12.地下墓所 ⑤
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戦闘音が続いていた。
石造りの大部屋に断続的な鈍い衝突音と甲高い金属音が散発的に鳴り響く。
振り下ろされる大剣を、繰り出される大盾を避けるナインのインベントリにはナイフはもう無い。
そんなもの、ボスの攻撃を受け流す身代わりにして壊れてしまったか、ボスの腰の傷口へと刺さっている。
同様にポーションも攻撃を捌き切っていても、飛び散る石床の破片によるダメージの回復で既に底を突いている。
闘いの為に昂っていた精神も、久々のことで集中力が擦り切れてしまいそうだった。
「あともうちょっと、だと思うんだけれど、な……っ」
何度目か判らない突進を避け、すれ違いざまにボスの腰に刺さったナイフの柄を蹴り飛ばして跳ぶことで機動を変え、追撃を避ける。
残り一本のゲージを割らんとひたすらに打ち込み続け、残りの三分の二の所まで削ることが出来ていた。
現にその両手の動きも突進の勢いも鈍っている。
「なら少し、攻勢に転じなきゃね」
躱して逃げる為では無く距離を測るように弧を描き走り始めたナインがそう呟き――
――ゴォン
ナイフ以上の速度で何かを投げつけると、ボスの頭部へと吸い込まれるように当たり、鐘を鳴らすような鈍い音が響いた。
「っし、大当たり」
どうやらボスも威嚇や牽制に投げられるナイフの速度に慣れていたようで、別武器による《投擲》には対応できなかったようだ。
なので手早く《装備変更》で、次の投げ手斧を手に取る。そして動揺している隙にもう一本投げ付けて、ボスの兜を打ち鳴らす。
頭を揺さぶり明らかに怯んでいる様子から、有効打となっているのは間違いないだろう。
これならば、体力も集中力も擦り切れそうな私にも、勝機が見える。
「そーれっい!」
ならばと思い切って三投目を投げる。
その動作を視認したボスが大盾をナインとの射線上に構えるも――
――ガッゴァン
ボスの兜が二度打ち鳴らされる。
理屈は単純だ。ナイフよりも重い手斧を、直線では無く放物線を描くような軌道で投げたのだ。
それも二本を同時にではなく、一投目は頭上から放ち二投目は《投擲》のモーションが終る後ろ手で。
「意外と、ぉ。鈍ってない、かな?」
肩の具合を確かめつつ、確認する残りの手札は折れかけの剣一振りに手斧が五本。
反撃に繰り出される大剣を躱しながらボスのHPを見れば、半分を割って黄色になっていた。
ぎりぎり削り切れるか、などと考えるも集中力が結構に削がれてきている。
躱し切れない大剣の一撃に手斧を一本犠牲にし、耳を劈く金属音に顔を顰めさせながらボスが見せた隙を突いて距離を取る。
「でも……っは。は……はっ、ふ。きっつ」
本来なら、攻撃を受ける盾役にダメージを稼ぐ攻撃役、それに回復役が居て然りの戦闘で、そのすべてを一人でこなさなければならない状況を選んだ自分を殴りたくなる。
それでも呼吸は乱れ心拍は跳ね続ける中、少しずつナインの興奮は落ち着いていっていた。
残った手斧は四本。全て頭部へと当てればボスを倒すか瀕死にまで持ち込める。
しかしながら、相手以上に消耗が激しい今の自分では命中させるには気力が危ない。
様子見からか、ダメージの深さからか。距離を取ったこちらを窺うボスに何処か弱点は無いものかと観察するが、そう都合のいいものなど無く――
唐突にボスが少し高めの天井に届きそうな程の跳躍をしたことに、視線はついていく事が出来たが思考が追いつく事が出来なかった。
「は?……っちょ、ぉおおっ!?」
大剣とは比べ物にならない重厚な落下音と共に、着地したボスが起こした振動――もはや地揺れにナインの姿勢は崩れ、前のめりにつんのめったかと思えば戻ろうとした反動で後ろへ転びそうになり、片足が浮いてしまう。
一方、足場を揺らした当人のボスは構わずにナインへと大剣を振り上げながら迫る。
「冗談じゃ……ッ!?」
叫びながら崩れた姿勢を無理に建て直さず、そのまま後ろへ倒れ込んで地に手をつく勢いで身体を横回転させ、大剣の軌道から身体を逸らす。
が、ナインが避けた先に向けられたのはボスの大盾。
喉から掠れた空気を全力で吐き出しながら飛び退いては、流石に溜まらずに彼女も叫んでしまう。
「パターン変えるなら一本目割れた時にでしょう!?……あ」
その言葉と同時、半ば自棄で手斧を投げてしまう。
直線的な緩い弧を描いて飛んだそれは、大盾を突き出した体勢から今まさに立ち直るボスの元へと向かい――
――ガキンッ
「うん?」
『……??』
「……ふふっ」
ちょうどボスの側頭部、兜と鎧の隙間へと潜りこみその巨体を揺らす。
その様子に、ナインが崩れた体勢のまま動きを止めて相手を見つめ数秒……先程まで戦っていた巨体はどうと倒れ、先程とは逆の立場の状況となった。
目を瞬いた後、ボスのHPがまだ三分の一程残っているのを見て……倒していないなら削り切らなければ。そう思えば自然と立ち上がり、ゆっくりとボスの元へと歩み寄る。
眩暈を起こし倒れた人の様に、尻もちをついたまま後退る様を見ると嫌でもナインの嗜虐心が擽られる。
「じゃ、コレ借りるね」
『!?』
トドメを刺そうと剣を抜くも、もう一度二度斬り付ければ折れてしまうだろう。だからと言って手斧で殴りつけるのも芸がない。
思考を巡らせていると目に入った、石の床に放り出されている大剣と大盾を見て……笑みを深め口角を吊り上げながら大剣の柄をナインは握る。
自由に振り回すには当然の様に筋力が足りない。だが柄を持ち上げる事は出来る。
故に、ボスへ切っ先を向けたまま柄を握って持ち上げ、大剣越しにボスへと微笑む。
「じゃね。付き合ってくれてありがとう」
帰り道の挨拶ぐらいの軽さでボスへと声をかけると同時に、ナインは跳んだ。
棒高跳びの要領で大剣の切っ先を床に引っ掛けたまま、ボスの手前へと身体を低く着地し……遠心力と重力を、腰から脚に、膝に、踵へと通す。
全力で床へと叩き込んだ力で、今度は逆に足元から肩へと力を流していき――
「また今度!」
自身の肩を支点に、無理矢理に大剣を大上段に振り下ろす。大重量を振り上げる腕や肩も、それを支える膝にも猛烈な痛みを感じるが今は無視する。
そうして振り下ろされた自らの大剣を叩き込まれたボスは……轟音と共に鎧を二分に陥没させられ、先程まで動いていた手足が崩れ落ちた。
それと同時、重量を御せないナインも顔面から石の床へ叩きつけられて倒れ伏す。
「反省点は多いけれど……次回からの教訓って事で……」
粒子となって消えていくボスを眺めながら頭上にぴろんぴろんと連続する通知をお供に、ナインの初ボス戦は彼女の勝利に終わった。
不満な点は多い、問題点も見つかった。だが今となっては心地良い疲労感と全身の痛みと、焦燥の中で仰向けで寝転がる。
□
「お疲れ様、ナイン」
「ああ、ヒューイ。居たんだ?」
「うっわ、酷いじゃないのソレ」
「っはは、ごめん」
「これは後で慰謝料請求しないとな?」
「じゃ、昼の弁当でひとつ」
「くるしゅうない」
目まぐるしい通知が止んだころ、近付く足音に顔を向ければヒューイと彼に連れられた光球が近づいてくる。
どうやら律儀に見ていてくれたらしい。なので、少しは気を紛らわせる為にからかえば、いつも通りの言葉のじゃれ合いが始まり、苦笑しながら謝る事で収めておく。
「んじゃとりあえず帰りますか」
「ん、頼んでいい?」
「おう、ログアウトしたら覚悟するんだな?」
「……は?」
流石に回復薬も尽きた状態では自力で動く事もままならない為、ヒューイに帰路を頼む事にしたが――彼の言葉に、ナインはその意味が解らず首を傾げながら彼に担がれてワーズ墓所を後にした。
ボス戦の終了です。戦闘描写難しい……。
もう少しのお話を挟むと、一章の折り返しとなります。
後気付いたら評価を頂けて感謝です。良かったら今後も見て行ってください。