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32.新しい日常①



 古都防衛戦のあった土曜日の翌日、日曜日。


 誰かが部屋の中で動く気配があり、そして瞼越しに日光が部屋に入り込むのが感じられた。

 ……日光?


 という事は日の出の時間を過ぎている事になる。

 その事実が陽臣の急速に意識を浮上させると、半身を起こして辺りを見回す。


「……?」

「……あ」


 目についたのは普段より数時間早まっている時刻を指し示す時計と、カーテンが開けられ差し込む陽と、ベッドの傍で愛梨が固まっている姿。


「起きちゃいましたか……残念」

「愛梨?」


 屋内用の杖を片手に、起こしに来たのではなさそうな妹の様子に首を傾げさせられる。

 そしてふと、その事は置いて置いて別の事が気になって陽臣は問い掛けた。


「もう少しで昼か……朝はどうしたんだい?」

「朝食ですか……三人で、パンに適当な調味料を付けて齧ってました」

「……すまない」

「いいのですよ、たまには」


 苦虫を、文字通り噛み潰したような表情の彼女を見れば大体の事情は察せられた。

 大方誰もまともに調理をしない人類だ、料理しようとして失敗し、諦めたのだろう。


 その事に謝りながら愛梨の頭を軽く撫でれば、さらさらとした髪が指に絡んで心地良い。



「そうでした、早坂さんと私の方の客人が下で待っていますよ?」

「んお、もうか。というか今日か……」


 思い出したように手を合わせて愛梨が告げる言葉に、慌てて着替えようとしてしまう。

 あの悪友の事だ、約束は守れとばかりに昼食をたかりに来たのだろう。


「……なあ、愛梨?」

「何でしょう、兄さん?」

「着替えるから」

「ええ、お構いなく」


 部屋着を取り出してふと、部屋に留まったまま陽臣を見詰めている彼女を呼びかければ、鋼鉄の意思を感じる言葉を返される。

 だが兄としてはそういった禁忌を侵すつもりなど毛頭ない為、首根っこを掴み軽い愛梨の身体を部屋の外へと放り出して置いた。


「出荷」

「ああ、御無体な……っ」


 ドアを閉めるなり聞こえる言葉が悲痛だったので、手早く着替えて再び姿を見せる事にした陽臣だった。





「おっす、邪魔してるぜ」

「お邪魔してまぁす」


 悪戯猫。もとい愛梨を抱えてリビングへと陽臣が向かえば、ソファに二人の人物が腰掛けていた。

 一人はもちろん早坂圭。もう一人は……見覚えが無いが、声に聞き覚えがあった。


「ん。悪い、寝てたんだ……それで、そちらはやっぱり――」

「スプークこと、総長の一番部下の幽霊っすよーぃ」

「その声、だよね。リアルでは初めまして」

「初めましてっすよぅ」


 『StOn』での髪の色を黒に戻し、獣耳を廃した姿そのままという何とも小柄な相手に驚きながらも、頬が緩んでしまう。

 思えば数年は『FwF』では一緒だったが、こうして実際にこうして出会うのは初めて故に、変な感覚だ。


 軽く挨拶を済ませてしまえば、コーヒーの香りがリビングを満たしている事に気付いた。

 自分の淹れ方とは違う匂い。ただ銘柄は同じだ。


 愛梨を下ろしてあげてから、おそらく主犯であろう圭へと陽臣は問い掛ける。


「これ……圭が入れたのかな?」

「悪いな、勝手に道具借りてるぜ」

「いいよ、たまには誰かの淹れたのもいいかも」


 彼の座るソファの脇でそう笑いあえば、軽く手を打ち合わせキッチンへと向かい愛梨と合わせ二人分を追加で淹れる。


 そうしてコーヒーを口にしながらソファの背もたれに身体を預け、しばらく味と香りを楽しむ事にした。

 やっぱり人に淹れて貰ったコーヒーは、自分が作るのと違って面白い。



「さて、俺とコイツが来た本題だが」

「んぇへへ」


 圭がスプーク――本名は結崎怜と言うらしい――の頭をわしわしと撫でながら問題を切り出してくる。

 その言葉に陽臣は頬を掻きながら肩を竦めるしかない。


「解ってるよ。オーダーは?」

「へへっ、肉ならなんでも」

「じゃ、ハンバーグなんてどうっすか!」

「良いですね、じゃあ私もそれで」

「昼間から重いモノ頼むな……」


 いつの間にか登校中の昼食の弁当の筈が、昼食になった事も呆れるが……それも夕食に食べる様なものを求められて更に呆れた。

 とはいえ、勝負に負けたのは事実なので陽臣が作る事には変わりない。


「あと細かい注文はないね?」

「ないです」

「ないぜ」

「ないっす」

「そっか、なら……材料、買い足してこないと」


 ざっと四人分、昼食で軽めにとはいえ陽臣の知る限り冷蔵庫にあるストックでは対応しきれるものではない。

 故に、必要な食材を計算していると――


――ぴんぽーん


「ん、じゃあ三人とも。大人しく待ってるんだよ」

「「「はーい」」っす」


 玄関のインターホンが鳴らされたチャイムが聞こえる。

 誰だろうかと思いながら、ソファで戯れ始める三人に声をかけて玄関へと向かう。



「……女の子?」


 陽臣が玄関でのぞき窓を見れば、丁度愛梨と同じ位の大きさの女の子の姿が有った。

 表情に乏しいように見える栗毛の彼女……もちろん見覚えが有る訳もなく、とりあえず扉を開けてみる事にした。


「えっと、どちら様……かな?」

「熊城、陽臣さん、ですか?」

「そうだけれど……」

「木瀬、凛です。鍛冶師の……」

「……マージーさん?」


 問い掛けてみれば逆に名前を確認されたので頷けば、初耳の名前と聞き覚えのある単語にピンとくる。

 よく見れば背丈を少し伸ばして獣耳などを追加すれば、表情の乏しさ等からようやく同一人物だと理解出来た。


 しかし、陽臣にはなぜ家まで来たのかが判らない。

 住所を教えた覚えもないが……。


「あ。こちらには、ヒューイさん、が……。」


 あの野郎。




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