103:家庭教師と勉強の日
「これで文脈、通るかな?」
外は深々と、音もなく雪が降り積もっている。風はないが、降り積もるのが早い。
生憎の天気の中、今日はコンテナハウスに籠もり、ユリシーズさんと一緒に何度目かの家庭教師の授業を受けている。
「……この言い回しは、滅多に使わない。ちょっと角も立つ。別の言い回しの方が良いかも」
シュシェーナ王国の共通言語は、流石にいくらか覚えている。
でも翻訳は、異世界であることと生きていた時代も違うからか、かなり意訳されているみたいなんだ。
耳で覚えた通り話してみたら、思った通りの意味で伝わらない事が多々あったからね。多分、推測は合っていると思う。
ヒアリングも、地方地方でイントネーションがちょっとずつ違うから……。かなり手こずっている。
人名は、聞き取れなければ紙に名前を書いて頂いてでも覚えている。村の名前とか、モノによっては、そこまでして覚えていないんだけどさ。
それでもいつか、自分の声で話したり書いたりしたいとは思っている。そのため、時間をみては言語の習得の努力をしている。
使っている教材は、寺子屋をしている教会とは違う宗教の教会で使われている物。地球でいう、『司教座聖堂付属学校』にあたる教育機関で使われている本だ。
こちらでも、そこは初等教育を終えた、殆どが裕福な家庭の子どもが通う学校なのは変わらない。この学校教育は、十歳から十五歳位の子どもが受ける。この上は、もう大学になるよ。
王侯貴族の子弟は、家庭教師から学ぶから学校にはいない。学校にいると、逆に訳ありになってしまう時代なんだ。
騎士になる場合は学校へは行かず、騎士に見習いに付く。住み込みで、武芸や礼節を叩き込まれる生活になる。そして、二十歳前後で一人前の騎士になるんだって。
ご令嬢は『深窓のご令嬢』の通り、だ。
ある程度の年齢になると、屋敷の奥深くで暮らすようになる。必用な事は母親と、長じては後見人になる乳母から学ぶ。昨今は家庭教師を雇って、以前より深く広い知識を習得する事が主流になりつつある過渡期らしいが。
過渡期といえば、教育が終わると他家へメイド等に出て、花嫁修業だったりマナーを身に付けたりする習慣が広がりつつあるらしいと聞いている。
「おやおや。それを教えるのが、私の仕事では?」
「あ、すみません」
「すみません……」
なかなか覚えられないシュシェーナ王国の共通言語に苦労していたが、家庭教師をして下さる方が見付かった。
お喋りをやんわりと嗜められたのは、調査行軍に同行しておられる、聖魔法を得意とされるお医者さまのお一人だ。
大学で教鞭をとっていらっしゃるのだが、地球の中世ヨーロッパもこちらも、大学教授って意外な事に薄給でさ……。研究を続けるために、バイトするのが普通だったりするんだわ。学生も、仕送りとバイトでどうにか通えるって人もいてね。
そんな教授や学生は、地球なら「ちょっと傭兵になってくるわ」ってバイトする事は結構あったらしい。こちらでは、「ちょっと冒険者してくる」も多いそうだ。
私の家庭教師の先生を買って出て下さったソアンさんは、聖魔法の使い手としても優秀。魔法使いギルドのランクで、Aランクなんだって。大学の医学部卒でもあられる。
そんなソアンさんは、もともと聖魔法の使い手としてのランクはCだったそうだ。だが、まだまだ間違いも多いこの時代の医学を修めるうちに、聖魔法のランクがAに上がられたんだって。
それからは医学と聖魔法の関係に興味を持たれ、その研究をされているのだとか。
今回の行軍には、「聖魔法が使えて医学も修めている、貴重な人材」と、招請があったそうだ。
ご本人も、「そろそろ傭兵も冒険者も辛い。最後にしっかり稼いで、研究に集中出来る稼ぎを」と考えておられたらしくってね。破格の待遇の招請に、一も二もなく応じられたそうだ。
そんなソアンさんが、私がシュシェーナ王国の共通言語を覚えるのに苦労しているのを知って、家庭教師を買って出て下った。
大学教授に教えて頂けるとは、有難い限りである。
「優公は、正しい単語を選んで文が書けましたな」
私は単語から教わっている。単語の意味や使い方、文法を噛み砕いて、ではなく、噛み砕いて噛み砕いて教わっている。そうじゃないと、意味が理解出来ないからだ。
「ユリシーズ公は、スペルが違っておりますぞ。ここと、ここ。ここは○ではなく……」
ユリシーズさんは、初等教育よりちょっと上まではクリアしている。家にあった本を読み、分からない事はミラさんから、タイミングが合えばデジレさんからも教わっていたからだ。
私も、子どもたちに本の読み聞かせをしたりしていたから、国語は何とか初等教育くらいはクリアできている。
なので、二人して学校教育の初歩から教えて頂いている。ユリシーズさんも本を読むにはちょっと学が足りないから、もう少し勉強をしたかったのだそうだ。
私たちの先生をして下さるソアンさんは五十を過ぎておられ、性格もおっとりしていらっしゃるためか授業は和やか。ポイントをしっかり押さえて教えて下さるのも、とても有難い。
「一つ問題を出しますから、次へ移るかは、出した問題が解けるかで決めましょう」
いや、本当に和やか。
学校での授業は、午前中は前回の授業で教わった事が暗記できているか、その確認の時間。午後に新たな内容の授業。授業の後、習った事の討論会をする人もいたらしいが、次の授業までに今日教わった事を暗記しなくてはならない。
毎日暗記試験なんてあれば、先生も生徒もピリピリもするわな……。
「う?うんー?」
「……」
ソアンさんが出して下さった新たな問題に、二人して頭を捻る。
さっきのと比べ物にならない位、問題が難しくないか?
それでも暫く、うんうんと唸りながら問題に取り組む。
「これは引っ掛けで、こう……かな?」
「出来たけど……」
「盤を頂きましょう」
ソアンさんは鉄筆の盤を回収されると、答え合わせをして下さった。
「優公は、引っ掛けには引っ掛かりませなんだな。ユリシーズ公は素直であられるから、このテは苦手なご様子ですな」
私もユリシーズさんも、ソアンさんにとっては孫くらいの歳。まだまだひよっ子っだなって感じでそう仰られ、改めて詳しくこの文法を解説して下さった。
「あ!成程!」
「ああ、それで俺は引っ掛かったのか……」
「この本の序盤では、ここが最大の難点。なかなか理解出来ない者が続出する文法です。それを二回目で越えられたのは、大変優秀です」
「そうなんですか?ここが△になっているか□になっているか、それで判断しました」
「俺は例題に当て嵌めて、そのまま考えた。だから今まで、この文法の文は意味が分からなかったんだな」
「優公は察しが宜しい。ユリシーズ公は、これでお間違えになる事もなくなるでしょう」
こうして、何もなければ一回二時間から三時間の授業は続く。授業の後、日本や地球の事をお話するのが、ソアンさんの授業への対価の一部。
この日はソアンさんの呼び出しもなく、皆でお茶を頂きながら雑談を交わして授業は終わった。
これ以降も行軍が終わるまでの間、ソアンさんから国語の他にも色んな教科を教わる事ができたよ。
お読み下さって有難うございます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
面白かった、良かったなど、お気楽に下の
☆☆☆☆☆
にて、★1から★5で評価して下さいね。
いいね!も、宜しくお願いします。
続きが気になった方は、ブックマークして下さるとすっごく嬉しいです!
感想や応援メッセージもお待ちしています。