妹
国内外に公表されたのは、概ね次のようなことだった。
先日、王宮に仕える医官からの告白により、スノウ王女とノエリア王女の生まれ順が間違って登録されていたことが発覚した。正しくは第一王女スノウ、第二王女ノエリアである。王族籍の生まれ順の修正に伴い、隣国キール王子とノエリア王女の婚約を白紙に戻し、代わってキール王子とスノウ王女との婚約を結ぶこととする。
医官様、もっと早くに告白して欲しかったです。
王宮の噂話によると、件の医官は間違いに直ぐに気づいていたものの、双子だし姉妹だから影響はないだろうと黙っていたらしい。いや影響ありまくりだから、特に私への悪影響が!
だが隣国との縁組みの条件が『第一王女であること』だと最近になって知り、これは不味いと申し出て来たのだそうな。
王族の縁組みの条件なんて一般には公開されていないので、今頃になって医官が申し出て来たのも有り得ない事ではない。だが17年も前の事だし、初めは国王陛下も半信半疑だったらしい。スノウと結婚したいキール王子が手を回したんじゃないか、と疑う人もいたそうだ。キール王子ならやりかねないと私も思った。
けれど、思わぬ所から、医官の話が真実だとの証言者が現れた。王太子である義兄だ。当時10歳だった義兄は、妹達の誕生を待ち切れず、側妃が出産中の部屋に忍び込んだのだそうだ。そして、そういえば先に生まれた妹は紫色の瞳だった気がする、と。
私とスノウは髪色こそ同じプラチナブロンドだが、他は全く違う。父親似の私は青い瞳、母親似のスノウは紫の瞳。先に生まれたのはスノウ、第一王女はスノウ、姉姫はスノウ。こうして私の17年間の姉生活は幕を閉じ、妹生活がスタートしたのだった。
スノウが第一王女だったと判明すると、あれ程訴えても覆らなかったキール王子と私の婚約があっさり撤回され、私は拍子抜けした。隣国が必要としているのはあくまで第一王女であって、私個人ではなかったのだ。ちょっと納得いかない。まあ、念願叶ってキール王子から解放されたのは嬉しいけれど。
もちろんスノウとキール王子は大喜びだ。2人揃って私のところに来て、ベタベタイチャイチャしながらマウントをとってくる。
「やはりな!お前なんかと結婚しても、我が国が栄えるはずが無いと思っていた!」
「ワタシ達が本当の、運命の相手だったのよ!」
ハイハイそうですね。わざわざ言いに来なくても、あなた達はお似合いだよ。
それよりスノウはこんな所で油を売ってても良いのかな。淑女教育の教師が突撃してきてるけど大丈夫?
スノウはやっぱり淑女教育から逃げ出して来ていたようで、教師に確保され連行されて行った。頑張ってね。キール王子も心配そうについて行く。現実を思い知れ。
妹になった途端、私の生活は一変した。勉強時間が半分になり、執務もほぼ無くなった。ぶっちゃけ暇。あまりにも暇なので、今までまるで興味の無かった刺繍に手を出したくらいだ。
厳しく指導されていた礼儀作法も、今では全く口出しされない。厳格な隣国の礼儀作法を覚える必要が無くなったから。私は自国の礼儀作法ならとっくに身につけているしね。
それでも今までのように私の粗探しをしてくるような相手には、
「私、妹なので」
と言ってやる。大抵の連中が黙る魔法の言葉だ。私に『姉だから』と我慢や忍耐を強いていた連中は、『妹だから』とスノウを甘やかしていたので効果覿面だ。
妹になった私は自由だ。歯を見せて笑ってもはしたないなんて言われないし、ケーキをおかわりしても意地汚いと言われない。妹なら3ヶ国語を話せれば十分だし、夜中まで執務に追われることも無い。スノウのようにドレスや宝石が欲しいとは思わないけれど、ちょっと値の張る歴史書をおねだりしても良いだろうか。憧れだった城下町の散策も出来るかも。
「何だか楽しそうだね」
刺繍をしながら妹生活での野望を打ち立てていると、義兄とウィリアムがやって来た。挨拶を交してから、楽しい妹生活について話す。
「良かった。環境がガラリと変わっただろうから、心配していたんだけど。大丈夫そうだね」
「こんなに気楽に過ごしたことはありません。私は大丈夫ですので、スノウを気に掛けてあげてください」
「先にスノウの所にも寄って来たんだ」
義兄は相変わらず、私とスノウを平等に扱ってくれている。さすがだ。
「スノウは淑女教育なんて嫌だと泣き喚いて、キール殿と揉めてたよ」
「隣国の淑女教育は厳しいですから」
「いや、今スノウが受けているのはウチの淑女教育だ。それすら満足に出来ないらしい。まぁ、スノウのことは夫となるキール殿に任せておけば良いさ。それよりもノエリア、自分の将来について考えているかい?」
私はゆるゆると首を振った。キール王子との婚約が無くなったため、私の将来は空白となった。年齢的には急いで次の縁談を探さなければならないのだろう。でも正直なところ、私は結婚したいなんて思っていない。キール王子との婚約期間で、結婚に対する夢とか憧れなんて砕け散った。
「出来れば修道院か教会に入りたいですが、それだと外聞が悪いでしょうか」
「ノエリア、結婚したくないのかい?」
「はい。ですが王族の義務として、何処かに嫁がされることになるのでしょうね」
ハーッと思わず溜め息をついていると、義兄がウィリアムに視線を送った。ウィリアムは苦虫を噛み潰したような顔で、私を凝視する。え、私なにか気に障ることでも言った?
「そうか……実は今日は、ノエリアに縁談を待って来たんだけど。日を改めたほうが良いかな」
「いえ、お忙しいお義兄様を、何度も煩わせる訳には参りません。今仰ってください」
「そうだな、早くしないと他の話が来るだろうしな。ウィリアム」
名前を呼ばれたウィリアムは、ギクシャクと席を立った。彼の座っていた椅子が大きな音をたてる。そんな無作法は、公爵家の長男として厳しく躾けられたウィリアムには珍しい。
ウィリアムは強張った顔で私の隣に来ると、その場に膝を付く。うん?何やってんの?首を傾げるうちに手を取られ。
「ノエリア王女、おおお俺と、け、結婚してくだしゃい」
吃ったうえに噛んだ。ウィリアムの顔面が真っ赤に染まり、私も自分の顔が熱くなるのを感じる。互いに俯いてしまった私達を、義兄がニヨニヨと楽しげに眺めていた。




