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BLACK〜オオカミ少年の嘘と真実の物語〜  作者: 勝友 幸
第一章『始まりの嘘と真紅の少女』
3/17

page 1『はじまりのむら』

『正直者が馬鹿を見る』


 なんと理不尽な言葉だろう。なんと素敵な言葉だろう。

 世界は正直を求めるのにもかかわらず、けれども、正直者が歩むのは茨の道だ。


『またいい子ちゃんやってるよ』

『なんであいつずっと真面目なんだよ、おもしろくない』

『なんかあいつ冗談通じなくてつまらない』


 そこに続く言葉は決まってこうだ。

 ──空気を読めよ。


 愚直に、ただひたすらに一歩ずつ努力を正直に重ねたものよりも、少しだけ要領のいい不真面目な人間を世間は評価する。

 なんという世界だろう。なんという思想だろう。

 そして、これを受け入れている人々は、いったい何を考えているのだろう。


 正直に生きれば堅物、つまらないと馬鹿にされる。

 そして、嘘つきは正直者を見て嘲笑う。言葉巧みに騙し、さも味方であるように振舞う。そして、甘い蜜を干からびるまで吸い終えるといとも簡単に捨ててしまう。

 歩めば茨、止まれば害虫の餌場。進も止まるも待つのは地獄だ。

 裸足で茨の道を歩む者に──。

 しかし、立派な靴を履いた者は早く歩けと言う。その痛みを感じていないのに。

 しかし、茨の後ろで止まる者は無様と笑う。進むことから逃げているのに。


 ──あぁ、どうしてそんな目に逢わないといけないのか。


 しかし、世界が求めるのは嘘つき・・・だ。


 世界は絶えず訴える。


『嘘をつくな』


 そのルールに則って生きているだけなのに。

 ルールを破る方が悪であるはずなのに。

 どうしていつも評価されるのは嘘つきなのだ。


 どうしていつも世界が求めるのは嘘つきなのだ。


 どうして正直者が馬鹿を見なければならないのだ。


 ──オオカミ少年は笑う。

 あぁ、それならば嘘つきになってやろう。

 正直に、愚直に、まっすぐな嘘をついてやろう。

 それが世界の決めた暗黙のルールなのだから。



 しかし、眼前の正直者は決意の表情を浮かべる。



 ──オオカミ少年は嘲る。

 あぁ、いったいこの世界にこれ以上何を求めているのだ。

 お前はなにをしようとしているのだ。



 正直者は一歩を歩む。茨の道は百も承知。

 正直者の足は茨に傷つけられる。ただ歩んでいるだけなのに、傷ついていく。

 しかし、その姿は勇猛だった。



 ──オオカミ少年は静かにその様子を見ていた。

 あぁ、また一人、世界の犠牲者が生まれてしまった。

 進んでも殺されてしまうだけなのに。



 ──オオカミ少年は背を向けた。傷つく努力など、したくない。

 ◆◆◆


 ──物語の世界『ストリエス』。

 あらゆる物語の住人が住まう世界。

 一見、無秩序であるようで、しかし、そこに絶対的なルールが存在する。


 一つ、ストリエスに住む人間は大きく四つの種類に分類される。

 主に、イソップやグリムに代表される童話に住まう者──(ワラベ)族。

 主に、日本に古くから伝わる和風の昔話に住まう者──(ヤワラ)族。

 主に、幽霊や化物等の怪談に住まう者──(カイ)族。

 主に、神や英雄、伝説や幻の生き物等の神話に住まう者──(シン)族。

 これはあくまでも、物語を種類別に分けているだけであり、種類が違うからと言って見た目に差があるわけではない。しかし、物語によっては見た目に特徴が現れるものもあるそうだ。


 二つ、ストリエスに住む人間は自身の所属する物語を領とし、各物語で領土を形成し生活している。

 各物語の主人公を領主、その他名前やしっかりと物語に関わる役割を持つ登場人物を領主補佐として、その領を収めている。首都に領主たちが住まう屋敷がある。

 領の広さは何によって決まるのかは不明。しかし、力を持つ領はどれも一度は聞いたことのあるものや教科書に掲載されるようなものばかりだ。恐らく、知名度が関係しているのではないか。

 一方で領を持たない主人公、その他登場人物も存在している。あまり絶対的なルールは存在しないようだ。


 三つ、各物語の領は不可侵が絶対条約である。

 領を破壊してはならない。これは世界の均衡を保つためのものだろう。例えば、『かぐや姫』が滅ぼされた場合、物語が消えたという扱いになるのだろう。


「──と、まぁとりあえずはこんな所だろう。ってかこんな大事なこともわかんねえって大丈夫なのか?」


 大柄な男が腕を組む。少し動いただけで、彼の座っている古い椅子は軋んでいる。今にも崩れてしまいそうだ。彼が話しかけたのはベッドで体を起こしている青年だ。黒髪で見慣れない服を着ている。服の所々が破れたり汚れたりしていることから、何かに巻き込まれたことは容易に伺えた。また、彼の現状が余計にそのことを納得させる。


「すみません……本当に分からないんです……」


 申し訳なさそうに顔を俯く。すると、男は慌てて彼の肩に手を置いた。


「いやいや! そんなつもりはねえんだよ! オレは聞いたことがあるぜ! それはそれはひでーことに巻き込まれた人やトラウマがある人は、その現実から身を守るために記憶を消したり、新しい人格を生み出したりするってな。オメーは間違いなく記憶喪失だ!」

「僕には……何があったんでしょうか。何も思い出せない……! 客観的に見て、僕はおかしいんですよね!?」


 男は難しい顔をしながら、苦笑いで応える。


「ま、まぁ、おかしいっちゃおかしい、な! そんな服を着るのは学校に通うことができる、それも都会のだ。首都か、その辺りの学校にな」

「なるほど。確かに、ここは都会じゃあない。おじさんが僕を拾ってくれた土道もこの村の近くですし……あ、すみません。別にここが田舎だとかそう言うのを言いたいわけじゃ……」

「いやいや、ここは田舎だ。こんな田舎に坊ちゃん嬢ちゃんが行くような服を着るオメー……あ、もしかしてオメー、どっかいいとこの坊ちゃんなんじゃねえか!? それで誘拐かなんかされてよ!」


 大きく鼻を鳴らしながら、青年へと声を飛ばす。その勢いに、彼は吹き飛ばされそうになりながらも返答する。今度は彼の方が難しい顔をしている。


「ぼ、僕に聞かれても……」

「そうだよな! 悪い悪い! まぁ、オメーがここを出ていこうが出て行かまいが自由だが、オレはお前の面倒を見るぜ。道端でぶっ倒れてるオメーを見つけた時から決めてんだ」

「ありがとうございます! オダマキさん!」


 大柄な男もといオダマキは大きく胸を張って、再び鼻を鳴らした。まるで渓谷のような筋肉の彫りがピクリと動く。彼は立ち上がると、近くにあった帽子を被り、ドアの方へ歩いて行く。後姿はまるで群れを生きいるボス猿、いやボスゴリラだ。


「んじゃ、オレは近くの村まで仕事に行ってくるわ。オメーは立てるようなら村の中見回るなり何なりしといてくれ。夜には戻る」


 歯を全面に出す笑顔は不思議と明るい気持ちにさせてくれる。

 そのまま彼を見送ろうとするが、一点、気になったことがあり問いかける。


「あ、あの、他に人とかいないんですか? 心細くて」

「ッカー! 確かにそうだな! 旅人が二人いるぜ。別嬪さんだ」


 窓の外を指差す。旅人用の小屋だそうだ。


「その方たちと話す時に、名前が分からないと困ると思うんです。僕の命の恩人であるオダマキさん、名付けてくれませんか!?」

「おぉう!? 名付け親になるっつー訳か。責任重大だな。そうだな……不思議な服、似合わない服、ボンボンが着るような服……よし、お前はボンだ!」


 ビシッと指を差しながら言うと、青年もといボンの是非も問わずに出て行ってしまった。馬の蹄の音が軽快に遠くなって行く。もはやボンとなってしまった彼はフッと息を吐き、そして、ベッドから出て窓の外を眺めた。


 遥か先に巨大な街が見える。大きな門が四方向に十字に配置されている。恐らくそこからしか入れないのだろう。その街こそが、この領『赤ずきん』の首都となる場所である。『赤ずきん』という物語から察することは容易であるように、当然領主は赤ずきんちゃんだ。そして、領主補佐は狩人だろう。しかし、オダマキの話を聞く限り、領主補佐はもう一人、狼もいる。

 ボンは疑問に思った。狼は悪役なのではないか、と。しかし、あくまでも物語の登場人物が住んでいるだけなので、物語上の禍根は関係ないのかもしれない。よって、ストーリーはどうであれ、登場人物は皆、領主補佐となり得るのだ。


「……」


 流れるような目元は、先程までの『ボン』ではない。


 ボン──狼牙はオダマキ宅の散策を始めた。

 狼牙は超高度からのスカイダイビングを楽しんだ。と言っても楽しむ余裕などなかったが。パラシュートなんてものはもちろんないため、身を任せるしかなく、勢いのままに地面へと激突した。しかし、何故か怪我一つしていなかった。狼牙と地面の間に金粉が敷かれており、クッションとなって衝撃を無にした。


 狼牙は考えた。右も左も分からないこの世界で何もない場所に取り残されては、行動しようにも行動できない。しかし、ピーターパンは何の考えもなしにこのような場所に落とすだろうか。いや、あり得る。彼に対する信用はない。保証はできない。


 狼牙は思い出す。落ちる中で横目に村があったことを。村の近くまで移動した。所謂『はじまりのむら』というものになるのだろう。問題は、どのようにして入り込むか、だった。そこで狼牙は怪我人を装うことにした。物語の世界に住む者の純粋な心、良心に賭けてみた。制服を破り、木に体当たりし、土に塗れることで何かに巻き込まれた人間を作り出したのだ。記憶喪失なんて設定があっても同情してもらえるかもしれない。


 こうしてオダマキに拾われ、記憶喪失のボンという青年が出来上がったのだ。狼牙のとある思惑と共に──


 オダマキの家はさほど大きくなかった。ほとんどワンルームだ。本棚には古い本が数冊並んでいる。テーブルや椅子は先程に様子にも分かるように、今にも壊れそうな程、年季が入っていた。後は狼牙の眠っていたベッド。奥にドアが一つあったが鍵がかかっていて入れない。無理矢理壊して入るほどのリスクは追いたくないので諦める。


 まるでゲームのタスクをクリアするように、あるいは淡々と小説を読み進めるように冷静な自分に驚く。冷静な自分に賞賛すら送りたい気分だった。あまりに非現実的なことが起き、緊張し続けると人は冷静になることが分かった。狼牙の境遇は滅多に起こることではないが。


「外行くか」


 玄関を開ける。ラーイ村というらしく、代々オダマキの家系が村長として生活しているようだ。主に自給自足で過ごすか、街や村に仕事で出た時に食料を調たちするそうだ。小高い丘のような場所に立地しており、入場門は一つ、それ以外は木の柵で覆われているが心許ない。


 村の中を歩き回る。牛が三頭、牧草をガムのように食べていた。畑が二箇所あった。クワについている土は乾いてブロックのようになっており、触ったら砂となり崩れた。手が砂だらけになった。

 トイレは村内に一箇所だ。共用トイレらしい。これまでの生活を考えると非常に不衛生に感じられた。草むらでした方がマシとも思った。狼牙は眉をひそめる。


 そして、旅人用の小屋を通りかかった時、丁度中から女性が扉を開けた。


「あ、どうも」


 ボン(・・)は軽く会釈する。


「あら、あなたがオダマキさんが連れ帰ったっていう記憶喪失の子ね!」


 ピンク色の派手な髪色をしている。とても明るい性格ということがたった一言、言葉を交わしただけでわかった。ドアを閉め、ボンの方へと寄る。


「恥ずかしながらそうですね……いえ、でも記憶がないなりに頑張って生活しようと思ってます!」

「いい心構えじゃない! そういうの好きよ! 私はダリア。あなたは……って」

「いえ、先程オダマキさんに名付けてもらいました。僕のことは『ボン』って呼んでください!」


 ドンと胸を張りながら声高らかに言うボン。彼に対しクスクスとダリアは笑う。


「可愛らしい名前ね。それにしても酷い服ね。破れてるじゃない」

「あ、倒れてた時のままの服でした」


 自身の服を見ながら、恥ずかしそうに頭をかく。

 腰に手を当てため息を吐くダリア。


「オダマキさん、全くそういうの気づかないんだから。ちょっと待って、確か男性用の服が商品の中にあったはず」

「商品? 旅人って聞いてましたけど」

「旅人よ。色んな場所を見て回ってるわ。でもお金を稼がないと何もできないから、行く先々で物々交換とかお手伝いとかして報酬をもらってるの。それで、それを売ったりして生活を工面してるって訳」

「それなら尚更頂けませんよ! 大切な商品なのに」

「いいわよ一着くらい。まぁ、今後何か困ったら手伝ってもらおうかな」

「すみません、ありがとうございます」


 彼女が小屋に向かおうとした時、再びドアが開いた。

 今度は紺色の髪色をした女性だ。ダリアとは違い、おっとりとした表情をしている。


「だりあぁ、どこいくのぉ……」


 目を擦っている。眠っていたのだろう。

 ダリアは笑いながら声をかけた。


「ロベリア! この子、記憶喪失の子!」

「えぇ……? あ…え、あ!」


 ハッとした表情。恐らく寝ぼけていたのが正気に戻ったのだろう。

 顔を赤くしたと思えば、バタンと勢いよくドアが閉められた。


「あらら? 僕嫌われました?」

「寝起きの無防備な姿を男の子の見られたのが恥ずかしいのよ」

「あーなるほど。ロベリアさーん、僕は気にしませんよー!」

「私は! 気にします!」


 調子のいい言葉に、少し上擦った声色で返答が返ってきた。

 ボンとダリアはお互いに目を合わせ、苦笑した。


 ダリアが小屋に戻り、男性用の服を取ってきた。白のシャツに黒の上着、そしてバルーンパンツ。

 黒を基調とした服で、所々に紫色のラインや刺繍がある。他には赤色や黄色があったそうだが、ボンの髪色と合わせて黒が一番いいと判断してくれたのだ。木陰で着替えてファッションショーをする頃には、はっきりと覚醒しているロベリアも混ざっていた。

 ダリアの服はなかなかに好評で、ボンがポーズを取ると二人は拍手をする。そして、ダリアがロベリアに「私が選んだのよ」と自慢げに言うのだ。


「二人はどんな所を見てきたんですか?」


 ファッションショーや一通りの自己紹介が終わり、しばらく遊んでいると時間はすぐに経っていた。

 夕日を見ながら、村の広場のベンチでお喋りを楽しむ。


「そうね、私たちの冒険の数々を……と言いたい所だけどね」

「実は、つい一ヶ月前に旅に出たばっかりなの」

「え、そうなんですか? ダリアさんなんか、あんなに旅のプロみたいな雰囲気出しておいて」

「嘘は言ってないわ」

「ダリアは見栄っ張りだからね。仕方ないね」


 ロベリアの緩いながらも毒のあるツッコミに笑いが起こった。

 ほんの数時間だったが彼女たちとかなり友好的な関係となった。同時に人となりがよく分かった。

 ボンは二人の会話を眺めながら、彼女たちの印象を噛み締める。


「言ったなー! もうそんなこと言うような子は知りませーん。ご飯も掃除も洗濯もお金稼ぎも宿決めも自分でやってくださーい」


 ダリアは所謂姉御系の女性だ。面倒見が良く、明るい性格で積極的に会話をするため、人と打ち解けるのも早い。相手のことを知ろうとする傾向があり、ボンも多くの質問をされた。相手を知ろうとするというコミュニケーションの基礎ができていることが彼女の強みだろう。


「えー、ごめんねー。謝るからそれだけはやめてよぉ。せめてご飯、掃除、洗濯、お金稼ぎはやってよ」


 ロベリアはとてもマイペースだ。とても穏やかな性格で常に一歩引いたようなポジションで会話に参加していた。しかし、彼女が飛ばすツッコミや呟きは的を射たようなことばかりで、会話のターニングポイントとなることも多かった。


「ほとんどダリアさん任せじゃないですか!」

「え、そうかな」


 ロベリアは屈託のない微笑みで誤魔化した。呆れたようにダリアが両手を上げる。彼女らにとってはいつも通りの会話なのだろう。


「あ、そう言えば。お二人はどういった経緯でこの村に? 言っちゃアレですがここって田舎じゃないですか。旅の途中で寄ったんですか?」

「ううん。私たちも君と似てるかな。この村の人に助けてもらったんだよ」


 ロベリアが一点を静かに見つめながら答えた。


「へぇ、そんなことが。何があったのかお聞きしてもよろしいですか?」


 言葉を続けたのはダリア。


「六日前のことだったかしら。昼のうちに町に辿り着けなくてね。やむを得ず、何もない真っ暗な平原で野宿することになったのよ。そこで盗賊に襲われてね。相手は弓とか一瞬のナイフ攻撃とかしてくるばっかで全然太刀打ちできなかったの。暗闇で何も見えなかったしね。そんな所に、ここの村人さんたちがたまたま仕事帰りで通りかかって助けてくれたって訳」

「ほぇ、そんなことが。いい人ばっかりですね」


 ボンが村人の優しさを垣間見た後、お喋りは他のことへと枝を伸ばしていた。

 実は武術をかじっていて、素人なら余裕で倒せることや二人が住んでいた小さな村での思い出話に花が咲いた。

 気づいた頃には、すっかり日は落ちていた。

 村の中にあるトーチに火をつけていき、灯りを灯す。


 和太鼓を連打するような音が地面から伝わって来た。何事かと広場にいる二人の元へ向かうと、彼女らの視線の先に十頭の馬とそれに跨る十人の男たちがいた。筆頭はオダマキ。


「お、早速仲良くなたのか! ボン!」


 大きく手を振りながら大声を出す。彼の言葉に、後ろに続く村人たちはボンに興味津々だった。


「オダマキさん! おかげさまで、ありがとうございます!」


 ボンは頭を下げた。

 すると、オダマキのすぐ後ろにいた半裸の坊主が馬を飛び降り、ボンの方へと走ってきた。そして、見定めするような仕草。


「コレが記憶喪失のガキっスか! ハッハーン、まだまだ足りないっスね! 男としての魅力というか、イケメンレベルというか。いいか? ここでは俺がセンパイ、お前は俺のコブンっスよ。とりあえず、センパイからのアドバイスは、もっとかっこいい服を着た方がいいっスよ!」

「あんた半裸じゃん」


 ロベリアの呟きに村人の数人が笑った。


「あの、この子の服、私が見繕ったんだけど」


 ダリアの言葉に一瞬ギョッとすると、彼はボンの肩をパシパシと叩いた。


「いやぁ、超イケてる服じゃん! 俺もこういうの欲しいわ!」


 調子のいい彼にロベリアは大笑いし、ダリアは少し表情を強張らせて呆れていた。

 坊主に続いて村人たちが続々とボンの方へと寄ってくる。


「んー、いい男だ。目がいいな。少なくともスズラよりはな」

「ほーう、なかなかいい髪型をしているな。スズラのような坊主は時代遅れだ」

「結構身長高いな。スズラはチビだ」

「この知的な姿がいい。スズラなんか見てみろ……はぁ」

「結構筋肉あるんだな。なぁに、このくらいが丁度いいさ。スズラはゴリラすぎる」

「礼儀正しい。スズラはひどいぞ。言葉遣いもあんな感じだ。ずっとだ」

「雰囲気がいい。スズラはダメ」

「やかましいぞスズラ」

「皆んな、酷くないっスか!? 俺のメンタルがボコボコにされちまうっスよ!」


 坊主はスズラという名前のようだ。全ての村人に悪態をつかれ、臭い泣き真似をする彼をよそに、他の村人は馬小屋へと向かい始めていた。慌ててスズラも馬に跨り、後を追う。

 三人の横を通る時にオダマキ。


「今日は宴会だ! 旅人の幸福と成功を祈ってのな! すぐに準備するから待ってろ!」


 ボンたちが何もしない間に、倉庫からテーブルやら椅子やらが運ばれる。

 そして、巨大な肉塊や鍋いっぱいのスープが腹の虫を活発にさせる匂いを村いっぱいに漂わせ始めた。ほんの数分の間に全ての準備が終わってしまった。テーブルは三つだ。各テーブルに自由に分かれ、料理を食べるのだ。


 それぞれの前に木製のジョッキと飲み物が運ばれる。

 柑橘系の飲み物だろう。甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。同時にアルコールの匂いも感じた。

 何故か既に顔を真っ赤にして上機嫌のオダマキが立ち上がった。


「ぃいいいよっしゃああ! それじゃあいくぞ! この場にいる全ての人間のォ! 人生の幸福を願ってェ! くぁあんぷぁああああああああい!」

「「乾杯ッ!」」


 カーンと木の乾いた音が空へと飛んだ。


 狼牙はオダマキと他二人と同じテーブルだ。

 オダマキはガブガブと酒を飲んでいる。他二人は「飛ばし過ぎ!」「大丈夫ですか!」と声をかけているが、止める様子はない。オダマキは酒豪らしい。

 しかし、それは悪い酔い方なのだと知る。


「オラァ! ボンッ! 何しけた面してやがんだ!」

「えぇ、楽しいですよ!? 料理もすごく美味しいし」

「いいや! 顔が赤くなってねえ! オメー俺が用意した酒が飲めねえってのか!」

「いや、お酒は苦手で……」

「ダメだ、飲めー! スズラは飲むぞー!」

「うわぁ!」


 無理矢理にジョッキの中の酒を口の中へ流し込まれる。

 酒というので少し身構えすぎていたのか、ジュースにしか思えなかった。

 しかも、喉越しがとても爽やかで、何杯でも飲みたくなってしまう。恐る恐る、もう一杯飲もうと思うが、少し浮遊感を感じ始めた所でやめた。


 ボンは逃げるようにダリアたちの席へと移る。オダマキは「逃げるのかー!」と騒いでいたが、両脇にいる二人が酒を飲ませると大人しくなった。いや、大声で笑っているのだが。


 移動した先には、ダリアとロベリア、他にはスズラともう一人が座っていた。


「あ! テメー、ボン! 何しに来やがった!」


 スズラは顔を真っ赤にしている。完全に出来上がった様子だった。

 もう一人はとても優雅に、そして静かに酒を飲んでいた。


「オダマキさんがやったら絡んでくるので逃げて来たんですよ」

「テメー! オダマキさんからの酒が受け取れねえってのか!」


 こちらでも似たような絡まれ方をして、ボンは苦笑した。


「オダマキさんがスズラと酒飲み対決したいって言ってました」

「なんだと! それはすぐに……って! なんでテメー、俺は呼び捨てなんだコラァ!」

「スズラさんと」

「それでいいんだよ」


 上機嫌に彼はオダマキの方へとスキップしていった。全くそのような話などしていないのだが、何故だか酒飲み対決は始まっており、大いに盛り上がりを見せていた。遠目で見る分には全く楽しめるので、ダリアらと共にボンは大笑いする。

 ふと、ここでもう一人の村人の存在を思い出した。顎髭を生やした彫りの深い中年。


「すみません。大声出しちゃって」


 彼はフッと笑うと、優しい声色で言う。


「いや、いいんだ。私もこうやって見るのが一番楽しいと思う口でね。スズラをけしかけてくれてありがとう」

「それは良かった。失礼、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「あぁ、そうだった。こちらから名乗らず失礼した。私はオトギリだ。よろしくなボン」

「こちらこそ」


 自己紹介を済ませた時、少し顔を赤らめたロベリアが話に入って来た。


「オトギリさんはね。私たちを助けてくれた人なんだぁ」

「私たちが襲われてる時に颯爽と現れて、盗賊を退治してくれたのはオトギリさんたちなの」

「そうだったんですか!」

「あぁ。本当に運が良かった。君たち、どれだけ急ぐ旅路でも野宿は危険だ。特に君たちは女性だ。金品を取られるどころか、慰み物にされたり奴隷にされたりする危険性もある。私がこの手で助けられて良かったよ」


 渋く笑うオトギリ。絶望的な結末の話で雰囲気が悪くなることはない。一方で笑い話で終わることもないので、二人の心には教訓として刻まれただろう。


 もう一つの机で二人の村人が話していたが、彼らの元に行くことはなかった。

 ダリア、ロベリア、オトギリと共に談笑を楽しんだ。ボンは酒をちびちびと飲むことで喉の渇きを潤した。肉もスープも塩味が強く喉が渇く。

 オダマキとスズラ、他二人はずっと酒飲み対決をして盛り上がっていた。


 ふと、人数が足りないことに気がついた。この場には七人しかいない。残りの三人はどうしているのかとオトギリに問うと、どうやら休んでいるようだ。前日は徹夜だったらしく、寝不足だそうだ。また、宴会は全員が眠りに落ちる。そういった時に村を守る人がいなくなってしまうため、数人は宴会に参加しないそうだ。「なんでこの日に限って徹夜なんだ!」と嘆いていたらしい。


 村人を歓迎するラーイ村。楽しい楽しい宴会は、夜が更けるにつれて炎を小さくしていき、やがて消えた。

 冷たい夜風が、怪しげに村を通り過ぎていった。

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