62:コンテナハウス大学
「はい、そこ!口より手を動かして!」
「む」
「おお、熱くなってしまったわ」
コンテナハウスの一階を、土魔法でものすごーーく拡充して、二階と三階まで作ったのは一昨日か。
みんな帰らないので、泊まれるようにしたんだわ。そうしたら、さらに人が増えて、学者さんたちは全員ここにいらっしゃる……。
行き来するより楽だし、時間もロスしないし。ニホンショクが食べられるしと、学者さんたちには良い事づくめだからねえ……。
仕方ないから、一階は風呂、トイレ、調理場。二階が講堂みたいな部屋。三階が寝室の、土魔法のアパートを作ったんだ。
八月一杯は不思議な町に留まり、色んなサンプル採取やデータ採取の予定なのね。
他の滞在地より長い時間は取ってあっても、時間が足りない。だから皆さん、物凄く必死だよ。
この町は、それだけ色んな研究対象があるからね。
そのお陰で、サンプルやデータが集まったのは良い。うん。
しかし、まとめるとなると……。
「はい、そこも!口より手を動かして下さいねーー!終わりませんよ!」
ユリシーズさんはこの状況に一日で音を上げ、同じく音を上げたカーニバルの皆さんたちと、クーとルー、シルバーと狩り三昧をしている。
論文のアシスタントなんて、普通の冒険者はしないからね。しかも、論文を書く素養もないしさ。
何より。
「ほら、そこも!ご飯抜きにしますよ!」
「何と?!」
「それはあんまりでは?!」
「何度も言っているのに、口を動かしているからですよ」
論文やサンプル、データをまとめつつ、熱くなった学者さんたちが議論を戦わせ始めるから、収集がつかないんだわ。
これに参ったメンバーが、狩りへ行くと逃げたんだ。
ってか、私も逃げたい。いつかするはずだった卒論より、ややこしい気がするよ……。
それでも巻き込まれたというか……。何というか……。はあ。
タドリィ親方と弟子のセーマルくんは、コンテナハウスが大学になってから一切近寄らない。
……分かりやすいな。もう。
逆に、統括ギルド職員のアデラさんは、意外と論文のまとめも上手くって、しっかり巻き込まれた。
「ほう、ほう……。これは面白い。私の論に足りなかった部分が補える。これをお借り願えませんか?」
「それは光栄です!」
デジレさんは色んな最新論文が集まっているので、張り切っていらっしゃる。
「……これでどうかしら?」
「素晴らしい挿絵です!ありがとうございます!」
「ミラさん、あの……」
ミラさんはミラさんで、挿絵描きに忙殺されている。
「ミラさんへの依頼は別にして、演説や議論は晩ごはんの後で!それまでは手を動かして下さいね」
「おお、そうだな。食事も、その後の時間も楽しみですよ!」
この世界にも大学はあるが、地球の中世と変わらないっぽい。神学部こそないが、哲学部、法学部、医学部しかないんだよ。
だから、農学部の学者さんが集まって議論や研究、発表出来る場がないんだ。
ギルドにある、畜産や農業の部門は、そこまで研究なんかに重きを置いていないそうだしね。
そんな事もあり、ここに集まっていらっしゃる学者さんたちは、皆ウキウキしていらっしゃる。
「優さま、ここなんですが……」
「はい、えーっと」
私はデータのまとめに誤りがないか、計算間違いによるデータの誤りがないかをメインに、何でも相談役と化している。
「計算は大丈夫ですね。ただ、ここはまだ詰が甘くて突っ込まれそうです」
気になった点と改善案を提示し、論文をお返しする。
「なるほど。今一度、論文を練り直します」
お一人終わると、次の方が論文を差し出される。
「論文を改めて詰めて参りました。宜しくお願いします」
「はい、お借りしますね」
こんな調子で、朝の八時から夜八時までが過ぎる。
私は途中で抜け、食事の支度もするが。
調査行軍に同行している女性が、何人かこちらを手伝って下さっているのでとても助かる。
調査行軍に、洗濯掃除婦として加わっているネーレさん。ネーレさんは絵を描く才能があるようで、挿絵も描くようになっている。
それに、黙認された娼婦のお一人、キンバリーさん。キンバリーさんは動植物に詳しかった。
調査行軍が終わったら、本格的に学ばないかと、とある学者さんのお誘いを受けたそうだ。
他にも才能を認められた方がいらっしゃるみたい。
こういうのも、嬉しい誤算だよね。
「この町にも、農業大学を作るかな」
学部が少な過ぎるので、色んな学部の大学を作る心算なんだ。
農学部は絶対だ。
品種改良や土壌改良、気候や土壌による植え付けに適した作物の選定とか。色々とやる必要のある事が多いからね。
王都や旧王都には、本の装丁師、画家、調香師なんかを育てる訓練学校も作るんだ。
これは主に、女性のための訓練学校。
旦那さんを亡くした女性を、手に職をつけて生活できるようにする支援の一環だ。
女性が入り込める仕事が少ないから、あまりまだ選べる種類はない。追々、増やす予定ではいるけどね。
兌換紙幣が出始めていて、税金は全てお金で納める形に移行するかもしれないんだ。
なら、お金で税金が納められる仕事を増やすのもありだろう。
主食の小麦も、改良を急ぐ。
古代小麦に近いのか、殻が硬く分厚くて、一粒一粒の実が小さい。それに加え、収穫量も少なく、背が高い。
背が高く育つ事にエネルギーを使わず、一粒づつの実を大きくする事。それに、一本の茎に付く実の量を多くする事にエネルギーを使って欲しい。
それには品種改良するしかない。
時間は掛かっても、収穫量が増える品種を作らないとね。
後、お米!何が違うのか、地球ではお米食べている国に、人口の多い国が多い気がするんだよね。
だから、お米の生産も力を入れたいんだ。
そして、収穫してからは、小麦はパンにする手間暇がかかるが、お米なら炊くだけで楽ちん!
酵母も要らないし、発酵したりする時間も要らない。小麦で何か作るより、手間が掛からない。
酵母を買うお金が要らないのも、小麦粉にするのに水車を使う時の税金が要らないのも利点だと思っている。
「うん。やるぞ!」
「優?考え事は終わった?」
「あ・れ?ユリシーズさん???」
「やっぱり、気付いていなかったな」
いつの間にか、ユリシーズさんたちが帰って来るような時間になっていたらしい。
え、私、ちゃんと対応してたよね?出来ていたと信じたい……。
「優は考え事すると、親父並に周りが見えなくなるよな。絶対に、歩きながら考え事はするなよ?」
「デジレさん程、あんなに集中出来ないって」
「そう思っているのは、優だけだよ」
「えっ、そうなの?!」
「ああ」
皆で缶詰になって論文を書いた思い出も出来たこの町は、後に王立農業大学が建てられた。
変わった物も出来やすい特殊なこの町の特性と相まって、望んでいたような作物が思ったより早く出来たのは、言う間でもないよね。
大学の建設のきっかけになったコンテナハウスでの缶詰。それがまさか、大学名になるとは思わなかったけど。
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