21.慌ただしさが一段落して
「話題のVRMMORPG『Stranger Online』が大好評で好スタート、か」
月曜日、正午。のんびりと高校の教室でスマホにてニュースサイトを眺めていれば、目に留まった文字列に一瞬視線を止める。
様々なニュースに目を通し最低限の時事情報を仕入れ終れば、スマホをしまい昼食に持ってきた弁当を開き――
「お、陽臣。晴れてるのに教室に居るの珍しいじゃないの」
「たまには、ね。あと流れるように私のおかずを盗ろうとしない」
「ちぇ」
空いていた前の席に座り、中身の見えた弁当箱の中からおかずをかっさらおうとした圭の手首を掴む。
彼の言う通り、昼食は基本屋上で食べるのが陽臣の常だが……今日は違っていた。
「少し疲れたからね」
「おいおい、月曜日だぜ?」
「理由は判っているくせに」
「ははっ、そうだな」
陽臣がぐったりとしているのは、主にFPSのプレイヤーだったためにRPGのシステムに慣れない所からだ。
それを丸二日ほど、精神的に疲れない筈がない。
苦笑する圭がおにぎりの包装を解いていくのを眺めながら彼用に用意したタッパを滑らせて渡す。
「ほら、圭の分」
「お、さんきゅ」
「それで、何かゲーム内で変な兆候でもあるのかな」
「どしたの、いきなり」
「……ユウが薬草集め始めた」
「それで北の森に行ってたのか」
陽臣が圭におかずを提供する時は、決まって情報が欲しい時だ。
故になにか有るかと探りを入れてみるが……。
「そうだな……ゴブリンの数が減ってきた位、か?」
「狩り過ぎ?」
「じゃないか?」
どうやら、彼も明確な情報を持っていないようだ。
ならば仕方がないと、肩を竦めながら昼食を口に運んでいく。
そしてそんな様子を珍しそうに見るクラスメイトの視線の中、時間が過ぎて行った。
□
「さて、と」
ところ変わって夕食や入浴などを終わらせたゲーム内、ナインは昨夜ログアウトした北の森を軽く歩き回ってから古都への帰路についていた。
その際、スプークに頼まれていない草木系のアイテムも入手しては、色々な使い道を想像して楽しんでいた。
途中で襲い掛かる雑魚を蹴散らしながら歩みを続けて行けば、古都に近いエリアに入った後からなにやら視線を感じる。
「……ふう、ん?」
懐かしい感覚に昂りそうになったのを必死で抑え、数匹で飛んできた巨大な蜂を両断していけば……その感覚が微妙にズレたものだという事に気付く。
息を潜めている事は確かだが、殺意や敵意と言った物が感じられない。しかしよく隠れている。
《危機感知》にも引っかからず、《気配察知》が反応している事からもナインの感覚は正しいモノなのだろう。
「どうしたものかな……ま、いいか」
考えても心当たりが無く、また一度古都へと早く戻りたいという思いも有って、不審な視線は無視する事にした。
その後、妙な感覚に背中を撫でられたまま古都の城門を潜ればその感覚は消え失せた。
「街の外だけのNPCなのかな、それとも……?」
「あ、ちょっとそこの人、いいかな?」
疑問に首を傾げながら大通りへと踏み入れた時、ふっと背後からナインを呼ぶ声がかけられた。
聞き覚えの無い声であったが、自分に向けられたものであるが為に振り向けば、案の定見知らぬ……青いネームアイコンなのでプレイヤーだ。
ざっくりと切り揃えた髪を後ろに流し紐で纏めた男性。
ただ身に纏っている装備がNPCの店売りのような無難なデザインでは無い。
つまりは……初心者では無い、生産職だろうか。
「私ですよね、何の用ですか?」
「失礼、ナインさん。俺はルーク、木工系の生産プレイヤーだ」
「これはどうも?」
「それで用だが、北の森へ昨夜到達したらしいが……」
「あそこのアイテムが欲しい、と」
「御明察」
ルークと名乗る彼がなぜ自分の名前を知っているのか、と思ったが頭上に表示している事と昨日のワールドアナウンスでバレバレだという事を思い出す。
で、あるならば……声をかけられた理由が理解できる。
「それは良いですけれど……二つ、その前に確認したい事が」
「なんだい、言ってくれ」
「まず一つは薬草とかの錬金系のアイテムはもう先約が居ますので」
「そちらは構わないさ、主に木工で使う木材や、蔦などといった物を欲してるから」
「ではもう一つ、それらを持て余さないレベルですよね?」
「ああ、これでいいかな?」
事前にスプークに渡す予定の物と被らない事を確認し、また本人が扱えないアイテムを渡してもと思ったが……彼もまた、26レベルと良い腕を持っている事をプロフィールウィンドウを見せて証明してくれた。
それならば、こちらとしても問題は無い。
「なら今私が持ってる物を見て貰いましょう。他にもあるなら、北の森へ寄った時についでに」
「そうして貰えるとありがたい」
通りの人の邪魔にならないように端へと寄れば、今日と昨日で手に入った木工素材をリストに纏めたウィンドウをルークの方へと流す。
倒木から回収できた原木や、適当に拾った枝にビッグトレントの素材も一緒に彼へ見せる。
「おいおい、エリアボスの素材もいいのか?」
「幾つかは手元に置いておきますけれど、少し位なら?」
「太っ腹だねぇ……」
木工で出来るアイテムは主に弓や杖といったものだ。あとは腕輪等にもなるが……現状、ナインにはあまり必要のない素材系統ではあった。
故に流石に購入させてくれるであろうアイテムリストに、ビッグトレントの素材が混ざってるとは思わなかった彼の苦笑が耳に入る。
その後、幾分かウィンドウとにらめっこしていた彼が操作を終えて返したリストを見て、トレードのウィンドウを彼に開き要求されたアイテムをインベントリから移していく。
「……今更だけれど、交渉をしないで良いのか?」
「不要です。見た所上から数えた方が早そうなプレイヤーの様ですし……」
「へへっ、そう言われると照れるな」
「ぼったりしたら、後でどうなるかなども良く解ってるでしょうから」
「……まあな」
揉めることも無くトレードのウィンドウに彼が代金を乗せたのを見て、同意のボタンを押すと苦笑するルークへ笑い掛ければ彼も肩を竦めて見せる。
きっと腕に自信のあるプレイヤーなのだろう。だからこうして良い素材を集めようとしたのだから……そういった意味では、初対面だがある程度の好感情をナインは寄せていた。
「ではこれで。あと他に必要な物とかは?」
「いや、これだけあればしばらく試作することが出来る。ありがとうな」
「どういたしまして。そちらも存分に楽しんでください」
「おう、じゃあ……」
――ぴろん
素材アイテムの売却が滞りなく終わった別れ際、彼からフレンド登録の要請が届く。
「お前さんなら良い客になってくれそうだからな、良かったらでいい」
「そういう事なら、問題ありません。ルークさん」
「呼び捨てでいいぞ」
「なら、私も」
あまり素直な性格ではないのだろう、若干挙動不審にも見えるように視線を彷徨わせながらフレンド登録を求める彼に、つい笑みを漏らしながら要請を受諾する。
フレンドリストに四人目の名前が載ったのを確認すると人混みの喧騒の中、軽く笑いあった後お互いに別々の方向へ別れ歩いて行った。