35.新たなる一歩に向けて
二章からは、愛梨視点も混ざっていきます。
ご了承ください。
日曜日の朝……と呼ぶには若干日が昇っている時間。
微睡みながらも半身を捩り目覚まし時計を見、熊城愛梨は目を覚ます。
「ふあ……」
欠伸を小さく一つしつつ耳にAR機器を引っ掛け電源を入ると、ぼんやりとした視界を機器がくっきりと補正した。
生まれつき眼鏡をかけても視力が上がらない彼女は、こうしてほとんどの時間にAR機器を装着し暮らしている。
彼女にとって、盲目にも等しい幼少を暮らしていた故に無くても困りはしないが……無いよりは有る方が格段に生活が楽なので世話になっている形だ。
のんびりと身支度を整えて、リビングへと向かえば――家族の姿はない。
漫画家の母は恐らく寝ていて、父は出勤している日だったはず。
残った兄はと言えば……僅かに珈琲の残り香が有る事から、朝には起きていたのだろうか。
寝起きの挨拶を出来ない寂しさと、一緒に遊びを共有出来る嬉しさの混ざった複雑な感情を胸に、愛梨は自室へと戻っていった。
□
「姉さんっ」
『ん、アリス。おはよう』
「おはようございますっ」
数分後、愛梨はアリスとしてゲーム内へログインした直後にナインへとチャットを送る。
するとすぐに返ってきた返答に、尻尾が有れば振っているような勢いで挨拶していた。
「姉さん、今日はどうします?」
『んーゆっくり調べものしたいんだよね』
「なるほど、じゃあ別行動ですね」
『ごめんね。夜にはどこか狩りでも、観光でもしよう』
「っはい!」
開いた音声チャットのウィンドウを閉じればアリスは数瞬悩み、冒険者組合へと足を向けた。
「教官さん、こんにちわ」
「おう、今日はどうした?」
組合へと向かったアリスは、依頼が提示されている掲示板も受付嬢のいる受付にも目もくれずに奥へと進み、訓練場へと繰り出していた。
そして入り口に佇む、NPCにも異邦人にも教官と呼ばれるいかつい男性に挨拶し、話しかける。
「少し相談をしたいと思いまして」
「相談?氷剣の嬢ちゃんがか?」
「あはは……それは止めて下さいってば」
真面目な顔でアリスが話を切り出せば、冗談が返されるので小さく手を振り怒って見せる。
しかし取り合ってくれないのは判っているので、そのまま本題を語り始めた。
「倒したい人が居るんです」
「どんな奴だ?人っつー事は魔物じゃあないのか」
「ええ、私の姉です」
「……姉妹喧嘩か?」
「違いますよ。単に力を示して、認めて欲しいんです」
「そんなに強いのか」
「今は……私の方が若干上だと思います、でも……」
「でも?」
「姉さんがこの世界に適応して、使い慣れた武器をもし手にしたら……勝ち目が有りません」
「そんなにか……」
切り出したのは、姉……ナインとの事。
相談するアリスは自分の為と兄の為、二つの理由でこの世界でナインに勝ちたいのだ。
ただ勝ちを求めるならば、今現在勝負を挑めば勝利を拾えるだろう。
だが、それは双方にとって意味の無いものだ。故に……ナインが本来の戦力を発揮した所で、アリスは勝ちたいと思っていた。
「どれ位強いんだ?その姉さんは」
「えっとですね、大抵の姿勢……吹き飛ばされている最中でも、射撃を当てたり」
「は?」
「《遠視》等を用いずに長距離からの狙撃を回避したり」
「うん?」
「二~三人に囲まれていても、結構余裕で撃退したりする人です」
「待て待て待て、なんだそのびっくり超人は」
「……姉さんは普通の人ですよ?」
「そんなの普通って言わねえ!」
その勝ちたいという姉の戦力……『FwF』時代の話を教官へと話せば、呆れた声は帰ってきた。
しかし普通じゃないと言われても、それがナインの戦歴故にアリスは首を傾げる。
「じゃあなんだ、嬢ちゃんはそんな姉に一矢報いたいと」
「出来れば二矢でも、三矢でも」
「つってもなあ……」
「具体的には、レイピアによるパリィと魔法の防御を強化したいんです」
「ああ、方針が固まってるなら、教えようは有るな?」
拳を握り胸の前で振るアリスに教官はあきれ果てながらも、特訓のプランを一緒に考えるのであった。
□
一方でアリスとの音声チャットを終えたナインはと言えば、丁度冒険者組合に居た。
現実での朝、ゲーム内で朝に受けた依頼を夕方の今に清算しに来た形だ。
組合の建物を出て噴水広場へと向かい、通り過ぎて図書館へと向かう。
建物の位置は組合で受付嬢さんに教えてもらい、視界の端のミニマップのアシストも有ってすぐに大きな建物が見つかる。
意外と市立図書館などの様に、中は広そうだと思いながらナインは中へと入った。
屋内へと足を踏み入れれば、心地良い古い紙の香りと埃の匂いがナインを出迎える。
いい雰囲気だ。そう思って居れば紳士服を身に纏った――アバター作成の時にお世話になったG82-99がそこに居た。
「初めまして、ようこそ古都図書館へ」
「初めましてです」
「当図書館についての説明は必要でしょうか?」
「お願いします」
正確には同じアバターの別の存在だったようだ。
この図書館の利用には身分証明書――異邦人の場合、冒険者組合などの登録証でも良いようだ――の他に、一万の図書カード発行料金が必要となるらしい。
また借りる場合には、一冊につき1,000から5,000ほどの料金が発生し、ゲーム内での一か月に当たる一週間が期限らしい。
そして延滞などはおこらない、自動回収のシステムが有るなどと意外と良心的であった。
ならばとナインはすぐに登録証と一万を差し出し、図書館の利用権を得る。
「ありがとうございます。早速ご利用ですか?」
「ええ。この世界の料理に関するものと、竜人……?に関する本が有れば」
「では料理の本でしたら奥から3番目の右端の棚に、竜人については少々判り辛い場所にありますので私がお持ちしましょう」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
「いえいえ、ではまた……」
遠くへ手を指し示す彼に頭を下げて、目的の本がある棚へと向かい……いくつか見繕った後、中央にある読書スペースへとナインは腰掛け読書を始めた。





