、怒りという感情にアリアンナは一瞬呼吸を忘れてしまうほど動転する。知らず知らずのうちに涙が滲む。

 目の前にいる2人が、両親とは別のモノに見える。

 明らかにアリアンナの知っている両親ではなかった。

 泣き叫びたい感情を必死に抑える。口から手を離したら、おそらく情けなく叫んでいただろう。無様ではあったけれど、感情を何とか押しとどめた。

「わかりました」という言葉の代わりに、何度か頷いてみせる。


「それで良い。

 公務への復帰に関しては、お前の成績、生活態度、発言など様々な面を考慮して決定する。常に監視されていると思え」


 公務復帰においては、すぐにでも叶いそうなことにアリアンナは希望を感じ、少しだけ心を和らげることが出来た。常に監視されている状況は窮屈な思いを強いられそうであるが、普段通りに生活していれば問題なく、すぐにでも復帰が許されるだろうと思えた。


「卒業時に“問題あり”と判断した場合は相応の対応を取る。これについては状況次第のため、対応方法は未定である」


(成績は少し頑張る必要がありますけれど、概ね問題ありませんね。いえ、卒業までなんて待っていられません。上期の成績でお姉様より上になれば、さすがにお父様も認めざるを得ないでしょう。こうなっては、なりふりかまっていられません。卑怯ではありますけれど、フィネガンに勉強を教えてもらいましょう。前年の試験の傾向と対策がわかれば、きっとお姉様にも勝てる筈。夢のため。国民の幸せのためですもの)


「卒業した暁にはどの様な状況であれ、フィネガン=サルディ、エドリック=トリエンテ、グラウコ=ハメットの3人はアリアンナの側近に任命する」


 信じられない言葉に、アリアンナはカンティンに反論しようとする。しかしすぐに睨み返されてしまう。先程の恐怖がよぎり、咄嗟に手で口を覆い隠す。

「何でもありません」という意思表示を込めて、首を左右に振ってみせる。しばらく睨まれたけれど、アリアンナの態度に納得したのか、僅かであるがカンティンの目から険がとれた。

 恐怖が去り、アリアンナは口から手を離し、父親の言葉を受け止める。

 ただ先程の父親の言葉は、アリアンナにとっては絶対認められないことであった。

 3人とも将来の夢はそれぞれ抱いており、皆、父親と同じ道を目指している。

 しかしアリアンナの側近になってしまっては、夢を叶えることは出来なくなってしまう。夢を奪うなんて非道な真似が許されて良いはずはない。

 とは言え、この場では反論は許されない。相手は国王と王妃で、アリアンナ1人では到底太刀打ちできるものではない。

 けれども、一番早いフィネガンの卒業までに1年の猶予がある。皆で考えれば、必ず道は開けるはずである。

 努力が報われないなんてことあってはならない。

 他人によって夢が閉ざされるなんてことあってはならない。

 アリアンナは3人と会わなければならないと一層強く思った。


「次は、お前に当てられている公費についてだ。これを適当な金額に戻す。現在、毎月金貨2枚を支給してるが、本来であれば、金貨1枚が妥当である。故に今月より、アリアンナへの支給額は毎月金貨1枚とする」


 前の2件については、期限に余裕があるし、1人では打開出来ないので、一旦引き下がろうと考えることが出来たが今回の件については余裕がない。

 アリアンナはおずおずと手を挙げる。

 さすがに父親であろうとも、上位者の許可なく発言することが無礼であることに思い至った。礼法に則って、上位者であるカンティンに発言の許可を求めた。


「発言を認める」


「はい。私には側近が26人います。その者達に報酬として、1人銀貨5枚を毎月の報酬として支払っています。つまり、側近にかかる費用だけで金貨1枚と銀貨30枚になります。加えて、衣装代に交際費、交通費などを合わせれば金貨2枚はどうしても必要です。どうか再考してください」


「アリアンナ。貴女が無駄遣いをしていないことはわかっています。しかし、金貨2枚は多過ぎです。そもそも側近が多すぎるのです。王女という立場でしたら、侍従、文官、護衛がそれぞれ5人程度が望ましいでしょう。至急、調整しなさい」


 アリアンナの言葉に応えたのはローゼファニーであった。先程叱咤された時とは違い、穏やかな口調であったが、有無を言わせない強さがあった。

 しかしアリアンナも引くワケにはいかなかった。側近達は皆、自分のために尽くしてくれているのだ。簡単に切り捨てることなど出来るワケがない。それに、アリアンナの側近が、これほどまでに多くなったのは姉のベアトリスのせいであった。


「お母・・・。王妃殿下。側近が多いことに関しましては、お姉様に原因があります。お姉様が、些細な理由で側近を解雇してしまうのです。王族の側近を解雇されるなど、その者にとって一生の汚点となってしまいます。貴族として致命的です。未だ学生の身であるにも関わらずです。私はお姉様の後始末をしていたに過ぎません。まずはお姉様に注意をすべきでは。それと、お姉様が不当に解雇した者の分は、お姉様の公費から捻出すべきではないでしょうか」


 先日のベアトリスとの話し合いで名前が上がったモイラ=オジャラを始め、数多くの者がベアトリスに解雇されていた。話を聞いたアリアンナは、ベアトリスの暴挙を許すことは出来なかった。しかし姉を説得しても聞く耳を持たないし、仮に戻ったとしても虐げられるのは目に見えている。結果、彼女らを救うために、アリアンナは自分の側近として受け入れることにしたのだった。

 その原因を無視してアリアンナの公費が減らされることは、相手が国王としても正しいことではない。アリアンナは両親の過ちを見過ごすことが出来なかった。


「ベアトリスが何人もの側近を解雇した件については、その都度報告を受けてきました。結論から申すなら、全て問題ありません。ベアトリスの判断は正しいものです」


 ローゼファニーから返ってきた言葉は、またしてもアリアンナの望むものではなかった。

 自分の意見が取り下げられ、姉が正しいとされる。今まででは絶対あり得ないことであった。アリアンナの言葉は、常に必ず正しかった。それが、今日はことごとく否定されてしまう。

 アリアンナは思わず自分の右手を見つめる。


(紋様が消えてしまったことで変わってしまった?もしかしてお姉様の“怨恨の紋様”の影響?私の紋様は消えてしまったけれど、お姉様の紋様は残っている?それが、みんなに悪しき影響を与えているということ?)


「お母様ッ!お姉様は?お姉様の紋様はどうなりました?まさか、残っているなんてことは・・・」


 最悪の事態を恐れるあまり、アリアンナは礼を逸した口調と態度で問いかけてしまった。

 ローゼファニーから何度目かの注意が飛んできたが、アリアンナにはそれ所ではなかった。もし“怨恨の紋様”が残っていたら、伝承通り、国が滅亡してしまう危険性もある。

 ローゼファニーからの注意を聞き流し、語気荒く答えを求めた。


「大事なことです。教えてください」


「フー。それなら貴女と同じく消えてしまっていますよ」


「そう・・・ですか」


 最悪と思われた事態にはなっていなかったけれど、状況の変化の理由はわからないままであった。明らかに落胆するアリアンナの姿を見て、カンティンとローゼファニーは顔を見合わせる。表情から、アリアンナが何を考えているのかわからないというように見て取れた。しかし、それはアリアンナの方が問い質したい点であった。

 “怨恨の紋様”の影響でないのなら、どうして両親は変わってしまったのか?

 俯き、悩むアリアンナであったが、ローゼファニーは娘の様子を気にせず話を再開する。


「話を戻します。

 ベアトリスが解雇した者達は、側近として不適格でした。故に、ベアトリスに非はありません」


 2人の変化は気にかかることではあるが、今は母親の間違いを正す必要がある。アリアンナは顔を上げてローゼファニーに真実を伝える。


「それはおかしいです。私が聞いたところでは、僅かな失敗を理由に解雇された者、気に入らないからと解雇された者、お姉様の暴言や虐げられたことで逃げ出した者ばかりです。彼女らは被害者です」


「アリアンナ。貴女はそれを誰から聞きました?それが事実であると、どのように判断しましたか?」


「もちろん、本人からです。彼女たちの話を聞いて、その時の様子から判断しました。フィネガン達も同席しておりましたし、皆、私と同じように判断していました。複数の意見を聞いて、状況の判断を致しました」


「何を言っているのです。それは一方の話しか聞いてはいないではないですか。複数の意見を聞くということは、ベアトリスの意見とベアトリスの側近達の話も聞かなくてはなりません」


「そんな・・・。それでは偽証されてしまうではないですか。加害者の意見など信用できません。それに私はフィネガン達からも話を聞いています」


「はぁ~。貴女の考えはわかりました。しかしこの件については、報告を受けた度に私達が事情を確認してきました。解雇された者達に、相応の理由があったことは確認済みです。貴女がどのように彼女たちを見て評価しているのかわかりませんが、私達は、王族の側近としては不適格と見なしています」


 被害者が救われないどころか、問題ありと判断されていることにアリアンナは怒りすら覚えた。

 被害者が、弱者が泣き寝入りする世界は正しくない。強者は、その力を正しく使う義務がある。自分の欲望を満たすため、弱者を虐げるために使ってはならない。強い力を持つ者ほど、自分を律する強さを持たなければならないのだから。


(私には、王女として彼女たちを救う義務があります)


 アリアンナは正しきことを成すため、両親と対峙することを決意する。愛する両親であるからこそ、目を覚まして欲しくて。


「王妃殿下。どのような調査をされたのかわかりませんが、真実は変わりませんし、覆せません。嘘はいずれ明らかになります。強い力を持つ我々王族は、誰よりも正しき道を歩まねばなりません。見栄や欲望のために、真実を嘘で覆い隠してはならない筈です。

 国王陛下、王妃殿下、苦難の茨道であろうとも、王族は正しき道を歩み、民を導かねばなりません。

 王族の義務を、王族の正しき姿を思い出してください」


「貴女は何を言っているのですか。自分が信じたいものを正しいと決めつけ、都合の悪いことを悪と決めつける。それが正しいと言うのですか。

 もし、その者らが真に問題ないと言うのでしたら、その証拠とベアトリスに非があるという証拠を併せて示してみなさい。話はそれからです」


 アリアンナとローゼファニーが睨み合う。

 初めて両親と意見を違え、対することになってしまったアリアンナであったが、恐怖や不安はなかった。アリアンナの心の内にあるのは、両親が間違いを認めようとしないことに対する悲しみと強く正しい勇気であった。


(大丈夫。これまで、何度もお姉様を諫めてきたのですもの。フィネガン達にも協力してもらって証拠を集めれば、お母様もきっとわかってくれる筈です)


 アリアンナは拳を強く握り、確固たる決意を胸に宿した。


「ともかく、早急に側近の人数を減らしておきなさい。金貨1枚では、26人にも報酬は出せないでしょう。10人ほど減らせば良いでしょう。わかりましたね」


「お母様ッ。あっ。いえ、王妃殿下。それでは話が違います。彼女たちに非がないことを示せれば問題ない筈です。金貨1枚に減らされてしまっては、側近として召し上げることが出来ないではないですか」


 ローゼファニーの右眉が微かに上がる。親子であるからこそ、アリアンナには、その癖からローゼファニーが心底驚いていることがわかった。自身の発言が矛盾していることに気づいたのだろうと読み取る。そして自戒して欲しいと願う。

 こめかみに指を当てて、ローゼファニーが悩む素振りを見せた。

 自分の想いが、正しさが通じたとアリアンナは密かに喜ぶが、溜息の後にローゼファニーが放った言葉はアリアンナが望むものではなかった。


「仮にその者らに非がなかったとしても、解雇という処分ではなくなるだけです。

 もう一度言います。アリアンナへの公費支給額は月金貨1枚です。必要経費はその中に収めなさい。

 特別扱いはしません」


「そんなッ!横暴ではありませんか。私を頼ってくれた者達を切り捨てるなんて真似、私出来ません。

 そうですわ。このような事態になったのはお姉様が原因なのですから、足りない分はお姉様に負担させてください」


 再びローゼファニーが溜息をつく。目には侮蔑の感情が滲んでいたが、興奮気味であったアリアンナはその目に気づくことが出来なかった。


「貴女は知らないのでしょうけれど、ベアトリスには、これまで銀貨70枚しか支給していませんでした。素行に問題を見つけては減らしていたのです。問題と言っても、言いがかりばかりですけれど。

 言い訳になってしまいますが、“怨恨の紋様”の影響で、私達はベアトリスに憎しみのような感情を抱いていました。貴女は“敬愛の紋様”を持っていたためか、近しい間柄であってもそれ程影響はなかったようですが」


 両親が済まなそうな表情を浮かべた。ベアトリスのことを語る時は、常に不機嫌であった両親が初めて見せた表情と口調に、アリアンナは目の前のことを、ローゼファニーの言葉を正しく理解出来なかった。

 いや、理解することを無意識に心が拒んでいた。


「“怨恨の紋様”が消え、私達の憎しみも消え去りました。理不尽な減給は補填し、今後はベアトリスも月金貨1枚にします。

 アリアンナ。貴女はこれまで“怨恨の紋様”のせいで、様々な理不尽な目に遭ってきたベアトリスから、なぜ奪おうとするのです。もう紋様は消え去ったのです。紋様がもたらした、ベアトリスに対しての悪感情はない筈です。胸に手を当てて、姉のことを想ってみなさい。悪感情はなくなっている筈です」


 戸惑いながらもローゼファニーの言う通り、アリアンナは胸に手を当ててみる。


(お母様は何を仰っているの?紋様が消え去っても、お姉様がしてきたことや言ってきたことで傷ついた人がいたのは事実。確かにお姉様が悪感情を撒き散らしていたのは紋様の影響で、不本意であったかもしれませんけれど。それでも、紋様のせいだからと簡単にわだかまりが消えるものかしら?)


 ベアトリスのことを考えてみる。アリアンナの心に浮かんできたのは、今までと変わらないベアトリスへの感情であった。


(どういうことです?お母様は、紋様が消え去って、その影響も消え去ったと仰っていたけれど。そもそも、紋様の影響で、お姉様はあのように非道な振る舞いをしていた筈では?それならば、お姉様が憎まれるのは道理の筈。紋様のせいと言うのなら、確かに理不尽ではあるのでしょうけれど。

 いえ、それも言い訳ですね。お姉様がご自分を強く律することが出来なかったことが問題なのですから)


「どうです?ベアトリスへの悪感情はなくなっているでしょう」


 ローゼファニーの語りかけに、アリアンナは理解も納得も出来なかったが、微笑んでみせてやり過ごす。

 出来ることなら、この場で言及したい思いであったけれど、両親があまりにも変わりすぎているなど不可解なことが多すぎた。正しい状況を理解出来なければ、正しい打開策は見い出せない。まずは、自身の立ち位置と相手の立ち位置を知る必要があった。


「わかりました。国王陛下と王妃殿下の仰せのままに」


 ようやく殊勝な態度を見せたアリアンナに、カンティンとローゼファニーは安堵の表情を浮かべる。

 アリアンナも安心させるように、可愛らしい笑顔を作り、恭順の素振りを見せる。しかしアリアンナの胸中は全く違っていた。

 正しきことを成すために、間違っていることを正すために心を震わせていた。

 相手はこの国の最高権力者。生半可な覚悟では太刀打ちできない。

 けれどアリアンナは知っている。

 正しき思いと行いは、必ず報われることを。


「通達は以上。

 今からは私的なものである。見聞きしたことは、この部屋から出たら忘れるように」


 カンティンが部屋に控える側近達に向けて命じる。

 国王の仮面を脱いだカンティンの目は、アリアンナが見慣れた優しく温かいものであった。若干、気まずさが表情に表れていたが、それは知っている父親の顔であった。ローゼファニーも母親として、心配するような顔を向けている。いつも通りの両親の様子にアリアンナは少し安心する。嬉しくなり、自然と微笑んでしまう。


「それで、紋様が消えてから生活に支障はないか?」


 カンティンが心配そうに尋ねてきた。

 現在王宮にいることは本来あり得ないことであり、アリアンナにつけられた侍女達は急遽配属された者達である。気心知る間柄ではないために多少の窮屈さは感じてしまうが、王宮勤めの侍女である故、仕事ぶりは完璧であった。


「はい、問題ありません。皆、よく尽くしてくれています。支障があるとするなら、部屋から出られないことでしょうか。やれることが少なく、少々退屈でした」


「そうか。国家に関わること故、外部との接触を極力避けたかったのだ」


「そういうことでしたら、仕方ありませんね。それで、私はいつ学校に戻れるのでしょうか?もう新学期は始まっていますでしょう。このままでは、皆に置いて行かれてしまいますわ」


「そうだな。あと5日は王宮に滞在してもらう。部屋から出ることは認められないが、欲しい物はできる限り用意させよう」


 すぐにでも学院に戻れると想っていたアリアンナにとって、カンティンの言葉は予想だにしなかったものであった。驚きのあまり言葉を失ってしまう。

 娘の驚きを悟ったカンティンは、諭すように説明を始めた。


「お前には望まぬことであろうが、これは国家的問題なのだ。紋様が消えてから3日。情報規制はしているが、他国に知られてしまっていると考えるべきだ。つまり、そろそろ他国の諜報活動が活発になる頃。今お前達が学院に戻れば、どの様な目に遭うのかわからないし、守るのが困難なのだ。不自由ではあるが、我慢しておくれ」


 アリアンナは“怨恨の紋様”が消えてしまえば、姉によって傷つけられる人がいなくなる程度に考えていた。しかし事は国際問題に関わるという。あまりにも大きすぎる問題に、アリアンナは目を回しそうになってしまう。


(そんな。それ程大きな問題になってしまうなんて。あの時は、ただフィネガンがいなくなってしまう気がして。それを防ぎたいだけでしたのに)


「そ、そうですか。それでは、仕方、ありませんね。では、せめてフィネガン達と会わせていただけませんか」


 アリアンナは悲痛な表情を浮かべ、カンティンとローゼファニーに懇願する。自分がしてしまった事が大きすぎて、不安に押しつぶされそうだった。

 国王と王妃である父親と母親は多忙故、縋ることが出来ない。

 せめて一緒に育ってきた、いつも一緒にいてくれた3人と過ごすことが出来れば安心出来ると思えた。3人なら、自分の不安を取り除いてくれると。

 それに両親の様子が変わってしまったことや側近のことなど、相談したいこともあった。

 3人がどこにいるのか、どういった状況におかれているのかわからなかったけれど、情報規制の点から隔離されていることは推測出来た。そしておそらく、アリアンナと同じく王宮にいることも。

 覗くようにカンティンの顔を見ると、息を呑んだ後、目を逸らされてしまった。その横顔はとても気まずそうな表情をしていた。続いてローゼファニーに顔を向けるが、やはり目を逸らされる。


「お父様?お母様?」


 2人の態度がわからず声をかけるが、やはり気まずそうに目を逸らされてしまった。

 それでも2人を見続けていたら、ようやく折れたらしく、カンティンが溜息を吐いてアリアンナに向き合った。

 両親の態度から、良くないことを言われるのだろうとは予測出来る。怖くて手が震える。震える右手を左手で押さえることで、恐怖心も押さえ込もうとする。

 言いよどむ父親の素振りが、アリアンナの恐怖を一層強くした。

 全身が強ばる。


「お前の友人である3人だが、しばらく様子を見た方が良いと判断した。

 紋様の影響は近しい者ほど、大きいことはわかるな。お前とあの3人は、小さい頃から共に過ごすことが多かった。だからこそ、紋様の影響力は大きく、消え去った今では、互いの関係は全く違うものになってしまうだろう。関係が深かった分、離れてしまう距離が大きくなることもある。

 変化に戸惑い、傷つくお前を、私達は見たくないのだ。わかってくれないだろうか」


 恐れていた事とは違い、アリアンナはホッと胸をなで下ろす。全身から力が抜ける。フィネガン達の身に何かあったのではと不安であったけれど、杞憂であった。

 緊張が解けると、余裕が出てきた。

 アリアンナは先程のカンティンの言葉を思い出す。私達の関係が変わってしまうことで、私が傷ついてしまうことを不安に思ってくれているらしい。両親が私のことを想い、気にかけてくれていることに嬉しくなる。


(先程の厳しい態度は何だったのでしょう?あっ。もう子供扱いしないということでしょうか?もう16歳ですし。確かに、私もお父様とお母様に甘えすぎていたのかもしれませんね)


 2人の愛を感じたことで、アリアンナの心は喜びで満たされる。


(それにしても、突然大人扱いしたのに、過保護なところは変わらないなんて。お父様もお母様も、子離れ出来ていないではないですか)


 2人の言葉や態度がちぐはぐな事が可笑しくなり、アリアンナはコロコロと笑ってしまった。

 突然楽しそうに笑い出したアリアンナに、カンティンとローゼファニーは驚き顔を見合わせる。その様子が可笑しくて、アリアンナは笑いが止まらなくなってしまった。

 これまで不安が大きかった分、アリアンナの笑いは長く続いた。けれどそのおかげで、胸の内にあった不安を全て吐き出すことが出来た。

 アリアンナは不思議そうな顔をしている両親に向かって、ニコリと笑ってみせる。「2人に負けないくらい、私もお父様とお母様を愛しています」という想いを込めて。

 想いが伝わったのか、2人は嬉しそうに笑顔になった。

 アリアンナは自分が成長していることを説明して、2人の不安をさらに払拭する。


「お父様とお母様が私を気遣ってくださることはとても嬉しく思います。でも、心配しないでください。いつまでも護ってもらうだけの私ではありません。まだ頼りなく感じられてしまうのかもしれませんが、成長しているつもりです。

 確かに、紋様が消えてしまったことで影響はあるかもしれません。それでも、私は私です。変わることはありません。信じて見守ってくださいませんか?」


 2人が虚を衝かれたように、戸惑った素振りを見せた。

 カンティンがアリアンナに何か話しかけようとするが、言葉が見つからないのか、口を開けたり閉じたりする。

 ようやく言葉が見つかったのか、カンティンが話し始めた。


「そうか。お前は強いのだな。

 しかし、今後は環境の変化に戸惑うこともあるだろう。不安を感じたり、苛立つこともあるだろう。お前が考えている以上に厳しいものになることだろう。ツラい時は私達を頼りなさい。私達に出来ることは少ないけれど、お前を助けること、それこそが私達に課せられた責任なのだから。

 お前がツラい目に遭うのは私達の責任である。だから、どうか他の人を恨むようなことはしないように。今のまま、人を愛することを忘れないでいておくれ」


 カンティンが何を言っているのか、何を不安に思っているのかアリアンナにはよく理解出来なかった。しかし2人の様子から、何かを悔い、反省していることはよくわかった。

 それならば、アリアンナにとって愛する両親に対してすべきことは1つしかなかった。


「お父様。気にしないでください。過ちは誰にでもあります。ただ、その過ちを受け止め、反省するのであれば、正しい道に進むことが出来ます。

 人は悔い改めることで成長するものです。そして人は過ちを許せるものです。

 私はお父様とお母様の過ちを許します」


「そうか。愚かな私と妻を許してくれるのか。お前は優しい子だな。

 わかった。フィネガン、エドリック、グラウコの3人とはできる限り早く会えるよう調整しよう」


 いつも通り望みが叶い、アリアンナは安堵する。

 残った問題は側近の人数調整と公費の削減である。しかし、両親が変わらず自分を愛してくれていることはわかった。今まで通りならば、両親を納得させるだけの、彼女らを助けるための理由を提示できれば、変わらず今の状況を認めてくれる筈である。アリアンナは「私に課せられた課題である」と感じ取った。

 ただアリアンナ1人では心許ない。いつものようにフィネガン達と力を合わせて取り組む必要があった。


(失敗は許されないでしょう。これは彼女たちの立場だけの問題ではない筈。おそらく、王位継承を視野に入れた帝王学の一環でしょう。それならば、私はお父様とお母様の期待に見事応えなくては)


 アリアンナは両親から託された想いをしっかりと受け止め、新たな決意を胸に刻んだ。

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