84:タルタルステーキ
「氷のヒュドラを収納」
ズボッ。
……。うん、入ったよ……。かなり大きいから、入るにしてもどうやって入るんだと思っていたが……。
引っかかる事もなく、ズボッと入ったよ。
「無限収納に入ったから、確実に死んでいるな」
「そうだね。生きていると、入れられないんだもんね」
お昼まででも良かったそうなのだが、念には念を入れた夕方。ヒュドラが無限収納に入るか試してみる事になった。
先ず、氷漬けになっているまま岸まで寄せるでしょ。これは出っ張りに縄を掛け、馬さんたちに縄を引いてもらったよ。次に、不要な氷を割る作業だ。そして無事、氷のヒュドラを無限収納に収納できたのが今。
「優卿には感謝しかない。これを倒すとなれば、どれだけの死傷者が出たか分からぬ。
それが死者なし。怪我人も少なく、その怪我の程度も軽い者が出ただけで済んだのだからな」
「いえ。私がそうしたかっただけです。それを聞き届けて下さった将軍さまにこそ、感謝申し上げます」
将軍さまに許可して頂けなければ、そもそも戦って倒す作戦のままだったんだから。
「それにしてもだ。常ならば、樹木の多い我が国の方へは来ぬのだが……」
暫くお礼を言い合った後、将軍さまが話題を変えられた。
「稀にある、迷い物だったのでしょうなな」
「え?迷い物?」
「左様。餌を追うにも、首の股が木に引っかかるからな。それ故、木の少ない高地や、大カロン山の北側の大きな樹木の少ない気候の土地に生息しておるのだ」
「大カロン山の東には竜が。こちらの西側には、氷のヒュドラが生息しております。中でも大カロン山の北側と高地に、好んで生息しております」
「うむ。それが稀に、餌を追ってか迷ったか、南側のこちら側に出る事があるのだ」
「それも、もっと高地が殆どの事」
「この様な平地近くに出るのは、殆ど例がございません」
「それでも氷のヒュドラと竜のお蔭で、かなり限定された山道を、それも夏にしか通れないから。北方の国から、滅多に戦争を仕掛けられないんだけどね」
成程。普通に考えて、竜やヒュドラの生息地を越えたくはないな。だから長らく、山を越えてこちらへ来る人がいなかったのか。
シュシェーナ王国が肇国される以前、海難事故で漂着した方たち。大カロン山越えが人より楽なエルフやハイエルフにダークエルフ、ドワーフ、獣人さんの小さな集落しかなかった訳だ。
「一度出くわそうものなら、厄介ではある。一方で、他国が攻め難い天然の防衛にもなっておるのは、有難い事よ」
「はい、そうですな」
「此度は戦いによる傷もございません。余す事なく利用する事で、冥福を祈る事といたしましょう」
「そうだな。そこに肉も入れば良いのだが……」
「お肉は食べたり出来ないんですか?」
牛何頭分あるか分からないお肉が食べられないなんて、何て勿体ないんだ。
「うむ。熱を加えると硬くなって、食えた物ではなくなるのだ」
「タルタルステーキは、こちらにはないんですかね?」
タルタルステーキは、ハンバーグの原型になったと言われている生肉料理だ。うーん、そうだな。例えるなら、洋風ユッケ?地球では、結構昔に創作された料理なんだけどね。
「たるたるステーキ?」
あはは、ないみたいだね……。
◇
「シルバーに、氷のヒュドラの生肉は美味しいと教えてもらいました。さっき食べてみましたけど、本当に美味しかったです。
丸一日くらい、いつもより体が温まる効果もあるそうですよ」
今までの経験から、刺し身は駄目な人が多いが、マリネなら平気な人が多いと理解している。
肉も同じように考えて良いなら、ちょっと手を加えれば大丈夫だと思う。
先に将軍さま、カーンさま、ショアラさん、ユリシーズさんと私の五人で試食してみた。氷のヒュドラのひゅうが丼風、タルタルステーキ、オイル煮の三品。
試食で一番人気だったのが、氷のヒュドラのタルタルステーキ。次がひゅうが丼風。ひゅうが丼と言っても、こちら版になっている。だからひゅうが丼風。オイル煮はかなり神経を使って低温で作ったが、微妙な物になったので除外。でも、生肉は美味しいと、食べた全員の意見は一致した。
試食を急いだのは、お酒を呑んで温まるのも、野営の間は限度がある。それが、氷のヒュドラを食べるだけで長時間体が温かいのは、かなり助かる。
なので、シルバーの体が一日くらい温かいという話をお聞きになられ、今夜のご飯にタルタルステーキをと、将軍さまからのご要望があったのだ。
元々、昼と夜はパスタ、朝はご飯の予定が組まれていて、洋食にはひゅうが丼風よりタルタルステーキが合ったのも大きいかな。
「今夜は揚げ焼きした小さなじゃが芋と、たっぷりきのこのバターパスタ。ズッキーニのトマトソースグラタン。氷のヒュドラの、タルタルステーキを作りますね」
今回も、使う物は先に準備して頂いている。パスタやグラタンは、違う種類を何度かしているので大丈夫。だが、氷のヒュドラには、皆さんドン引きしておられるな。
食べれば美味しいと分かる。きっと分かってるもらえる味だったから、さっさと作り始める。
ブロッコリーのオイル蒸しから取り掛かり、蒸している間にズッキーニを縦に半分に割って、中をくり貫く。くり抜いたものと、底を薄く切った皮、玉ねぎ、マッシュルームを、粗微塵切りにする。
玉ねぎに軽く火を通したら、ズッキーニなどを入れて、七分くらい火を通す。味を見ながら、強めに塩コショウで味付けをしておく。
ズッキーニに炒めた物を詰め、トマトソースを垂らしてからブロッコリーとチーズを乗せる。こちらの小さなズッキーニはメスティンに入るサイズなので、メスティンに入れて火に掛ける。蓋の上に、焼石を乗せたら後は焼けるの待ち。
茹でていたパスタを、揚げ焼きしたじゃが芋ときのこ色々を炒めていたフライパンに入れて火に掛ける。
お皿に取り分け、チーズ、胡椒を好みの量を掛け、ミルクパンで作っていた焦がしバターを掛けたら完成。バターは薄茶色になるまでしっかり火を通すのがポイントだ。
で。ここからが本番。
「ヒュドラの肉、セロリを粗微塵切りにして下さい」
粗微塵切りが出来たら、後は混ぜるだけ。
「レモン汁、塩コショウ、ケッパー、鶏卵の白身を、ヒュドラのお肉と混ぜ合わせて下さい。味を見て、好みの味に調えて下さいね」
皆、初めはお前が味見を、いやお前がと言い合っていた。しかし、一口味見すれば……。
「……!美味い!」
「ああ!ケッパーとレモンが効いていて、普通に美味い!」
そんな感嘆の声が、あちらこちらから聞こえてきた。
うんうん、かなり美味しいよね。お肉っていうか、白身魚みたいだ。鮮度が良いから、脂も酸化していなくって、上品な甘みがあるよね。
「体が温まるのは、とても有難いな」
「ああ!まさかワインを呑み続けながら、夜警をする訳にはいかないからな!」
「じっとしていると、羽寝袋を着ていてもなあ。手足が冷えるもんな」
冬の夜警は、本当に大変だな。焚き火もあるが、意外と遠くまでは温かくならないからな。
少しでも、皆が温かく過ごせるようになれば良いな。
氷のヒュドラのお肉は、皆をしっかり温めてくれた。
その後、効果を得るのに適正な量が研究されたよ。そして、氷のヒュドラのタルタルステーキは、凄く体を温めるご馳走食材となるのだった。
報酬の話が出た時、ユリシーズさんの装備を充実させるのに欲しい物があり、それをお願いする事にしたよ。滅多に何か欲しいと言わないので、とても喜ばれたのには驚いたけどね。
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