9.地下墓所 ②
会話多めです。
1/27 誤字修正。
「……で、あなたは一体?」
『ぬうぅ、急に落ち着くな驚くだろう?!』
「感情を整えるのは得意なので」
『ああ、そうか』
ひとしきり驚愕に叫び終えたナインが、その余韻すら感じられないほどに素に切り替えて問い掛ければ目の前の亡霊からツッコミが送られた。
半透明でノイズの乗った映像の様に浮かんだ、眼鏡をかけ白衣にも見えるローブを着込んだ老けた人物。しかしながら頭部に生える角や足元に伸びる尾から、常人では無い事は一目でわかる。
その特徴から、竜や蜥蜴と言った印象を受けたが迂闊に口にするのは避けた。万一に種族として気にしている事でも言ってしまっては、まずいと思ったからだ。
「……むしろ此方から名乗るべき、だね。私は赤の他人で、ナイン」
『異邦人だったか。なるほど、なるほど』
「驚かないの?」
『なに、儂が――ドゥームと言う。――生きていた頃にも居たでな』
「へぇ……」
忘れていたと名乗ると返される相手の言葉に、ふと考えさせられる。亡骸がここまで朽ちる時間だけ前と言うと相当前なのか、と。
そしてこの『Stranger Online』では、プレイヤーは異界からの異邦人扱いだ。それもそのはず、死んだら命を失う可能性が猛烈に高いNPCと違って、プレイヤーは安易に復活出来るのだから。
むしろ化け物に思われても、仕方が無い事だろう。そう陽臣は思っていた。
「で、そのドゥームさん。どうしてこんな所に?」
『は、は。ブレないな』
「もう迷路で散々な目に遭った後、まさかの亡霊でメンタルリセット出来たので」
『そうかそうか。大変だったな……』
再度聞き直せば乾いた笑いを送られたので、自らに刺さる皮肉を返す。いやむしろ自爆を。
その言葉に同情の声音を感じるあたりこの人物も、落とされ迷った同士なのかと思ってしまう。
『かく言う儂も、この遺跡の調査に来てすぐに落とし穴へと墜ち迷路にて疲れここで力尽きたのでな』
あ、仲間だ。
「という事は、勝ちましたね」
『なにおう!?』
「私は生きてここまで辿り着いた、あなたはお亡くなりになってる。つまりそういう事です」
『ぐっぬぬぬぬぬぉう!?』
「……ふふ。でも疲れてしまいましたから、少しここで休んで行きますよ」
『……ぬ?』
亡霊に勝ち誇った笑みを向ければ年甲斐もなく悔しそうに地団太を――あ、足が有る――踏んでいる。
その姿につい笑みを誘われつつ一息つき、違う笑みを零しながら亡骸の隣へと座り壁へと背をつく。
「仲間入りする訳じゃないので心配しないでください」
『それは良いが……何もこんな所で休まなくとも……』
「休憩に場所は関係無いでしょう。それに、先達とお話するいい機会ですし」
心配そうにこちらを見やる彼に告げれば困ったような、しかし嬉しいような感情が綯交ぜになった表情を向けている。
この人は一体どれだけ此処で後悔を重ねていたのだろう。ただ死ぬだけでなく亡霊になった位の想いが有ったのだろう。
そう考えてしまうと、少しの寄り道も良いのではないかとナインは思ってしまっていた。
□
半時間ほどの間、ナインは彼の話を聞いていた。
無論待たせてしまうであろうヒューイへとこっそりメールを送りつつだが。
聞くところによれば、その見た目に違わず学者をしていて考古学を修めダンジョンを廻っていたらしい。
謡うように語らう彼の物語には惹き込まれるものが有った。
時には極寒の海に浮かぶダンジョンや、獄炎の山の元を降りるダンジョン。鬱蒼と茂る大森林や朝日のみが差し射る渓谷といったダンジョンなど、ただただ電子の戦場に身を置いていた人間でも容易に想像出来るものだった。
そして同時に心のどこか片隅をくすぐられる様な、駆り立ててくるものが有った。
「無念、だった?」
『……』
だからだろうか、その言葉を紡ぐ口の端に僅かに見える諦めと悲しみについ、語り終えた彼に訊ねてみる。
声音に滲むその色がどういった物なのか、語り終えたドゥームに確かめてみる。
『無念と言えばそうだが、もう良いのだよ』
「……そっか」
『後悔を済ませる時間はたっぷりとあったからな』
「なら、ドゥームさんにしてあげられることは一つ、だね」
『してくれる事?』
「埋葬。骨は残ってるんだし、それ位報われてもいいんじゃないかな」
彼の言葉は嘘だ。未練や後悔が無ければ、こう亡霊になっているとは思い難い。それも悪霊では無いこんな存在と言うものは、なおさらに。
故に今口から漏れた言葉は、今この瞬間のふとした思いつきだ。
「ま。途中で諦めてしまうかもしれないけれど」
『は、は。その時は儂の見る目が無かったという事だな』
「それと運も、だね」
軽口に冗談を重ねて小部屋の中を談笑で満たす。
出会いとは真逆の小さな騒がしさが止むと、ナインの前にウィンドウが開かれた。
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Ex サブクエスト 死者の弔い
発行者:ドゥーム
内容:ワーズ墓所隠し迷路にて無念の死を迎えた亡骸を故郷へ運び埋葬する。
条件:なし
※このクエストは成否に関わらず一度しか発行されません。
報酬:????
受注しますか?
《Yes / No》
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「……良いんだね、私で」
『ああ、いいとも』
書かれている一文を読んでいく中で、ふと目線にそって動かしていた指が止まり、確認してしまう。
間髪入れない肯定に、苦笑いしてしまいながら《Yes》を押した。するとその様子を笑い飛ばされる。
『気負わずとも良い、疲れたならその辺りにでも捨てろ。少なくとも此処よりはマシだろうて』
「流石にそれは笑えないよ、ドゥームさん」
自分が『一般』に含まれない思考の持ち主だとしても、流石に死者の冒涜を好き好んでやろうものか。
などと軽口に苦言を漏らして居ればインベントリに骨壺が追加され、同時に彼の足元から粒子が泡立つように立ち上り始める。
淡い光がその数を増やすにつれて立ち上る箇所は上がっていき、光が湧かなくなった足はすでに見えなくなっていく。
「じゃあ、お別れかな」
『ああ、そうだとも』
「ダンジョンの話、楽しかったよ。先輩」
『く、は。それは何よりだったぞ?後輩』
「お礼と知り合ったついでだし、一つ悪い事をしてしまおう」
『……?』
比較的楽しいと思えた時間の終わりが来たと判れば、今しがたの思いつきに生来の悪い笑みを浮かべて見せる。
向ける表情に腰の中程まで消えていくドゥームが首を傾げるが、気にせずに亡骸が有った場所へと手を伸ばしそこに残されていたボロボロの外套を手に取った。
「『Freedom War Frontier』でも、故人の遺品を連れ回す悪党だからさ。私は」
その言葉に眼を見開く彼に、ナインは言葉を続ける。
「あなたの外套はもう還る人には必要ないでしょ?だから、私の葬列に加わってもらうよ」
つんと鼻を刺す痛みを覚えながら、装備してもなんの価値の無い外套を片肩にかけ、呵う。
「異邦人の流儀で申し訳ないけれど、ね」
謝るつもりのない謝罪と共についつい苦笑を浮かべては、それを最後に彼に背を向け入ってきたのとは別の扉へと向かう。
「良き来世を」
『嗚呼、ありがとう。異界の客人よ』
消え行く声の主を振り返らないまま、出口の扉へとナインは手をかけた。





