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58.闘技大会・本選⑤



「さ、て、と……準備はおっけい、と」


 珈琲で割ったエナドリを飲み干し小さく息をついた陽臣は、身体を伸ばしながら自室へと戻りVRギアに触れる。

 軽い昼食代わりの栄養ブロックを食べ終えトイレは済ませ、体調は万全となっている……筈だった。


「……なるようになるかな」


 だが気分と表情は晴れないまま残念そうに呟き漏らした後、彼は電子の海へと潜っていった。。





『さあついにやってまいりました闘技大会決勝戦!トーナメントに参加してくださいました異邦人(プレイヤー)の中から、熾烈な闘いを勝ち抜いた強者同士の決着が今付けられます!』


 準決勝の第二試合?そんなもの彼の不動の勝利は揺ぎ無かったに過ぎない。


 ステージの様にも思える舞台の上へと上がれば、アナウンスと共に響く歓声に毎度のことながらナインは眉を顰める。

 その向かいには動じた様子を見せないアリソンが静かに佇んでいた。

 恵まれた体格に纏うのは白よりの灰色をしている鎧、そして背中に背負っているのは大振りの剣と盾。

 黒い鎧姿で臨んだナインと彼とは対比の様になっていた。


「よろしく、アリソンさん」

「おう」


 彼女は小さく頭を下げてからサーベルを抜き構える。

 そうすれば相対する彼も軽く頷き、大剣と盾を構え備える。

 双方ともに準備動作を終え、静かに試合開始の時を待ちつつ闘志を練り上げていく。


 こうなってしまえばやる気に欠けていたナインも、その全身を巡る血は粟立ち沸騰させ始めていた。



『本選第二試合!《Nein》選手vs《Alis0n-6》選手、開始――』

「おっと」

「ちッ」


 闘いの気配に興じているからか会場の熱気に中てられたのか、開始の合図で僅かに呆けた一瞬を突いて斬撃がナイン目掛け飛んでくる。

 それを辛うじてサイドステップで躱せば、忌々しそうな舌打ちが彼女の耳に届いた。


「ごめん、ちょっと注意散漫だったね」

「ああ、故に今の一撃で墜ちれば良かったものの……」

「流石にそれは勿体ないかな?」


 そう語り合う中で斬撃が、魔法が飛び両者へと向かい合うが有効打になる様な気配など無い。

 互いに盾で逸らし、弾き、躱す事でどちらも手傷を負うなどという事はなかった。


 前哨戦が終わればどちらがともなく距離を詰め、剣と盾を打ち合う。

 しかしながらやはりナインの一撃は速いが相手に比べ軽く、アリソンの一撃は大振りながら隙が無く重い。

 それでも、やり辛そうにしつつも彼女は真正面から切り結ぶ。


「此処まで隙が無いとは、嫌になる、ねッ!」

「そういうお前も、よく躱してくれるなァ!」


 お互いにアーツを使う暇もなく、至近距離で殴り合うように剣が何度も交わっていく。

 重い大剣の一撃を正面から受けず斜めから掬うように、時には横っ面を叩く様にして、致命傷どころか捉えさせないナインの動きにアリソンは次第に焦れ始める。

 だが彼と今のナインはカウンターを主体とする戦法を選んでいるが為にお互いの手をある程度予測でき、有効打を引き出そうとするフェイント合戦にも限りがある。


 わずかな剣戟の軌跡の変化、一撃の前に踏み込む足の向き、相手や剣先を見る目線――

 様々なフェイントやブラフの応酬を続けていれば、先に綻びを見せたのはアリソンの方だった。



「ッそこォ!」

「くぉっ!?」

「ちィ!?」


 斬り下ろしへの一瞬の対応の遅れを見てナインは刃を返しサーベルの刀身が跳ね上げさせる。

 しかしその一撃は仰け反るアリソンの胸元を浅く削るに留まり、逆に足元から掬い上げる様な横薙ぎのカウンターが繰り出される。

 苦し紛れに見えるもしっかりと胴体を狙う彼の反撃に、ナインは一度距離を取り更なる追撃を警戒した。


「あっぶな……そしてこれは真正面からじゃあ、硬くて抜けないね」


 追いかけるように送られる斬撃をナインは何度かステップで左右へ躱しながら苦笑する。

 双方共にPSは高いもののその質や方向性が違うが故に、ジャンルが一致していない彼女が様々な点で不利となっていた。


 曲がりなりにもVRでの経験やPSに関しては自信があるものの、彼女のそれはFPSによるもの。

 RPGのそれに手慣れている相手には通用しないレベルへと至ってきているのだろう。

 しかしナインにも築いてきたプライドというものがあり、自分のプレイスタイルを譲る気など毛頭も無い。


 サーベルを構え身に纏う鎧の内、手足のそれを装備解除して目の前の相手へと臨むナイン。

 その姿を見たアリソンは攻めの手を止めて低く腰を落とし、城塞の様に彼女を待ち構える。


「それじゃあ、ギア上げて行こうかッ」


 一言。自分に言い聞かせるように言葉を吐いて息を吸い、一息吐きながら身体を加速させる。

 しかしあと一歩二歩で互いの剣の射程内となる所で彼女は急制動をかけ、代わりに慣性のままに放られた小さな石がアリソンへと向かう。



――かんっ……キィィィン


「ッ!?」


 特に変哲の無いその石が勢いを失い地面へと墜ちると、猛烈な高音を放ち彼の体勢を揺らす。

 抉じ開けた隙へナインは緩く弧を描いて一度彼の隣を通過し、後頭部目掛け左腕の盾で殴りつけた。

 そのダメージは微小、だが崩れた体勢を更に崩した為に背中へと更に追撃を試みる。


 しかしそれは前に飛び退かれる事で躱される……が、余計に無理な姿勢となった故に追撃の手を緩めずに彼女はアリソンの背中を追う。

 その際一瞬だけ見えた彼の顔が笑っていた気がして、ナインの背筋に寒気が走った。


「ぜぇあぁぁッ!」

「ぉ゛っ、ふ!?」


 予感はどうやら正しかったようで、追撃の為についた勢いで突っ込んでしまったナインを、アリソンを中心とした衝撃波が吹き飛ばす。

 肺の中の空気が全て押し出される感覚に、彼女は焦り過ぎたと思うがもう遅い。

 無防備な所への攻撃によって何度か地をバウンドした後、回転しながらも体勢を立て直し追撃の斬撃の波から逃れる。


「(焦り過ぎたなぁ……なら――)」


 再び斬撃や魔法の応酬となる中でナインは後悔するが既に遅い。

 硬い防御の合間を縫ってダメージを重ねるつもりが、逆に重ねられてしまった。

 その事に動揺して居れば細かい被弾が増えて行ってしまう。


「更に上げようかァ!」


 吼えながら回復薬(ポーション)の瓶を放り投げ、サーベルの一閃で散らした霧の中を突っ切って再度ナインは吶喊する。

 距離を詰める間に飛ばされる斬撃は最小限の横移動で避け、牽制としての短剣の投擲をもって距離を詰めていく。


 そして大上段から盾を掲げて防ごうとするアリソン目掛け、勢いに任せサーベルを叩きつけ……手放した。


「ッシァぁぁッ!!」

「ぬおっ!?」

「《雷光招》ォ!」

「ごっ……!?」


 明後日の方向へと弾き飛ばされるサーベルには目もくれず、斬り付けた勢いのままに鞘を手にしたナインはアーツを使った。

 そして紫電を纏わせた鞘の石突による刺突を相手の胸元へと叩き込む。


 殴打と共に流される雷撃に怯んだ相手に反撃を許さないために、ナインは追撃をかけ続けていく。

 鞘による殴打で鎧の中の肉体を揺らし、比較的守りの薄い関節部へは蹴りを加えダメージを重ねる。

 しかし彼女が息が切らす頃までも耐え、立ち続けていた彼はHPを未だ四割も残していた。



「くっは。硬すぎでしょ……」

「ぐう……すまんが、それが取り得、なんで、な」

「……はあ、これが私の剣での限界か」


 肩で息をしながら飛び退くナインの言葉に、体勢を立て直し七割程まで回復されてしたアリソンの苦笑が返された。

 彼の言葉を聞いてか聞かずか、彼女は失笑しながら鞘を捨て両手に短剣を握る。

 そして鎧の装備を全て解除し身軽な軽装となり、右へ跳んだとフェイントをかけ距離を詰めて斬りかかっていく。


「だからといって、諦めちゃ楽しめないし……ねッ!」

「ほ。そう来なくてはっ!」


 アリソンの大剣の間合いの内に入り、ステップと足捌きでもってナインは斬撃と盾による殴打を躱していく。

 もう一撃でも貰えば挽回は難しい筈。

 故の短剣と打撃による連撃でもって彼に攻撃の暇を与えまいと、その場へと釘付けにするが――


「《震盾》!」

「わっと!?」

「貰ったァ!」


 不意に防ぐために掲げられていたアリソンの盾の下面が地面へと叩きつけられた。

 すると同時に極小範囲に広がる振動……それがナインの両足を浮かせる。

 脚を踏ん張れない空中で姿勢を整える隙も無く、彼の横薙ぎの大剣が彼女の胴を捉えてしまう。


「か……っは、ぁ……」


 二度目の強烈な痛撃にナインの視界は明滅させてしまいながら舞台を転がる。

 そして試合終了の管楽器の音が響き渡った。



『闘技大会決勝戦!勝者、《Alis0n-6》選手!!』




これで闘技大会編な二章は大半が終わりとなります。

後は多少の事後と……おまけが残っていますのでお楽しみに。

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