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乙女ゲー『フラワープリンセス』の世界

 エルフの女王より贈られた花より栄えたという由来を持つ、大陸3大国家の一つ・花国。

 そんな花国の次代の中枢を担う事になる王侯貴族を養成している花国王立学園では、卒業記念パーティが行われていた。

 それは卒業生だけでなく在校生も参加する、華やかな催しでもある。


 代々、花国は内向的な気質で、近隣諸国は戦争をしない大国と戦争を仕掛ける小国しかいないため、国内の貴族は外を見る事は少なかった。

 その為、近年は多くの留学生を募集していたという経緯がある。

 今年度は留学生も多く、隣国の王女や、東に広がる大草原を支配する豪族の盟主の子供、あるいは大陸最大国家・帝国からもヒヨコ騎士と呼ばれる貴族が大きいヒヨコを馬のように連れて、留学生としてこの国にやってきていたりする。

 彼らは卒業生ではないが、当然、この卒業パーティにも参加していた。ヒヨコも女生徒たちに餌付けされているようで可愛がられていた。


 そんな和やかな卒業記念パーティの中、突然大きな声が響くのだった。


「リディア!貴様との婚約を破棄する!」


 和やかな会で剣呑な声が響いて来賓の貴族たちも他国の王侯貴族もまた驚いたように声の主へ視線を向ける。

 声を上げたのはライトブラウンの髪をした美麗の王子、この花国と謡われるクラール王家ヴィクトール第一皇子であった。

 卒業生代表である彼が、一学年下の婚約者である公爵令嬢に対して婚約破棄を宣言したのだ。


 彼の横に寄り添っているのは公爵令嬢と同じく在校生のユリエ・スバトショヴァ男爵令嬢だった。ふわりとした柔らかい桃色の髪に庇護欲を掻き立てられる顔立ちをした美少女だ。だが、今日はどこか勝ち誇っているような表情をしていた。


 突然の事で驚いた様子のリディアは青みのさした美しい黒髪をなびかせて己の婚約者の方へと慌てた様子で振り向く。

 ほんわりとした柔らかい印象を与える可愛らしい顔をポカンとさせていた。

 一拍を置いて、彼女はやっと何を言われたのかを理解して、言葉を紡ぎ出す。


「ヴィクトール殿下。そのような話があるならばこのような場所ではなく静かに話せるような場所で………」

「黙れ!この悪女が!お前がこのユリエに対して嫌がらせをしていた事は既に明らかになっているんだ!以前から、お前は頭も悪く、俺の婚約者としてはふさわしくないと思っていた。だが今回ばかりは許さん!どうせ権力を使って陰で話を付けて逃がれようと考えているのだろう!そんな姑息な手を私が許すと思ったか!?」

 だが、返ってきた言葉はあまりにも酷く乱暴な台詞だった。

 しかも、リディアにとって寝耳に水というような内容だった為、理解が追い付かないといった顔だった。


 すると、前に出てきたのはリディアの兄であるミラン・ボハーチュ公爵令息だった。彼はユリエ嬢を守るかのような場所に立ち妹を睨みつける。


「リディア、腹違いの妹と言えど、容赦はしないよ。私たちのユリエを害しようとしたのだからね」

 ミランはグイッと眼鏡を中指で押し上げて、すました顔で妹を見下ろす。


「ユリエ、安心しろ。俺が君を守ってやる」

 さらに現れたのは卒業生側で騎士団長の令息マクシム・ノヴォトニーだった。赤毛を短く切りそろえた端正な容姿に加え、背は高く筋肉質であることがタキシード姿からでも分かる。

 学園でも武芸に優れた青年だ。


「リディア嬢、君はやり過ぎたんだよ。ユリエを虐めるなんて神罰が落ちるだろうね」

 加えて在校生側でもリディアと同年代の少年が現れる。女神教の大司教令息オスカル・ファルスキが無邪気な顔で笑いながら告げる。


「あの、何の話をしているのでしょうか?」

 彼らの行動に公爵令嬢リディアは首を傾げる。意味が全く理解していないかのようにも見えた。

 また、普段から笑顔で人の好いリディアが何か他人に害するようなことをするとは誰も思えなかったから、周りの誰もが理解できないでいた。


「ユリエに対して何度となく嫌がらせが行われてきた。その黒幕がお前だったとはな、リディア!」

「?………あの、申し訳ありません。仰っている意味がよくわからなくて……?」

 嫌がらせの黒幕だの言われているが、その嫌がらせとは何なのかを話していないのである。よくわからないのも当然だった。

 リディアは自分が何か彼女の嫌がる事でもやっていたのかと半ば困った様子で考えてしまう。

「ふん、しらばっくれても無駄だ。証拠はとっくに上がっているんだからな。現実を教えてやれ」


 周りの学生たちも「そんなまさか」「ありえない」「ピヨピヨ」と声が上がる。

 最後のピヨピヨは恐らく卒業パーティに入ってきているヒヨコ騎士のヒヨコであるが、それはみんなが雑音として処理をする。

 留学してから1年、学生たちはこの雑音になれたものだった。しかし品行方正なリディア公爵令嬢が嫌がらせをするとは、余りにも彼女のイメージとかけ離れた話に学生たちは困惑していた。


 ヴィクトールは指を鳴らすと、リディアの取り巻きともいうべき二人の貴族令嬢がやってくる。彼女たちが立つのはリディア側ではなくヴィクトール側であった。


「彼女たちがユリエの机に落書きをしている所を捕まえ、問いただした。すると、お前に指示をされたと吐いたぞ?」

 勝ち誇ったような顔でヴィクトールはリディアを睨む。

「愛想よく周りをだましていたようだが、とうとう尻尾を出したようだな、リディア」

「これまでのユリエへの嫌がらせの数々、万死に値する」

「神に懺悔すると良いよ。きっと地獄行きだろうけどね」

 公爵令息、騎士団長令息、大司教令息の3人にもまた、公爵令嬢を糾弾するのだった。


 2人は王子達に促されてキッとリディアを睨みつける。

「も、もう、アンタのような女には付き合いきれないのよ」

「ユリエ様は私たちを許して王子殿下にも取りなしてくれたわ!」

 リディアの取り巻きだった少女たちは勝ち誇ったような顔でリディアを断罪する。

「そんな………。ど、どうして?………そんな……愚かなことを………」

 リディアは顔を青ざめさせて口にする。


「愚かなのは貴様だ!私のユリエを傷つけるなんてな」

 怒鳴りつけたのは王子だった。


 周りもまさかいつもおっとりしていて、笑みを絶やさないボハーチュ公爵令嬢がそのようなことをするなんてありえないと、驚いた様子でこの断罪劇を見ていた。


「リディア様、謝ってください。そうすれば私はあなたの事を許します」

 男爵令嬢はキッとリディアを睨みつける。リディアは取り巻きの二人を見て、そして小さくため息を吐いてから首を横に振る。

「関わっていない事を謝る事はできません」

 困った表情でリディアはただ否定するだけだった。


 彼女の返事に激怒するのは男達だった。

「ふざけるな!なぜ、貴様にはユリエのやさしさが分からないのか!」

「許すなんて生ぬるい事を言ってはダメだよ、ユリエ」

「貴様のような女狐にユリエの恩情は分かるまい」

 そしてトドメを刺すようにヴィクトールがユリエの肩を抱いて宣言するのだった。


「謝れば許してやったものを……。だが私が学校を去っては、頭の悪い貴様が公爵家の名前を利用してユリエに復讐する恐れがあるからはっきりと言っておく。私は真実の愛を見つけたのだ。真に愛するユリエを我が婚約者とする!貴様が何と喚こうとこれは覆らない!人の心は爵位などでは動かないのだからな!」


 ヴィクトールの言葉に周りがざわめく。

 来賓客からも「正気か!?」「まさか」「ありえない」「ピヨピヨ」と声がちらほら。やはり雑音が微妙に気になるが、皆でその雑音をスルーする。


「ヴィクトール!嬉しい!」

 ユリエは感激したようにヴィクトールに抱き着き二人は口づけを交わす。


 とはいえ、公衆の面前でやり過ぎな彼らの行為に、多くの者たちがは鼻白むような顔をしていた。


「きっと女神さまも祝福しているね」

「ヴィクトール様になら任せられますね」

「殿下もユリエも俺が守ってやるぜ!」

 そしてヴィクトールの取り巻きである男たちもまた、勝手に盛り上がっていた。


「しょ、正気ですか?ヴィク……いえ、クラール王子殿下。王陛下はそれを了承していらっしゃるのでしょうか?この婚約が破棄される事への影響を……」

 リディアは慌てた様子で口にする。


「はっ、当然だ。父は私の言葉に泣いて喜んでくれた。立派になったなと。それに貴様との結婚など我が王位継承権には何も問題は無い!」


「そ、そうですか。それであるならば私からは…」

 ヴィクトールは蔑むようにリディアを見て鼻で笑い、リディアは何の感慨もないように理解をして頭を下げる。


「ふん、我が公爵家を利用し、殿下を縛ろうとする貴様の計画は破綻したんだよ。貴様如き女との婚約がなかったからと言って、殿下の地位がどうなるとでも思っていたか?」

 公爵令息であるミランは眼鏡を中指でクイッと上げながら、腹違いの妹であるリディアを嘲笑う。


「名ばかりの姫だったなんて知っていたら最初からアンタなんかに媚なんて売らないわよ」

「ホント、損したわよね。沈む船になんて乗っていられないわ」

 リディアの取り巻きだった女たちは嫌悪の顔でリディアを見下す。


「公爵令嬢とは名ばかり、公爵に愛されてもいない。その証拠に家にいる間の父はほとんどを側室である我らの別宅にいる。お前如きを粗雑に扱った所で父は何も思うまい。私が側近としてお仕えし続ける事で公爵家の後ろ盾が離れる事はない。身の程を知るんだな、リディア」

「!?」

 ミランは腹違いの妹を追い打つように語る。


「これまで行われてきた次期王妃ユリエに対する嫌がらせの数々、許せることではない。牢獄へ叩き込め!マクシムよ、この女を取り押さえよ!」

「はっ!」

「お待ちください。それはいけませ…」

 ヴィクトールはリディアを指さし騎士団長令息のマクシムへと命じ、マクシムは前へと歩み出る。

 マクシムはリディアの腕をひねり上げて地面にたたきつけるのだった。


「今更貴様が何を言おうと無駄だ。公爵家の出という事以外、何の取柄もない貴様などに味方などいない。貴様の取り巻きも、公爵令嬢に言われて仕方なかったと泣いて我々に慈悲を乞うた。弱い女性を守るのは王族として当然の事だ」

「次期宰相たる私がこの女と半分も血がつながっているとは反吐が出る。次期王妃を貶めた貴様は牢獄で寂しく最後の時を待つといい」

「自害しても神に己の罪を許してもらおうとしても、君は地獄行きだろうね。大司教の息子たる僕が断言するよ」

 彼らは聞く耳を持ってはいなかった。


「何故、わた……しが…、ユリエ様に…嫌がらせを、しなければならないのですか?そ、そのような事実は……」

「どうせ嫉妬したのだろう?私の心はユリエと出会ってからずっと彼女と共にあったからな。王太子妃の立場が揺らいで焦ったか?貴様のように家柄以外に何もない、成績も悪い女が我が国の国母になれるとでも思ったか?いつも、ヘラヘラして腹の中で何を考えているかもわからん女、こちらから願い下げだ」

「全く、ボハーチュ公爵家に泥を塗るクズが」

「所詮、お前は俺の婚約者という後ろ盾があったからこそ、偉そうにしていただけに過ぎない。お前には何も力などないという事を理解すべきだな。さあ、マクシム。その女を牢獄へ叩き込め!」

「はっ!」

 リディアは騎士団長令息に髪を引っ張られて起こされ、絶望した顔で俯く。


 こうして一人の公爵令嬢は公衆の面前で断罪され、第一王子と公爵令嬢の婚約は破棄された。


 これはユリエ・スバトショヴァ男爵令嬢の成り上がる物語。

 とある世界で「フラワープリンセス」と題名を打たれた、ゲーム世界であることをこの場にいる主人公たちは誰も知らない。


 一部を除いてだが………。

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