あれ、今日って何日?
心地よい朝。夏休み。まだ涼しい朝にカーテンを開けて、パジャマの裾を撫でるように窓から風が挨拶をしてくれる。
二人、三人は余裕で横になれる豪華なグランドベッド、清潔なタオルケット、整頓されたクローゼットの中。
両開きの扉の外からノックが三回聞こえ、静かに開いたその隙間から白ひげを鼻の下に生やした執事服の老爺が顔を出した。
「おはようございます黒お嬢様、白お嬢様」
黒「じぃじ~おはよ~」
白「……おはよう……」
じぃ「どうしました白お嬢様」
白は、自分から起き上がろうとするとベッドの縁から手を滑らせてしまう恐れがあるため、誰かに起こしてもらうまで寝たきりだ。いつもなら元気に挨拶を返してくれるのだが、今日は一層顔色が悪い。
白「よく覚えてないけど、夢見が悪くて」
黒「白、夢見れるの?」
白「どうしてだろう、まったく知らない場所にいた気がするの……」
じぃじと黒は顔を見合わせて眉の間にシワを寄せていた。
じぃ「お先に朝食へ。私がお連れします」
黒「う、うん……」
乱「あれ、白は?」
黒い絨毯が引かれた階段から降りようとしたとき、後ろからボサボサ頭の乱記が部屋から出てきた。彼女だけは一人部屋で過ごしている。
黒「なんかゆめみ? が悪かったらしくていま部屋でじぃじが見てくれてる~」
乱「ふーん、変なの。そもそもあいつ夢みるとかっていっても景色わかるの?」
黒「う~んずっと見えないもんね、空想の材料もないし」
乱「どんな夢だったんだろうな」
ケケケと笑いながら階段を先に降りていった。
嫌な夢だったのは覚えてる。
人が死ぬ夢。怖かった。
落ちようとするその子に向かって私も手を伸ばしいたけど、届かなくて。もう一人が横から手を伸ばしたのも見えた。でもその人が一緒に落ちていくのをみたような……そんな記憶がある。
すごくモヤモヤして。
はっと目が覚める。珍しく教室で寝落ちてしまっていた。夜更かしすることもなにか眠たくなることもしてないのに。
iaは橙色の水彩に塗られた教室の中で、たった一人で目が覚めた。持っている携帯をバッグから出して電源をつける。
『5月24日16時57分』
寝ぼけ眼で見た携帯の画面は、現実をピクセルで淡々と並べていく。
ia「……………………うそっ」
この学校は最終下校時間が午後5時。現在三分前。教室は藻抜けの殻で、忘れ物さえもなにもない。iaは急いでバッグを持って階段を駆け降り、花畑に飛び込んだ。
ツキガセ「むむっ……これは閉じ込められたってやーつ?」
定時制の授業も時間的にはとっくに終わっていて、すでに日もすっかり暮れ、学生はもう家に帰っている頃だというのに、彼女はいまだ学校の中に居た。先ほどヨネクラと一緒に学校を出て、近くの飲食店で談笑していたはずなのだが……。
ツキガセ「あれ~なぁんでここにいるんだろ……」
コツン コツン
ツキガセ「……誰かいるよなぁ……でもこの時間いるはずねぇんだよなぁ……」
あ、そういえば屋上に住んでる奴がいるっけと思い出したが、足音が妙に高い。ブーツの足音ではなく、ましてや運動靴でもない、ハイヒール。
ツキガセ「おうおうおうおうおう、サバゲーマーなめんじゃねぇーぞ……」
威勢を張るが、腰を少し落として踵を上げ、とっさに移動できる姿勢をとって、背負っていた楠んだ水色のリュックからなにかを取り出した。明らかに銃刀法違反で、柄が木目のフィレナイフを鞘から振り抜く。高校生が持つ代物じゃない。持ち手には親指一本通るぐらいの輪っかが刃の接続付近にくっついている。そこに人差し指を引っ掻け、くるくると回して辺りを見回す。
だんだんと目が慣れてきて、ここがどこかわかる。工場前、自分達が使う工場のシャッターがなぜか全開になっていた。
ツキガセ「先生が閉め忘れるはずがない。警報なるし……でも鳴ってないし。この時間は……いやだな、なにか絶対出るってむしろ音してるし」
そんな独り言をほざいていると、後ろから微かな呻き声を聞き取る。
ツキガセ「そーいやー……工場ってさ……七不思議あったよな……?」
恐る恐る振り替えると、そこには見慣れた道具が微かな光に反射して存在を示していた。旋盤で材料をチャックという加工位置に取り付けるために使うチャックハンドルだ。……しかし
その次の瞬間には、その空間には誰もいなかった。