額縁の向こう側 【月夜譚No.10】
絵画を見て回っていると、様々な物語を覗き見しているような心地になる。静穏な館内では余計なことを考えなくて良いから、ついつい想像力が羽を広げてしまう。
あの簡素なドレスを着た婦人は、きっと恋人からの手紙を読んでいるのだろう。これから彼に会いに行く算段をするに違いない。あちらの飛び交う妖精達は、森の主を讃えて踊っているのだと思う。その歌声はこの世のものとは思えない程美しい響きを持つだろう。
一つの作品の前で足を止めてはそんなことを考えて、一頻り楽しむとまた次の絵画に目を向ける。夢中になってそれを繰り返してふと気がつくと、いつの間にやら日が暮れてしまったらしい。誰もいない回廊の窓から差し込む橙の光を見遣って目を細める。
さて帰ろうかと踵を返したその時、何かが視界の端を掠めた。それを追って首を振り返らせると、透明な羽をはばたかせた小さな人影が回廊の曲がり角に消えていくのが見えた。
私は微笑を零すと、そのまま出口へと向かった。