42:季節市
「うん。パンもご飯もばっちりかな」
「黒パンが増えたから。次の村ではパン焼かなくても大丈夫かもな」
「そうだね。かなり黒パン焼いたからね」
次の村へ向かう前。移動中の主食は村に滞在している間に準備し、無限収納へ入れておくのだ。
この作業が終わると、次の村へ出発なんだなって思うようになった。そのくらい、次の村へ行く前に必ずする作業になっているんだ。
薄焼きピザの生地とかも作っているし、なかなかの重労働だ。
しかし早朝から取り掛かり、お昼には終わるようにしたのには理由がある。
「季節市、間に合ったね」
「ああ。ちょっと休んでから行こう」
こちらには季節市という、春小麦と冬小麦の収穫期に合せて立つ大きな市があるのだ。
この市が立つと、小麦が安くなるんだよ。
小麦は一年を通して同じ価格ではない。なんと、季節によって値段が変わるのだ。春小麦と冬小麦の出来によっても値段が変わる。
まあそれでも春小麦と冬小麦の作付けを半々くらいにしているシュシェーナ王国では、かなり価格は安定しているそうだが。
春小麦が不作でも、冬小麦は例年と同じくらいの収穫があれば、麦の値段が高い時間は短くなる。冬小麦が不作の時も同じだ。
食料不足も緩和するので、国はかなり積極的に春小麦と冬小麦の栽培を推奨している。
この国が出来る理由になった食料不足。世代が変わってもトラウマになるレベルの酷いものだったのかもと思う。
越えられないと言われている山を越えたり、時期によっては航海の危険度が跳ね上がる海を渡って食料のある土地を探してこの土地に来たくらいだものな…。
元々、山を越えた土地は穏やかで肥沃だという噂があったらしいのだ。その音も葉もない噂を信じ、山を越えた者、海を渡った者がこの国を作ったのだ。
国が出来たのは200年前だが、移動自体は300年近く前の事らしい。
300年経っても風化しない、食糧難への恐怖心ってかなり凄い事だよね。
◇
「見た事がないものが沢山あるー!」
「季節市は村の特産品や、冬の間に作った工芸品の大規模な市だから。普段は出回ってない物も多いんだ」
お祭りみたいなものなので、今日はユリシーズさんと二人、大正モダンに寄せた服を着ている。
私のは前に一度着た浴衣だが、ユリシーズさんのは行軍前に新たに仕立てた甚兵衛だ。
ただ、パンツはロング丈になっているんだな。男性でもハーフ丈は絶対に嫌だからとの事で、ロング丈になったんだ。
どちらにせよ、だ。なんちゃって大正モダンルックなのでかなーり目立っているが、異世界で浴衣デートも乙じゃない?
「あ、ブラッドソーセージの屋台があるね」
「あそこのはこの間も買ったけど、前にも買った事があるんだ。あそこのは格別」
「そうなの?エブリンさんとゾーイさんも気に入っていらしたし、多めに買おうか」
「そうだな。たまに無性に食べたくなるから、そうして」
〘良い匂い〜〙
〘お腹空くの〜〙
〘ふんふんふんっ。がうぅっ〙
一個で何キロあるんだろうという、すっごく大きなチーズ。燻製にされたいろんな肉類。魚の燻製もある。
色んな美味しそうな匂いに、クーもルーもシルバーも、鼻をひくひくさせて反応している。
シルバーなんて語彙が壊滅してるよ(笑)
しかし、三匹に買い食いはさせない。それはいつも言い聞かせてあるので、匂いを楽しむだけだ。
可哀想だが、食べてはいけない物を食べさせる訳にはいかないのだ。元気でいて欲しい大切な家族だからこそ、そこは厳しくしている。
食べる物と量。それは厳しくする事がクーとルー、シルバーを大切にするって事だからね。
「わー!先生たち、珍しい服だね!」
「先生、お肉をクーたちにあげても良い?」
「ありがとう。服は私の育った国の民族衣装に似せたものなんだ。お肉は気持ちだけもらうね。
クーたちは人が食べる物を食べると病気になる事があるから、人の食べ物は食べさせられないんだ」
「そうなの?人は平気なのに、クーたちは駄目なの?」
「うん、そう。何か例えがあるかな…?
あ、イチイとかトウゴマを知ってるかな?」
「知ってる!食べちゃ駄目な木の実だよ!」
「そう、有毒植物だから人は食べちゃ駄目だよね。
そんな木の実だけど、鳥が食べてるのを見た事がないかな?」
「ある!」
「あ!似てる!人が食べちゃ駄目な木の実を食べる鳥がいる。
反対に人は大丈夫な食べ物でも、クーたちは食べちゃ駄目な物もあるんだ!」
「そうだよ。それにお父さん、お母さんが買ってくれたんでしょ?ちゃんと食べて、大きくなる素を吸収しないとね」
「そうだね!そうするよ!」
寺子屋で仲良くなった子供たちや村人と雑談を交わしたり、浴衣を褒められたり。屋台も覗きたいし、何気に忙しない。
その忙しなさも、とても楽しいのがお祭りだよね〜。
「ユリシーズさん、これ何?」
「ああ、これは…」
見た事のない物をユリシーズさんに教えてもらったり、味見して美味しかった物を仕入れたり…。
相談して折り合いを付けて買ったり、折り合いがつかず私が諦めたりユリシーズさんが諦めたり…。そんな事をしていると、時間はあっという間に過ぎる。
「ユリシーズさん、一度どこかで休まない?」
「今日は喫湯店も24時間営業してるそうだから。ここから近いし、そこへ行く?」
「うん。冷たい蜂蜜レモン飲みたい」
24時間営業と言われると現代発祥と思うだろうが、中世にもあったんだよね。
こちらはやはり地球とはちょっと違う発展をしているが、パン屋さんが割と24時間営業してる。
扱っているのはパンと簡単なお惣菜くらいなんだけどね。
地球の中世みたいに、パイやワッフルなんかのお店はない。特筆すべきは地球の中世のように古い物を出すお店も、腐った物で作られた料理を出すお店もないって事。
そんな事をすると行政がどうにかする前に、国民からのきつい制裁が入るのだそうだ。
ちなみにこれもシュシェーナ王国だけらしい。他国ではちゃんと行政が入るって。
虫食いは普通にあるけどね。防虫薬とかはまだ一般的に使われてないから、虫食いの物は普通に売られている。
だから野菜でも果物でも、一つ一つ確かめて買う必要があるのは手間なんだわ。
お父さん曰く、「虫がつく物はそれだけ美味いんだ!」だそうだ。
確かに、美味しいのは否めない。
「アンジェさん、蜂蜜レモンと蜂蜜柚子を一つずつお願いします」
「あ、優さん!ユリシーズさん!いらっしゃいませ」
「繁盛してるね」
「はい、お蔭様で!」
ちょっとシステムの変わったアンジェさんの家族の経営する喫湯店。
アンジェさんに代金を支払い、横にずれて旦那さんから蜂蜜レモンを。お義母さんから蜂蜜柚子を受け取る。
苦手な計算がなくなったからか、お二人の顔がちょっと穏やかになったような気がする。
そんな事を思いながら庭の適当な場所に陣取り、私とユリシーズさんはドリンクを。
クーとルー、シルバーには大好物の魔物の牛のお肉とお水を無限収納から取り出す。
「みんなよく我慢したね。これあげるね」
〘優〜!!〙
〘ありがとう!〙
〘肉!肉肉肉!!!〙
良く我慢した三匹に軽く茹でた魔物の牛のお肉をあげ、私とユリシーズさんはのんびりドリンクを頂いた。
「ふー、美味しかった」
「蜂蜜レモンも柚子も、氷入れて冷やしても美味いんだな。
喉は潤ったけど、そろそろ腹も減ったし、腹拵えしたら帰るか」
「うん、そうしようか。明日出発だから、疲れが残らないようにしないと…」
朝はバタバタしたものの、お昼からは久しぶりのデートにドキドキしたよ。
久しぶりのデートをちょっぴり遅い時間まで楽しんだのは…、仕方ないよね。
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