1.出会い
悪魔との取引のルール
1.悪魔と取引は絶対である。
2.悪魔との契約の代価として契約者は人を殺すこと。
3.取引が成立してから24時間以内に人を殺すこと。
4.上記が守られない場合、契約者の死をもってその取引を完了させる。
僕があることに困って悪魔の誘いに乗るまでそう長く時間を必要としなかった。
彼との出会いは唐突で最初はからかわれていると思った。
だけど僕の人生は彼との取引から始まったこの24時間にかかっていたんだ。
あらかじめ僕のことを伝えておきたい。
僕は22歳のフリーターだ。高校卒業後、販売系の仕事に就いたもののサービス残業なんて当たり前の世界で滅私奉公。休み時間、休日は返上。1年程度働いたところで激しい肉体労働がたたっため体を壊した。休職期間は設けられず一方的に解雇を言い渡された。労働基準監督署などにはいかなかった。働き始めて間もなく知識がなかったこことと休職したところで元の鞘に戻ることを想像できなかったからだ。
大して頑張ってもいないし努力もしていない。鼻で笑ってもらっても構わない。僕にとってはこれ以上になく一生懸命だったが限界だったわけだ。
その後はフリーターとして働いていた。コンビニとか清掃とか夜勤の仕事なども入れていた。働くことは嫌いではなかったしその時の職場や人間関係に問題はなかった。
問題……というのは憚られるが僕には妹がいる。4つ年下で高校生だ。人と違うところを強いてあげるとしたら精神障害を患っている。高校に入学した頃だったと思う。徐々にふさぎ込むようになりコミュニケーションがほとんど取れなくなってしまった。どうにか高校3年生の春まで学校に通っていたが今ではふさぎ込んでいる。妹の介助に僕も手伝っている。確かに大変な部分はある。でもたった一人のかわいい妹だ。これは今でも変わらない。
僕の両親はとっくの昔に離婚している。父の顔をかすかに覚えているが実際にあったとしても父親であると認識できないであろう。
母は真面目で幼いころから身を粉にして働いていた印象しかない。もちろん優しい。派遣や契約社員をしていた。僕たちの面倒を見ながら夜遅くまで働いていた。僕が高校を卒業して就職したときは大層喜んだことを今でも覚えている。その時にもらった紳士用の青いチェックのハンカチは大切に引き出しにしまっている。家族3人で一緒に撮った写真も一緒にして。
僕に手が掛からなくなって母の負担が少なくなったと考えていた。
しかし今度は母が体調を崩し始めたんだ。はじめは疲労か何かと考えていたらしい。しばらくすると体が重くなり、ある日救急搬送された。診断は心不全。一命は取りとめたが状態は芳しくない。
正直僕は追い詰められていた。母の諸々の治療にかかる費用を捻出しながら、妹の面倒、自分にかかる税金や家計を一気に引き受けなければならなくなったからだ。のびのびと働いていた以前の僕に一言、言ってやりたい。神様は気まぐれだ、と。
役所や団体などいろいろなところに助けを求めたが先行きは明るくない。
時給が高い夜勤のバイトに切り替え、昼もより時給の高いアルバイトに変えた。これが僕の判断ミスだった。
正社員のころから何も学んでいなかった。僕自身も体調を崩し始めていた。数か月の間、自転車操業のような家計の回し方をしてきた。というかそうするしか方法がなかったのだ。
その時僕は精神的にも肉体的にも限界にきていた。
あの時はどうかしていたと思う。
夜勤バイトが終わって眠気と疲れがピークに達していた。僕は東京の小菅という場所に住んでいて堀切橋をよく使う。橋を渡っているとそこから見える東京スカイツリーがその日は異様にまぶしく見えた。その時間にはライトアップはされてはいなかったし実際にまぶしかったとかではなく、子供がクリスマスツリーに引き寄せられるみたいにそちらの方向に行きたくなった。
僕は潜在的に、いやもはや人生を諦観していたのは明らかだった。
お涙頂戴には安すぎるシナリオだと思うが実際、これが現実だった。
僕はゆっくりと橋の欄干に立ち、覚悟を決めていた。
十二分にやったと……自分に言い聞かせて目を強く、強く瞑った。
「なにかお困りですか?」
僕は驚き声の聞こえた方に見開いた目をやるとサラリーマン風の男性がそこにいた。髪は黒髪だったが社会人にしてはそれは長く耳がすっぽり隠れる程度だった。赤いネクタイが印象的だった。荷物らしきものは何も持っていなかった。好青年っといった感じで長身の彼は眉をひそめていた。
一番驚いたことは周囲に誰もいないことを確認していたのだが彼は唐突にあらわれた。
「私に手伝えることはありますか?」
「い、いや……」
僕は慌てて欄干から歩道に飛び降り、急いでその場を離れようとした。
「私と契約を結びませんか?」
僕は歩みを止め、彼の方を向いた。彼の言っていることに理解が及ばなかったためだった。
「私、悪魔なんです。あなたの願い叶えられるかもしれません」
僕は初めて悪魔のささやきを聞いた。
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