14.息抜きの事後報告
夕食に想定していたよりも辛くしてしまったカレーを食べてしまった陽臣は、手身近に食後の片づけを終えて入浴を済ませ、ベッドへと横になっていた。
そしてVRギアを付けて潜るよりも前にAR端末でもって幾つかの操作していく。
ちょっとした書き込みをした上で、先程のボス戦でのログを呼び出すと同時に、動画配信サイトの圭のページから映像を視界の端へと取り出す。
まず、今回の戦闘で得た経験値でもって戦闘前に迷路で17に上がったレベルは20まで上がっている。
上昇しすぎかとも思ったが、格上にソロで挑んだからこうなのだろうか、と思いつつ他の戦利品へとSSに眼を通して行く。
幾つかのドロップした金銭やボス素材と思しきもの――金属系の破片などの下に、いくつか目に留まる文面が有った。
《プレイヤー名 ナイン がワーズ墓所の隠し部屋を攻略しました》
《プレイヤー名 ナイン がワーズ墓所のボス ミルド を単独討伐しました》
一つ目のものはボス部屋前でヒューイと合流した時ではなく、ボス撃破時と一緒に流れていたようだ。
あの迷路を踏破した上でボスに挑まなければならなかったのだろうか?
そして二つ目に関しては言う事はない。
ただ、このアナウンスが他の表示と色が違った強調表示という事は、どうやらワールドアナウンスの類だったようだ。
しかし気にしても最早仕方がないので、その下へと目を流すと……
《称号:ラストスタンドを獲得しました》
《称号:ワーズ墓所攻略者を獲得しました》
どうやら何か称号を得ていたようだった。
字面からなんとなく理由は察せられるが……とりあえず詳細は実際にゲーム内で見る事として、VRギアを起動させることにした。
□
「さて、トリス」
「はい」
「準備は?」
「指示通りに」
VRギアのホーム、エントランスの一角へと陽臣が脚を向けてはナビモジュールを呼び出し、頼んでおいた事が熟されているか確認し頷く。
ならばと、エントランスから部屋の様に追加されているアプリを起動し中へと入る。
「変わらないな」
先程までと違い、近未来的な印象の無い灰色の建材が無骨に打たれた部屋。
奥へと細長い倉庫にも見える部屋の手前、電子空間だけに汚れたり埃が積もる事などはなくとも、感慨に耽って区切られたブースを撫でながらつい呟いてしまう。
彼が配信する際によく使うシューティングレンジにて、ちょっとした点検を終えてトリスのような小さな光を目の前に放る。
丁度目線より少し下で浮遊するそれを見ながら、手元に配信情報が流れるウィンドウを開く。
「じゃ、始めるよ」
『おっ』
『お』
『始まった』
「さて、初見は居ないだろうけどそうだったら初めまして。そうじゃない人らは久しぶり。私だよ」
事前に配信を始めた待機場所に配信開始前にぽつぽつと流れていたコメントが、その流速を速めていく事に眼を細める。
土曜日の20時、それも数分前の告知でよく視聴しに来てくれた人が居るものだ。
「とりあえず、積もる話はする気が無くって事後報告。タイトル通り手早く済ませちゃうよ」
『つれないねえ』
『そっけないねえ!』
『初見』
『けっこうひさびさ?』
『囲めえ!初見だァ!』
『ヒャッハー』
「囲まなくていいから、本題話すよ?」
懐かしい空気に頬を緩ませてしまいつつ落ち着いてくれなさそうなコメント欄を見て、おもむろに壁に設置されたハンガーから適当なライフルを一丁持ち出し、初弾を装填し配信カメラの光球を見たまま背後の的をぶち抜く。
頭上、配信画面に見えているスコアカウンターには10点が表示される。
『ひえっ』
『ひっ』
『うわ』
『あっはい』
段々と増えていくリスナーが静かになってくれた事に頷いて、ライフルをハンガーへと戻し話を続ける。
多少コメント欄が騒がしいが、終える位には落ち付いた。
「さて、突然だけれども私……『Stranger Online』をやる事にしました、というかやり始めました」
『ほう』
『へえ?』
『RPG?珍しいな気の迷い?』
『この前サービス始まった奴?』
『シューティングプレイヤーなのに大丈夫?』
『↑それそれ』
「気の迷いって酷いな。妹に誘われたんだよ」
意外に思われているのは自分でも予想出来たが、酷い言われように苦笑してしまう。
まあそれだけ私はシューティングゲームの配信や動画投稿して居た為に、仕方ないとも思うが。
そこからしばし流れるコメントがたまに妹に触れながら、ゲームの内容を視聴者同士で教え合っていく様子を眺め、キリの良さそうな所で話を切り出す。
「そこで二つ問題があって。皆は私のFPSやTPSのプレイを見に来てくれている事だと思う。でもこれからはRPGの動画や配信もしていく事になると思う、それが皆には迷惑じゃないかなと思って」
ふと配信しているヒューイを見て、自分もするのも良いかと思いながら一度踏み止まった理由の一つはここだ。
あくまで今までの陽臣とプレイするゲームのジャンルがガラっと変わる。その注意をしなければ、と思ったが……若干の非難はあるだろうと踏んでいたが実際に彼に掛けられた声は――
『良いんじゃない?』
『いいぞ』
『ええぞええぞ』
『たまには帰っておいで?』
『あんたのチャンネルだしなあ』
「帰っておいでって、もう『Freedom War Frontier』はないよ。……ありがとう」
同意や肯定、様子見のコメントがちらほらと見受けられる。
この分なら大丈夫だろう、第一関門は突破だ。
「それで、二つ目の問題なのだけれど、さぁ……」
『おう』
『ん?』
『不穏な空気』
『どうした』
『なんだなんだ』
『どした』
「……いやさ、妹にアバター貰ったんだけどね……女性のアバターなんだ」
『えっ』
『あっ』
『続けて?』
『お?』
『ほう?』
「だから、そういうのが嫌な視聴者も居ると思ったんだけれど……どうだろう?」
問題はこの二つ目だ。陽臣のナインは、俗にいうネカマというものに当たるだろう。
しかも、素でプレイして居ればボーイッシュなどで済むところを、悪乗りしてアリスの姉としてナインを動かしていた。
割とプレイ中にはノリノリだっただけに、思い返せば陽臣にとって恥ずかしいものだ。
なので、苦手とする人もいるだろう『Stranger Online』のナインが不評なら……そちらのコンテンツは止めるつもりだったが――
『いいじゃないか』
『一周廻って面白い狂いしてて笑う』
『嫌なら見なきゃいいもんな』
『総長の好きにすればいい』
『え……そういうチャンネルじゃないん』
『むしろ中身が女と思えばイケる』
『↑イケるなよ』
自分の隣に、キャラメイクの時に流れる様な感じにナインの縮尺似姿を浮かべれば肯定的な……肯定的でいいのだろうか?意見のコメントが流れていく。
途中幾つかの否定や拒絶といったものも見られるが……そこは配慮できる範囲は対応していく事にする。
「ならそのうち『SO』の配信をしていこうと思うよ。重ねてありがとう、皆」
小さな溜息と苦笑を漏らしながら、この結果の時に言うべきと考えていた事を陽臣は口にした。
その言葉に答える様な賑やかしや茶化すコメントに見送られて手元のウィンドウで放送の終了を選択し、深い深い安堵の溜息を吐き出す。
「はあ。とりあえずは……なんとかなったかな」
「お疲れ様です」
「ああトリス、ありがとね」
ざっと気になったコメントをピックアップし書き留めながらエントランスホールへと戻れば、かけられた声に手を振りながら陽臣はナインへと変わっていった。
ひえ……
総合評価100pt、また900以上の日間閲覧ありがとうございます。
バグとかじゃないですよね?と言う位に弱気に不安ですが、感想等を今後とも頂ければ幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします。