11.地下墓所 ④
だいぶ間が開いてしまって申し訳ありません、ちょっとぷらm…FA.Gの製作が楽しくって。
そしてちょっと予約掲載や時間差投稿を試してみようと思います。何事も試してみたいかな、と。
3/2 誤字修正。
ナインが石造りの広間を壁際から中心までのちょうど中程までに足を進めると、感じる重圧に眉を顰めた。
次の瞬間、背後で何か重い物を引き摺るような音が鳴り響き、肩越しに僅かに振り向いてみればヒューイの姿が見えなくなっている。
これで撮影出来ているのだろうか?などと気の抜けた事を考えメールを送れば『ばっちり見えてる』と返ってきたから大丈夫だろう。
苦笑しながら正面へ視線を戻せば、先程まで居なかったはずの存在がそこに立って居た。
鉄か青銅か、判らない程に恐らく風化し黒ずんだ変色の兜と鎧を纏い、床に刺さる大剣の奥に居る大男。
それが太い腕を組み、頭二つは高い位置から重圧と共にこちら睥睨している。
ふと使えるのかと思って《看破》を試みるも、レベル差でうまくいかないようだった。
「わぁお」
それらしい演出と対峙する相手の人外さに思わず声を出してしまいながら、ふと首を傾げた。
ダンジョンとしてゾンビやスケルトンと言った敵が出てきていた為に、同様に静かに死の気配を纏っているボスが相手かと思っていた事と、こうして対峙しているのに問答無用で襲い掛かってこない事。
その二つに驚きながらも、遭遇戦闘ではないならと、頭を下げてから剣を抜く。
すると応えるように相手も抜いた剣を眼前に掲げ、礼の形を取った後に構える。
『…………』
「――ふふ」
礼には礼を。そのスタンスに笑みが綻び、向けられる明確な殺意に口の端が攣り上げられた。
見えない兜の隙間から送られる視線にも、周囲へと張り巡らせている闘志の圧にも、敵を斬り伏せるという意思が伝わる。
だからこそ、ゆっくりと熱を帯びた血が全身へと巡っていく実感を得て、剣と盾を備えた両腕を緩く開いて私は誘う。
「さ、死合おうか」
『……ッ』
声をかけ一拍後、相手の頭上に二本のHPバーが視認出来たと同時に風を纏った巨体が迫る。
大上段から振り下ろされる大剣に左腕の盾を合わせるも、嫌な予感から接触した瞬間に腕を突き出し盾を傾ける事で、辛うじて斬撃を床へと逸らす。
火花を散らし石床を砕くボスの剣から飛び退いて距離を取り、昂り過ぎた熱を吐き出す。
「重いね」
一撃受け流した左手の感覚がじんわりと鈍い。
今度はこちらから、お返しとばかりにまだ大剣を振り下ろしたままのボスへ袈裟斬りにかかれば、相手の盾が邪魔しようと持ち上げられる。
故に手首を返し軌道をS字に折り曲げ、盾を支える左肘を狙う。しかしこれは鎧に阻まれて通らない。
Vの字に返す刀で角度を変えて打ち込むも、これも通らない。
「それに硬い」
見て判る盾だけじゃなく鎧も同じように硬い。今の二撃でもゲージの1ドット分でも削れたかどうかと言うもの。
しかも一撃を貰えば、恐らく待っているのはリスポーン。
攻めも守りも大幅に不利と言うものだ。
「――くは、はは」
嗤う。
変な気など起こさずヒューイと共に挑めば、楽だったろう。
そう言った邪推を笑い、こちらへと正対するボスを睨み付けながら……深く、深く、昏い息を吐く。
眼を開き、瞳を絞り、集中する。
攻撃を受けてはいけない。一撃は重いし防具も弱い。
攻撃を通さなくてはならない。一撃は軽いし相手は硬い。
楽しくなってきたじゃないか、私。
□
最初の一撃と盾での防御を終えてからボスは、挨拶は終わったとばかりに動作の区切りを入れず襲い掛かってきた。
こちらが退けば距離を詰めて大剣を振るい、無理に攻め込めば盾による殴打でもって迎撃を試みてくる。
ただナインも黙ってそれを許す事も無く、大剣の一撃にはその軌道を剣か盾でもって逸らし受け流し、殴打にはステップで躱す。
また出来る限り何度でも鎧や兜の上から斬りかかった。関節部の急所なども狙い、それでも弾かれる度に攻撃する場所を変えていった。
そんな応酬が数十度続いたところで、一瞬の集中の途切れで足をもつれさせ地に足が付いていない状態で、真上から盾の一撃を貰い叩き伏せられる。
「がッ……っふ」
軽く身体がバウンドする程の叩き付けによってHPが四割ほど持っていかれ、しかも両手を投げ出した無防備な仰向けにされた。
三半規管がシェイクされる感覚と肺から空気を全て持っていかれ、視界が明滅し目の前の景色が灰色に染まる。
その隙を逃される筈もなく大剣を振り下ろされるが、その風切り音を聞いて身体を転がして飛び散る破片と共に距離を取った。
なんとかボスの硬直が終る前に立ち上がれれば、ポーションを使いながら考える。
「関節は抜けそうだけれど、私の攻撃じゃ軽い。投擲用のナイフは言わずも同じ。きっついなぁ」
ある程度ボスの全身を剣で斬り付けた感覚から、やはり狙うべきは関節だという事は判る。
ただ間隙を打つナインの攻撃では軽く浅く貫き切れない。
PTを組んでいれば、誰かが気を引いているうちに重い一撃を叩き込んでの攻略が良いのだろう。
だが今はそれが出来ない。そう考えている間にもボスが次の攻撃にと迫ってくる。
「戦車でも相手にしてるような……うん?」
重装甲で一撃が重い相手。そんな姿にふと見慣れた装軌兵器が脳裏に浮かぶ。
そしてじっと相手の突進を見て、何か思いついたとばかりにナインは逃げずボスへと向かって走り出す。
「よ……っと」
ボスの袈裟斬りをもう一段速く突っ込む事でタイミングを外させ、間合いに飛び込めば繰り出される盾の下へと滑り込む。
石材の上に足と盾を滑らせるスライディングから跳ねるように飛び上がる中、比較的薄そうに見える膝の繋ぎ目を狙い振りかぶれば――
『……!?』
耳障りな金属の悲鳴と共に深々と剣筋にそって傷が付き、明らかにボスの肩が震えている。
火力が足りないのであれば相手に補って貰えばいい。
あれだけ重い鎧を着込んだ巨体だ。突進に乗った運動エネルギーは相当なものだろう。
これで手傷を与える手段も確立出来た上に、傷を抉る事で投擲もダメージソースとなる。
そして安易な突進は反撃を喰らうと判り、あの殺人的な突進の抑止力になる筈だ。
となれば、必然――
「やっぱ……こう、なッるよね!?」
盾を前面に押し出した接近からの連続した斬撃。
こちらが腰を入れた一撃が出来ないように、捌き切らなければならない近接攻撃の連続。
耳を劈く金属音と共に迫る大剣を弾き、躱し、隙を見てボスの傷痕へと剣を捻じ込む。
集中力を要求され続けて勝ちに急ぎたくはなるものの、此処で焦れば些細な積み重ねで被弾する事だろう。
だからこそ大剣と大盾から眼を離さずに、無理をしない反撃主体の戦闘を続けて行く。
体格も、腕力も、レベルさえも足りないのだから。
しかしその応酬も長くは続く事は無く、幾度と繰り返した受け流しをしようと盾を構えるも――
――ッギィン
左腕で支える盾が、割れた。
「ぁ」
ナインの口から間の抜けた声が漏れると同時、眼前に迫る大剣に慌て身体を捩り投げ出す様にして、余波でHPが削られながらもなんとか躱す。
集中力が切れるより早く、装備の耐久力の方が先に尽きてきてしまったらしい。
「どうしようか、困ったものだね」
盾を砕かれてもなお笑みを浮かべながら、残弾を確認する。剣の耐久値はレッドゾーン、ナイフが12本にとっておきが九本。
ボスの耐久力が判らずに攻撃を捌く手段の一つを失ったのは辛い。かといって諦めるという選択肢も存在しない。
『……?』
もはや余計な重量となった左腕の盾の残骸を放り捨てれば、ボスが訝しむような所作をして見せた。
その答えを示す様に、インベントリからナイフを装備して、緩く楽な姿勢で構え、投げる。
当然の様に弾かれるが、それによって出来た隙に肉薄し、再度左手にナイフを握りながら大剣の間合いの更に内側に潜りこむ。
振り払うように振るわれる腕を、左右で崩れた重量バランスを活かして棒高跳びの様に飛び越え、身体を捩じっては鎧の傷痕へ剣を捻じ込み、抉る。
「これはこれで辛いんだけれど――」
それらを淡々と、当たり前の様に回避と反撃を織り交ぜては後出しのカウンターでもって、ボスの傷口に何本も剣とナイフを突き立てていく。
振り下ろされる大剣を半身で避け、繰り出される盾に背を押し付け身体を回しながら懐へと潜り、ナイフで刺す。
刺さった短剣はそのままに手放し別のナイフを握り、次の機会には剣で斬り付けるのではなく剣の腹で刺さっているナイフの柄を叩き、深く深く抉る。
「――楽しいもんだねえ!」
チリチリと項を炙る緊張に見舞われて。普段閉じ気味の目を見開き、悦楽にナインは吼える。
よく見ればボスの持つ大剣の切っ先も戦闘開始時と違い揺れていて、心なしか盾の位置も下がっているように見える。
気付けば二本あるHPゲージの一本を割っていたようだった。
だがこちらも回復の手段は尽き、此処までもった剣も折れる寸前。
楽しい時間の終わりは、そう遠くはないらしい。