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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛短編

呪われた王子と青い鳥

作者: 糸木あお

残酷な描写があるので苦手な方はご注意ください。

この国では直系の王族の男性は18歳の誕生日を迎えると呪いがかかり、それを克服しなければ死んでしまいます。18歳の誕生日を迎えたその日、オルランド王子に神託が下りました。


「私の呪いは半年間、誰も知らない新しい話を聞かないと眠り続けて衰弱死するというものだった。それがきちんと行われればこの手の甲に刻まれた徴が光るらしい。夢の中で女神がそう言っていた。あと、身近にいるものが助けになる、とも聞いた」


「なるほど、それでは国一番の劇作家、噺家、小説家を呼びましょう」


「そうだな。今死ぬ訳にはいかない。2番目の兄は呪いに打ち勝てず亡くなってしまった。私も手段を選べる立場では無い」


 オルランド王子のために毎晩人が訪れては寝物語を語ります。しかし、誰も知らない新しい話を作るのは難しく、類似した点があると王子の手の徴は光らなくなりました。

 

 国一番の劇作家、噺家、小説家でも完全に一致することのない新しい話を毎晩作り続けるのは困難だったのです。眠り続けて死ぬという呪いのため、王子は眠ることがとても恐ろしくなりました。その目の下には深い隈が刻まれ、明らかに疲労が溜まってる様子でした。


 王子は焦りました。まだ、期間は4ヶ月半も残っているのです。これから先、新しい話を作り続けられる人材を探さないと呪いのせいで死んでしまいます。王子は何か良い案はないかと大臣に相談しました。


「確か、神託では身近にいるものと仰っていましたよね?」


「ああ、そうだ。何か考えがあるのか?」

「ええ、城内で公募するのです。オルランド王子のためにお話を作れる者を集めましょう」


 王子は国一番の作家たちでも難しかったのに城内にいる者たちにそんな事が出来るのだろうか?と不安に思いました。

 でも、死なないためなら手段を選んではいられないと公募を出しました。


「ねぇ、マリー。これ、あなたにぴったりなんじゃないの?」

「えっ?何々?オルランド殿下のお話係?ふうん、確かに良さそうね。お給料もきっと良いんでしょうね」


「そりゃそうでしょ。殿下の呪いを解くためなんだから上手くいけば一生遊んで暮らしていけるかもよ?あなた施設にいた頃は子どもたちに良くお話作ったりしていたんでしょ?」


「確かにお話を考えるのは好きだけどそんなに上手くはないからなぁ。でも一応応募してみようかな。もしかしたらご縁があるかもしれないし」


 マリーは騎士宿舎で働くメイドです。彼女は特別美人ではありませんが良く見ると美しい瞳をしています。ヘーゼルの中に青や黄色が混じっていてとても不思議な色合いです。  

 でも、それを知っているのは生まれ育った孤児院の人たちと仲の良い同僚くらいでした。


 広間に我こそはという文官や武官、大臣の娘たちなど様々な人たちが集まっていました。メイドで応募したのはマリーだけだったので完全に浮いていました。

 王子はその場にいた者に番号を伝え、その順番で徴が光らなくなるまで毎晩話をさせる事にしました。マリーは14番目、つまり最後でした。


 なあんだ、そんなにいるならきっとわたしまで順番は回って来なさそうねとマリーは思いました。殿下のためには順番が回ってこない方が良いし、最後というのはそれはそれでプレッシャーがあるなとも考えました。


 しかし、そんなマリーの予想とは裏腹に、彼女はたった2週間後に王子の部屋に呼ばれたのです。14番目なのに14日後というのは他の方々はどれだけ下手だったのかと唖然としたと共にもう自分しかいないまま残りの4ヶ月を乗り越えられるのかとても不安になりました。


 マリーが普段働いている場所とはかなり離れた区画にある部屋の重厚な扉をノックすると、入れという声が聞こえました。

 そっと扉を開けると広い部屋のベッドの上にオルランド王子が座っていました。王子の顔をきちんと見たのは初めてでしたが蜂蜜色の髪に青い瞳の美しい男の人でした。

 しかし、目の下に刻まれた深い隈がその美貌を翳らせていました。


「初めまして、殿下。メイドのマリーと申します。普段は騎士宿舎内で働いております。今日から殿下のお話係になりますのでどうぞよろしくお願いいたします」

 

 マリーは失礼がないように慎重に考えてから喋り出しました。王子はすぐにそれに気付いてこう言いました。


「言葉遣いを気にしなくて良い。平民上がりだと聞いた。普段通りに話せ」

「いえ、あの、多分粗相があるかもしれませんがなるべく気をつけますので…」

「構わん。早く話を始めてくれ。お前の話で光らなかったら私の人生はもうお終いだ」


 そんなにプレッシャーをかけないで欲しいと思いながらもわかりましたとマリーは言ってから話し始めました。それは不思議な夢の話でした。鳥のように空を飛ぶ金属の船、小さな箱の中に人が入って劇を始める事などとても信じられないような話をまるで見てきたように語るのでした。

 その話が終わると王子の手の徴は無事に光り、いつもなら考えられない事ですが彼はホッとしてそのまま眠ってしまったのでした。


 マリーはそんな王子に手近にあった毛布をかけてからそっと部屋を出ました。ひとまず、1日目の仕事が恙無く終わった事に安心しました。残り4ヶ月、王子のために頑張ろうと気合を入れました。


 マリーは翌日も朝起きてからいつも通り騎士宿舎で働き、夜は王子の部屋に向かいました。ドアをノックすると、入れという声が聞こえました。


「オルランド殿下、ご機嫌よろしゅうございます」

「そういうのは良いから早く話を始めてくれ」

「あっ、はい。わかりました」


 今日は空の上に住んでいる銀色の大きな目をした魔物の話でした。牛や人間を攫って身体中の血を抜いてしまうと聞いて、王子は血の気が引きました。そんな恐ろしい魔物の話は聞いた事がありませんでしたができれば一生見たくないと思いました。


 マリーの話は今まで聞いたことの無いタイプの話でとにかく突飛でした。話自体がすごく面白いわけでは無いけれど、他者とは比べられないくらいオリジナリティがありました。誰も知らない話が必要な王子にはぴったりの逸材でした。


 その日も王子の手の徴が光ったのを確認してからマリーは自室に戻りました。同室のメイドたちはすでに皆寝ていたのでマリーは手ぬぐいを持って洗面所に行くとそれを濡らして身体を拭き、髪を梳かしました。それから自室に戻り、明日話す事を頭の中でまとめてから寝ました。


 王子の眠る時間に合わせて夜は遅く、朝は普段通りに早く仕事に出ていたため、マリーは寝不足になりました。単純作業の時は王子に聞かせる話を考え続けていました。我ながら仕事熱心です。


 ある晩、王子はマリーの顔色がとても悪い事に気付きました。青白い顔をまじまじと見つめてから言いました。


「どうした、マリー。具合でも悪いのか?」

「あ、えっと少し寝不足でして」


「まあ夜も遅いからな。でも、朝遅くまで寝ていれば良いんじゃないか?」

「いえ、仕事がありますので」


 王子はマリーが昼の仕事もしながら夜もこちらに来ているとは知らなかったので驚きました。そして、殆ど休めていないだろうと呆れました。

「明日からは昼の仕事はしなくて良い。お前は私の命綱だ。もっと良い環境に移そう」


 王子は自分の事ばかりに気を取られてマリーに対する労いをしていなかったなと反省しました。

 そういえば今までマリーの事をきちんと見たことが無かったがゆらゆらとゆらめく蝋燭の光に照らされたその瞳がとても美しい事に気付きました。ヘーゼルの中にきらきらと輝く青や黄色が神秘的でした。


「マリー、君の瞳は変わっているな」

「あ、わたしの目、実は色んな色が入っているんですよ。でも、オルランド殿下の瞳は宝石みたいな青い色でとても綺麗ですね」


 婉曲な表現を求められる貴族社会ではなかなか聞かない直球の褒め言葉に王子は自分の頬が熱くなるのを感じました。部屋が暗くて良かった、とも思いました。


「まあ、良い。明日から環境が変わるからゆっくり休め。明日の朝は好きなだけ寝ていて良い」


「それってメイド長に怒られませんかねぇ?」

「この城で私より身分が高いのは王と王妃と王太子だけだ。だから何も気にすることはない」


「わかりました。それじゃあ今日のお話を始めますね。オルランド殿下お話の事忘れてましたでしょう?」

 マリーはイタズラっぽく笑って言いました。

 王子はマリーの体調や瞳について考えていたせいで今日の話のことをすっかり忘れていました。マリーが気付かなければ自分の方が眠りから覚めずに死んでしまうところでした。


「今日はですね、ちょっと今の状況と似てる話をします」

 曰く、王のために美しい娘が毎日夜伽話をするというものでした。わたしはまあ、美しくは無いんですがとマリーは笑いました。


 そうは言いましたが、マリーは平民上がりの割には頭の回転も早く、言葉遣いは少し気になるが有能なメイドでした。

 そして、王子は彼女の色が混ざり合った瞳がとても綺麗なのでずっと見つめていたいと思いました。


 次の日からマリーの生活は一変しました。まず、今までの6人部屋から1人部屋になりました。それも今までの部屋の3倍の広さで、部屋の中に洗面台まであるのです。作り付けの家具もすごく豪華という訳では無いけれどしっかりとした作りでとても使いやすそうでした。


クローゼットの中にはメイドのお仕着せではなくたくさんの上品なワンピースと寝間着、そしてセクシーな下着が吊るされていました。どこをどう見ても布が布の役目をしていないその服を見てマリーは新手の嫌がらせだろうなと思い、箪笥の奥にひらひらとした下着を押し込めました。


 夜に王子に話をする以外の仕事がなくなって手持ち無沙汰になったマリーは王子に頼んで紙とペンを貰って考えた物語を記録し始めました。

 もし自分に何かあった時に共倒れじゃあ困るからできるだけたくさんの話を書いて残そうと思ったのです。マリーはメイドとしては珍しく読み書きができるので今までも簡単な代筆などの仕事をしていました。マリーが抜けた穴を埋めるのは地味に大変だろうなと同僚達に申し訳なく思いました。


 王子からは紙とペンと一緒にこの国の歴史やマナー、法律や地方の産業についてなどの本が送られてきたので時間があるから読んでみるかと思い、パラパラ捲るととても眠くなるので主に寝る前に読む事にしました。

 マリーはそれまで毎日わりと忙しく働いていたのでこんなにだらだらしていて良いんだろうか?とちょっとだけ不安になりました。


 その日の夜、マリーはメイドのお仕着せがなくなってしまったため青色の清楚なワンピース姿で王子の部屋に訪れました。


「失礼します、オルランド殿下。」

 マリーはお辞儀をしてから部屋に入りました。

「ああ、マリー。そこに座ると良い」


 王子はマリーの方をチラと見てから一瞬止まり、咳払いをしました。


「あ、この格好やっぱり変でした?なんだかわたしには似合わないかなって思ったんです」

「いや、そんな事はない。似合っている。ただ、今までとかなり違う雰囲気だったから驚いただけだ」


「それなら良いんですけど、やっぱりちょっと慣れませんね。お部屋もすごく立派で驚きました。殿下、ありがとうございました」


 いや、良いんだと言ってから王子はサイドチェストの上にある琥珀色の飲み物を勢いよく飲み始めました。多分、寝酒というものなのでしょう。マリーには飲酒するという習慣がないのでちょっと興味があり観察しました。マリーがじっと見ている事に気付いた王子からお前も飲むか?と聞かれて、未成年なのでと断りました。


 それから、今日はお酒の話にしましょうとマリーは話し始めました。王子はマリーの心地よい声を聞きながらウトウトして来ましたが手の徴が光るのを見届けないといけないと思い、自分の手をつねりました。

 眠ることがあんなにも怖かったのが嘘のようだな、と王子は思いました。


 マリーは王子の手の徴がきちんと光った事を確認してから自室へ戻りました。この部屋には洗面台も付いているのでそこで身体を拭いてから寝巻きに着替えてベッドに潜り込みました。


 ふかふかの布団の中で明日は殿下にどんな話をしようかなと考えると目が冴えてしまって眠れませんでした。すぐに眠れるのが特技だったのに眠気が一向に訪れないのは身体をあまり動かしてないせいかな?とマリーは思いました。


 王子は執務室で決裁書に判を押しながらもついついマリーの事を考えてしまいます。彼女とは毎晩寝室で話をしているのに王子は何故か昼もマリーの優しい声を思い出してはとても温かい気持ちになるのでした。やはり、命の恩人というのは大切なのだなと王子は思いました。


 今日もノックの音がしてからマリーが入室してきました。薄い蜂蜜色のワンピースは彼女にとても似合っていて、ぼうっと見惚れているとマリーは怪訝そうな顔をしました。


「殿下、どうなさいましたか?」

「いや、何でもない。話を始めてくれ」


 分かりましたと言ってからマリーは話し始めました。今日は植物の中から赤ん坊が出てきて美しく育ち、月へ帰るという話でした。植物の中から赤ん坊が出てくる魔法なんて聞いたことがありませんでしたがマリーの話はいつも突飛なのでそういうものなのだな納得しました。


「そういえば、マリー、お前は年はいくつなんだ?」

「ええっと、多分、来月で16歳になります。孤児院で育ったのできちんとした誕生日は分からないんです」


 いつも朗らかなマリーも裏では苦労をしてきたのだなと王子は思いました。そして、そんな身の上なのに読み書きが出来、王城で働いているなんてこれまでたくさん努力をしてきたのだなと感心しました。

 王子はマリーには世話になっているのでなるべくこれからは幸せにしてやりたいと思いました。


 気が付くと、マリーの部屋には王子からたくさんの贈り物が届くようになりました。洋服や化粧品、髪飾りにペンダントなど若い女性が喜ぶものばかりでした。マリーも人並みにそういったものは好きでしたが、これはきっとお礼だから変な勘違いをしてはいけないと気を引き締めました。


 何せ相手は本物の王子様です。そして自分はただのメイドで今は期限付きのお話係。彼に対して邪な気持ちを持ってはいけないと思いました。


 今日のマリーはこの間とはまた違う青いワンピースを着ていました。部屋を整えて服を用意したり、プレゼントを届けろと指示はしましたがマリーの洋服とその胸にかかるペンダントの宝石が全て自分の髪と瞳の色であることに王子は気付きました。もしかすると、大臣はマリーの事を愛人だと勘違いしているんじゃないかという考えに至りました。

 そんなつもりは無かったのにマリーはその扱いに対して不快に思っていないだろうかと少し心配になりました。


「どうされましたか殿下、もしかしてお疲れでしょうか?今日は短いお話にしましょうか?」


「いや、気にしなくて良い。考えてきたものをそのまま話せ」


「はい。今日は光よりも速く動くと過去や未来に行けるというお話です」


「ん?過去や未来?それは魔法ではないのか?そもそも光より速いとはどういう事だ?」


「えっとぉ、例えば雷は光ってから数秒して音がしますよね?それは音よりも光の方が速いっていうことなんですが…」


「私にはお前の言ってることが全然分からない時がある。だが、話が終わるとこの手の徴は光る。お前の話は突飛すぎるからどういう風に考えているのかいつも不思議に思う」


「たまにそういう夢を見るんです。その世界だとわたしは今とは全然違った暮らしをしていて、長い鉄の箱に乗って学校に行くんです。学校なんて貴族の方しか行けないはずなのに不思議ですよね」


 王子はマリーの話を聞くたびにマリーがいつかどこかにいなくなってしまうんじゃないかと少し不安になりました。そして、マリーに対して自分が特別な気持ちを抱いている事に気付いたのです。


 マリーは昼間にやる事が無く時間が余っているので前から興味のあった刺繍を始めました。元々器用なのでどんどん上達しましたが誰かに贈る訳でもないのでやりがいはあまり無いなと思いました。お話のストックもたくさん書いたのでこのまま本を出せそうなくらいでした。

 

 ある日、マリーが騎士宿舎で働いていた時に話したことのある騎士にばったり遭遇しました。護衛とかそういう仕事なのかな?と思ってペコリと頭を下げてから通り過ぎようとすると声をかけられました。


「やあ、マリー。久しぶりじゃないか。今は殿下のお話係として頑張っているらしいね」


「こんにちは。グリフィン様。お久しぶりですね。お話係はとても楽しいんですが昼間は結構暇なんですよ。だから今は本を読んだり刺繍をして過ごしています」


「良いなあ。ゆったりした時間を過ごせて。そうだ。それなら刺繍を頼んでも良いかな?手間賃も出すから」

「良いですよ。どんな柄ですか?」


「ハンカチに鷲の刺繍をして欲しいんだ。うちの家名の由来でね」


「分かりました。そしたらあの角の部屋が私の部屋なのでこの辺りにくる用事があったらノックしてください。完成していればお渡ししますので。騎士宿舎の方まで届けたいんですが実は元の部屋の方に行くのは禁止されちゃったんですよ。守秘義務っていうやつです」


 マリーは久しぶりに仕事を頼まれて嬉しく思いました。殿下へのお話係は仕事という感じではなく、むしろ夜が来て彼に会えるのが楽しみでした。今日はどんな話をしようか、殿下は喜んでくれるだろうか、どの服で行こうか、アクセサリーはどうしようかなど色々考えました。


 マリーはもう分かっていました。自分は殿下の事を慕っているんだと。でも、この気持ちは隠さなくてはいけません。何故なら彼は王子様で、自分はただのメイドだからです。不毛な恋心を告げて、彼を困らせてはいけないと思いました。


 今日の分の話を終えてから、殿下の呪いが解けるまであと1週間だという話題になりました。

「もうすぐ呪いが解けますね。とても喜ばしい事です」

「ああ、マリーが頑張ってくれているおかげだ。最近はもう、私は呪いで死ぬという不安はあまりない。マリーの事を信じているからな」


「うふふ、光栄です。実はですね、わたしがいつ倒れても良いようにお話を書きためておいたのでもし何かあっても殿下はもう大丈夫なんですよ」


「そうだったのか。そんな事まで考えてくれていたんだな。ありがとう。マリー」

「ああ、でももうすぐ殿下にお会いできなくなると思うと寂しいですね」


 そうだな、と言った王子の表情は暗く、マリーは少しでもそう思ってもらえるなら嬉しいと感じました。残り1週間を大事に過ごして、大切な思い出にしようと決意しました。


「そういえば、昼は何をして過ごしているんだ?送った本は読んだか?」


「はい。全て読ませていただきました。知らないことばかりでとても勉強になりました。あとは最近刺繍を始めまして、知り合いの騎士様のハンカチに刺し始めています。手前味噌ですがわたしはなかなか刺繍の才能があるみたいで上手いんですよ」


「何?その騎士は男か?」

「ええ、そうです。女の騎士様で交流がある方はいないので」


「ほう、マリーはその男のことを好いているのか?」

「いえいえ、とんでもないです。グリフィン様は素晴らしい方ですが身分差もありますし、そんな風に見た事はありません」


「そうか、身分差か…。ところでマリーは今、好いた男がいるのか?もしくは婚約者などはいるのか?」


「殿下、わたしは平民上がりのメイドです。婚約者なんていませんし、好きな相手もいません。いつかは好きな相手と結婚をして子どもを産み育ててみたいとは思いますが、今はまだ考えられません」


 マリーは自分の気持ちを押し殺してそう告げました。本当は殿下の事を慕っておりますと伝えられればどんなに良いかと思いましたがそれは許されない事だと思ってやめました。


「なら、どうしてそんなに苦しそうな顔をするんだ?マリー、私の目を見ろ」

「殿下…、どうかご容赦ください。わたしには殿下は眩しすぎるのです」


 その瞬間、強い力でマリーの手が引かれ、気が付くと広いふかふかのベッドの上に押し倒されていました。マリーの上に覆い被さった王子は潤んだ瞳でマリーを見つめ、その髪を掬って口づけをしました。


「マリー。私の事が嫌いなら突き飛ばしてくれて構わない。でも、そうでないならこの気持ちを受け入れて欲しい。わたしはマリーの事を好いている」

 

 マリーは真剣な王子の瞳に見つめられて縫い留められたようにそこから動けなくなりました。もちろん、嫌ではないのですがその口からは何の言葉も出てきません。


 王子はマリーの沈黙を承諾と受け取り、首筋に顔を埋めて口づけをしました。段々と上に移動しながら口づけをする王子の瞳は熱っぽく、マリーはとうとう最後の覚悟を決めました。そして、王子の首に手を回してからこう言いました。


「わたしも、殿下の事を慕っております。どうか、今夜の事は2人だけの秘密にしてください」


「マリー、私はそんなつもりは…」


「殿下、これは本来なら許されない事です。でも、今この瞬間だけはわたしはあなたのものです。だから、今は何も仰らないでください」


 王子はマリーのヘーゼルの中に黄色と青色が混じった美しい瞳をじっと見つめてから、口づけを落としました。   

 そして、マリーは恋慕う人からの行為に身を委ねました。それはとても熱く、苦しく、涙が出るほど幸せなものでした。


 マリーはその後、身体の怠さを感じながらも寝息を立てている王子の頬に口づけをしてからそっと部屋を出ました。それから、明日になったらまた元通りにお話係に戻ろうと決意しました。しかし、歩きながらもその瞳からは大粒の涙が溢れていきます。

 

 その後、自室に戻ったマリーは取り返しのつかない事をしてしまったと深く後悔しました。あと1週間でお話係を終えて、殿下の呪いが解けたら遠くの街に引っ越しをしようと考えました。少しの貯金と、多分殿下の呪いを解いた事で何か報酬があるはずだと算段をして、どこの街が暮らしやすいかを明日から調べようと思いました。


 朝目が覚めたマリーはハンカチに刺繍を始めました。昨晩、王子に嫉妬されたとはいえ頼まれた事を反故にするわけにもいかないのでマリーは黙々と刺していきます。指先に集中すると余計な事を考えずに済むので丁度良かったなと思いました。

 

 思ったよりも早く出来上がった刺繍入りのハンカチを持って廊下をうろうろしているとお目当ての人物がいたので押し付けるように渡すとマリーは早足で自室に戻り身支度を整えました。


 そして、夜になり、マリーは王子の部屋を訪れました。


「殿下、失礼いたします」

「ああ、入れ」

 

 マリーはかなり緊張していましたが普段通りの王子の態度にホッとしました。このまま何もなかったように振る舞ってほしいと願いました。


「こんばんは。今日は青い鳥というお話をしますね。幼い兄弟が幸せの青い鳥を探しに行くという話です」


 マリーが話し終えると王子はこう言いました。

「なるほどな、幸せというのは身近にあるものか。私にとってマリーが青い鳥のようだ。そういえば青い鳥というのは見た事がないな」


「白い鳥に魔法をかけるとそういう色になるというのを聞いた事がありますよ。魔法使い自体が今はあまり居ませんから難しいかもしれませんが…」


 マリーの知識に王子は感心しました。そして、昨日のことがまるで無かったかのように普段通りに接してくるマリーに微かな苛立ちを覚えました。昨晩は気が付くと眠ってしまっていて、もしかしてあれは自分に都合の良い夢だったのかと一瞬考えましたが、微かにシーツに残るマリーの香りでそれが現実だったのだと分かりました。


「マリー、もう少し近くに来い」

「殿下、何を仰ってるんですか?お話をするのにそんなに近づく必要はありませんよ」


 マリーはにっこりと微笑み、これ以上何も言うなという目を向けました。そんなマリーを見て、王子はこれ以上何を言っても彼女は聞き入れてくれないと理解しました。


 そして、最後の夜。マリーはいばら姫というお姫様の話をしました。それは呪われた姫が王子の口づけで目を覚まし、幸せに暮らすと言うものでした。マリーがどんな気持ちでこの話を選んだのだろうと王子は考えました。でも、どれだけ考えてもその答えは出ませんでした。


 いばら姫のお話が終わると、王子の手の徴が光り、そして、そのまま消えていきました。ついに呪いが解けたのです。それを見た王子は肩の荷が降りたようにとても安心しました。

 マリーの事を信じていましたが、この半年間ずっと呪いを克服できずに兄のように死んでしまうのではないかと恐怖を感じていたのです。


 マリーも王子の手の徴がいつもより眩しく光って消えた瞬間、驚きましたが呪いが解けたのだと分かり、安堵しました。2人は手を取り合って喜び、早速王様に報告をしに行きました。


「陛下、私は無事に呪いを克服する事が出来ました」

「おお、オルランド。お前が呪いを克服できた事を本当に嬉しく思う。疲れただろうから今日明日はゆっくり身体を休めなさい」

「わかりました。明後日またお話できればと思います。実は陛下に相談したい事があるのです」


 そして、王子はマリーの手を引いて強引に自分の部屋に連れてきました。マリーは途中何度も自室に帰ると言いましたが王子は聞き入れてくれません。


「マリー、今日は私の呪いが解けた素晴らしい日だ。だから今夜はそばにいてくれないか?お前がいなければ私はきっと呪いを克服する事が出来なかった。お願いだマリー、今日はお前と一緒に朝まで過ごしたい」


「いけません、殿下。わたしの事を思うなら、どうかその様な事を仰らないでください」


 そう伝えても王子はマリーの手首を強く掴んで離してくれませんでした。このままではまたあの夜の二の舞になってしまいます。見上げると王子の美しい青い瞳と視線が合いました。

 その熱に一瞬だけ流されてしまいそうになりましたがマリーは頭を振って拒絶の意思を示しました。


「殿下。いけません。わたしの役目はもう終わったのです。どうか、この手を離してください」


 マリーは毅然とした態度で言いました。王子はその言葉にショックを受けましたが、マリーの意思が絶対に変わらない事が分かりました。

 命令をすればマリーは逆らえないでしょう。しかし、それをしたらマリーの心はきっと離れていきます。このまま腕の中に閉じ込めてしまいたいという気持ちと朗らかなマリーのままでいて欲しいという気持ちがせめぎ合いました。


 王子は少し考えてから諦めてその手を離しました。マリーは失礼しますと一礼してから慌ただしく部屋から出ていきました。その後ろ姿を見て、何故か言いようもない不安に襲われたのでした。


 マリーは自室に戻ってから自分の貯蓄とプレゼントされたアクセサリーなどの貴重品と最低限の洋服をトランクに詰めてそそくさと部屋から出ていきました。一応、サイドチェストの上に《今までお世話になりました。探さないでください マリー》と書いたメモを残しました。


 守秘義務があるので近寄れなかった騎士宿舎の裏にある勝手口からそっと抜け出しました。夜遅いというのもあり思っていたよりも警備も少なくあっさりと抜け出す事ができてマリーは拍子抜けしました。


 見張りの兵士には父親が亡くなったので暇を貰ったを伝えると特に確認されずに外に出る事が出来ました。場内で働いているメイドは多いので顔を覚えられてはいなかったようでそのまま外に出る事が出来ました。

 

 乗合馬車がまだ出る時間では無かったので宿を取ろうと思いましたが生憎週末のため空きがありませんでした。


 この季節の野宿は流石に身体を壊してしまうと考え、生まれ育った孤児院の扉を叩きました。寝ぼけ眼で寝巻き姿の施設長は驚いた後、何も聞かずにマリーの事を迎えてくれました。


 今日は色々な事があって疲れてしまったため、来客用の簡易ベッドで休ませてもらう事にしました。何も詮索せずに受け入れてくれる施設長の態度がとてもありがたく感じました。


 きっと殿下はわたしのことを探すでしょう。だから孤児院のみんなに迷惑をかけない為にも朝一番の馬車で港に向かい、そこから船で王都から離れた南の街へと移動しようと考えました。

 前に色々調べたところ、南の街では染色と製糸が有名で女性の働き口も多く気候も温暖で過ごしやすいらしいのでそこで家を探そうと思いました。


 あのまま殿下を受け入れたとしても、きっと愛人になり、この先彼が貴族の令嬢を妻として娶り子を成す事を側で見る事になるでしょう。

 それはとても辛い事なのでこれが最良の決断だと自分に言い聞かせました。マリーは難しい事だと分かっていても結婚相手にはお互いに唯一の存在でありたいと考えているのです。


 お城で今まで使っていた豪華なベッドとは全く違う粗末な木の板に硬いマットレスを置いただけのものでしたがとても良く眠れました。子どもたちが呼びに来て食堂に着いて行くと施設長が野菜スープと黒パンと目玉焼きを出してくれたのでそれをありがたくご馳走になる事にしました。

 皆で食前のお祈りをしてから久しぶりに食べる孤児院の食事はとても懐かしくて涙が出そうになりました。


 殿下による待遇改善が行われてからはいつも豪華で温かい食事を部屋で取っていました。それはとても美味しかったのですが1人で食べるのは寂しく、職場の皆と食べたりこうやって誰かと食事をする事に飢えていたんだなとも思いました。


 マリーは少ないですがお礼を渡そうとしましたが、施設長はそれを断りました。


「マリー、これはあなたが一生懸命働いて稼いだお金なんだから自分のために使いなさい。私はあなたの為に何もしてあげられないけれど、あなたのこれからが良きものであるように祈っているわ」

 

 その言葉にじわりと涙が滲みました。ありがとうございますと告げてから馬車乗り場へ向かいました。朝一番の馬車乗り場にはすでに何人かの人が待っていましたがまだそこまで多くはなかったので乗れそうで安心しました。港までは結構距離があるので窓際の席に座れると良いなと思いました。


 無事に馬車に乗れたマリーは貴重品以外を預けて席に座りました。王都から離れていく景色を見て、これからの事を考えました。衝動的に飛び出してしまったけれど、どうするべきなのか。

 

 もちろん殿下には二度と会わない方がお互いのために良いでしょう。これ以上好きでいても不毛なのであの晩の事だけを宝石のような思い出にしようと思いました。


 宝石といえば殿下からのプレゼントに入っていた彼の瞳を思わせるサファイアのネックレスは彼女の胸元で揺れています。お金がなくなって他の宝石を手放したとしてもそのペンダントがあればいつでも彼のことを思い出せるでしょう。


 きっといつかは忘れて他の人を好きになる事も出来るでしょう。でもまだ今はそんな事は考えられませんでした。


 港のある街からすぐに船に乗りました。初めて見る海はこれまで嗅いだことのない変わった匂いがしました。これは潮の香りというものらしいです。親切な船頭さんが教えてくれました。

 キラキラと輝く水面にはごくたまに魚が跳ねる様子を見る事が出来て面白いなと思いました。


 途中で揺れが激しくなって少しだけ気分が悪くなりましたが船内のベッドでしばらく横になると回復してその後すぐに目的の街へ到着しました。港の市場は賑やかで鮮やかな服を着た人たちが活気良く働いていました。


 王都とはまた違うエキゾチックな装いは隣の国との交易によってもたらされるものだということも調べてありましたが実際に見てみると想像の何倍も素晴らしいものでした。


「とても賑やかな街だわ。ここでわたしの新しい生活がはじまるのね」

 王都から出た事がないマリーは少しわくわくしながら街を歩き始めました。そして、まずは家を探す事にしました。


 今までは孤児院を出て王城に働きに出たので集団生活しかした事がなかったため家を探すのは初めてでした。でも、親切な大家さんが見つかり、小さいけれど新しく綺麗な家を借りる事が出来ました。家賃もそんなに高くなかったためマリーは安心しました。


 すぐに仕事を探すほどでは無いけれど、貯金が底をつく前には働きに出ないといけないでしょう。マリーは元々働き者なので忙しくしている方が性に合っているのです。


 半月後、マリーは染色工場で働き始めました。その街ではあまりメイドの募集が出なかったため選びましたが始めてみるとなかなか適性があるようでした。彼女は手先が器用かつ要領もいいのでどんな仕事でもそつなくこなしていきました。


 職場や商店の人々とも親しくなり、マリーは少しずつこの街での暮らしに慣れていきました。ペンダントも仕事中に落とすといけないので箱の中にしまっていたので王子の事はこの頃はあまり思い出す事も無くなってきていました。


 そんなある日、マリーは人伝に王子の訃報を知りました。彼は遠乗りの帰りに誤って崖から転落し、その怪我が原因で亡くなったとのことでした。マリーは全身の力が抜けて立っていられずその場にへたり込みました。


「ああ、殿下…。なんていうことでしょう」

 こんな事になるのなら愛人という身分だとしても彼の側にいれば良かったと激しく後悔しました。そして、マリーは久しぶりに王子の瞳と同じ色のサファイアのペンダントを箱から取り出してそれを握りしめたまま声が嗄れるまで泣きました。

 王子の死はあまりに突然で、早すぎました。その事をマリーはとても受け入れられませんでした。


 ショックで体調を崩したマリーは1ヶ月ほど仕事の休みを貰いました。普段の働きぶりが良いので工場長も心配して見舞金を出してくれました。食料も定期的に同僚が届けてくれたのでそれを食べて何とか生きていました。

 

 何もやる気が出ず、1日の大半をベッドの上で過ごしていても王子の事を思い出して泣き続けました。泣き疲れて眠ってから目を覚ますと胸に輝くネックレスが在りし日の彼の瞳の色を思い出させてまた涙が溢れてきました。


 そして、時間が少しずつマリーの傷を癒してきた頃、この街の領主が変わるという話を聞きました。どうやら王家の分家筋の方が来るらしいとの事でした。

 同僚が折角だから就任式を見に行こうと誘ってくれました。たくさん出店も出るので美味しいものを好きなだけ奢るわと言ってくれて、その優しさと気遣いに感謝しました。


 人々がごった返す会場の近くでは焼いた牛肉の串や野菜のフリット、甘い果物のジュースに焼きたてのパンケーキなど色々な食べ物が並んでいました。普段の屋台とは違うお祭りらしいラインナップにマリーは少しだけ元気が出てきました。


 搾りたてのパイナップルのジュースを飲みながら会場の方を見ると豪華な馬車が目に留まりました。あの中に殿下の親戚の方がいるんだなと思い、背伸びをして目を凝らしました。

 一緒に来ていた同僚がお手洗いに行ってくると言ったのでマリーはその場所から動かないように待っていました。もう一度背伸びをしますが人が多くてよく見えませんでした。


 「マリー、その場所からではよく見えないんじゃないか?」


 後ろから急に声をかけられてマリーは驚きました。そして、その声があまりにも懐かしく聞き覚えのあるものなのでまさかと思い振り返るとそこにはマリーのネックレスと同じ色の瞳を持つ美しい男性が立っていたのです。


 彼はマリーの事を後ろから力強く抱きしめました。彼はマリーの耳元で囁きました。


「マリー、やっと捕まえた。もう絶対に離さない。これ以上私から逃げる事は二度と許さない」


「殿下…。どうしてここに?」


「殿下ではない、アシュクロフト伯爵だ。今日からこの街の領主になるお前の夫だ」


 マリーはあまりの情報量の多さに頭がパンクしそうでしたが彼にまた会えた事が嬉しくて涙が溢れてきました。


「わたし、殿下が亡くなったと聞いた時に本当に後悔しました。こんな事になるなら愛人でも何でも良いからあなたの側にいれば良かったって何度も思いました」


「私はマリーが逃げてから見つけ出すまでずっと後悔していたよ。何であの時捕まえて閉じ込めておかなかったのかと。あんな手紙一枚で私の事を捨てるなんて信じられなかった。苦労してやっと見つけてから陛下を説得するまでは少し時間がかかったが私の熱意に負けて折れてくれた。幸い、庶民には私の顔までは分からないから全て上手くいくと確信していた」


「殿下…。どうしてそこまで…」

「殿下ではない。アシュクロフト伯爵だ。妻のお前には新しい名のエリオットと呼んでほしい」


「妻だなんてそんな事恐れ多いです」


「私は今までお前を愛人にしたいと思った事は一度もない。どうにかして結婚するつもりだった。お互いの事が唯一の夫婦になりたいと思っていた。まあ、マリーにとってはそうではなかったようだが」


「あの、殿下」

「エリオットと呼べ。もう私のことを拒絶するな。さあ、私たちの屋敷へ帰ろう」


「えっと、エリオット様。就任式はどうなさるんですか?」

「そんなものは明日でも明後日でも良い。私は今すぐでもマリーと2人きりになりたいんだ」


 マリーは押し込められるように馬車に乗せられ大きな屋敷へと連れてこられました。その間も王子の手はマリーの手を強く掴んだままです。迷いのない足取りで奥へと進み、その部屋に入ると広いベッドの上に押し倒されました。


「もう待てない。マリー。私は今この瞬間も、これから先もずっとお前のものだ。二度と離さない。愛している」


 そう言って王子はマリーの髪に口づけをしました。そして、端正な顔を近付けて青い瞳でじっとマリーの顔を見つめてから、柔らかいくちびるに深く口付づけてきました。熱く情熱的な口づけにマリーはのぼせてしまいそうになりました。


「殿、いやエリオット様。ちょっと待ってください」

「待てないと言っただろう。今から私の愛を身をもって分からせてやる。お前は既成事実というものを知っているか?それも私が手ずから教えてやろう」


「エリオット様…。いけません。まだお昼です」

「昼に愛し合ってはいけないという法律はない。マリー、これ以上余計な事はもう喋らなくていい。ただし、私の名前を呼ぶことと私のことを愛しているという言葉だけは許そう。2人きりの時は前の名前でも構わない。お前の大好きな2人だけの秘密だ」


 それ以上マリーは何も言えませんでした。そして彼の想いを受け入れました。彼が自分のせいでこんな風に変わってしまった事に罪悪感と仄暗い喜びを感じていました。


「ああ、殿下。お慕いしています」

「マリー。私だけのマリー。もう絶対に離さない。これからはお前は何もしなくて良い。私のそばにいてくれさえすればそれで良い。本当なら足の腱を切ってこの屋敷に閉じ込めてしまいたい。だが、マリーが逃げないと誓うならやめてやる。だからもう二度と、私から逃げるな」


 その昏い瞳からは怒りだけではない感情が読み取れたのでマリーはそれ以上何かを言うことをやめました。王子の頭を抱きしめてその蜂蜜色の髪に指を絡ませてから優しく梳かしました。

 

 それから、愛していますと微笑んでその身を彼に委ねました。2度目のその行為はとても熱く2人の境界が曖昧になるくらい近づいてどろどろに溶けてしまいそうでした。彼の愛は歪な形に変わってしまいましたがそれでも幸せだとマリーは思いました。


 薄明を迎えた頃、2人は疲れ果てて眠ってしまいました。夕食ができた事を知らせにきた家令はその光景を見て頭を抱えました。   

 薄々想像をしていたとはいえ結婚前の2人がこの様なことになってしまった事を王様にどう報告すれば良いのか判断ができませんでした。


 目を覚ました王子は隣ですうすうと寝息をたてるマリーを見て安心しました。眠るマリーのその胸にある華奢なサファイアのペンダントを見て、今度はもっと大きく、豪華でマリーが誰のものかひと目でわかる様な物を物を贈ろうと思いました。


 その後すぐに王子とマリーは結婚をしました。マリーは足が悪くなったので滅多に外には出られませんでした。

 ですが王子から贈られた青い鳥とその後に新しく増えた家族のお世話で忙しくしていたためその生活に全く不満はありませんでした。彼女は自ら望んで鳥籠の中に入ったのです。


 彼女にとって愛する人が生きて側にいてくれる事以上に大切な事はありませんでした。例え、二度と走る事が出来なくなったとしてもそれで構わないとマリーは思いました。


「あるところにお話の上手なメイドがいました。彼女は王子様の呪いを解くために毎晩お話をします。呪いが解けた王子様は彼女に愛を伝えました。身分差を考えたメイドは一度は王子様の前から姿を消しましたが、再会した彼の真摯な想いに彼女はそれを受け入れ結婚しました。2人は青い鳥と可愛い子どもたちといつまでもいつまでも幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし。」


「今日のお話はイマイチね、もっといつもみたいな魔物が出てくるのが良いわ。でも、青い鳥がいるのはうちと一緒ね」


「うん、青い鳥って珍しいから魔法使いがいないと手に入らないんでしょ?ねぇ、お母様、わたしは変な動物の話のが良いわ。それにメイドが王子様と結婚できるわけないわよ」


「うふふ、そうかもね。でもその方がロマンチックじゃない?愛って感じがして」


 そういってお母様は笑いました。お母様は足が悪いので身体を動かす遊びは出来ませんが刺繍をしたりお話を作るのが上手でとても優しいからニコラたちは大好きです。   


 おっとりしていて夢見がちなのでたまに心配になりますがお父様はそんなお母様のことをとても大切にしています。胸にきらりと光るとても大きなサファイアのペンダントはその愛の徴でした。そして、ニコラとルイーズはお母様に寄りかかって新しいお話をねだり始めました。

念願の異世界恋愛を書きました。評価や感想をいただけるととても嬉しいです。

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