50:デジレさんとミラさん
「デジレがちゃんとご飯を食べているわ!」
昨日、あれから、夕食もそこそこに休んだミラさんとフィリベールくん。
デジレさんは集中力か体力が切れるまで、眠る事も食事も忘れて執筆作業に没頭なさるだろうとの事。
ならばと、夕食にミニサンドとロールサンド、飲み物をご用意したのだ。
朝食を運んだら、そのミニサンドとロールサンドが綺麗になくなっていた。
つまり、普段集中している間は何も食べないデジレさんが食べ物を食べたと、ミラさんが驚いていらっしゃるのだ。
「手で摘んで食べれるように作られた料理ですから。それを一口サイズにしたので、更に食べやすかったんだと思います」
サンドイッチはカードゲームをしていても、簡単に食べられるように開発されたと言われている。それを一口サイズにしたのも功を奏したのだろう。
スプーンもフォークも要らず、口に放り込めば食べられる。だから、これならって思ったんだよね。
「そうなのね。いつもなら机に食事を用意しても、用意した事にも気付かなくて食べないのよ」
「…それで部屋から何日かぶりに出てきたら、毎回痩せていたのか……」
寝食を忘れてとは言うが…。本当に寝食を忘れて集中できちゃう人がいるんだ。
「学者冒険者デジレは、本当に凄い人ですね」
「お噂はかねがね伺っていましたが、書物の作業の方も人並み外れているんですね」
「凄い学者より、学者冒険者デジレの方が研究熱心って」
「本当だったぁ!」
デジレさんは学者冒険者として、かなり有名な方らしい。
ミラさんはミラさんで、そんなデジレさんのサポートとして有名な方だそうだ。
が、冒険者としてのランクは低いって。
デジレさんは気になる物があると依頼そっちのけになるので、依頼の成功達成率が低い。それが低ランクである、最大の理由だって。
ミラさんはデジレさんのサポートが最優先。ランク上げは二の次、三の次。それが低ランクになっている最大の理由だそうだ。
ただ、それでもお二人で活動が出来るほど腕が立つ冒険者でもある。一部では、それぞれSランク冒険者相当の腕があるのではと言われていらっしゃる実力者でもあるって。
高ランクの学者冒険者であればある程、フィールドワークは楽だ。だから、学者冒険者の方が研究が進んでいる事も珍しくないんだそうだ。
それに比例して、変わった方も多いそうだが…。
「お昼にも、また、お作りしますね」
「ありがとう。たぶんだけど、お昼は要らないと思うわ。さっき朝食を運んだら、寝ようとしていたから。いつも通りなら、今日は夕方くらいまで寝ているわ」
「そうなんですか?」
「ええ」
ミラさんがとても嬉しそうだ。何か理由があるのかな?
「そしたら普通になるな」
「ええ!楽しみだわ!」
「普通になる?」
はて?どういう意味なんだろう。
「執筆作業とかで集中している時は、何をしていたのかとか、何があったのかとかほとんど覚えていないんだ。
たぶん、ここへ来た事も覚えていないと思う」
マジか?!
「それが一眠りすると、また作業に掛かるまで普通に戻るの。そうしたら普通に話もできるし、色んな事も認識するのよ」
「そ、そうなんですね。凄い集中力なんですね」
アレか?天才と何とかは紙一重ってやつなのか?驚きというか、何というか…。
「本当、親父は変わってる。
…まあ、母さんもかなり変わっているけどな」
「そお?」
「うん。親父って、婚姻無効申し立てしたら、申し立てが受理されるような人だろ。
そんな親父のために冒険者して稼いで、親父の手伝いもして。ふらっと出て行って帰らなくなっても、必ず探し出すしな」
「あら、それがデジレですもの。だから私が冒険者として生活費を稼ぐのも、学者として活動中のデジレを支えるのも当たり前だわ。
どこかで気になる物を見付けて帰って来ないなら、そんなデジレを探し出すのも母さんの役割よ」
ユリシーズさんはため息を吐いて、肩を軽く竦めていた。
「本当に、デジレさんがお好きなんですね」
ぽろりと言葉が口から漏れてしまった。やばっ。
やばって思っても、もう後の祭りだ。言葉は取り消せない。
「ええ、とても愛しているわ」
ユリシーズさんとお揃いの薄茶の瞳が、驚くほどキラキラしている。
ミラさんは本当に、どんな時のデジレさんも、全部丸ごとお好きなんだな。
そうはっきりと分かる、一欠片の曇りもない笑顔が印象的だ。
なんか、良いな。
「ただね。ユリシーズには、良い両親ではなかったでしょうね」
「変わっているとは思ったけど、悪い親じゃなかったよ」
「そうなの?」
「ああ。親父も、昔はまだ西部に魅入られた者になりかけで、剣の稽古を付けてくれたり構ってくれてた。
それに、友達の家の親父さんたちみたいに、母さんや俺に手を上げる事も、声を荒げる事もなかったしな。
母さんは二食が主流だったから、二食必ずご飯を作ってくれてたし、話も聞いてくれた。抱きしめてもくれた。
親父の事が一番でも、俺の事もちゃんと見てくれてたと、…今なら分かるよ」
変わったお父さんって思っちゃったけど…。
この時代の男性にしては、女性も子供も大切にする方なのかな?
それなら良いな。
ちょっと変わっているのだとしても、ユリシーズさんはご両親に大事に育てられたんだな。
そう思うと、ちょっと胸が温かくなった。
「そう…、そう……。悪い親じゃなかったのなら、良かったわ…」
ミラさんはユリシーズさんの言葉に、どこか気が抜けたようになられた。よほど申し訳なく思っていらっしゃったんだな。
朝食はこんな風に終わり、皆それぞれの事を開始した。
ミラさんとフィリベールくんはコンテナハウスでお留守番かたがた、デジレさんがいつ起きても良いように待っているそうだ。
私とユリシーズさんは寺子屋へ行き、お昼の配達が終わるとコンテナハウスへ戻った。
「ああ、貴女が優さんかな?
昨日?は、大変失礼したようで申し訳ないね」
デジレさん、もう起きていらっしゃる!そしてユリシーズさんの言った通り!本当にここへ来た事を覚えていないっぽい。
「あ、いえ。お忙しい中来て頂いたんです。仕方ありませんよ。
えっと、芦屋大城優です」
「ユリシーズの父、デジレだ。お見知りおきを」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「親父、こちらは俺が付き合っている女性」
「もしかして、ユリシーズかい?大きくなったな。
うん、うん。良い人と出会えたんだね。良かったな。人を愛せる人間に育ってくれていて、とても嬉しいよ」
「…ちょっとあって、俺は幸せになっちゃいけないと思っていたんだけど…」
「仲間の事なら聞いているよ。償いの気持ちや行動は忘れちゃいけないし、一生背負わなきゃいけない。
ただね、それを背負っていても、君も幸せにならなきゃないけないよ。
幸せになるために、人は皆、生まれて来るのだから」
「そうよ。一時は落ち込むかもしれないけど、皆、新しい幸せと人生を手に入れているはずだわ。
だって、皆それが出来る子たちだったもの。
貴方もそうあるべきだわ」
ユリシーズさん、その事について聞いて欲しくなさそうだから今まで聞かなかったけど…。仲間を死なせた事は、そんなに深い心の傷だったんだね…。
とても久しぶりに会ったのに、そんなユリシーズさんが心情を吐露しても良いと思うお父さん。
そんなユリシーズさんを励ませるお母さん。
とても良いご両親じゃないか。
私はそっと席を外し、一階へ降りて、親子水入らずに立ち入らないようにした。
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