83:冬の巨大魔物
「ユリシーズさん、ご飯の用意が出来たよ」
「ああ、ありがとう」
朝、ユリシーズさんが鎧をある程度装着すると、朝ご飯の時間になる。
肌着を着て、鎧が当たる衝撃を和らげたり、体が切れるのを妨いだりする布鎧?アーミングダブレットかな?を着込み、それから鎖帷子、胴鎧などを着けていく。
食事前に鎧を装備する理由?いつ魔物などが出るか分からないので、鎧は朝一番に装備するんだって。
初めはどれをどうするのか分からなくって、かなり時間が掛かったなあ。今は慣れて、さほど時間は掛からない。その分、ゆっくり起きられるようになった。ご飯も、ゆっくり食べる時間を取れるようになれたよ。
鎖帷子から着付けを手伝い、籠手以外の装備が終わる。籠手の装備は食後。籠手をしてても食事は出来なくはないけど、食べにくいからだ。
今朝は昨日のうちに食事の支度が終わっていたから楽ちん。ユリシーズさんが剣帯を着けている間に配膳をしたら、もう朝ご飯が食べられるもんね。
今朝のご飯は、昨日将軍さまからご指示のあった内容。軍の糧食にもなっている、焼き味噌玉のみそ汁。私のはカリカリに焼いたオーク肉入り。ユリシーズさんの分は、厚切りのカリカリベーコンも追加してある。
刻み生姜と胡椒も入れているので、かなり体が温まる一杯になっているよ。
他の方たちも、好みで色々入れている。中でも多いのは、馬にあげられない種類の野菜の、皮の素揚げした物とか焼きガーリックだそうだ。
中にはチーズを入れる方もいらっしゃるそうだが……。みそ汁にチーズが合うのか謎だが、食べる方がそれで美味しいなら、それでオッケーだろう。
ミニテーブルに付き、クー、ルー、シルバーの帰りを待つ。すると、程なくして私たちの代わりに夜警に行ってくれていたクーたちも戻り、朝ご飯になる。
「クー、ルー、シルバー。夜警、ありがとうね。約束していたご飯だよ」
クーたちの朝ご飯は、昨日からリクエストされていたジャッカロープという兎だ。鹿みたいな角の生えた、普通の兎。ただ、ちょっと大きいかな?チェッカードジャイアントっていう、大きい品種の兎くらいのサイズ感がしっくりくる。
最近、クー、ルー、シルバーは、このジャッカロープとトツゲキドリの茹でたお肉に嵌っている。物凄い勢いで食べちゃったよ。
まあ「まだ我慢できるし、お腹減るともっと美味しくなるから、朝まで我慢する」と言って、昨日の夜は食べるのを我慢したしね。
っていうか、ご飯を我慢出来る肉食動物って何だ?飼犬でさえ待てはできても、朝まで我慢って出来ないよ?
そんな私の心情はさておき、ご飯を食べ終えた三匹はちょっと眠り始めた。その横で、ユリシーズさんと私は朝ご飯を食べ続ける。
私たちが食事を終えても、キャンプの撤収を始めても寝ていたのだが……。
〘何か来る〙
そう言ってシルバーが起き上がった。シルバーの気配でか、クーとルーも起きたかと思えば……。
〘アオーーーー……ォンンッ〙✕三匹
「ユリシーズさん!」
「魔物の来襲か!」
殆どしまえていた野営道具を、慌てて無限収納へ叩き込む。そして、将軍さまの下へと急ぐ。
「優卿!敵か?!」
「はい。まだ何かまで分からないそうですか、こちらには気付いているようだって事です」
「フェンリルたちのこの殺気……。かなり厄介な相手やも知れぬな」
〘グルル……っ。やけに大きい!〙
〘ヴヴゥゥゥ。とっても強いの!〙
〘たぶん、氷のヒュドラかな。厄介だな〙
ヒュドラって、九つの頭を持つ竜?!
「ヒュドラか!首を全て落とし、心の臓に止めを刺さねばならぬが……」
「あるいは頭を完全に潰すかですな」
「正確に目が狙えれば、小さくて威力の強い火魔法を目に叩き込むのも有効なのですが……」
合流したカーンさま、ショアラさんも渋い表情をして考え込んでいらっしゃる。
「深い湖に落とし、沈められれば良いのだが……。真っ先にせねばならぬのは、口を開けられぬようにする事」
「口が開かねば、息吹は放てませぬからな」
「固有能力の拘束を有した者を、その任に当たらせましょう」
「うむ。口を全て封じ、それから目を狙って総攻撃!
優卿とユリシーズ卿は、私の近くに待機」
将軍さまのご差配で、皆が慌ただしく動き始める。しかし、待機と言われてもな……。
「ユリシーズさん。ヒュドラの息吹を避けながら深い湖まで誘導して沈められたら、戦うより被害は少ない?」
「まあ、そうだな。飛べないし鈍重だけど、戦うとなれば……。死者も……、出るだろうな……。
戦うのではなく、湖まで誘導して沈められれば、被害は格段に減るはずだ」
「じゃあそうしよう。そうしたい」
「優……」
「皆誰かの大切な人で、無事の帰りを心待ちにしている人がいるんだもん。その人たちの所へ、無事に帰れるようにするのが良い」
◇
『置き餌に釣られ、そちらへ向かい始めました!』
「そうですか。上手く釣れて良かった……。
皆さんはご無事ですか?」
『凍てつく息吹に当たり、軽い怪我をした者は出ましたが、死者はありません。ご安心を』
「死者がなくて何よりです。最後まで気を抜かないように、注意はなさっていて下さいね」
『勿論です!』
作戦は変更され、少し遠いが、崖の下に水深の深い所がある湖までヒュドラを誘導して、湖に沈める作戦に変わった。生物である限り、溺死するそうだしね。
ただ、ちょっと時間が掛かるそうだ。
時間が掛かっても、戦うより安全ならそちらを選びたい。
ヒュドラが好むと言われているシャモアの肉。そのぶつ切りを、臭いが届く範囲にポツポツと湖まで置いて回って頂いたんだけど……。
軽い怪我を負った方は出たが、今の所死者はないそうだ。上々の出来と言うべきかな。
ヒュドラが予定している方向から逸れそうなら、クー、ルー、シルバーが背後から、予定の崖上へ追い立ててくれる事になっている。クーたちも、怪我をしなければ良いな。
追い立てるだけなら簡単と言っていたけど、やっぱり心配。
「見えた。予定の崖の際まで、上手く進みそうだな」
「本当だ。周りの木と同じくらい大きいね。
上手く崖の先まで行ってくれたら良いんだけど……」
崖からやや離れた湖畔で、息を潜めて暫く様子を伺っていると……。クーたちが土魔法の槍で、崖へと追い込んでくれた。そして……。
「上手く崖が崩落した!」
「崩落しやすくしていて良かったな」
「うん!上手くいって良かった。じゃあ、行って来るね!」
「本当に気を付けて。危ないと思ったら、はんぐぐらいだーで行くからな」
「分かってる。気を付ける」
これはユリシーズさんの譲歩。ハンググライダーを置いて行かないなら、絶対に行かせないって……。ユリシーズさん、一人で飛べないのに……。
私はウインドパックで飛ぶと、ヒュドラに魔法攻撃が届く範囲に入った。そして。
「顔が下になるように……、100G!」
体全体に重力を掛けようと思うと、かなり骨が折れると予想される。なので、九つの頭だけを狙って重力を掛け、溺死させる作戦だ。
これで頭が水面から出せるようなら、さらに重力を掛けなければいけない。何とか顔は水面から出ないので、この重力をキープだな。
低速でヒュドラの周りを旋回しながら、重力を掛け続ける。100Gの重力を掛け続けるともなると、魔力が減るのが流石に早い。
行軍中はいつも着ている戦闘服。その上から着ている、ウインドパック用のスーツのポケットから瓶を取り出し、マジックハイポーション入りの水ゼリーを一つ食べる。
私はこれ一つで、魔力がほぼ全回復するのだ。マジックポーションを一瓶空けるよりお安い。
水ゼリーを食べながらヒュドラを溺死させる作戦に入って、どのくらい過ぎたかな?
ヒュドラは最初は暴れていたから水飛沫が飛んで来ていたが、今はもう動いていない。だが、首とかの隙間からちょっと水が入り込んでいて、体が冷えてしまっている。暴れなくなってからは、同じ場所に滞空して魔法を掛け続けていた。
そろそろ大丈夫かな?
クー、ルー、シルバーのいる崖に降り立ち、氷魔法でヒュドラの周りの水を凍らせて欲しいとお願いする。
〘分かった!〙
〘優は温まってて〙
〘具合が悪そう。そうしなよ〙
「ありがとう。そうするね」
私は崖に来ていた方のお一人に、先に温まりますと伝えてからキャンピングカーを適当な場所へ出す。
ウインドパックをしまい、キャンピングカーのお風呂へ一直線!報告やヒュドラが死んだかの確認もしなきゃだが、今はお風呂が先!
と思っていたが、私がお風呂に入っている間に、報告以外の事は片付いていたのだった。
それより何より嬉しいのは、死者が出なかった事。それだけで、頑張った甲斐があったと言うものだ。
震えているのは寒さのせいだけじゃなく、怖かったのも大きいからね。
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