96:精霊の秘術
「お母さん、サーラちゃん、カールくん!元気でね!」
「優も元気でね!ユリシーズも!」
「お姉ちゃんもユリシーズさんも元気で!風邪ひかないようにね!」
「優さま!ユリシーズ兄ちゃん!また!」
お母さんたちは朝ご飯の後、仕事が始まる前に旧王都へ帰って行った。
夏、ブルヴィが海の上を飛んで行ける所を基準に東部へは行った。しかし、海から離れた旧王都の実家へは帰らなかった。
国王陛下がお触れを出して下さっていても、混乱を招く村や町を増やしたくなかったからだ。
夏に家族と会っていないからと、今回は国王陛下のお計らいで家族と会えるようにして下さったのだが……。
「お仕事で帰って来たのに、邪魔しては本末転倒でしょう?」
「お姉ちゃんの元気な姿が見られたから、満足だよ」
「優さまもユリシーズ兄ちゃんも、終わりは始まりまで会えない筈だっただろ?それまでに会えたから!」
そう言って、仕事の邪魔にならないようにと帰ったのだ。
お母さんたちだって、きっとゆっくりしたかっただろうに……。気を遣ってくれてありがとう。冬期休暇は、必ず家に帰るからね!
冬は皆、家の中で仕事している。主幹道路は雪掻きがされているとはいえ、商人さんなんかの行き来も少ない。だから、空をブルヴィで過っても、見られる可能性は低い。そのため、冬は旧王都の家へ帰る心算。
その時まで、皆元気でね!
お母さんたちを見送ると、トンネルの事を話し始める。
「東部のここが、西行の一方通行の出入り口の予定です」
「駐屯地を挟んだ南。一際大きな木のあるあの辺りが、東行の一方通行の出入り口の予定です」
地図や他の資料を見た後。ジャドゥさんたちは出入り口の予定の現地が見たいと仰られ、現地に赴いた。
現地の説明を受けられると、何か模様を刻んだ水晶みたいなストーンを置かれている。
川を渡り、西部側の出入り口予定の土地にも、さっきと同じようにストーンを置かれた。
「では、地下通路を作るわ」
「あちらの出入り口付近も、人はいないね?」
「はい。杭より中へ入らぬ事は、徹底しております。杭で区切った内側には、誰もおりません」
「スマホで確認いたしましたが、申し付けた通り、誰もおりません」
「そう。なら良いわ」
「始めよう」
ジャドゥさんご夫妻は、出入り口予定の場所に人がいない事を確かめられた。そして、今いる出入り口予定の場所に、小さな祭壇らしき物を作られた。祭壇が出来ると、とても小さな声で何かを唱えられ始める。
途中、並べて停めてある二台の二階建てキャンピングカーを指し示したりして、一分くらいかな?が、過ぎた頃だと思う。
「わ?!」
「穴?!」
祭壇の先に開いた小さな穴は、見る間に大きくなってゆく。穴は最終的に、馬車鉄道の客車みたいに、低い位置から作られた二階建てキャンピングカーが楽に入れる高さ。横幅は、キャンピングカーがゆとりを持って二台並んで走れる幅のトンネルになった。
この間、僅か十分くらいだろうか。
「凄い……!」
「……!!」
周りからも、「おお!」とか、「何て凄い!」など、感嘆の声が上がっている。
いや、驚きの声も上がるよね!本当に、凄い!としか、言いようがないんだもん!
「これで一つ完成」
「これを通って、向こうのもう一つの出入り口予定の場所へ行こうか」
「はい!」
「あ、ええ。そうしましょう」
色々お伺いしたい事があるので、一台のキャンピングカーに皆乗り込む。そして、出来たばかりのトンネルへ入って行った。
今回は私が、ライトの魔法で少し先までトンネル内を照らしながら進む事になったよ。照明はまだないからね。
後方のキャンピングカーや、それに続く護衛の方たち。後方の方たちは、各々がライトの魔法や魔道具のライトで足元を照らしている。
「出入り口の坂。緩やかで、馬さんも大丈夫そうですね」
「ええ。事前に聞いていた通りよ。出入り口は、馬が荷台やキャンピングカーを牽いていても問題なく通れる坂にして頂いたわ」
「尚且、出入り口に雨が集まるよう、道の中央が高く、脇の排水路に向けて道が低くなるように少し傾斜を付けて頂いているよ」
「排水路に集まった水は、出入り口に向かうようにもして頂いているわ」
「ああ。出入り口の端で、水を汲み出して排水しやすくして頂いている」
「トンネ……。地下通路は、どうやって出来たんですか?」
「大地の精霊さまに願ったのよ」
「私たちは地下に大規模な物を作る時、大地の精霊さまに願い、そして願いを叶えて頂くからね」
「!それは、精霊魔法ですか?」
「人はそう呼んでいるようね」
「私たちハイエルフには、『精霊の秘術』と、そう言い伝わっている魔法だよ」
「『精霊の秘術』……!素敵な名前の術ですね!」
「精霊の秘術……」
「文献にあった通りなのですね。ハイエルフ方は、精霊さまのお力をお借りし、大規模な魔法を顕現なさる。
素晴らしい!」
「精霊さまのお力も、精霊さまのお力をお借り出来るハイエルフ方も、大変素晴らしいです」
「いいえ。素晴らしいのは、精霊さまだけよ」
「その通りだ。私たちは精霊さまのお力を、僅かにお借り出来るに過ぎない。自らが素晴らしい力の具現者でも、能力者でもない」
そっかー。ちょっと分かった事があるかも。ハイエルフさんたちは、凄い魔法が使える。でもそれは、自分たちの力ではなく、精霊さまのお蔭っていう謙虚さが力の源なのかなって……。ちょっと思った。
「随分進んだが、空気も澱んだりしていないな」
しばらくトンネルを進み、お父さんがそう言葉を漏らす。
「それも、事前の打ち合わせ通りよ」
「風の精霊さまに、そう願ったからだよ。風の子らの遊び場として、常に風が吹き抜けるようにして頂きたいとね」
「このトンネルは、風の精霊さまにもお世話になっているんだな」
「祠とか、精霊さまたちに感謝する場所を作りたいね」
「そうだな」
「祠?」
「それは何だい?」
祠の説明をすると、ジャドゥさんご夫妻はそれは要らないと仰られた。
「祠とか、形は要らないんですか?」
「ええ、不要よ。必用なのは、形ではないから」
「地下通路に入る前、通っている間、地下通路から出てから。
感謝したい者が、感謝したい時に謝意を念じれば良い」
「精霊さまたちは、色んな所にいらっしゃるわ。だから、形は要らないの。そして、本当の気持ちを良しとなさるのよ」
「だから決まった場所や、心の籠らない祈りは要らないんだ」
「そうなんですね。分かりました。
地下通路作りにお力をお貸し下さった精霊さま方に、感謝の気持ちがある方は、感謝を捧げて下さるように周知するのは大丈夫ですか?」
「それは大丈夫よ」
「感謝の念は、長く強く、ここを保たせて下さる糧になるよ」
「そうなのですか?では形にはせず、その旨を周知致しましょう」
「兄上、優公方。私は今、精霊さま方に感謝申し上げたいね」
そう仰り、キナル王子は膝を付くと感謝の祈りを捧げられ始めた。キナル王子と同時に、王太子殿下も祈りを。私たちもそれに続き、感謝の祈りを捧げた。
すると、体がふわりと温かなものに包まれた感じがしたんだ。精霊さまが感謝を受け取って下さったみたいで、何だか嬉しくなった。
川から五百メートルくらい離れた地点に設けられた、トンネルの両側の出入り口。出入り口から出入り口まで、二十分前後で通り抜けられた。
トンネルは真っ直ぐではなく、ちょっと湾曲していた。その方が強度があって長持ちする物になると、精霊さまがそのルートを勧めて下さったんだって。
本当に、トンネル作りに心を砕いて下さった精霊さま方には、感謝してもし切れないわ。
◇
もう一本のトンネルは、ちょっと移動が必要だった。
「……。この地下通路の出入り口は、ここより少し北へ移動しても良いかしら?」
「そちらの方が、元の地下がしっかりしているとの事だよ」
「はい。それでお願い申し上げます」
「移動は、川の向こうもでしょうか?」
「川の向こうは……」
「北ではなく、少し西だそうだ」
「分かりました。向こうの者に、そう知らせましょう。キナル」
「はい、兄上」
この日、ジャドゥさんご夫妻のお蔭でトンネル二本が開通した。
開通した後、魔物がトンネルに入れないようにする二重の落とし門、魔道具の照明の設置、避難場所の設置などを行って一日が終わった。
「ジャドゥさんたちのお蔭で、地質調査もままならなくって頓挫するかもしれなかったトンネルが完成したね!」
「ああ。地質調査しなくってもトンネルが作れるって、有難いな」
「私たちには真似できないが、本当に有難い事だ」
「ええ、兄上。本当にそうですね。これで今までより多くの穀物を、安く西部へ届けられますね」
二本のトンネルが開通した翌日から、開通した時の訓練を受けていた方たちの実地訓練が始まった。そして二日後に、トンネルの利用が早速始まったよ。
このトンネル二本と、南に作って頂いたトンネル二本。合計四本のトンネルは、少なくても千年の間、一度も崩落事故は起こらなかったらしい。
川の氾濫で、水に浸かる事はあったらしいが……。
それでも『軌跡のトンネル』と呼ばれ、長く、多くの人々の生活を支えたそうだ。
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