10.地下墓所 ③
――ズガンッ、ガッ、ゴゴ……
ダンジョンであるワーズ墓所の小部屋の一角、何もない壁面だった場所が人一人通れるほどの範囲が浮き上がり異音と共に開き出した。
「おっもい……」
ナインが隠し扉の重さに愚痴を吐き出しつつも、隠し通路から部屋へと出れた事に若干の安堵を浮かべていた。
そして部屋の中を見渡せば、今迄の小部屋よりも若干広く、右には金属で補強された重厚な木製の扉、左には上階への階段が見える。
「お前、どっから出て来てんの。ナイン」
「お、ヒューイ。三時間ぶり」
「軽いなオイ……」
状況確認をしていれば、少し横の壁に背を付けていたヒューイが目を見開いてこちらを見ている。
付近を浮かんでいた光球が見えないという事は生放送を止めているのだろうか?そして視界の端のPTメンバーの表示が元通りになった。
「でもその様子だと大丈夫そうみたいだな。心配して損したっての」
「ん、じゃあ待っていてくれた事や探してくれた事には、礼は言わないでおくね」
軽口に冗談を返せば肩を竦められ苦笑を誘われる。
安心出来る感覚を懐かしみながら、切り替えて話を続ける。
「それでさ、此処って地下三階なんだよね?」
「おう。最初は地下二階かと思ったけれど、このボス前の所で待ってた方が安全だしな」
「という事は、迷路のどこかで下に降りてたんだ……」
途中での考察が正しい事に辟易しながら、興味から近寄るヒューイへとマッピングした迷路を見せる。
すると重なっていた所を辿る彼の指が一点で止まり、僅かな直線部分を指した。
「ここだろうな。にしてもだいぶ広いな……」
「だよね。二時間も延々と歩いてようやくだから……」
「早歩きで?」
「強行で」
ヒューイのマッピングしたものと照らし合わせ、方位を合わせたおぼろげに全容が判るマップに頬を緩めていれば、彼から呆れたような乾いた笑みを向けられる。
苦手だからこそ早く突破してしまおうとして何が悪かったのかと首を傾げつつも、それ以上考えていても理解できないと理解しているので言葉を続ける。
「それでさ、ヒューイ。一つお願いしてもいいかな」
「おん?なんだよ、畏まって。遠慮せず言ってみれば良いじゃないの」
「ちょっとボスにソロで挑んでいい?」
遊びに行こうという様な調子で提案すると、何言ってんだコイツ?という表情が向けられた。
□
ボス部屋らしい重厚な扉を開けた先は開けた大部屋の広間になっていた。
一つのステージの様に見えるドームのような天井の中心が高い、床も壁面も一面の石造りの部屋で松明の灯りが今までの通路よりも断然に多い。
「なあ、ほんとにやんの?」
「ダメって事は無いでしょ?それに少しスッキリしたいし、さ」
「あーこりゃダメだな、スイッチ入ってら」
扉を潜った入り口はその円の一角からはみ出す形で、どうやら踏み込むとボスが出てくるらしくナインの目の前の空間はただの空き部屋にしか見えなかった。
呆れたようなヒューイの視線と声を背中に、再度装備のチェックや迷路でレベルが上がって得たポイントを割り振っておく。
とはいえ合流前に買い替えた剣と盾はまだしも、落とし穴で落下した時に防具の耐久値は消耗しているために気を付けなければならない。
最悪、被弾を許されない闘いになるかもしれないという事を考慮しておいた方がいいだろう。
後は回復用のポーション数個に投擲用のナイフと奥の手、万全ではなくとも現状では最善に近い。
「ん、じゃあ逝ってくる」
「おう、リスポーンしたら頑張って戻って来いよ」
「それはキツいね」
「そんときゃ、のんびりと雑談でもして待ってるさ」
準備を終え振り向いたナインの視界には、ニヤついたヒューイの意地悪な顔が目に入る。
そして彼が中空でなにやらウィンドウを操作すると、見覚えの有る円錐が含まれた光球がこちらに向けられた。
「……そのカメラは?」
「そりゃナインの初ボス戦だし、記念に?」
「なら後でアーカイブ頂戴。事後考察に使うから」
「律儀だねえ」
どうせ収録するのなら後々にどう動いていたのか、此処ではこうすべきだったという考察に使わせて貰うとする。
ダメと言われても彼のチャンネルの放送の履歴を覗かせて貰えばいい。
そしてふと、それなら彼と同様にFPSの対戦放送やキルモンタージュを投稿していた自分のアカウントを思い出す。
「と言うか、それなら私のアカウントでもやればいいのか」
「まあ今度からでいいんじゃないの?」
「それもそっか。後で告知の動画、挟んでおかなきゃね」
首を捻りながらやることが増えた内容をメモしてAR機器へのメールに送り終えては、ヒューイに背を向ける。
ついでに彼とのPTを離脱して解除し、準備は整った。
「楽しんで来いよ」
「もちろん」
学校の帰り道での挨拶ぐらいに軽い励ましに見送られ、ナインは広間の中央へと向かっていった。