28:寺子屋とテラコヤ
危険な木があった場所から一番近くにあった村は、一晩滞在しただけだった。
電気柵は設置されていたので安心したよ。
子供たちや村人たちと交流できなかったのが残念だったな。
その次の村だが、まだ東部に近いから比較的安全だ。だが生き物が活発になる時期にあたる。だから次の村までに何回か討伐はあったが、問題はなかった。
次に着いた村。ここも電気柵は設置されていたので、早速寺子屋と孤児院を見学させてもらったんだけどさ。
「待って!子供に鞭を振るわないで下さい!」
「なぜです?教育に鞭打ちは必要な事。子供のためですよ」
「まったく必要ありません!」
みんな宿題はしてきていた。だが、採点して点数が低かった子供たちが立たされた。嫌な予感がしたが、予感は当たっていた。
立った子供たちは袖を捲って両腕を突き出した。その腕を、鞭で打とうとしたのだ。
だから年配の先生と子供の間に割って入って止めたよ。
昔って、子供の教育にも体罰は普通だったな。
安土桃山時代の日本に布教に来た宣教師さんが、日本の教育に体罰がないと驚いたという記述が残っているくらいだ。
フランスの思想家モンテーニュの『随想録』にはこうある。
『学校は子供たちを入れる牢獄か監獄のような所だ。いたずらも何もしてないのに鞭で生徒を叩き、授業中に聞こえてくるのは生徒たちの悲鳴と教師の怒鳴り声だけだった。
そして教師は鞭を手にして生徒たちに向かい、やがて血にまみれた鞭の折れ端が飛び散る…』、なんて書かれているような授業風景なのだ。
ジュール・ルナールの『にんじん』を読んでたら、主人公が夜尿症で粗相したため飲尿の罰を受けるシーンがあったりもしたっけ。
寺子屋にも罰はあったようだが、こんな酷い罰ではない。
「子供を鞭打たないで下さい。
日本の寺子屋には、『弟子が上達しない場合、自らの書が未熟で指導方法も行き届かないことは言わず、弟子の不器用や無精を批判する師匠が世間には多い』と言われていました。
ここが寺子屋に倣った教育の場なら、良い先生になって下さい」
寺子屋の先生は資格もいらず、誰でもなれた。そのため、いい先生に当たる事もあれば逆もあった。
そんな事情もあってか、親御さんに向けて、『いい先生を選ぶように』という注意喚起だと言われているらしい。
しかし、ここには先生を選べるほどの寺子屋はない。ならば、先生が良い先生であるしかないと思う。
「な…っ!」
そう言うと年配の先生は顔を真っ赤にして、ブルブル震えた。
「お忙しい中、時間の都合をつけて教えておられて大変なのは分かります。
大人が十人十色であるように、子供もそれぞれ違います。
他の方法でなら、できる子もいます」
◇
「じゃあ足し算からしようね」
黒い石を黒板サイズにカットした物をユリシーズさんと用意し、教壇に立つ。
これは前からあったが、今回は強い味方がいる。滑石という、チョークの代わりに使われる事もある石だ。
黒板に宿題を書き出し、改めて皆で解く。
子供たちには器と小石を配ってあるので、使い方の説明だ。
「小石は数字の代わりにするよ。器は答えが分かる入れ物。
足す時は数字の分の小石を入れると答えが出るよ。
引き算は、この引くの記号の前に書かれている数の分の小石を入れるの。これが足し算と違うところだよ。注意してね。
数分の小石を入れたら、そこから記号の後ろに書かれている数の小石を器から出してね。器に残っている小石の数が、引き算の答えになるんだよ」
子供たちはやった事のない授業に興味津々だ。
「やり方は分かったかな?分からない子は手を挙げて教えてくれるかな」
手を挙げた子供たちに、ユリシーズさんとそれぞれ個別にやり方を教えていく。
そして全員が一通りやり方を覚えたら、一問目から問題を解いてゆく。
「2+6だと、器の中に小石は何個入ってるかな?」
「8!8!8っ」
「正解!じゃあ器から小石を全部出して、次の問題してみて」
教室の後ろでは、教会の関係者の方たちが集まって驚愕しておられる。
もちろん、さっきまで子供たちに勉強を教えていらした先生もいらっしゃるよ。
「3+4、出来たかな?答えはいくつ?」
「7!!」
10問あった足し算はスムーズに終わった。引き算に入る前に、黒板に書いた図を使って改めて説明してから次の10問に取り掛かる。
間違えた子がいた問題は、説明から答えを出すまで全部やってみる。
「答え合わせは終わり。さあ、今日の問題やってみて」
子供たちは小石を使った計算にすっかり慣れたらしく、解き終わるのも早かったし不正解もなかった。
なので二時間算数の時間になったが、今日の授業と宿題になるはずだったページまで終わったよ。
◇
「いかがでしたか?子供たちはまだ数にも計算にも文字にも不慣れなんです。分かるように教えてあげれば、分かるようになりませんでしたか?」
「そんな事!貴女が転移者だから知っていた方法で教えたからではありませんか!」
「そうですね。私は知っていました。
この方法は、私の世界の誰かが編み出してくれました。それを先生が編み出し、実践していてもおかしくはないんです。
同じ方法でなくても、子供たちが理解しやすい方法なら何でも良いんですよ」
転移者だからと言いたいのは分かる。だけどね、誰かが編み出してくれたこの方法。それをこの世界の誰がいつ編み出しても不思議ではないのだ。
「俺も図だけでも書いて教えてもらえてたら、もっと早く計算の仕方を覚えられたと思う」
数字や文字、計算が分からないのに、言葉だけで教えて覚えないはないと思う。
「先生、商の筆算をお願いします」
私は木簡に計算式を書き、先生に渡した。そして計算の仕方の説明を始めた。
「ヒッサーンとは何ですか?!こんなもの、分かるわけないでしょう!!」
「この式は割り算です。先生が子供たちにしている教え方でご説明しました。
子供たちが分からないのも頷けませんか?」
筆算、実はまだあまり浸透していない。なのでそれを先生のやり方で説明してみたのだ。
「確かに、これでは分かりませんな」
「優秀な子供がいないと聞いておりましたが、どうやらそうではないようですな」
他の方たちが、ただ書かれた物を渡され説明されても分からないと理解して下さった。
「優公の教え方では、皆が答えを出せていた」
「左様。これでは子供のために体罰が必要という道理は罷り通りませんな」
「うむ。必要なら体罰も致し方なしの決まりだが、以降、我が教会の寺子屋で体罰は禁止にしよう」
こうして、一つの村の教会の寺子屋から体罰はなくなった。
もちろん、全国で体罰禁止にしてもらうようにすぐ行動したのは言うまでもない。
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