17.北へ
『Stranger Online』に誘われてプレイし始めた三日目。
軽く射撃場で慣らした後、昼過ぎにログインしたナインは遅起きのアリスと共にログインしていた。
からりとした古都の空の下、早朝から賑わいを見せる大通りに足を運べば、右に左にそれぞれの用事をもってして動く人々の流れに流されていく。
これが祭りごとでも有ればもっと賑やかになるのかとも思いつつ、二人は程よい雰囲気を楽しみながら歩いていた。
「そう言えば姉さん、魔法の方は上手くいったのですか?」
「ん、ああ。覚えられはしたけれど……準備時間に動けないのが辛いかな」
「移動詠唱や詠唱短縮が無いと、メインで魔法を使うには厳しいですしね」
「そう言った魔法系の方にも、手を出さないとだね……」
ふとアリスから切り出された話題に、昨夜は訓練場で試行錯誤していた事を思い出したナインは苦笑いを浮かべてしまう。
彼女に答えた通り、魔法の使用中は発動し始めから効果が及ぶまでの間に移動を含めた他の行動が制限されていた。
移動しながら出来ればとも思うが、現段階ではキャンセルされたり失敗扱いになるので諦めかけていたが……そういう方法もあるとは、考えの至らなかった自分にもつい呆れの苦笑が浮かび上がる。
「それはそうと……今日はどうします?姉さん」
「そうだね、アーツの練習もいいけれど……せっかくの日曜日でアリスと一緒だから……」
「一緒、だから……?」
せっかく一緒に、誘った本人と同じゲームをプレイしているのだから。
そう考えていても、どうしても今迄プレイしてきたゲームが血生臭いモノだけに、そちらに思考が引きずられかけてしまっていた。
頭を振って物騒な思考を切り替え、妹へと視線を向けてみれば……きらきらとした期待の眼差しが向けられている。
気まずい。非常に気まずい、すぐに代替案が浮かばずにナインがつい左右へと視線を彷徨わせていると――
――ぴろん
救いの手としてメールの着信音が聞こえ、恐らく彼女にも送られていたのであろうアリスと共に、ウィンドウを開き内容を確認してみると……。
『お二人に頼みたい事があるんですがねぃ』
などと言う文面から始まるスプークからの連絡に、二人は顔を合わせて苦笑した。
□
「わざわざありがとうっすよぃ。総長、アリス」
「大丈夫、問題ないよ」
「はい、どうしようか困っていた事ですし」
待ち合わせ場所に指定されていた古都の北門付近へと向かえば、小さく飛び跳ねるスプークの姿が二人を出迎えた。
「それで、頼みたい事ってどんな事?」
「それなんですがねぃ……ちょっと北へ行きたいんですよぅ」
「北?まさかアルゲンのほう?」
「アルゲン?」
「この古都の北にある街、いえ小国と言ってもいい所です」
「ですです。でもそこまででは無く途中の森に用が有る訳で」
早速彼女に呼び出された理由を聞いてみれば、聞きなれない単語が飛び出して首を傾げさせられる。
いやナインの予習不足という事もあるが、それにしてはアリスの反応には疑問が深まるが……それを聞くのは今でなくてもいいだろう。
「いやですねぃ、ちょっと質のいい薬草を仕入れておきたくて」
「MPポーションでも作る気?それとも中級回復薬?」
「そのどちらも、っす」
話についていけないと判れば、近くの壁に寄りかかりウィンドウを開く。
意外とこのゲーム、一部のウェブサイトへとゲーム内からアクセスできる為、ちょっとした調べものには便利な所が有る。
聞きなれない単語に検索をかければ……ベータテストでの情報がざっと表示された。
アルゲンとはこの現在プレイヤーの集う大陸の北部に位置するアルゲンルイムという都市国家のようだ。
林業と鉱物資源、後は温泉や雪景色を活かした観光が主軸の産業であるらしい。
そして推奨レベルは……
「最低でも40……」
今のナイン達の倍はある。
次にポーション系について調べてみれば、確かにスプークの口から聞いたものの材料は北の森と呼ばれている地域に群生しているようだった。
それぞれ、100程のMPと300程度のHPを回復するアイテムのようで、中級者とも言える25レベルあたりから必要になってくるらしい。
「そう言えば、まともに使ったのはボス戦ぐらいだったなぁ」
などと感慨に浸っていると、どうやら二人の間での話が纏まったらしい。
「姉さん」
「総長」
「ん、ごめん。判らないことを調べてた」
「だと思ったっすよ」
「それで、北の森へ行くことにしたのは良いのだけれど……」
「……何か問題でもあるの?」
「道中はこの三人なら楽勝ですけれどぉ」
「途中でボスが、居てね?」
「……それで?」
「推奨が30なんだよね、エリアボス」
ナインの視界が45度ほど傾いた。
□
エリアボスとは、大陸の各所にある街や都市を結ぶフィールドに点在し往来を阻害する門番のようなものらしい。
それでは通るたびに邪魔じゃないのかとも思うが、一度倒してしまえば戦わずに通行できるそうだ。
そしてただ冒険者を邪魔するだけではなく、その先に生息する強力なモンスターになすすべなくやられてしまう事の無いよう、実力を確かめる指標でもあるらしい。
つまりは、この先でも不自由なく行動できる実力を測る良い教師のようなものだろう。
なので決して、ボスの先のエリア有るアイテムが欲しいが為に無理をして倒す物でもない。
「なのに、行くんだね」
「そりゃ商機ですからねぃ」
古都を出発した三人は魔法使いのスプークを中央に、道を知っているアリスが先頭、側面や後方の警戒は最後尾のナインが受け持つ編成で進む事にした。
二人に守られる形でペースを合わせて貰っているスプークの言葉に、二人が苦笑する。
「それにしても、少しづつ植生も生態系も変わってきたね」
「ええ、この辺りから北の森まで結構鬱蒼としますよ」
「東の迷いの森よかマシですけどねぃ」
側面から飛び出してきたイノシシを斬り伏せながらナインが辺りを見てそう言えば、逆から襲い掛かるクマを返り討ちにしながら二人が答える。
推奨レベルがとっくに各々のレベルを超えて居ながらも、三人は会話する余裕があった。
「私、今ので21だね」
「こっちは22です」
「はーい、19でぇす」
「これなら、ボスまで行く頃には25まで行けるかな?」
「行けたらいいですけれどね」
「粘ってみますかぃ?」
多少強そうになって見えるウルフの集団を蹴散らし、大型の動物をも集中攻撃をもって撃退する。
その為に、各々多めに獲得できる経験値で順調にレベルを上げていた。
敵の襲撃に一休みが入ったころ、スプークが提案するがそれにナインが首を振る。
「……いや、今日ボスを倒すのであれば、まずは強行しよう」
「おや慎重な姉さんにしては珍しい」
「なんかあったりぃ?」
「テントはあったよね?なら一度ボス前まで行く。レベル上げはそこからでも、ね?」
「了解ですよぃ、総長」
「はーい」
一瞬真剣な顔で言葉を交わすも、すぐにいつもの調子で三人は笑い合う。
そんなピクニックにでも行くような足取りで、一行は更に森の奥へと進んでいった。
気付けば1000ユニークを超え、また5000を超える閲覧ありがとうございます。
またまだそのうち五名と言えど、高めの評価にも感謝しています。
本当に、ありがとうございます。