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2.セットアップ


 陽臣の意識が電子の海へと浮かび上がると、見慣れたエントランスの入り口に立っていた。


 ここはVRギアのホーム、ここからプレイするゲームを選んだりする場所だ。

 他にも映画を観たり音楽を聴くと言った事も出来るうえ、拡張パッケージで様々な機能を追加することができる。


「トリス」

「はい。ここに」


 電子の自室で名前を呼べば小さな光の玉が何処からか現れ、彼の前に浮遊する。

 この空間、陽臣のVRギアにインストールされた拡張ナビモジュールだ。簡単な指示や受け答え程度がこなせる程度ではあるが、有るのと無いのでは相当差がある。


「トリス、つい先ほどインストールされたデータの詳細を」

「13分ほど前のものについて、ですね?」

「なにか贈り物だとか」

「なるほどそれで」


 妹が贈り物と称したものを確かめようとすれば、トリスは納得したような音声を返す。

 それで、とはどういう事かと首を傾げていれば、明確な返答が伝えられた。


「贈答用のゲームコードと、メッセージでした」

「メッセージ?なんて言ってる」

「開きますね……『一緒にやりましょう。チュートリアルが終る場所で待ってます』……だそうです」


 彼が目の前の空間に浮かんだウィンドウを見れば、『Stranger Online』というタイトルに加え、何かの特典コードのようなものがインストールされているのと、一通のメールが届けられていた。

 トリスの読み上げるメッセージを聞きながらメールを検めてみれば、確かにそう書かれている。


「全く……わかった、ありがとう……いや待って」

「どうされましたか?」

「このよく判らないコードはなに?トリスなら判る?」

「少々お待ちを…………はい。ゲーム内で入力するコードのようです。アバターデータの様で、入力済みとなっています」

「アバターデータ?」


 ますます意味が解らない。

 しかしながら、私を元気づけようとゲームに誘うという妹の意思ははっきりと伝わった。


「しょうがない、やるだけやってみよっか」

「では起動を?」

「ああ。やってくれ」


 どうなるかは出た所勝負だろう。

 そう思う事にして陽臣は『Stranger Online』を起動した。





 軽快な電子音が流れたかと思えば、何の違和感もなくタイトルと扉が表示される。

 こういうタイプか。そう思う陽臣が先に進めばログイン画面が表示されたので、その場でアカウントを作り次へと進む。


「はじめまして陽臣様。ようこそ、『Stranger Online』へ」


 IDとパスワードの入力を終えると、いつの間にか目の前に執事とメイド、といった風体の男女が現れる。

 どちらも整った容姿や身なりから冷たい印象を受けるが、その表情は朗らかなものだ。

 トリスのような簡易なプログラムでは無く、高度なAIでも使っているのだろうか。よくよく観察してみれば細かく瞼が動き胸元も呼吸で動いているかに見える。


「我らプレイヤーのアバター作成やチュートリアルなどを補助させていただくAIで、名前をG82-99と申します」

「丁寧にどうも。RPGは初めてだから、よろしく。」

「よろしくお願いします」


 軽く陽臣が頭を下げれば、見事な一礼が返される。

 ふといつもの調子でトリスにするような扱いをしそうになる彼だが、一個人として接した方がいいのかと考えを改められる。



「じゃあ済まないけれど……やらなければならない事を順に教えて」

「はい。まずは『Stranger Online』内で名乗られる名前、種族とスキルの選択、アバターの編集をお好きな順番で決めてください」

「へえ、選べるんだ。じゃあ名前から」

「わかりました」


 大抵ゲームというのは名前の入力から始まるものだと固定観念であった彼だが意表を突かれる形となった。

 気を取り直して目の前に浮かんだウィンドウの中から、キーボードの形状のものを手繰り寄せては手早く入力を済ませる。


「《Nein (ナイン)》……こちらでよろしいですか?」

「ええ、それでお願いします」

「……確認しました。重複の登録や禁止事項への抵触もございません、了承されました。以降はナイン様とお呼びします」

「……入力欄が1つしかなかったけれど、苗字……ファーストネームやファミリーネームとかの扱いは有る?」

「そちらはゲーム内で取得、設定する事が可能であります。ナイン様」


 ふと使い慣れたネームではなく、今この場で思い浮かんだ一つの単語を打ち込み確認を取った所で、ふと気になったことが浮かび上がった。

 しかし他愛もない疑問がすぐに解決されて、苦笑しながら陽臣は次のウィンドウに手を伸ばす。


 無数の小ウィンドウが付属したそれを目の前まで引き寄せれば、目の前に現実の自分に近しい姿が表示される。


「ナイン様。ギアに登録されたあなたのデータと、現在習得したスキャンデータからアジャストは完了しています」

「……いつの間に」

「呼び方を変えたあたり、でしょうか」


 彼が驚きに眼を丸めれば、AIの二人はごく自然に悪戯が成功したかのように相貌を崩す。

 こういった瞬間を見ると本当に人と遜色がない様に見える。実際その為に開発者は苦労したのだろうが……それはきっと報われているだろう。


「そしてすでにプリセットの入力がされたデータがあります、こちらを使用しますか?」

「あー……それなんだが、私が作ったものじゃないんだ。贈り物故に、中身を知らない」

「なるほど……?でしたら、データの確認を先に致しましょう。そのデータを使用するにしても、今から調整は可能です」

「助かる。君達の生みの親に感謝だな。」


 純粋な感謝の言葉が陽臣の口から漏れ出せば、二人の眉と口元が先程以上にが緩む。

 そして表示されたデータに、彼は呆れから数分思考停止した為に身動きせず。喜びを感じていたAIがそれを見て慌て、心配すると言った奇妙な光景がそこにはあった。





「済まない、G82-99」

「いえ、とんでもありません」


 ようやく陽臣の思考回路が現実を直視出来る様になってから、多少の調整を終えてアバターの編集は終わった。

 その際も、最終確認の[Yes]のボタンを押すのに十数秒の躊躇が有ったのは、まだ衝撃の余韻が抜けきらなかったからだろう。


「次に種族とスキル、だったよね」

「はい。こちらの中よりお選びください」


 若干まだ唇が震える感覚の抜けきらぬ中、最後の設定項目へと手を伸ばす。

 ざっと見ただけで大まかに数種。その元に幾つかの亜種や派生が含まれていてこの時点で選択肢は豊富と言える。


「人間にエルフにドワーフ……ほとんど亜人系なのか」

「そうですね。あとはデメリットもありますが妖精や人外などの選択肢もあります」

「……流石にそっちはパスで。無難に人間でいいよ」

「畏まりました」


 魔法や弓といった遠距離に優れたエルフも魅力的ではあるが、打たれ弱いイメージから除外。逆に頑丈で近接戦闘に秀でているドワーフは、それはそれでいいがなにか心動かされない。

 獣人に至っては見ている分には構わないが、自分がとなると……人外同様に選択肢から外される。


 つまり陽臣には、消去法で人間しか選択肢は残されて居なかったのである。無難でいい、平凡でいい。そうやんわりと彼は考えていた。



「では初期スキルを選択してください。10つまで可能です」

「わかっ……あれ、すでにあるコレは……?」

「……? ああ。それはプレイヤーに合わせて送られる初期特典のようなものとお考え下さい」

「あ、はい。じゃあ……」


 スキル。正直FPSでも多少は存在したそれらが無数に表示されると、めまいがしてしまいそうになる。

 自分のプレイスタイルに合ったスキル、そしてそれらの組み合わせが有るのだろうが――





「……うん、これでいい」


 簡易的な説明が閲覧出来た為に、少々時間が掛かってしまったがなんとか無事に終える事が出来た。


「こちらで決定してよろしいですか?」

「はい、この通りでお願い」


 選んだスキルは《剣術》《盾術》《身体強化》《スタミナ強化》《魔法耐性》《偽装》《看破》《探知》《歩行術》《装備変更》と、初期からあった《投擲》《射撃》の12つ。


 戦闘のためのスキル、パッシブのスキル、便利そうなスキルとバランスよく纏まった……筈である。



 これで設定は終わりか。そう陽臣が思っているとG82-99が言葉を連ねた。


「申し訳ありません、まだお済みでないいくつかの設定をお願い致します」

「設定?」

「セクシャルガード、痛覚制限、描写制限の三つとなります」

「接触に関してはフレンド?そういった機能で設定できる?」

「はい、可能です」

「じゃ、それで。描写と痛覚は両方なし、ありのままで」

「畏まりました、ナイン様」


 これらは彼にとって他のゲームでも見慣れたものだ。なので今までプレイしてきたゲームと同様に設定する。


「お待たせ致しました。これにて全設定項目の肯定が完了となります」

「ああ、終わりなんですか」

「ええ。そして最後に私達から助言を」

「?」



 今度こそ終わったと背を伸ばす彼に今迄以上に厳格な雰囲気を纏う二人が、言葉を紡ぎ出す。


「この先の世界はあなた方プレイヤーと同様に、確かに生きているNPCが暮らしている世界です。他のプレイヤーとのマナーなどもそうですが、彼等NPCの心情などにも配慮したプレイをお願い致します」


 重い言葉だ。

 実際は電子の海の中の一束の文字列に過ぎない彼等も、今こうして目の前で受け答えをしていると人と何ら変わりないものと思えてくる。

 それ故の忠告だろう。


「わかりました。二人を見ていればそう思えますよ」

「――では、貴女の冒険に幸有らん事を。ようこそ、新たなる異邦人!」


 自然と零れた笑みに安堵するAI。本当に彼らはAIなのかと疑いたくなる、それ故に私の笑みも自然のものだったのだろう。

 祝福のようで、歓迎のようで、喜びに溢れた言葉に送られて、視界が真っ白に染まり――



……

………



「あ、そういえばチュートリアルですよね」

「言わないでください、ナイン様」


 見送ってくれた親切なAIと、約10秒ぶりの再会を果たした陽臣であった。




リアルで高性能過ぎる故にポンコツなAIは可愛いと思いませんか?

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