兄
親友の一世一代のプロポーズを見届けて、オレはその場を離れた。あとは若いお二人で、なんて揶揄いながら。ウィリアムの情けない顔とノエリアの縋るような顔が引き留めようとするが、足を止めたりはしない。これだけ手を貸してやったのだ、ここからはウィリアム自身が頑張るべきなのだ。
幼い頃からウィリアムはノエリアに惚れていた。ベタ惚れ、一途、純愛といった単語の説明に使えるほどに。
ウィリアムはあまりにノエリアのことが好き過ぎて、ノエリアの前だといつも固まってしまっていた。そのためノエリアには、ウィリアムは大人しく無口な子だと思われていた。ドレスや髪型を褒めるだけでも一苦労。当然告白なんて、ハードルが高くて超えられなかった。
それでも本人に何も言えないなら、さっさと外堀を埋めるなりすれば良かったのだ。なのに手をこまねいているうちに、隣国からノエリアに縁談が来てしまった。ウィリアムに伝えた時の顔は忘れられない。『絶望』と題名をつけて美術館に飾れそうな、そんな顔だった。
しかもノエリアの婚約者になったキール王子は、初対面からいけ好かない奴だった。顔合わせのために我が国に訪れたキール王子を、オレと妹達とで出迎えたのだが。
「キミがボクの婚約者?良かった、キミみたいな可愛い子で!」
一直線にスノウに駆け寄ったキール王子は、挨拶も無しにいきなりスノウに抱き着いた。それだけでも周りは目を剥いたが、婚約者がスノウではなくノエリアだと知ると、
「はぁ?こっちの地味な方かよ。とんだ貧乏くじだな!」
などと言いながら、ノエリアを突き飛ばしたのだ。これがまだ4、5歳の幼子なら──いやそれでもアウトだと思うが、当時キール王子は15歳。正気を疑うレベルだ。
オレはキール王子を即座に敵認定したし、オレの側近として控えていたウィリアムに至っては、キール王子を処刑リストのトップに加えていた。ノエリアを虐めたり馬鹿にしたりエロい目で見たりした奴等のリストだ。
その日からオレとウィリアムは協力し、ノエリアとキール王子との婚約を無くすために動き出した。
まずは穏便に国王陛下に訴え出たが、これは直ぐに無駄だと判断。
次いで隣国の内情を探って婚約者の入れ替えが可能か調べたが、これも無理そうだ。隣国は古い国で、預言や占いを重要な政治的指針としており、それを元にした決定が覆ることは極めて稀だった。
ならば占いの範囲内で、例えば隣国に接する他の国の一の姫を充てがえばと思ったが、ちょうど良い年頃の一の姫がいない。キール王子より年上の王女達は既婚者で、キール王子より年下だと10歳違う。政略結婚で10歳差はそう珍しくはないが、あんな粗暴な王子の婚約者に5歳児を充てがうのは……倫理にもとるだろうと断念した。
こうして、オレ達がなんの手も打てないでいる間に、2年の月日が流れてしまった。その間にもキール王子はノエリアを蔑ろにし続け、スノウは恋人と結ばれぬ悲劇のヒロインを気取ってノエリアを傷つける。結婚まで1年を切り、式の準備が始まってしまい、ウィリアムが限界を突破した。
「殿下、俺を側近から外してください」
「待て、早まるな!」
長年の付き合いで、ウィリアムの考えそうなことは手に取るように分かる。処刑リストを実行するのは最終手段だ!
「ですが、このままではノエリア様が……」
「まだ時間はある、最後まで諦めるな!」
「もう無理です。ノエリア様があんな野郎の元に嫁がれるのかと思うと、悔しくて腹立たしくて、いっそあの野郎とクソスノウを殺して心中に見せかけてやろうかと」
「気持ちは分かるが口に出すな!誰が聞いているか分からんだろ!」
王宮内では何故かノエリアよりスノウが大切にされている。誰かの耳に入ったら、国王に告げ口されるに決まってる。そして何も悪くないノエリアが叱責されるのだ。
オレの懸念が伝わったのだろう、ウィリアムが唇を噛み黙り込む。不甲斐なさに涙の滲むウィリアムの目の奥に、抑えきれない憤怒と悔恨と嫉妬が渦巻いていて、オレは残された時間が僅かなのだと痛感した。
もう手段を選んでいられない。多少の汚いことも受け入れないと、ウィリアムが大量虐殺を始めそうだ。
処刑リストに名前を書かれていた者達がとばっちりにあう前に、警告を出すべきだろうか。真剣に検討していた時に、ノエリアの叫ぶ声が聞こえてきた。
「あーもうっ、姉なんてやってられるかー!!」
こちらも限界が近そうだ。
「ウィリアム、ノエリアと駆け落ちでもするか?」
「は、なっ、かか駆け落ちなんて……」
人間はここまで赤くなれるんだな。他に打つ手がなくなれば、駆け落ちも良いかもしれない。だけどオレとしては、2人には誰にも恥じることなく、後ろ指を指されることもない人生を送ってもらいたい。
オレはかねてより考えていた案を実行に移すことに決めた。国王なんて、清濁併せ呑む度量がないとやっていけない。自らが清廉潔白だと胸を張る王は、そのぶん部下が手を汚していると気づかぬ愚王だ。
だから、次期国王であるオレが、ちょこっと王家の系図を書き換えるくらい、許されるよな。