おはようから始まる国づくり外伝 ~不器用な二人の未来へ向けた贈り物~
「本当に行くのか?」
「うん、この仕事が終わったらね」
俺たちは、殿様を護衛するために雇われた臨時の用心棒だ。ある出来事によって太平の世の中が一瞬にして崩れ、世の中はいつ敵から襲われるかわからない状況になった。
殿様の周りには当然家臣がいるが、ほとんどの者が実戦経験が無いらしい。そんな中、京まで上がれと言う命令が来たら俺たちみたいなものを雇いたい気持ちもわかる。
俺の名前は遠野柳折、普段は城下で子供たちに学問を教えている。いわゆる寺子屋というやつだ。
え、なんで寺子屋の親父が護衛なんてしているんだって……まあ、詳しくは言えないが、諜報活動が得意な一族の出身だと思ってもらったらいい。
「長崎だって、なんでわざわざそんな遠いところまで行くんだよ」
「ちょっと、医術を覚えないといけなくなってね」
俺の隣にいるこいつは立花舷丞、俺の幼馴染で親父さんは九幻流という守りを主体とした流派の道場を開いていた。跡取りのこいつも武術の使い手ということでここに召集されたのだ。
「医術!? なんでまた急に?」
こいつはほんとにおかしい。親父さんが亡くなったあと、道場は継がずに橋を作る大工の頭領のところに弟子入りしたかと思ったら今度はこれだ。そして理由を聞いてもいつもはぐらかす。
「うん、どうしても必要なんだ」
「だからなんでだよ!」
長崎になんて行かれたら、もう会うことなんてないはずだ。最後なんだから教えてくれてもいいじゃねえか。
「うーん、笑わないでね。俺ね、夜寝ている間に違うところに行っているんだ」
「……違うところって言うと、江戸とか京とかか?」
「いや、日の本じゃなくて、違う場所だと思う。言葉も違うから」
日の本じゃない言葉も違う場所……
「もしかして桃源郷じゃねえだろうな!」
桃源郷は中国の書物に出てくる所で、争いもない食べ物にも困らない理想的な場所だと言われている。この前も、子供たちとどんなところだろうかと話し合ったばかりだ。
「あはは、もしかしたらそうかもね。ただ、今はまだそこまでいってないから、そのためにも長崎で医術を覚える必要があるんだ」
立花の目には、決意の色が浮かんでいるように見える。
「おい、俺も連れていけ!」
桃源郷だとしたら俺だって見てみたい。
「すまん、他の人を連れていく方法がわからないんだ……でも、ありがとう笑わずに聞いてくれて」
こいつのおかしな行動はここからきているのか。夜寝ているうちに行く場所を桃源郷のようにするために……
『敵襲!』
「おっと、仕事のようだぜ。桃源郷のために生き残ろうな!」
俺たちは固い握手を交わし本陣へと向かった。
数日後、無事に殿様を京へと送り届けお役御免となった俺たちは、街はずれの丘で対峙していた。
「このまま行くんだろう」
「うん、家は整理してきたから戻っても何もないからね」
あの後、こいつからあちらのことを幾度となく聞いた。その場所は桃源郷とは程遠い、生きるのにも苦労するような場所だった。
「……」
「本当にやるの?」
「ああ、本気で頼む」
こいつとは子供のころから一緒にいた。その旅立ちに俺が添えてやれるのはただ一つ……
「うそ、二刀流!」
「初めて見るだろう。秘伝中の秘伝なんだ」
忍びの里の出身である俺の一族は、諜報活動を主に担っていた。当然それには生きて情報を持ち帰る必要があり、場合によっては相手を殺さないといけない。
この二刀流は、相手を確実に始末するときだけ使うことができる門外不出の技なのだ。
それにこいつなら俺の技を見ただけで、ものにすることができるだろう。餞別代りだ持っていけ!
「そうか、俺も本気で行くね」
お、あいつもいつもは持たない刀を構えた……
始まりの合図なんてない。その時が来たら体が勝手に動く。
俺はあいつの懐に飛び込み、本差で刀を受けて脇差で腹を狙う。
あいつは刀で受けた本差を滑らせそのまま横に呼ぶ。
そして、その流れのまま俺の懐に……
ヤバい! こいつに近づかれたら、俺に勝ち目はない!
慌てて、後ろに飛んで距離を取る……ち、ちょっ! 一緒についてくる!
本差で刀を払い、脇差で牽制しながら離れようとするけど、ピッタリとついてくるよー。
「ま、参った。俺の負け。何なのお前、ここまで差があるとは思って無かったよ」
俺だって忍びのはしくれだ。これまでも命のやり取りは幾度となくやって来たし、それでも生き残れてきたんだから技が劣っているということは無いと思う。
「俺だって最初はびっくりしたよ。遠野が脇差で腹を狙った時に躊躇わなかったら危なかった」
確かにあの時は、あまりにうまくいったから、このままじゃ殺しちゃうなって思ったんだよね。
「そっか、それじゃ躊躇して正解だな。お互い生きているし」
「そうだね」
俺たちは刀を仕舞い。肩を組む。
「俺たちは親友だ。これからは離れ離れになるけどそれは変わらない」
「うん」
「もう、行くのか」
しばらく話をした後、立花は立ち上がり木陰に置いた荷物を抱えた。
「うん、そろそろ行かないと野宿になっちゃうからね。……じゃあ」
「ああ」
こいつとはこれが今生の別れとなるだろう。
でも、俺は立花が目指す桃源郷を作る手助けができるのなら、ためらわず協力したい。たとえそれが未来であっても……
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