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Violet Noir  作者: 江藤樹里
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5 観覧車


 暗い屋敷内から出た七人は各々が辿って来たルートについて話し出した。だが紫音は自分から話し始めることはなく、耳を傾けるのみだ。


「で、私達はキッチンで包丁持った幽霊に追いかけられたんだけどその辺にあったニンニクをぶつけたら怯んで──」


「俺達は地下のワインセラーでワインだか血だか分からない物まみれの幽霊に追いかけられた──」


「──逃げた温室で赤い薔薇が狂ったように咲いていて──」


 紫音はお化け屋敷の幽霊少年の設定を思って息をついた。あの訴えは、何と切実なのだろう。


 非現実の中にある、たったひとつの真実のようだった。あれも設定なのだろうか。



 ただ、僕を見て欲しかっただけなんだ。



 その言葉に、どれだけの苦悩が、苦痛が、苦労が、含まれていただろう。その言葉の通り、ただ自分を認めて欲しかっただけなのに。理解など求めていない。


 “個”というものを、知って欲しかっただけなのに。


 それさえも、奪われよと言うのなら、最初から否定し、拒絶した方が楽だから。


 だから、“紫音”は──。


「ね、観覧車乗ろっ。心拍数が上がったから落ち着いたのに乗りたいわ」


 透子が兄の腕を引っ張って言う。カップル達も反対意見を出さず、透子の兄は二つ返事で承諾した。どうやら妹には甘いらしいことが紫音にも段々と分かっていた。


「ね、ね、紫音も!」


 紫音はハッと我に返り、わけが分からないまま腕を引かれる。何だか強引で透子らしくない。


「透子?」


 不思議に思い、紫音が問えば透子は沈んだ表情で振り返った。顔色が悪く、不安気な目をしている。


「さっきのお化け屋敷……何か危ない感じがした。本当にお化けでもいるみたいじゃない? 何か感じなかった?」


「え……?」


「おーい、頼むからそういう話はやめてくれよー。本物の化け物屋敷だったらシャレにならないだろうが」


 透子の兄が二人の背後から苦笑混じりに声をかける。それから妹の頭に片手をのせてくしゃりと撫でた。


「そう思わせるほどあいつらの演技が上手かったってことだろ? ん?

 そんな心配すんなって。此処は夢の国なんだ、覚めれば全部思い出だよ」


 幼子にでも言い聞かすようにされて透子は頬を染め、怒ったように紫音の腕を引いてゴンドラに乗る。透子の兄も慌てて入って来た。


「おい、俺をカップルの中に放り込む気か」


「あーら、女の花園に何の用?」


 兄妹同士でふざけ合いながら会話が弾む。透子の気分も良くなったのか、血色が良くなって来たように紫音は思う。しかし。


 ――本当にお化けでもいるみたいじゃない?


 透子も、あの場所に“何か”を感じたのだろうか。其処に棲みついているという感覚を。


 だがきっと、透子の兄が言うように劇団員達の演技が良かったのだ。その完成度の高さが、まるでオーラと呼ぶべきもののように紫音と透子を圧倒した。ただそれだけだ。


「うわぁ、高いねぇ紫音」


 不意に透子が声をあげた。その感嘆の声と台詞から、紫音はあっと言う間にゴンドラが高く上がっていることを知る。


「おぉ、流石はヴィオレノアール屈指の高さを誇る観覧車だな」


 段々と高くなっていくゴンドラの窓から外を、身を乗り出すようにして眺めている兄妹が感嘆した。


「そうね。カップルのあの子達はまた最後に乗る約束でもしてるのでしょうね」


「はは。それじゃ俺達も最後に乗ろうか、三人……で……」


 窓の外から紫音へ視線を移した透子の兄が不自然に言葉を切った。透子も紫音を見てあんぐりと口を開けた。


 紫音も窓の外を向いているため、てっきり景色を楽しんでいるものだと思っていた兄妹は紫音が実は両目を固く閉じていることを知らなかったのだ。


「え、何、紫音て高いトコ駄目だったの? ごめんねっ、大丈夫?」


「動かないで!」


 透子が紫音の隣に行くために腰を浮かそうとした途端、紫音が身を縮めて叫んだ。その声に驚いて透子の動作が止まる。


「お願……揺れると怖いから……」


 開くことのない窓の桟に両手をかけて外を見ずに済むよう、うつむいた紫音が細い声で頼む。


 兄妹は顔を見合わし、困ったように再び紫音を見つめた。ソロソロと透子は浮かしかけた腰を下ろす。


「つ、次っ! 次は何に乗る? 折角、招待券を貰ったんだから楽しまなきゃ!」


 透子が微妙な空気を変えようと努めて明るく言った。透子の兄もそれにのる。


「今日一日じゃ全部行けるかどうか分かんないからな! 行きたい所は行っておいた方が良いよな!」


 しかし紫音からの反応はない。二人はそのまま気まずい空気の中で空元気に喋り続ける。それはゴンドラが一周し終わるまで続いた。


 三人が各々解放され、カップル達も降りて来てから自由行動となった。七時に受付で集まることを確認してから、カップル達は待ってましたとばかりに人混みの中へ消えて行く。


「さてと、俺達はどうする?」


「紫音が……こんな風にしたのはあたしだし……」


 透子が紫音を気遣いながら兄を見上げた。紫音は大丈夫と言ってのける。


「私も行きたい所があるの。多分ゆっくり出来る場所の筈だし、活発に動きたいわけでもないから付き添ってくれなくても大丈夫よ。

 楽しんで来てね、透子」


 そう言われては透子も食い下がれない。本当に大丈夫? と念を押し、再度謝ってから透子は兄と一緒に何度も紫音を振り返りながら行った。


 ベンチに腰かけた紫音は一息つくと黒いハート型のバッグからヴィオレノアールのパンフレットを取り出す。


 大雑把な説明文を目で追っていくが、紫音の聞いた洋館のカフェテリアはない。落胆して紫音はパンフレットを閉じた。


「……あの……」


 話しかけられて紫音は顔を上げる。其処には蠱墨、否、無表情な方の蠱墨がいた。片手にソフトクリームを持っている。先端が丸くなっているのは一度は口に含んだからだろう。


「……具合、良くない……?」


 小首を傾げて問いを重ねる彼に、紫音は驚きつつも返した。


「え? え、ええ……苦手な乗り物に付き合っちゃって……」


「……こっち……」


 ソフトクリームを片手に、蠱墨によく似た少年は紫音が話し終わる前に手を取って歩き出した。


 紫音は突然のことに困惑したまま、少年に引っ張られるような格好で歩く。紫音より背が低いので、少年の方に僅かに傾く。


「え、あ、あの……?」


 言葉が出て来ない紫音に構わず、少年は目的地へ向かった。


「……良い人知ってる。いつも霧黒様診てる。具合、良くなるよ……」


 端的に言葉を発して少年は片手に持ったソフトクリームをあむあむとゆっくり食べる。明日には十一月になると言うのにアイスとは、と紫音は苦笑した。だが天気も良くて陽射しも温かい。このくらいの歳の頃ならお腹が冷える心配などないのかもしれない。


 少年は確かな足取りで迷うことなく進んで行く。紫音は既に自分がヴィオレノアールの何処を歩いているのか分からなくなっていた。


 やがて狭い道を抜けるようにして着いた先は、洒落た洋館だった。紅葉や銀杏がハラハラと散っている。こんな場所に、と紫音は目を丸くした。


 少年は尚も紫音の手を引いて洋館へ向かう。暖かみのある古木で造られた正面扉には『Welcome』の文字がかかれた看板がかかっている。


「此処って……」


 紫音が探していたカフェテリアではないだろうか。


 少年は何のためらいもなく扉を押し開き、気に障らない澄んだドアチャイムの音が響く。いらっしゃいませと言う声のすぐ後に再び聞いたことのある声が、紫音に届いた。


「まったく……貴方という人は……。歩きながら物を食べるのはやめなさいと言ったでしょう、(うす)(ずみ)


「……でも、ソフトクリームは歩きながら食べられるようにコーンがついてる……」


「あ、失墨! 僕の分は?」


「……あ。ない……」


「何で! 何のために買って来てって頼んだと思ってるのっ?」


「……蠱墨の好きな『血塗(ブラッディー・)双子(ツインズ)』を売ってる店、探してたら見付けたから……」


「あれは霧黒様が作って下さる世界でたった一種類しかない物なんだよ! その辺で売ってるわけないの!

 って、何を見付けたって……え……?」


 入口で佇んでいた紫音は、困り果てて取り敢えず首を傾げた。洋館の中には先ほどお化け屋敷で別れた筈の霧黒と蠱墨がいたからだ。


「え、と……」


「……具合、良くないんだって。(しろ)()、いない……?」


 少年だけが淡々と先へ話を進めていく。蠱墨は助けを求めて霧黒を振り返った。


「いえ……白異より萌黄(もえぎ)の方が良いでしょう。同じ女性ですし、白異よりは内科に精通しています。

 とにかく中へどうぞ、紫音さん。蠱墨、扉を閉めて下さい」


 あっと言う間に霧黒にリードされて紫音は従業員室へ通される。サッと椅子を用意され流れるように座らされ、紫音の目の前一杯に霧黒の美貌が広がった。


「……っ」


「横になった方が良いですか? 具合が良くなるまで、どうぞ休んでいって下さい」


 霧黒の深いグレーの瞳が心配そうに見つめて来る。人形めいた霧黒の高い鼻が触れそうなほど近い気がして紫音は顎を引いた。


 霧黒は紫音の長い睫毛を見つめる。そして唇に笑みを刻んだ。


「は、あの、でも、大丈夫ですから……あの、高い所が苦手なのに観覧車に付き合ってしまって……」


 一瞬瞠目したかと思えば、すぐにクスクスと霧黒が笑う。今度は真面に正面から──しかも間近で──目にして、紫音は頬を染めた。


「すみません。高い所が苦手とは。それではあの階段も怖かったでしょうね」


 紫音はうつむくように頷いた。何だか霧黒には笑われてばかりだ。


「それでは、気分が落ち着く紅茶でもいかがです? 紅茶専門店『カルゼル』へようこそ」




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