1:異世界暮らしのある日
「……しょう、…………優。
……起きないとキスするぞ」
「ぅあ?!」
キスするぞって言葉に驚いて飛び起きたわ。すると、目の前には付き合い始めたばかりの彼氏、ユリシーズさんが立っていた。
ユリシーズさんに名前で呼ばれるのも呼ばれ慣れてなくて、余計にドキドキしてしまった。
ユリシーズさんは元々、剣で冒険者として身を立てていたが、ひょんな事から私に魔法使いの弟子として弟子入りしたんだ。
その後色々あって、告白文化のないこの国において告白してくれ、今はお付き合いしている。
いや、正しく言おう。実家で同棲して一月になる。
実家であるこの家は、日本人転移者であるお父さんの大城つよしさん。この世界の人で、お母さんのマーチャさん。妹で、養女のサーラちゃん。フェンリルの幼獣、クーとルー。そしてさっきも言った、ユリシーズさん。お父さんの養女で、日本人転移者である私、芦屋大城優。
以上の五人と二匹で暮らしている。
兄もいるが、兄は別居している。ゆとりのある家の長男は、子どもが出来るまで新婚生活を満喫する流行りがあり、義理の兄夫婦は別居しているんだ。
「……怪我して、三ヶ月も意識がなかったのはまだ去年だから。無理しないで…」
ユリシーズさんはそっと手を伸ばし、私の頭を撫でながら体を気遣ってくれる。
「その怪我ならもう大丈夫だよ。
草案仕上げるのに、ちょっと根を詰め過ぎたみたいだね。気を付ける」
去年、集団暴走を迷宮前で食い止める際、頭を負傷して三ヶ月意識がなかったんだ。
いまだに何かあると、こうしてとても心配されてしまうんだよね。
しかし……。頭を撫でられるのが照れ臭く、俯いてもごもご答えてしまう。
ユリシーズさんはこたつの隣の辺の籐の座椅子に腰掛けると、書きかけの木簡を手にする。
「……糸を染める職人。調香師に……、ニホンゴは相変わらず難しい……。ここ、何て書いてあるの?」
日本語と文法が違うのか、文章を書き終わらないと、こちらの言語に翻訳されないんだ。
随分前に日本の照明器具みたいなライトの開発をした。で、以前は夜会や舞踏会で着るには良い色とされていた色が、今は廃れ始めている色が増えている。そのため、今のライトの下で映える生地や色やデザインがドンドン編み出されている。
そんな背景があり、その関係の仕事を。
王家の皆さまが毎日お風呂に入るようになられ、キツイ香りの香水で体臭を誤魔化さなくて良くなった。代わりに、柔らかな香りを楽しめるようになられた。
つまり、貴族や高所得の平民にもそれが流行をみせ始めている。
そんな香りを作り出せる仕事も、需要が高まっている一つ。
最後、ユリシーズさんに読めなかった高級娼婦、花魁などにみられる、教育を受ければ身分の貴賤も男女も関係なく高い能力を発揮する女性がいる事を、どう書こうかと悩んでいたんだ。
古代ギリシアの有名高級娼婦アスパシアは、当時の高名な哲学者などに師匠と呼ばれていたとか。スピーチを肩代わりしたとか。様々な影響を与えたとも伝わる女性だ。
花魁なら、十一代目の高尾太夫かな。姫路藩藩主、榊原政岑の側室になったんだよ。側室になれるくらいの教養があったって事だろう。
オーストリアの女帝、マリア・テレジア。ロシアの女帝、エカテリーナ。フランス王の公式愛妾、ポンパドゥール夫人の三人で作られた"三枚のペチコート作戦"も興味深いよね!
おおう。ちょっと熱くなっちゃったな。
そんな女性たちの事を考えながら、この世界の女性の働く場の開放、財産を持つ権利の案を練っていたんだが……。いつの間にか、転寝してしまったらしい。
「私の母語は、あっちの世界で外国の方から世界一覚えるのが難しい言語って言われていたからね」
「カンジだったか?あれは書くのが特に複雑で、納得」
いや、多分ユリシーズさんが思っているのとちょっと違う理由だと思うよ。
「最後のはまだ全然まとまらないから……。説明がね……」
違う意味でも、あまり言いたくないかな。
「そっか。……春になったらパレードの後、西への恒例の調査に加わる約束もあるから、時間を気にしてるんだろうけどさ」
ユリシーズさんはそこで言葉を切って、じっと見つめてくる。
「しっかり休んで、しっかり食べるのも忘れないで。もっと太って安心させて」
「太ったら健康って事もないんだよ?」
「何回も聞いたけど、太って」
ご飯はしっかり食べている。ユリシーズさんもそれは知っている。だが、ここではぽっちゃりくらいが健康的という価値観があるので、太ってと良く言われる。
ぽっちゃりになれる財力があって、ご飯をちゃんと食べられているなどの意味もあるんだけどさ。
怪我する前くらいの体型には戻っているし、日本基準でもそこまで細くはないぞ。
しばらくいつものやりとりをしていたら、ユリシーズさんから爆弾発言が投下されたっ。
「あの時、口移しの食事。
……もっと食べさせるんだった」
「はい?!」
三ヶ月も意識不明で、よく衰弱死しなかったなと思っていたよ?!
衰弱死しなかったのは、まさかの……っ?!
今のぼせて倒れそうだってば!
この年の冬は、こうして春を待って過ぎた。いつの間にかクーとルーにはまたか、みたいな眼差しを向けられるに至っていたよ。
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