公爵令嬢の独白
花国王立学園にある巨大ホールでは卒業パーティが華々しく行われていた。
私の名前はリディア・ボハーチョヴァ、ボハーチョフ公爵の長女、母親は東の雄・ハラトキー辺境伯の娘でもありわが国で最も権勢を振るう二大貴族でもあります。
この日、私は在校生として卒業パーティに参加していました。
「ピヨピヨ」
「はい、ピヨちゃんお菓子だよ」
「ピヨ~ピヨ~」
私のクラスメイトでもあるフェルナント様に連れて来られたヒヨコも卒業生や在校生の女子に餌付けされていました。
大きくて頭の上に紅の羽が何枚も生えているのがチャームポイントです。可愛いですよね、ピヨちゃん。
私は疑問に思って飼い主を探すと、当の飼い主はエリク第3王子殿下と話をしている様子でした。エリク第3王子殿下は後ろ盾の弱い方ですが、エステル・ロセツカ公爵令嬢と仲が良く、ロセツカ公爵家への婿入りの話が出ています。
当のフェルナント様は、ヒヨコ騎士と周りに侮られていますが、とても優秀な方です。
学校の成績は常にトップですが、最初にヴァイスフェルト子爵と自己紹介したのが悪かったようです。
どうも学内の生徒は帝国の子爵令息だと勘違いしたらしく、本人も勘違いされているのを知っていても、特に気にしなかった為です。
我が国は特に内向的なので、遠い国の子爵令息と勘違いされ、あまり人気はありません。
実際には帝国子爵でも我が国の伯爵相当の力を持ってはいますが、遠い国のそこそこの家程度の認識になっているようです。
彼がどこの令息という話であれば、彼は公爵令息。他国に疎い花国でも知らぬ者は無いローゼンブルク帝国の魔導文明を開化させたローゼンハイム公爵の嫡男です。
知っていたら彼に取り入ろうと大変だったと思います。ヴァイスフェルトの高級ウールは我が国でも有名ですが、常夏の国で常時花に彩られた我が国にウールは入りにくいので知らないのは無理もないかもしれません。
とはいえ、地理の教師も存じてないようなので内向的な面は深刻な問題にも感じます。
フェルナント様も卒業生ではありませんが、当然、私同様にこの卒業パーティにも参加しています。1年の留学期間を終えて、次の進路に向かいます。私も同様なのですが、極秘なので皆にお別れの挨拶がこの場で出来ないのは寂しいですね。
そんな事を考えていると、どこからともなく怒鳴り声がこのホールに響き渡るのでした。
「リディア!貴様との婚約を破棄する!」
その声の主は私の婚約者であるヴィクトール第一王子殿下でした。
彼の横に寄り添っているのはユリエ・スヴァトショヴァ様……でしたでしょうか?婚約者に言い寄ると嘆く女生徒が多くいて、何度か他の女生徒に相談を受けた事があります。
嫌がらせをしようという方たちもいたので、それについては諫めていたので覚えています。
私がそうやって彼女をかばうのは、冗談でもかの家に害意があると思われたくないからです。
スヴァトシュ男爵領は私の友人たちの領地同様、貧困貴族領です。
これは帝国が開発した魔導列車の開通に伴い、帝国技術が花国に入ってきた事で、王都に人が集まり物価が大きく膨れ上がったからです。未だ物々交換を主体としている辺境の領地が国の発展に置いていかれてしまった結果です。
地方の儲けが小さく、地方小領主は王都ではやっていけないというのが現状です。
勉強の為に始めた私の経営する商会は、大きく儲けている反面で、こういった貧困貴族領へのボランティアとして商売に向かわせています。
簡単に言えば地方領と地方領を行き来させて経済を回すという活動です。利益度外視で行っているので、つまりはボランティアという事です。つまり国の為になる事業ですね。
故に、私が彼女を快く思っていないという噂一つで、商会の方々が気を回してスヴァトシュ男爵家を故意に干上がらせようとしかねないのです。
権力者は己のちょっとした感情を外に口にするだけで、意図せず他者を潰しかねません。お父様は本当に優秀な政治家なのだと、商会経営しているだけでも感じる事でした。
それにしても何を叫んでいたのでしょうか?
私の名前を呼んでいたようにも聞こえましたが………?
………婚約破棄をするって言ってました?
私は慌てて彼の方へ振り向きます。その件はこの会が終わったらする話だった筈です。何を先走っているのでしょうか?
「ヴィクトール殿下。そのような話があるならばこのような場所ではなく静かに話せるような場所で………」
「黙れ!この悪女が!お前がこのユリエに対して嫌がらせをしていた事は既に明らかになっているんだ!以前から、お前は頭も悪く、俺の婚約者としてはふさわしくないと思っていた。だが今回ばかりは許さん!どうせ権力を使って陰で話を付けて逃がれようと考えているのだろう!そんな姑息な手を私が許すと思ったか!?」
返ってきた言葉は更に理解できない話でした。
嫌がらせ?そのような事をしないように念入りに正しく振舞っていたと思いますが……。
あと頭が悪いってどういう事でしょうか?学園に入った際に、自分よりいい点を取るなと仰ったので先生に頼んで発表する際には殿下より低い点数になるようお願いしたので、そもそも私の本当の成績は私と父しか知らない筈です。さすがに赤点で戻ってきたときには少々驚きましたが。
別に真面目に先生方も殿下より低い点数をつけなくてもいいとは思ったのですが………。
そもそも学校の教育内容より高度な内容を学ぶ妃教育を学園入学前にほとんど終えているので、学力的には何の問題もないのは存じている筈です。
すると、腹違いの兄でもあるミランが前へと歩いてやってくる。なぜ、私からユリエ様を守るような素振りを見せているのかよくわかりません。
「リディア、腹違いの妹と言えど、容赦はしないよ。私たちのユリエを害しようとしたのだからね」
すると兄のミランに続いてノヴォトナー公爵令息マクシム様、ファルスキ子爵令息オスカル様も同じく前に出て来る。
「ユリエ、安心しろ。俺が君を守ってやる」
「リディア嬢、君はやり過ぎたんだよ。ユリエを虐めるなんて神罰が落ちるだろうね」
守るとか虐めるとか話の内容がよくわかりません。私が何をしたという話なのでしょうか?
「あの、何の話をしているのでしょうか?」
私がユリエ様に嫌がらせをして、責め立てている?という事で良いのでしょうか?具体的に一から話してほしいのですがよくわかりません。
すると、いきなり殿下は怒って叫ぶのです。
「ユリエに対して何度となく嫌がらせが行われてきた。その黒幕がお前だったとはな、リディア!」
嫌がらせをしたから怒ってる?という事で良いのでしょうか?
黒幕が私ですか?何故そんな事になるのでしょうか?私はスヴァトシュ男爵家が潰れないよう彼女に害意があるような発言をした事は無いのですが。
もしかして彼女に悪い事をしていたのでしょうか?だとしたら謝らなければなりませんが、そもそも彼女とは接点がないので何をしたかも分かりません。
「?………あの、申し訳ありません。仰っている意味がよくわからなくて……?」
無論、嫌がらせの事に関しては知っていましたが、私の周りの人間にはやらないように言っていました。具体的にどうと言ってくれないと正直分かりません。
何故黒幕になってしまうのでしょう?
完全な冤罪のように思うのですが………。
「ふん、しらばっくれても無駄だ。証拠はとっくに上がっているんだからな。現実を教えてやれ」
周りの学生たちもどよめいていました。私が一番驚きます。
証拠も何も私は関わっていないのですけど?今更、こんな大ごとをしでかして殿下の勘違いですというのも非常に角が立ってしまいます。
どうしましょう。
殿下が指を鳴らすと、私の友人二人が前に出て来る。彼女たちは王子殿下やユリエ様に縋るように彼らと並び立つのでした。
「彼女たちがユリエの机に落書きをしている所を捕まえ、問いただした所、お前に指示をされたと吐いたぞ?」
ヴィクトール殿下は勝ち誇った様子で私を睨みつけるのでした。
「愛想よく周りをだましていたようだが、とうとう尻尾を出したようだな、リディア」
その尻尾は私の尻尾じゃないですよ、お兄様。
「これまでのユリエへの嫌がらせの数々、万死に値する」
ご令嬢のちょっとした嫌がらせで万死されたらこの国は滅びると思います。
「神に懺悔すると良いよ。きっと地獄行きだろうけどね」
大司教猊下の息子でもオスカル様って女神教会の助祭でさえないですよね。大司教令息ムーブしてるけど、私もよく教会のボランティア活動に参加していますが、オスカル様は参加する事を見た事もありません。言ってしまえば教会とは何の縁もない、というか助祭の資格を持つ私よりも縁がないと思うんですけど…………。
2人は殿下達に促されてキッと私を睨みつけてきます。
「も、もう、アンタのような女には付き合いきれないのよ」
「ユリエ様は私たちを許して王子殿下にも取りなしてくれたわ!」
まさか、私がやるなと言っていたのに、ユリエ様に嫌がらせをして、それがバレたら私に罪を押し付けたのでしょうか?
いくら何でもそれはちょっとまずいですよ。
「そんな………。ど、どうして?………そんな……愚かなことを………」
私はあまりに愚かなことに思わず口から漏らしてしまいます。これは流石に庇いきれません。
彼女達もまたスヴァトシュ男爵領同様に地方貧困領です。もしもこんな事が知れたら商会は彼らの領地を回るのをやめるでしょう。何故か私の事を崇拝していて変な忖度を知らないうちにやるのです。
以前も、私の悪口を言っていたという理由だけで一つの領地を没落させかけた実績があります。もう彼らは私の手から離れて父に渡してしまっているので、それを止める事も出来ない状況です。
彼女達の実家が干からびるのは時間の問題になる可能性があります。
もしかして、今後は王家がしてくれるという話なのでしょうか?
ですが、元々王家が面倒がってやらなかった事です。
それに、私とヴィクトール様は既に婚約解消する予定でした。その婚約解消理由がヴィクトール様側に問題があり、お祖父様である辺境伯がヴィクトール様の態度にお怒りになっているからです。
嫡子から外して臣籍降下させるとの話でしたので、どう考えてもヴィクトール様が彼女たちの面倒を見るのは不可能だと思います。
そう言えば、彼女達の中にソーニャはいないようですが、何故、よりにもよって私の商会の庇護下にある子達だけがあのような事を。
恐らく王子殿下は自分達が後ろ盾になるから全てを話せと迫り、彼女達は私に罪を擦り付けた。でも実際には後ろ盾には全くならないのを彼女達は知らない。
知っていれば彼女達もまさか私に罪を押し付けようとはしないでしょう。お互いに嘘をつき合った関係といえるかもしれません。
まあ、王子殿下たちは嘘ではなく勘違いなのですが。
どうしましょう。私と殿下の婚約解消をこのパーティ後にする予定にしたのが酷い事になっています。
元々、殿下に問題がある事で婚約解消になったので、私の次の婚約者を王家が探してから婚約解消と次の相手との婚約を同時にするという話が進んでいました。私が殿下に捨てられたという形を避けたいという国王陛下からの配慮でした。
ですが、卒業パーティ前に婚約解消と私の新しい婚約を発表してしまったら、殿下が私に捨てられたという噂が立ちかねません。
だから私は殿下の名誉の為にこの話は卒業パーティ後にという話で進めたのです。
そうしたらこの有様です。向こうの有責がものすごく大きくなってしまっています。どうしましょう。
「愚かなのは貴様だ!私のユリエを傷つけるなんてな」
冤罪なんですけど、証言だけで証拠になるのでしょうか?
言われてみれば虐めなんて証拠も出てくるものでもありませんし、証言一つで証拠になってしまうのでしょうか。
「リディア様、謝ってください。そうすれば私はあなたの事を許します」
ユリエ様は私に訴えかけます。冤罪なんですけど、全く誰も疑っていない様子でした……。
「関わっていない事を謝る事はできません」
謝れば私がそれを認めることになります。それはボハーチュ公爵家の人間として認められません。虚偽の発言は身を滅ぼしますし仕方ありません。
「ふざけるな!なぜ、貴様にはユリエのやさしさが分からないのか!」
「許すなんて生ぬるい事を言ってはダメだよ、ユリエ」
「貴様のような女狐にユリエの恩情は分かるまい」
私が黒幕だと信じる方々は激しく非難をします。
「謝れば、ユリエに免じて許してやったものを……。だが私が学校を去っては、頭の悪い貴様が公爵家の名前を利用してユリエに復讐する恐れがあるからはっきりと言っておく。私は真実の愛を見つけたのだ。真に愛するユリエを我が婚約者とする!貴様が何と喚こうとこれは覆らない!人の心は爵位などでは動かないのだからな!」
何を言っているのでしょうか?
私との婚約を破棄してユリエ様と婚約をするというのであれば、私よりも権勢は小さくなるという事ではないでしょうか?
まさか、ヴィクトール様は私と婚約を解消しても王位継承権で一番になれると思っているのでしょうか?
現国王イグナーツ陛下は、王位継承権が低く、一軍の将でした。私の祖父である辺境伯が軍務総長の指揮下で内乱鎮圧した際、玉座が空いてしまったので、祖父の後押しで座った地位です。
ヴィクトール様の王位継承権を支えていたのは、私が公爵家の娘ではなく、辺境伯の孫娘だからです。父公爵が強いのも辺境伯の娘を娶っているからです。
「ヴィクトール!嬉しい!」
ユリエ様は感激したようにヴィクトールに抱き着き、公衆の面前というのに二人は口づけを交わしました。
これ、もう撤回とかも出来ない話になっています。この人たち、今後の身の振りをどうするのでしょうか?
私は殿下に侍っている兄たちへ視線を向けると、
「きっと女神さまも祝福しているね」
「ヴィクトール様になら任せられますね」
「殿下もユリエも俺が守ってやるぜ!」
よろこんでる!?
兄は腹違いなので相続権を持っていませんから家を継ぐこともありません。騎士団長も大司教も血縁の相続はありません。
殿下の側近となる事でコネクションが出て出世しやすくなるのですが、殿下は臣下に降りる事になります。なんの仕事もない法衣貴族となった殿下が彼らを養えるとも思えません。
それとも細々と生きていくのでしょうか?それができる方たちとは全く想像もしていませんでしたが……。
「しょ、正気ですか?ヴィク……いえ、クラール王子殿下。王陛下はそれを了承していらっしゃるのでしょうか?この婚約が破棄される事への影響を……」
私は慌てて、自分たちのやっていることを理解しているのか確認をしようとします。
私と殿下の婚約解消はあくまでも、周りに今後の振る舞いを決めてから発表する流れだった筈です。今この場で発表してしまったら政治が混乱します。
お互いの合意の上で解消する予定でした。殿下側から一方的に破棄してしまえば、不貞をしていた殿下は公爵家に慰謝料を払う義務が生じてしまいます。殿下にそんな資産はありません。
「はっ、当然だ。父は私の言葉に泣いて喜んでくれた。立派になったなと。それに貴様との結婚など我が王位継承権には何も問題は無い!」
泣いて喜んだのは多分、本当でしょう。遊んでいた息子が自ら王位を捨てて一人の男としてやっていくという宣言に聞こえたからでしょう。
でも合意の上での解消と不貞の上での一方的な破棄では全く話は変わってしまいます。そこら辺を聞きたかったのですが、自分の身分の事しか案じていないようでした。
ですが、やはり王位継承権をそのままに、婚約者を変えられると思っているようにも聞こえます。それは大きく間違っているのですが……。
とはいえ、陛下が大丈夫というならば、既に今後の振る舞いは決まったから、発表しても問題ないという事なのでしょうか。
「そ、そうですか。それであるならば私からは…」
私は理解をして最後の臣下の礼を執ります。彼が王族であり私が花国の貴族である最後だからです。恐らく、今後は彼が私に首を垂れる事があっても私が垂れる事は無いでしょうから。
「ふん、我が公爵家を利用し、殿下を縛ろうとする貴様の計画は破綻したんだよ。貴様如き女との婚約がなかったからと言って、殿下の地位がどうなるとでも思っていたか?」
兄ミランは眼鏡を中指でクイッと上げて私に言います。
どうもこうも王太子が第二王子か第三王子になるだけの話だと思います。この国の権勢は武力に長けた辺境伯家が頭一つ抜けており、次いで我がボハーチュ公爵家にあたります。それに次ぐのが大陸の覇者である帝国との繋がりを持つロセツキー公爵家です。
私が公爵家と辺境伯家の血を引いているから強いのであって、公爵家単独なら厳しいといった所だった筈です。殿下の地位を盤石にするための婚約だった筈です。
「名ばかりの姫だったなんて知っていたら最初からアンタなんかに媚なんて売らないわよ」
「ホント、損したわよね。沈む船になんて乗っていられないわ」
そうだったんですか?友達だと思っていたのは私だけだったようです。
私の商会のお世話になっているからでもあると思っていたのですが、そうではないのですね。すごくショックでした。そう言えば私が西部の内戦に巻き込まれた時もソーニャ以外は知らんぷりでした。
フェルナント様が救ってくれなければどうなっていたか分かりません。
でも殿下から離れてこの国から去ることになるので身の振り方は考えた方が良いと思いますよ、切実に。
私も商会を父上に返却しているので、ボランティアからも手を引きましたし、これから厳しくなっていくと思います。
「公爵令嬢とは名ばかり、公爵に愛されてもいない。その証拠に家にいる間の父はほとんどを側室である我らの別宅にいる。お前如きを粗雑に扱った所で父は何も思うまい。私が側近としてお仕え続ける事で公爵家の後ろ盾が離れる事はない。身の程を知るんだな、リディア」
「!?」
………ま、まさかお兄様はそう思っていたのですか?
確かにお父様はお兄様の家におられることが多いですが、それは公式行事などは常に本邸にいるからです。
私は別に粗雑に扱われてはいません。むしろ大事に育てられています。
父・ボハーチュ公爵は仕事人間ですし、真面目な人間です。辺境伯との敵対を止めて同盟を組む事でこの国最大の力を振るっています。
逆に言えば辺境伯との関係を崩すような真似は絶対にしません。
だから、辺境伯出身の母やその娘である私を非常に大事にしていますし、当然ですが後継者は私と同じ母から生まれた兄が領地を継ぎますし、こちらの腹違いの兄は継承権も持ってません。次の継承権も弟だった筈です。
もしも今回の事がお父様の耳に入れば、「ミラン、父の仕事を邪魔してはいけないよ」と優しく諭すでしょう。
確かに私たちよりも愛されているのだろうとは思います。私達がこんな事をしでかしたら激怒されるでしょうから。「自分の立場を理解しなさい。君たちはこの国を導いていく立場だ。あやふやな情報を公にする事は許されない」とでも言われたでしょう。
まあ、何の立場もないから甘やかして可愛がることのできる子供と、公爵家を背負って政治の場に立つ私たちとでは教育方針が違うのは仕方ないのですが。
「これまで行われてきた次期王妃ユリエに対する嫌がらせの数々、許せることではない。牢獄へ叩き込め!マクシムよ、この女を取り押さえよ!」
「はっ!」
何を言っているのでしょうか?そもそもたかが学生にそのような権限はないし、嫌がらせ程度で牢屋に放り込むような刑法もありません。
「お待ちください。それはいけませ…」
私は止めようとしますが、殿下はマクシム様へと命じ、マクシム様は私に近づいてきます。そして、私の腕をひねり上げて地面にたたきつけます。激しい痛みが襲って頭がくらくらします。
「今更貴様が何を言おうと無駄だ。公爵家の出という事以外、何の取柄もない貴様などに味方などいない。貴様の取り巻きも、公爵令嬢に言われて仕方なかったと泣いて我々に慈悲を乞うた。弱い女性を守るのは王族として当然の事だ」
殿下は冤罪を完全に信じ込んでいる様子です。
「次期宰相たる私がこの女の半分も血がつながっているとは反吐が出る。次期王妃を貶めた貴様は牢獄で寂しく最後の時を待つといい」
お兄様。冤罪でなかったとしても、公爵令嬢と男爵令嬢なので法的には先程の嫌がらせで処刑とか、ありえませんよ。まず法律を学んでください。
今後、権勢を振るう事になる辺境伯家に宣戦布告している殿下達から宰相が出るのはまず不可能だと思います。辺境伯であるお祖父様は息子達には厳しいのですが、母や私、マグダレーナ様のような娘や孫娘には甘々なのです。
お父様とお母様との政略結婚を最後まで反対していたと聞きます。
第二王子であらせられるカミル殿下は軍閥志望で辺境伯令嬢マグダレーナ様と婚約をしました。近年、第二王子殿下は勉学にも意欲的で、辺境伯がその姿勢を気に入ったからです。
そう言えば国外旅行で他国の侵攻に巻き込まれた際に自身の無力を嘆いていました。剣が強くても何の役にも立たないと。
既に父も祖父も第一王子殿下には見切りをつけているのが分かります。
第二王子が剣だけでなく、王族としての自覚に芽生えたようにも感じたのもあるかもしれません。
それに、第三王子のエリク様はヴィクトール様の王子としての仕事を丸投げされて、しっかり熟していますし、よく考えると別にあの王家でヴィクトール様は必要ないかもしれません。
案の定、第二王子殿下は『何をしでかしているんだ』と言いたそうな顔で兄たちを見て頭を抱えています。気持ちはわかります。当事者じゃなければ頭を抱えていたでしょう。
「自害して神に己の罪を許してもらおうとしても、君は地獄行きだろうね。大司教の息子たる僕が断言するよ」
大司教令息ムーブするのは良いんですけど、女神教は自害を禁じているので、その行動が既におかしいです。女神教助祭の資格を持つ私が自害なんてありえません。
この人、本格的に女神教に興味ないのでしょうか?ちょっと酷すぎます。大司教令息というよりは、こうなるとただの子爵令息ですよね。
それはそれとして私としても冤罪を晴らしておきたいのですが……
「何故、わた……しが…、ユリエ様に…嫌がらせを、しなければならないのですか?そ、そのような事実は……」
「どうせ嫉妬したのだろう?私の心はユリエと出会ってからずっと彼女と共にあったからな。王太子妃の立場が揺らいで焦ったか?貴様のように家柄以外に何もない、成績も悪い女が我が国の国母になれるとでも思ったか?いつも、ヘラヘラして腹の中で何を考えているかもわからん女、こちらから願い下げだ」
嫉妬って、………好かれる要素ありましたか?
付き合いは長いから酷い終わり方をしないように気を遣ってはいましたが、嫉妬してもらえると思っていたとはちょっと驚きです。
一方的に自分だけが好かれていると思っていたとは、そんなに自分に自信があるのでしょうか?
そう言えば王妃様は非常にヴィクトール様を溺愛して育てていました。そのせいでしょうか?
「全く、ボハーチュ公爵家に泥を塗るクズが」
「所詮、お前は俺の婚約者という後ろ盾があったからこそ、偉そうにしていただけに過ぎない。お前には何も力などないという事を理解すべきだな。さあ、マクシム。その女を牢獄へ叩き込め!」
「はっ!」
どうしよう、この人たちの未来が全く見えない。ごっこ遊びなら他所でやってください。
ああ、お兄様迄とんでもない事に加担して……。お父様がお嘆きになるでしょう。
皆様とは長い付き合いでしたし、特に思う事もありません。
ただ、彼らの未来を考えると絶望以外には無いのです。
だって、私とヴィクトール殿下の婚約はとっくになくなることが決まっていて、私には次の婚約先が決まっているんですもの。
親達は優しくても、政治家ですから、私の新しい婚約先であるローゼンハイム公爵家、ひいては大陸最大国家ローゼンブルク帝国に誠意を見せなければなりません。甘い処置にはならないでしょう。
ヴィクトール殿下は私との婚約解消で廃嫡する事になります。臣下に落ちるのですが今回の事で優しい配慮が失われてしまいます。
新しく公爵家として立ち上げるのではなく、下手をするとスヴァトシュ男爵家への婿入りになってしまいます。少なくとも辺境伯より上にはならないので伯爵家を立ち上げるのが限度だと思われます。
兄のミランは元よりヴィクトール殿下の側近でしかありません。宰相といった立場はヴィクトール殿下の失脚によって不可能となりました。学校の成績はいいので文官にはなれますが、それからは努力次第といった所。残念ながら中に入るまでは実力の世界ですが、中に入るとコネが利いてきます。失脚した第一王子派なんて左遷対象になりかねません。
宰相位も次の王とのコネクションが重要になりますが、失脚するであろうヴィクトール殿下の配下として知られていたので、近くに置く必要性なしと判断されるでしょう。大臣職に関わることもないでしょう。
マクシム様も騎士団の見習いという立場なのに、このような事に関わっては騎士団での未来どころかノヴォトニー侯爵家の後継者の未来も消えてしまいます。それどころか、私へのこのような扱いは首が飛びかねません。帝国に知られたら非常に厳しい立場に追いやられます。………というか、見てますよね、フェルナント様。面白い事が起きてるのに出遅れた、みたいな顔してませんか?群衆に阻まれて出て来れなくてよかったかもしれません。
そしてオスカル様に至っては最初から未来がないのです。教会に一切かかわっていないにもかかわらず教会関係者の顔をしているだけで、単なる子爵令息だけでしかありません。年配の大司教様に一生世話になる予定なのでしょうか?ソーニャも婚約を解消すると言ってましたし…。
一番、可哀想なのはユリエ様です。彼女は私が黒幕であると嘘を教え込まれ、このようなヴィクトール殿下のやらかしに首を突っ込んでしまったのです。
彼女に関しては後でフォローをしなくては生きて帰れなくなってしまいます。男爵令嬢はそれこそ政略では良いように扱われて捨てられる事も多いのですから。
犯罪者のように連行されてしまう私ですが、彼らの未来が幸多い事を祈るだけです。