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BLACK〜オオカミ少年の嘘と真実の物語〜  作者: 勝友 幸
第一章『始まりの嘘と真紅の少女』
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page 3『ネタバラシ、次いでネタ隠し』

 夜の森から村へ戻る。不思議と道に迷うことはなかった。どの方向へ、どのルートを辿っていけばいいか、それらが全て何となく(・・・・)分かった。月が再び姿を現す。森を照らす月光は、どこか狼牙を照らすスポットライトかのようだった。


 廓寥とした村。物陰に隠れながらある場所(・・・・)へと向かう。その家に入る。相変わらず古く、壊れている家具を横目に、奥の部屋へ通じるドアへと向かった。鍵はない。しかし、この家自体も家具同様に古い。それは狼牙であっても容易に蹴破れる程だった。


 書斎のような場所だ。本棚が一つ。中心に机と椅子が配置されている。恐らく、そこにあるのだ。狼牙の求めているものはそこにあるはずなのだ。

 本棚には小説や評論、専門書等の一般的な本が一冊も置かれていなかった。日記が何冊もあり、他には自作だろう資料集が数冊ある。それぞれ数冊を床に置き、読み始めた。


 資料集は新聞スクラップのように、領からの諸連絡が印刷された記事が貼り付けられている。日にち、時期、場所。どれも一貫性はなかったが、一点だけ共通点を見つけた。行方不明になった人物の捜索状況についてだった。

 日記は殴り書きで文字が羅列していた。見たこともない文字だったが、ストリエスの言葉が障害なしで分かったように、文字も理解できた。日記、というよりも記録に似ていた。村に訪れた旅人の名前、性別、年齢、性格、村での出来事、彼らから聞いた話。事細かに書かれている。そして、最後に一文。謝罪の言葉があった。また、数ページに一回、何を書いているのか分からないほどに出鱈目なページがあった。


 漫画のように巻数がないので、時系列を追いながら日記を読み進めていった。先に行くのではなく、過去へと。同様に資料集のスクラップと照らし合わせると、数人だが行方不明者として挙げられているのが分かった。


「こんな所にいたのか」


 背後から声がした。部屋の入り口からだ。机の陰になっていて狼牙からは姿は見えない。しかし、聞き覚えのある声。底抜けに明るく、調子がいい声。腹の底まで響く大きな声。しかし、狼牙の耳に入り込んだ声は低く、唸るようだった。警戒や驚くこともなく、狼牙は淡々と日記を読み進める。


「ボン、何してんだ?」


 少し優しい声になった。しかし、ボン──狼牙は答えない。日記を読む。


「夜遅いぜ? 寝なくていいのか?」


 彼は体が大きいから、一歩踏み出すだけで床が軋む。狼牙は答えない。ページを捲る。


「おい。いい加減に何か言ったらどうだ? ん?」

「おかしいと思ってた。思っていたのに、俺はそれを信じたくなかった(・・・・・・・・)


 姿を現さない。

 机を隔たって展開される会話。

 夜風が扉から入って来た。


「このラーイ村は貧相すぎる。大の男が十人もいるのに、村に誰一人残らず全員出先で仕事だ。農耕や牧畜をしている様子もない。畑は痩せて、牛も数頭しかいなかった。それも乳牛じゃない。他にも紡績や鉱業、林業とか俺なりに考えてみたが、どれもやってる様子はない。じゃあアンタらは、何を売りに街に出ていたんだ?」


 沈黙が流れた。部屋の気温が下がっていくのが分かる。夜風のせいだ。狼牙は絶えず、日記を読み続けていた。背に感じる彼の焦りや怒り。

 彼はもう、狼牙の知っている彼ではない。いや、さも狼牙が彼のことを知っていたかのように言うのはやめよう。狼牙は彼のことを何も知らなかった。今の彼こそ、本来の姿なのだろう。姿は見えないのだが。


「他にも、だ。この村は見て分かるくらいの貧乏村だ。でも、何故かアンタら村人は筋骨隆々でしっかり馬まで乗りこなしてる。一方で、女は一人もいない。村っていうのは人が共同生活する場所のはずだ。それなのに、女はいないし、住んでいるのはおんなじような筋肉野郎だけ。マッチしてねんだよ」

「もう──」

「おっと、まだ喋らせてくれ。気になっていたことはまだある。ダリアたちの話だ。夜で何も見えねーっていうのに、オトギリはその場所を的確に当て、あまつさえ姿を見せない盗賊退治をしたらしいじゃん。たまたま(・・・・)、ね。とんでもない偶然だな。そんな実力者が、こんな村にいるのもやっぱりマッチしてない」

「はぁ……もう──」

「もう一個。旅人に酒、食べ物を提供する意味も分からない。貧乏なくせにな。つまり、アンタらの行動は一見、旅人をもてなしているようでそこらかしこに矛盾点があんだよ」

「……もういい。その日記を読んでるっつーことは、つまり、もう何も言わなくていい」


 狼牙は立ち上がった。ゆっくりと振り向く。彼と目が合った。

 変わってしまったその目に、驚いているのは彼の方だった。狼牙は、彼の知っているボンではなかった。何も知らない少年のような目をしたボンはどこにもいなかった。彼の皮を剥いで、別人が来ていると言われた方が納得できる程に、目の前にいる青年は冷ややかな目をしていた。


「もうネタバラシにしようぜ。みんな(・・・)分かってんだよ。オダマキ。このラーイ村は、旅人をもてなして優しくし、警戒心を解いた後に酒で酔わせて売り払う。人身売買で生計を立てる人食い村だ」


 指の先のオダマキは貼り付けたような笑顔を浮かべていた。刻まれたような深い掘りのある笑顔だ。


「……いつから疑ってた」

「最初から、って言ったらどうする?」

「そりゃキチーな。誰の回しモンだ」

「教える訳ねえだろバーカ」

「……ケッ、そうかよ。それじゃ記憶喪失っつーのはウソか?」

「見りゃ分かるだろ」

「オイオイィ。結構心配してやってんだぜオレ」

「結構優しいんだな」

「おうよ。オレは優しんだぜ。せーっかくオメーに名前をつけてやったのになァ」

「二秒で考えられた名前に恩なんかかんじねーよ」

「ハッハッハッハ! 確かにそうだ! そりゃつまりよォ……」


 笑顔が消えた。


「オメーはもう生かしておけねーっつうことだなァ……」


 腰に下げている片手斧を投げた。間一髪で狼牙は斧を避ける。

 凄まじい音と共に、本棚へと突き刺さった。すぐさま狼牙は机を飛び越え、ドアの向こうへ向かって走った。


「逃がすかよッ!」


 不運なことに狭い部屋に入口は一つ、加えて大柄な番人が付いている。しかし、狼牙は冷静だった。落ち着いてオダマキの剛腕をかわし、まるでNBA選手がドリブルで相手を置き去りにするかのように体を捻り、オダマキの背後へと回っていた。


「な、何だとッ! 何が起こりやがった!」


 その動きにオダマキは困惑を隠せないでいた。確かに渾身の拳はかわされた。しかし、ただかわされたのではないと、直感がそう叫んでいた。

 狼牙が部屋を飛び出た瞬間に、潜んでいた一人が剣を振り下ろした。オトギリだった。彼は少し悲しそうな表情をしながら力を込める。


「許せ……ッ!」

「やだね」


 反応した。

 戸惑った。部屋の中からはオトギリの姿は見えなかったはずだった。壁を背に、息を潜めていたのだから。完全に認識外からの攻撃だったはずなのに、何故か狼牙は反応したのだ。

 そして、戸惑った理由はもう一つ。彼の剣筋に真正面から向かい笑顔を見せたからだ。誰だって正面から人を切る時には躊躇い恐怖する。オトギリの目には、狼牙の笑顔が悪魔に映った。


 狼牙はバックステップを踏み、剣をかわした。叩きつけられた剣は床を砕く。同時に折れてしまった。怯んでしまい硬直するオトギリの肩をポンと叩き、狼牙は出口へと向かう。


「おいィ! 待てボンンン! どォーする気だァ!」


 オダマキが大声で問うた。怒りと困惑が入り混じった大声に驚くこともない。もはや彼らは狼牙に呑まれつつあった。矮小な存在だった彼が突如として牙を剥いたのだ。二人は呆気に取られているのだ。オダマキもオトギリも狼牙を睨んでいた。しかし、それは獲物が捕食者を前に最低限の抵抗をしているかのようだった。

 相対して、狼牙はフッと鼻先で笑う。


「どうするか、考えてみな」


 そして、彼らの返答を待たないままに走り出した。


「クソッ! 何なんだアイツァ!」


 オダマキの拳が壁を撃つ。ヒビが入り、天井からパラパラと埃が舞い落ちた。


「落ち着け。アイツの狙いは分かるだろう?」

「あぁ! どうせ女二人を助けに行く。んなこたァ分かってんだよッ! 問題はアイツが、何故こんなことをするのかってことだッ!」

「それも含めて、急いで戻って迎え撃たなければな」


 二人も同様に部屋を後にした。


 ──二人を見送ると、狼牙はゆっくりと机の影(・・・)から姿を現した。

 両手を合わせながら静かに思考する。これまでの情報を整理し、これからの展開を予測する。


「……なかなか面白いな」


 呟く彼の周囲に、いつのまにか紫色の靄が立ち込めていた。


 ◆◆◆


「おいッ! 全員聞けッ!」


 広場に戻ってくるや否や、オダマキは仲間の一人に声を荒げた。何事かと彼は問う。


「何かあったんですかい? 例のガキは見つかったんで?」

「あぁ見つけたぜ! 最悪の形でな! アイツは記憶喪失なんかじゃなかった! そんで今ッ! 今、ここに向かって来ている。女二人を助けに来ようとしてやがるんだ!」


 その言葉に広場に残っている村人は目を見開いた。そして、すぐに携帯している笛を鳴らした。


「警戒笛を鳴らしやした。捜索してる五人はすぐに戻ってくると思いやすよ。俺たちはすぐに出る準備を……」


 そう言って馬に跨ろうとする。そこにオトギリが言葉を続けた。


「いや、無駄だろう。もう潮時ということだ。わざわざ危険を冒してまで潜入したこと、俺たち二人が取り逃したこと……アレは恐らく、領の回し者だ」

「なっ、領の!? じゃあ俺たちはどうなるんですか!」

「簡単な話だ。アイツを今ここで始末する。始末しちまえば情報が漏れることもない。領が怪しがって人を送り込もうが、その頃には既に村はもぬけの殻。俺たちは拠点を移動すればいいんだ」


 捜索組が戻ってくる。


「笛聞こえたっスけど、なんかあったんスか?」


 先程同様の説明をする。その場にいる者全ての目が変わる。


 ダリアとロベリアは手足を拘束されて馬車の荷台に乗せられている。ボンの狙いはこの二人の救出だ。領の者であるならば、お人好しで有名なあの領主に仕える者ならば、必ず助けに来るはずだ。

 荷台を中心として、放射線状に警戒体制を敷く。

 最前線はスズラを始め、ナイフや剣など近距離武器を所持する三人。

 続いて村内でも手練れの二人をオトギリが指揮を取る。

 そして、荷台の上には弓を得意とする三人。そして、オダマキだ。

 ちなみに弓部隊、オダマキ、オトギリ以外が捜索組だ。


 どんなに些細な物音でさえも警戒する。こんなものが十分でも続こうものならば、先に精神力が尽きてしまうだろう。しかし、それ程にボンの存在は脅威であり何が何でも排除しなければならない存在だった。


「……構えっス」


 スズラが手を挙げた。彼は頭が悪い。その代わりに野生の勘のようなものが非常に優れていた。五感が敏感であり、どんな小さな音でも聞き取り、暗闇であっても対象を見失わない。

 暗闇の中から足音が聞こえたのを彼は聞き逃さない。


「誰か来るっス」


 しばらくするとその場にいる者全員に足音が聞こえるようになった。近づいてくる足音に緊張が走る。砂利を踏む音は少しずつ、少しずつ疎らになっていく。その時、オダマキが言葉を漏らした。


「一人じゃない……!? 何人いやがるッ!」


 闇に辛うじて人影が見えた。五人の人影だった。


「あの野郎ッ! 既に仲間を率いてやがったッ! ベン、エリアス、パウル! もういい、矢を放てッ!」


 オダマキの掛け声と同時に、三人は薄く見える人影に矢を放った。恐らく致命傷にはならない。しかし、相手の行動を制限することには繋がる。今この場を繋ぐためには、これだけでも十分だ。近距離になって仕舞えば、いくら領の者であっても手負いを倒せない者はいない。


「ぐあああああああ!」

「いてええええ!」

「ぬあああああ、なんでえええ」


 どうやら命中したようだ。三人が倒れ、残りの二人が心配しているようだ。すぐさま二射目を構える。残りの二人を射ってしまえば、前線の近距離隊が追い討ちをかける。そうすればオダマキたちの勝利はほぼ確実になる筈だった。

 矢を放つ。一人には命中したようだが、もう一人は勘がいいようで矢をかわしていた。今度は三人掛かりで一人を狙う。誰か一人の矢は命中するだろう。


「え、ちょ! 何してんスか、オダマキさぁああん!」


 それはスズラの声だった。

 いや、そんな筈はない。スズラは今、ここにいる。目の前でナイフを構えているではないか。しかし、オダマキの耳にした声は確かにスズラのものだった。


「オメーは誰だッ!」

「誰だって、スズラっスよ! 何で仲間を撃つんスか!」

「スズラは今ここにいる! 他の四人もだ! だから聞いている! オメーは誰だ!」

「だーかーらー! 俺はスズラって言ってるじゃないっスか!」


 いたちごっこの会話にオダマキは頭を抱えた。例えば、敵に声真似の上手い者がいたとして、スズラの声に似せて今喋っているのだとすれば。あまりに突拍子もない考えに余計混乱してしまった。


「はぁ、おいスズラ。本人的にはどう思うんだ」

「はぁ、そうっスね。俺本人がここにいるんで、アイツは偽物としか言いようがないっス。あ、そうだ。誰かと一緒にあそこまで行って、アイツが何者か確かめるとかいいと思いまっス」

「危険すぎる。できねえな」

「っスよね〜」


 その時。スズラの肩に剣が当てられた。オトギリの剣だった。


「お前スズラじゃないな?」

「え!? 何言ってんだオメー! どう見てもスズラじゃねえか!」

「いいや。コイツの今の言葉から知性を感じた。アイツはそんな具体的な分析や提案はできない。精々『いいや、絶対俺が俺っス。神に誓うっス』って所か。それに『〜っス』というスズラ語の使い方が変だ」

「い、言われてみれば……」


 スズラはニヤリと笑った。同時に捜索組だった五人も同じような笑みを見せた。


「「バレチッタァ」」


 彼らの顔がグニャリと歪み、粘土が造形を変えるようにボンの顔へと変わっていく。五人はオダマキたちに向いた。ボンの顔をした五人がこちらを見ている様子は歪以外の何者でもなかった。

 恐怖すら感じる。幽霊や驚かされた時とは違う。生命の危機としての恐怖。


 五人のボンは何もいうことなく、それぞれの方向へ走った。

 草むらや木の後ろ、建物の影などに隠れてしまい見えなくなる。


 すぐさまオトギリは本物のスズラたちの方へ向かった。


「すまない! 大丈夫か!」


 四人は肩や足、尻を射られていた。どれも予想通り致命傷ではなかったが、十人中四人の戦力を削ってしまった。怪我を負った四人を荷台に乗せ、警戒させる。激しい動きはできないが多少なりとも妨害はできるだろう。

 唯一無傷のスズラは未だ状況が飲み込めていないせいでオダマキへと怒号を飛ばした。


「オダマキさんッ! 何で撃ったんスか!」

「悪い! オメーたちの偽物に騙されちまった。本当に申し訳ない!」


 頭を下げるオダマキ。しかし、スズラは納得できない。


「偽物だとしても、その、分かるでしょ!?」


 そうなのだ。ただ変装しているだけならば気づける筈なのだ。確かに夜で視界が悪い。一見しただけでは気づかないこともあるかもしれない。ランプの灯では不十分だからだ。しかし、声質や匂いまで似せるのは不可能な筈なのだ。


「いやアレは……無理だ。恐らくアイツは……『キャラクタ』だ」


 ──『キャラクタ』

 それは、この物語の世界において選ばれしごく少数の者のことを言う。

 その者は不思議な力を使うことができ、それを以て他の人間とは一線を画する存在と言い伝えられていた。キャラクタである者は総じて、各領の領主や領主補佐になり得る素質がある。


「よりによって……! ボンがそれってことっスか! ヤバいっスよ! じゃあ俺たち勝てないってことじゃないっスか!」

「いいや違う」


 オトギリが静かな声で言葉を挟んだ。


「超常現象を引き起こしたり、領主や領主補佐クラスだったりというのは一般的に言われていることで、実際は個人によって差が大きい。そして、今の所、ボンはそのような派手な能力を使っていない。キャラクタにとって、能力を知られるというのは対策されてしまうということだ。対策さえしてしまえば俺たちでも対処できる」

「その通りだぜ。今俺たちに起きている異変を考えてみるぞ」


 オダマキが指を折りながら言葉を続ける。


「まず、偽物のスズラたちが現れたこと。

 そして、それらは全てボンだったことだ。

 これらを考えると、アイツの能力は『変身』と『分身』だ」

「ふ、二つも……」


 狼狽えるスズラを諭すようにオダマキ。


「キャラクタはよっぽどのことがねー限り、能力を二つ、三つ持ってるもんだ。逆に言うと、その三つさえ分かっちまえばいいってことよ! つまりだな──」


 作戦を説明すると、オダマキは皆の前に立ち、声を張った。


「出てこいよォォ! お前の能力は分かってんだぜェ!」


 彼の声に呼応するように至る場所からボンが現れた。その数、オトギリが瞬時に数えた所、実に五十人。


「思ったより多いぜ……どれかが本物だ。行くぞッ!」


 オダマキ、オトギリ、スズラの三人がボンたちの方へ駆けていく。オダマキはポケットからメリケンサックを取り出して装着し殴る。オトギリは二本目の剣で斬り裂く。スズラは軽やかな動きと共にナイフで切りつける。後方からは弓部隊が援護射撃をする。

 確かに数は多かったが、どのボンも戦闘力は皆無だった。まるで素人の動きに拍子抜けする。


「コイツら、弱い!」


 スズラが一人のボンに斬りかかった瞬間、他が彼を庇った。突き飛ばされたボンは転がり倒れる。庇ったボンは消えた。その行為は一見すると彼を救ったものだったが、オトギリにしてみると『待ってました』と言わんばかりのものだった。


「本体がやられては元も子もないよなぁ! オダマキ、スズラ! 本体だ!」


 返事はなく、それは行動で答えた。オトギリの言う本体をしっかりと目に焼き付ける。見間違えることはない。三人の攻撃を避ける術は持ち合わせていないらしく、何度も分身体が庇っていた。


「オラァアアアアアアア」

「ハァアアアアアアア」

「ソイソイソイソイソイソイ!」


 しかし、それで攻撃を防ぎ切れる訳もなく大きな隙が生まれた瞬間、三人の攻撃が一気に降り注いだ。


 ──勝った。


 誰もがそう思った時、違和感は突然に襲いかかる。手応えがなかった。リアクションは確かに本体だった。攻撃から身を守る様子も、冷や汗も、呼吸も全てが本来だった。脳天から砕く、斬り裂く筈だったのにもう関わらず、まるで当たった感覚がなかった。

 三人の攻撃は地面を穿った。ボンは呼吸を荒げながらバックステップを踏む。分身が次々と煙となって消えていった。


「今のもキャラクタ能力っスか!」

「多分そうだ。『変身』『分身』に続く第三の能力」

「恐らく『透過』だ。攻撃が透けたんだ」

「じゃあやっぱり勝てないじゃないっスか!」


 オダマキは慌てるスズラを拳で黙らせる。頭を押さえ、涙目になるスズラに対しオトギリは言う。


「同時に弱点も分かったな。強力な能力には必ず同じだけの弱点が付く。ボンは透過するだけに相当体力を使うようだ。そして、体力を使うと分身が維持できなくなる。要はアイツの体力を消耗させればさせるほど、俺たちに勝機があるということだ」

「それなら俺の得意分野じゃないっスか……!」


 言葉と共にスズラは走り出していた。しかし、オダマキたちが彼を止めることはない。むしろ好都合だったからだ。先程も述べたように、スズラは野生的だ。動物のような体力と俊敏性を持っている。

 ナイフをクルリと回しながらボンへと切り掛かる。ボンの動きは分かっている。まるで素人の動き。しかし、何故だ。ボンは余裕に満ちた表情をしている。まるで品定めされるかのような表情。あるいは挑発的な、お前について来れるかとでも言いたげな表情だ。


「舐めるなよッ!」


 ナイフを振るう。剣よりも軽い。故にスピードは最速。何度も、何度も振るった。何度も振るってしまっていた。どれだけ振るってもナイフが当たらないのだ。素人同然の動きをしていた男に、かすり傷一つつけられないのだ。


「何で、何で当たらないッ!」


 慌てる。攻撃を当てられるものだと思っていたから。

 その焦りが命取りとなった。


 突然、ボンが向かって来たのだ。伸びる腕に必要以上に驚いてしまった。それが何よりも恐ろしい凶器に見えてしまった。掴まれたらマズいと全身が跳ね上がった。筋肉が硬直した。足がもつれる。


「逃げろ、スズラッ!」


 オダマキの声も虚しく、スズラの顔をボンが掴んだ。スズラは反撃しようとするが、攻撃が当たらない。いや、正確には当たっているのだが透けている。透過能力なのだと悟った。そして、一拍置いた後、スズラの悲痛な叫びが響き渡った。


「ウワァアアアアアアアアア!」


 力無く、ぐったりと倒れるスズラの横に立つボン。

 もはやボンと呼べる程、可愛げ等はなかった。悪魔と呼ぶに相応しい禍々しいオーラを放っていた。彼の正体、人身売買のことが露呈する。どんなことよりも、今は目の前の悪魔からいかにして逃れるかを考えてしまっていた。


「な、何だあれは……第四の能力、だと……ッ」


 ボンは指を鉄砲の形にして、オダマキらに向けた。


「バン、バン、バン」


 正確には彼らの背後に弓を構えている三人に対して。

 ボンが銃の真似事をしたと思うと、後ろから鈍い音が聞こえた。瞬時に振り向くと、三人がその場に倒れ込んでいた。ボンに撃たれた三人が倒れた。もはや予測など無意味なのだとも思えた。


「第五の能力……! 一人のキャラクタがこんなに沢山の能力を持ってるなんて聞いたことがねえ」

「彼は……ボンは、他のキャラクタとは違うのか……? 異端のキャラクタ……!?」


 そんな二人の会話など聞こえるはずもなく、ボンは、いや狼牙は彼らを眺めていた。

 何も喋ることなく、ただジッと見つめていた。

 獲物を捉える、狼のように。

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