70:西部の珍生物と交雑
閑散とした麦の刈り取られた麦畑に、ワイン作りのぶどう畑で忙しなく働く方たち。夏、多分ラベンダー畑だったのだろう畑。
私たちは色々な畑を見ながら、西部最大の湖水地方にある、冬を越す予定の村のある森を目指して進む。
因みに、その湖水地方と森林は、西部で最も変わった生き物が集まった地方でもあるそうだ。
「……。見た目は鮮やかな青い羽の、綺麗なアゲハ蝶なのに……。
クロスジヒトリみたいな変な発香器官がお尻から出てて、気持ち悪い……」
「それ、トンボだよ」
どう見てもアゲハ蝶なのに、トンボだという変な虫とか。
「……。体が透き通ってて、エメラルドグリーン色した蟹……?」
「もう移動しているヤツがいるのか。それ、グンタイリクカニだから、蟹で合っているよ。
その蟹、綺麗な緑色の染料になるんだ」
地球ではもっと後の時代に、猛毒のヒ素化合物で染める事が出来た色だ。そんな色がもう染められるなんて凄いな。
しかし……。
「グンタイ?」
「水場がなければ陸を歩いて、産卵用の湖と越冬する湖を行き来するんだ。その数が凄いからグンタイと付いている」
「なるほど……」
森から海へ、産卵に移動する蟹がいたな。あれみたいな習性なのか。
この蟹は色が綺麗過ぎて目立っているけど、一応保護色なのかな?
「あ!オオヤマネコ?!ああー、逃げちゃった……」
「夜行性なのに、昼間に森からこんなに離れた所にいるのは珍しいな。
逃げたのは大声出すからだよ」
ハイ。反論の余地もございません。
「湖の畔なのに、黒スケーリーフット?!海底の、熱水噴出孔の周りにいる生き物じゃないの?!」
「黒ス……?それは板金鎧マイマイ。殻は鉄だし、体も板金を重ねたような鉄の……、鱗?で覆われたカタツムリ。
魔物で、錬金術で錬成して、鉄の殻と鱗みたいなのは作っているらしい。
投げても強力な武器になるよ」
殻の直径が五センチくらいでも、鉄の塊みたいな生き物だ。投げればそれで十分、武器になるだろうな……。
後、拾い集めて売ると、良いお小遣い稼ぎが出来るそうだ。
「何か飛んで来た!!って、え?湖にダツ?!トビウオ?!」
「遡上ダツだ。そろそろ遡上する時期?
優、気を付けて!光る物や、動く物に向かって飛ぶ習性がある!」
地球のダツは、一生を海で過ごす海魚だ。
だがこのダツは、鮭みたいに遡上するの?!しかも、ダツの特徴である細長い嘴のような口!体長と同じくらいの長さなんだけどっ!
……などなど。湖水地方に入ってから、この地方特有の色んな変わった生物に遭遇したよ。
九月の間に……。出来れば、初めて雪が降り積もるまでに、冬の間留まる村に着ければ一番良い。
今年は冬が早そうだという話もある。そのため、調査行軍は進めるだけ進んで野営して、そしてまた進むのを繰り返している。
なので、村に寄る事が減った。
そんな中、今日は久しぶりに村で野営をする事になったんだ。
[アイル、今日もありがとう。足は大丈夫?体調も大丈夫?]
[うむ]
[良かった。足の調子や、体調の悪い馬さんがいたら教えてね]
[大丈夫だ。主がおるから、皆、早くに気付いてもらえると言っておるよ]
[そうなんだけど……。体調もだけど、アイルたち馬さんにとって、足は大事でしょ]
[うむ。足を痛めて、弱って死んだ仲間もおったよ]
普段から、馬たちのお世話を担当して下さっている方が、体調も気にかけて下さっている。
だが、それでも気は抜けない。
馬の足は、第二の心臓とまで言われている、とても重要な部位なんだよ。蹄には蹄機作用と言って、心臓みたいに血液を流す機能もあるためだ。
そんな足には、栄養不足などで蹄が割れたりする裂蹄。不衛生などが原因で起こる蹄叉腐爛。石を踏んだりして起こる挫跖。
他にも足の病気はまだまだあるが、そんなのを見逃さないようにしないとならない。
ここはヨーロッパに近いので、繁殖の時に移る、馬の梅毒の心配もある。
他の病気の症状が出ていないか、病気の兆候がないかも注意しないとならないんだ。
どんな症状や不快な状態にしろ、早く気付いてちゃんと対応すれば酷くはならない。それは人も馬も変わらないね。
[アークも大丈夫?]
私より小柄なデジレさんとミラさんのお二人とはいえ、人を二人乗せてもらっているからな。
[……。問題ないようだ]
[良かった。アークも、今日も一日ありがとうね]
アークはひひんと鳴くと、撫でろと言わんがばかりに首を寄せてきた。
そうしていると、他の馬さんたちもやって来たよ。もちろん、首だったりを撫でろ!だ。
「優さまは、本当に馬にも懐かれますね」
「あ、ショアラさん」
ショアラさんは昨日、調子が悪かった愛馬の様子を見に来られたようだ。
「ショアラさんも、愛馬のシーシーにとても懐かれているじゃないですか。
ほら。呼ばなくてもショアラさんに気付いたのか、こっちに来ますよ」
「シーシーは、付き合いの長い相棒ですからね」
シーシーは十八歳。馬さんは二十歳で、人に直すとだいたい六十歳くらいになる。
そんなシーシーはショアラさんが子どもの頃にご実家の馬さんから産まれ、そしてショアラさんの愛馬となったそうだ。
「そろそろ筋肉も減ってきますし、軍馬からは引退させてやった方が良いのでしょうが……」
ショアラさんは柵の傍までやって来たシーシーを撫でながら、首を掻いてやっていらっしゃる。
シーシーもそれが気持ち良いのか、大人しくしているよ。
「シーシーは適齢期は過ぎていますが、まだ限限仔馬が産める年です。今兆候があれば今か、この冬が過ぎて春になったら、シーシーの仔馬を考えては?」
馬は“長日性季節繁殖動物”と言って、一年の中でも日が長くなる時期に繁殖期を迎える。地球だと、日本を含む北半球では、四月から九月頃までと長い期間が繁殖期になるんだ。
それでもだいたいは、早春に繁殖期を迎えるが。
ここ、シュシェーナ王国も北半球に該当しているっぽい。なので、時期的には、何とか繁殖が望める時期にあたる。
シーシーに発情の兆候があれば、今でも良い。なければ、来年の春頃の様子による。
「もっと若い間にそうしたかったのですが……。魔物馬と普通の馬の混血のシーシーは、仔馬が望めないのです」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。魔物と普通の生物の混血は産まれるのですが、産まれた混血種は、どの生物も子どもが出来ないのです」
ライガーとかティガーみたいな感じなのかな?
自然界でも交雑はある。でも、ライガーとかの様に人工的に掛け合わせた生き物は、孫世代は殆ど産まれないんだったかな?
魔物と普通の生物の交雑も、人工的な掛け合わせの時みたいに、子孫は残せないのか……。
「そうだったんですね。知らなかったとはいえ、すみません……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「……。一例だけ、魔物馬の雄と、混血種の雌馬から仔馬が産まれた事があると、記録にあったよ」
「えっ?!本当に?」
ライライガーみたい!確率は低くても、仔馬が望めるかも知れないの?!
「ユリシーズ卿!それは本当ですか?」
「ああ。親父の持っている本に、確かに書いてあったよ。その本を読んだのは最近だから、記憶違いはしていないはず」
「それなら間違いなさそうですね。
シーシーの子どもなら、シーシーの様に頭の良い、良い相棒になれるかも知れません。やってみようかな……」
魔物馬の雄と、普通の馬の雌の間に産まれた馬は、魔物馬より扱いやすく、雌でも普通の馬より体力も力もあって、軍では重宝されているのだそうだ。
だが、孫世代が産まれた事はなく、仔馬を諦めていらしたというショアラさん。
仔馬がもしかしたら産まれるかもという情報に、シーシーの仔馬を考えてみる事になった。
シーシーが余生をゆっくり過ごすためにも、仔馬が授かると良いな。それで、ショアラさんの新たな相棒になってくれたらな。
こんな風に、冬を過ごす村に着くまで沢山の変わった生き物を見たり、魔物と普通の生物の交雑は可能でも、孫世代は殆ど産まれない事を知ったりする時間となったんだ。
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