98:ユリシーズさんにしか守れない事
「はんぐくらいだーも素晴らしかったが……」
「この『ういんどぱっく』も、とても素晴らしい魔道具だね」
二箇所目のトンネル開通予定地は、橋も掛けられないし、船で行き来も出来ない難所だった。しかし、ジャドゥさんたちの精霊の秘術のお蔭で、問題なく開通した。
位置は、こちらは全部、予定していた位置からズレたけど。ちょっとズレても、丈夫なトンネルが出来たのだ。問題ないよね。
トンネルが無事開通してから三日目。ウインドパック、ハンドランチ・グライダー、氷のヒュドラのタルタルステーキなどなど。色んな物の報告が入っていた王太子殿下とキナル王子に、実物をお見せしたり料理をお願いされた。
トンネル開通から二日は、前のトンネルの時と同じ。お二方はお忙しかったのだ。そのため、今日となった。
先にハンドランチ・グライダーのお披露目は終わり、今はフィリベールくんたちがそれで遊んでいる。
だが、ジャドゥさんご夫妻は目が点になってしまい、固まったまま微動だにされない。
ハンドランチ・グライダーのお披露目から、ウインドパックの飛行が終わるまで。それなりに時間が掛かったにも関わらず、呆然と突っ立ったままでは、風邪を引かれないかちょっと心配。
「これは私の趣味の一つです。好きな物です。軍事利用は、絶対に嫌なんです」
「優公、分かっているよ」
「前にも言ったね。開発者の意向は汲むよ。残念だが、これも諦めるよ」
「ご理解下さって、本当にありがとうございます。このウインドパックも、大好きな空を飛ぶ数少ない道具の一つ。それを軍事利用するのは、どうしても抵抗があるんです」
飛べる物で知っている物に、フライボード・エアーがある。これは形にも口にもせず、墓まで持って行く心算。
「ギルドのお蔭で、個別識別可能スマホなど、他国での開発も再現も、我が国からの輸出も持ち出しも不可の、多くの有用な魔道具があり、守られている」
「はい。それに、開発中の熱気球が完成致しましたら、そちらが充分、活躍することでしょう」
この世界のギルドは、そういった役割も担っている。密輸されてしまう物は、勿論あるよ。しかし、作成、使用可の国以外に、そういった物が出回らないように管理、摘発、密輸品の回収も重要な仕事なんだって。流石にこの部分は、国と協力関係にあるそうだ。
私が魔法、魔石、ポーション関係で登録した物。それらは殆どがこれに当たり、情報が他国に漏れないように守られている。
それは、登録して利益がもらえる期間とは別。国が輸出する品目にしない限り、ずっとなのだそうだ。
シュシェーナ王国でも、他国で開発され、輸入したい品はある。だが、こちらも出したくない品が沢山ある。だから、そういった品を輸出入する話し合いは、ほぼほぼしないんだって。
近年一番欲しかった物は、他国で開発された、黒色火薬だったそうだ。
火薬を使った武器は、発射率も、威力も、飛距離も命中率も、今はどれもまだまだらしいけど。
過去形なのは、魔力の省エネ方法、精度、その他が上がったから。本体に、慎重な扱いのいる火薬。しかも、使えない日もある道具一式を運ぶ……。その一式がなくっても、省エネ、威力、精度アップした魔法が使い勝手が良いとなったからだそうだ。
唯一他国へ開示されたのは、病気の癒やし方。これは人道的な観点から、開示されたそうだ。
いつか情報は漏れるだろうし、似た物も開発されるのだろう。それでも、自分が世に表した物が、戦争の道具として輸出されないのは大きい。
「錬金術師の、非金属を貴金属に変える方法を探している者。エリクサーの探求者。そういった者ではなく、地道な研究をしている者に支援を」
「この助言で、錬金術師には魔法に長けた者が大勢いる事が分かりましたね」
「そうだな。空を飛ぶ術は無理だが、こちらも重要な事。これで充分だね」
「はい。ツヨシと優公のお蔭で、色々と、他国より頭一つ分以上抜きん出ております。
あまり差を付けすぎるのも、技術や方法を得るため侵略されかねません。飛行方法まで持てば、それは現実になりかねませんからね。
このくらいが、侵略されずに済む上限やも知れません」
!!!!侵略されるなんて恐い!勘弁願いたい!侵略するのもされるのも、戦争は嫌だ!
「おいおい。ウチの娘を、あまり恐がらせるな!」
「すまない、オオシロ公。この国は、北は天然の要塞に、南は海に守られていて今までは平和だった。
だがね、それでも憂いは常にある」
「ツヨシ、すまないね。兄上の仰る通りだ。
魔道具が良くなり、夏なら大カロン山を越えられる。季節によっては、いくらか安全に海路も使える。これから先、そういった事に益々神経を尖らせなければならないだろう。
それはツヨシにも、優公にも、理解してもらわねばならないよ」
「だがなあ……」
「いや。耳には入れたのだ。このくらいで、今は良い」
「はい、兄上。ツヨシにも優公にも、気を付けてもらわねばならないからね。だから、耳に入れたのだよ。承知してはくれまいか?」
ああー……。色々と開発や何やとしたからな。技術も方法も欲しいが、それらを産み出す人物を、どうにか自国へ連れ去れないか?そう考える国も、もしかしたらあるかも知れないわ。
「分かりました。ね、お父さん?」
「優……。ああ、分かった」
空を支配出来る。それは、色んな面でかなり優位に立てるだろう。熱気球は、こちらの方が開発なさっている。私が、それ以外の飛べる何かを世に出したら?
危険回避のためにも、それは諦めて下さっているのだろう。本当に、ありがたい事だ。
◇
「…、最後。これがヒュドラのお肉の料理、『タルタルステーキ』になります」
「ほう、これが。中々美味らしいね」
「冷えが、かなり緩和されるとも聞いているよ」
「タルタルステーキは、ユッケみたいだな!」
恐い話を聞いた午前は、あの後すぐに終わった。お昼は簡単にすませ、夜は料理をあれこれ用意となった。
一番は、ヒュドラのお肉だね。体を温めるのは本当か?それを確かめる意味合いが強いが。
後、ジャドゥさんがまだ鱈も蟹もお持ちとの事。それで、漁港までお連れするので、魚を分けて頂けないかお聞きしてみた。わざわざ漁港まで連れて行ってもらえるのなら、手持ちの魚を必用なだけ出しても良いと言って下さったんだ。それでここでも、鱈の白子、蟹しゃぶを作る事になったよ。
この情報源は、お父さんらしい。
「鱈の白子!こっちへ来て、初めてだ!」
お父さんは白子が好きらしく、とてもテンションが上がっている。
「これは……」
「なかなか……、見ない物だね……」
骨髄料理や豚ブレンズは、流石に王侯貴族は口になさらない。なので、初めてみる形。初めての食材。しっかり洗って処理はしてあるが、お湯に潜らせる程度しか火は通していない、生に近い料理だ。
引かれるのも、仕方ない。
蟹しゃぶも、お父さんは喜んでいる。だけど、王太子殿下とキナル王子は、これにも引き気味だ。
ジャドゥさんご一家は、一度見ているし食べていらっしゃる。そのせいか、今回は取り乱される事はなかった。
それどころか、だ。
「シラコ、美味しかったわね」
「そうだね。食べ過ぎは良くないそうだが、家で食べても良いね。それくらい、独特の味わいが癖になるね」
「今日は、お魚の頭ないね!」
「お花もようの、オダマキィムシィもないの……」
「あやま、ないねー!」
「オダマキィムシィはないけど、これ!ウトンの入っていない、オダマキィムシィだよ!チャワムシィって言うの!」
明日、皆それぞれ、それぞれの家や拠点へ帰る。今夜は無事にトンネルが開通したお祝いと、お別れの挨拶の為のご馳走が並んでいる。
皆明るく過ごしているのだが、ユリシーズさんが何だか暗い……?
◇
「ユリシーズさん?どうかした?」
寝る前、気になって声を掛けた。時間が経っても表情が明るくならなかったので、心配になったんだ。
「いや……。分かっていたけど……。優を守るのは、俺一人じゃ無理なんだって……。つくづく思い知ったんだ……」
ああ、それか。
「そうだね。私も驚いた。地球では、只の一般人だったから。こっちへ来て、まさか何人もの人に守ってもらう立場になるとは思わなかった」
そんな立場になった事に、つい苦笑が漏れる。
「身体は、沢山の人が守ってくれるね。でもね、ユリシーズさんにしか守れない事もあるよ」
そう言うと、ユリシーズさんはがばっと頭を上げた。
「ユリシーズさんがいてくれるから、心は守られているよ。それに、それはユリシーズさん以外の人には出来ない。
だからこれからも、ユリシーズさんが守ってね?」
「勿論……。ああ、勿論だ!」
この日は自然と眠りに落ちるまで、沢山話をしたよ。些細な事も、お互いにとって重要な事も。色々ね。
そして私たちは、幸せな気持ちで眠りに落ちる事ができた。
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