89:二つ目の三種の神器
「これ!これ良いわ!」
「ああ、凄い良いな。
文字の大きさが変わらない、間隔が同じ、行と行の幅も同じだ」
ミラさんとユリシーズさんが絶賛しているのは、届いたばかりのタイプライターで打った文章。
「同じ人でも、毎日常に同じ大きさで文字を書くのは、意外と至難の業ですよね。
これならきちんとキー…、ボタンを押せば、文字の大きさも高さも全部、いつでも揃います」
シュシェーナ王国の、共通言語の文字の配列は初めて見る。だから、タイピングはかなりゆっくり。
それでも、用紙一枚分のタイピングが終わる頃にはだいぶん配列を覚え、タイピングも少し早くなった。
「一枚の紙に、手書きの一枚半より多く書けたわね!」
「これなら、確実に使う紙の量が減る。そうなれば、本も安くなるかもだな」
本はとても高価だ。紙が高いのもあるが、本のコピーは全部手書きだ。手書きだから、字の綺麗な人にしか出来ない専門職でもある。
専門職の方が、時間を費やして書き写すとなると、報酬も高くなる。
結果、本はここまでで、結構高い物になっている。
そして、本の装丁はされないまま販売するのが普通。装丁は、購入者が自分の好みの装丁を、本の装丁師さんに依頼してしてもらうのだ。
ここでも、かなりのお金を使う事になる。だから本は、とても高価になるのだ。
ま、少しずつ、簡素な装丁まで終った本に変わりつつあるようだけどね。
「これなら文字の上手い下手に関わらず、タイプライターの使い方を覚えれば、誰でも写本ができます。
そして簡単な装丁までして販売すれば、今よりかなりお安く本は買えるようになると思いますよ。
写本出来る人が増える事、使う紙の量が減る事、装丁にお金を掛けずに済みますから」
「そうね!そうなればもっと色んな本を、デジレが読めるようになるわ!」
裏にも少しタイピングした紙をミラさんにお渡しすると、すっごくはしゃいでおられる。
「薄い本なら、だぶるくりっぷで挟んだだけでも良さそう」
今、本を安く買う手段として、紙を綴る前の状態で買い、ダブルクリップで挟んで本っぽくするのが流行っているそうだ……。
それ、使い方が悪いと紙が傷むよ……。
「だぶるくりっぷは紙を綴る事もできるし、洗濯止めにも良いわよね!」
そうなんだよね……。中世には、どうも洗濯ばさみはなかったみたい。だから洗濯物は、物干し竿や物干しロープに通せる物は通すのだ。シーツとかの通せない物は、適当な枝をちょっと割いた物を、洗濯ばさみとして使っていたっぽい。
我が家では、私が転移して来て早々に洗濯ばさみを作ったけどね。
お父さんの作業場にたくさんあった針金で、適当に作った洗濯ばさみ。それをサイラさんが見付け、直ぐに商品登録していたのは良い思い出だ。
「あら?そう言えば……。届いた紙がなくなったら、どうしたら良いの?この魔道具に合う大きさの紙じゃないと、使えないのよね?」
そうなのだ。紙の大きさも、作り手の好みというか、作りたい大きさの本の紙を用意する感じ。だから、世界共通の規格の用紙も、勿論ない。
「製紙業者さんに、『A判』『B判』っていう、決まった大きさの紙の継続制作をお願いしています。
A判とB判で大きさがちょっと違っていて、今使っているA4っていうサイズと、こっちのB4っていうサイズを主に流通して頂ける事になっています」
業者さんからは、「常に同じサイズの紙を作り続けるなんて、買い手の欲しい大きさの紙とは限らない。作り続ける価値がない」の一言で終わりそうだった。
それで、転移して来た時に持っていたリュックから、三冊入りのメモ帳を出してお見せした。
機械で作られた物っていうのはあるが、それを見てかなり愕然となさったよ。しかも、世界中どこででも、同じ大きさの紙が買えるとあっては、腰を抜かしそうになっておられた。
日本クオリティーの紙は、海外では買えない事が多いけど。これは内緒。
地球では本も紙も、規格サイズが主流である事。ほとんどはそれで賄えており、どうしても違うサイズを希望する方は、変形サイズを使っている事とかをご説明した。
そして何とか、継続制作を受けて頂けた。タイプライターが出回れば、使えるそのサイズの紙が必用な事。確実に売れる事もご説明したよ。
「まあ!じゃあ、どこででも同じ大きさの紙が買えるの?!」
「ちょっとずつ、そうなるようになると思います。地方では、しばらく取り寄せか、依頼しての作成になるかも知れませんけど」
「そうなの?!それでも決まった大きさの紙が流通するなんて、何て素晴らしいの!
デジレにも教えてくるわ!この、たい?たいぴ……ん…ぐ?した紙、借りて行って良いかしら?」
「はい、どうぞ」
タイピングが終わったばかりの用紙を持つと、ミラさんはデジレさんの所ヘ走って行ってしまった。
デジレさんは食事が終わると、早々に講堂へ行かれたんだ。
ミラさんはいつもみたいに食事の後片付けをして下さっていて、タイプライターを一緒に見れたんだ。
初めて見たタイプライターとタイピングされた物は、余程衝撃的な道具だったみたい。それを早く伝えたいって、全身で表している感じがする。ミラさん、ちょっと可愛いかも。
「ミラさん、凄い勢いでデジレさんの所へ行っちゃったね」
「ああ。前に優が、炎の魔法で木簡に文を焼き写す方法を作っただろ?あれを知った時、紙に出来ないか、何回も試したらしいんだけど……」
「あれは、紙にするには不向きだと思うよ」
感熱紙があれば、弱い火魔法でなら出来るかもしれないとは思う。しかし、普通の紙に、普通の火魔法で写すとなると……。多分、かなりの確率で紙が燃えると思う。
「ああ、そうみたいだな。たまに、一部成功したらしいんだけど……」
たまにでも、成功するのが凄いと思うんだけど!
「複写技術は、今、試行錯誤が始まったばかりの黎明期らしいから。一日でも早く、複写技術が確立されるのを祈ろう」
この世界では、文字を書く事は神さまと対話している、神聖な時間という考えが主流だそうだ。
そのため、文字を複写しようとは誰も考えなかったらしいんだよね……。
しかし、より多くの方に同じ文面を届ける場面や、本や教科書といった、それこそ量産が必用な物も世に登場している。
そういった物を量産するには、手書きでは対応が難しくなって来ていたのも事実。
そんな背景もあり、手書きのままの物と、手書きでなくても良い物を、そろそろ分けて考える頃ではないかとなったそうだ。
議論を重ね、教義の本や一部を除いて、複写可の決議が出た。そしてやっと、印刷技術の確立へ向けて動きだしたのが数年前。
私が転移して来た二年前が、その決議が出た年だったそうだ。
「優ー!これ、楽しいね」
「いっぱい音がして、耳がいたい」
「おうちで聞かない音」
「ちゃい」
「自然の音じゃないから、苦手なのかな?
フィリベールくん、タイプライターは止めておこうか。リュカくんたち、タイプライターの音が苦手みたい」
子どもたちはすっかり仲良くなったし、クーたちとも遊びたいらしい。ジャドゥさんたちは物々交換の話し合いがあられるし、良ければお預かりしましょうかと申し出たら、お預かりする事になった三きょうだい。
三人とも、タイプライターのたてる音は苦手らしい。
「みんな、この音は嫌?じゃあ止めるの!クーたちと、雪遊びはしても良い?」
「良いよ。遊んでおいで。クー、ルー、シルバー。雪遊びしてあげてくれる?」
〘良いよ!〙
〘雪玉投げてね!〙
〘うん、行って来る〙
体の大きなシルバーが、一匹でキッチンへ入り、コンテナハウスの方の扉を閉めて外へ。外への扉が閉まると、クー、ルー、フィリベールくんたちがキッチンへ入り、さっきのシルバーと同じようにして外へ。
それでも冷たい外の空気が入って来るので、深くこたつに入り直し、肩まで掛け布団を被る。
「当分、ゆっくり出来なくなりそうだなー」
「そうだな……。これの使い方を覚えたい奴が、押し寄せるだろうからな……」
そう言って、ユリシーズさんが深い溜め息をつく。
「次の土日は、いつもよりゆっくりするね」
「そうして。そうしないと、二人でゆっくり過ごす暇もないからな」
土日、一緒にゆっくり過ごす約束をして、忙しくなるだろう一日の活動を始めた。
予想通り、個人でも軍にも欲しいと言われたタイプライター。使い方を覚えたい方も、予想通り押し寄せてこられた。
お父さんと作ったタイプライターは、私の作った物の中の、三種の神器の一角となったのは、そう遠くない未来の事だ。
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