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Violet Noir  作者: 江藤樹里
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Red moon and Orange rose (with Purple Lolita)



 薄暗い部屋の中で、紫音は赤い髪の狼に近づいた。焼き立てのスコーンをバスケットに移しながらフンフンと楽しそうに鼻歌を歌っている。


 バターの香りに紫音も鼻をくんくん動かせば、耳の良い狼は紫音に気づいて振り返った。


「よ、どーしたんだ」


 すっかり紫音のことを認めてくれたらしい彼は優しい眼差しを紫音に向ける。沢山の国を渡ってきた彼は、まだ言葉に慣れない紫音を思って日本語で話しかけてくれることも多い。だがその優しさにも段階があることを紫音もしっかりと解っている。


 紫音が狼を訪ねた理由を話せば、あぁ、と狼は得心した。


「あいつのこと、知りたいんだ? 何を知ってたっけ?」


 言葉を続けた紫音に狼は天井の隅を見ながら記憶を辿った。


「んー……そうそう、初めて会った時はあんなんじゃなかったよ。いかにも病弱な線の細い少年でさ、今の主治医に連れられて、ちょっと物珍しそうに俺達のことを見てた。

 ま、そーだよなぁ、見るもの聞くことの全部が初めてだったんだ。軟禁状態だったんだから尚更だな」


 紫音が驚けば狼も驚く。


「え? そりゃ俺のが年上だよ。あいつより長く生きてるもん。

 年上だけど、あいつが落ち着いてんのはこの俺が色々教えてやったからさ。うん、勉強じゃなくて如何に獲物を追い詰めるかとか、そーゆーことな。

 それにあいつ、長として自覚が芽生えたのも早いし双子の面倒も自分から見てたから、あっと言う間に落ち着いちまった。

 ま、今でも俺と趣味合って遊んでくれるから構わないんだけど」


 ひひ、と悪戯っ子のように笑うところは未だに少年のようで、自分の勘違いも致し方ないと紫音は自分を正当化した。けれど、そうなると疑問も湧く。


「んぁ? あいつを長に選んだの? あぁ、それ俺。

 そんなに驚くことか? こう見えて俺、あのシスター……いや、メンタルドクターと同じくらい長く吸血鬼やってんだぜ。

 あいつがやって来るまでそれなりに皆を纏めてたのは俺だし、策も巡らしてきた。年功序列なんてものはないし、向いてる奴がいるならそいつに任せた方が絶対に良い。俺らにとって長ってのは、命預ける相手だからな」


 俺だってそれなりにやってたんだぜ、と狼は笑う。でも上には上がいるんだよなーとも。


「なんてーの、人の上に立つ為のオーラって言うか、違うなあいつはそんなんじゃない。

 其処にいるだけで世話を焼きたくなったり声をかけたくなったりする、小さな世界の中心なんだよ。誰もがあいつに構わずにはいられない。

 別に俺は偉くなりたいわけじゃないから良いんだけど。だって責任とか面倒じゃん。あいつの為なら多少の責任は持ってやっても良いけどさ、……って思わせる奴なんだよ、あいつは」


 かたん、と物音がして耳聡い狼はちょっと喋り過ぎたかなと尻尾をまいた。紫音がもう少し話を聞きたいとねだっても首を振られてしまった。


「ヤだよ、俺、怒られたくねーもん。

 でもあいつ、あんたと一緒にいる時ホントに幸せそうだよ。俺の赤ずきんと同じ、あんたはあいつの赤ずきんなんだな。

 やべ、噂してると何とやらだ。また今度じっくりとな!」


 紫音がお礼を言うより先に、狼はバスケットを抱えて脱兎の如く駆けて行ってしまった。其処にオレンジ色の髪をした霧黒が顔を出す。


「こんな処でどうしたんですか、紫音さん。

 赤月と話していたようですが……彼は階段に姿を消しましたね」


 視線を狼の駆けて行った方へ向け、霧黒は薄く笑う。狼と同じく霧黒も耳が良い。紫音はまだ沢山の音が聞こえすぎていて慣れることができないでいるが、いずれは同じようにできると霧黒は慰めてくれた。


 紫音が正直に狼に聞いた話を答えれば、霧黒は微かに瞠目した。


「おやおや、私の昔話ですか。赤月に聞かずとも、自分の話くらい自分で出来ますよ」


 それだと脚色されそうだと言えば、霧黒は否定できないと笑った。


「ですがそんなことより、私達はもうすぐ夫婦になるのですよ。いくら赤月に恋人がいるとはいえ……二人きりになるのは感心しませんね」


 矛先が変わったのを感じて紫音は慌てて別の話題を出した。デザインに悩んで煮詰まっていたため、気分転換をしたかったのだと言って笑う。それを聞いた霧黒は考えるように目を細めた。


「ほぅ、ドレス……そう言えば決められないから決めて欲しいと仰ってましたね。……どちらも着てしまえばよろしいのでは?

 そうそう、確認したいのですが、挙式の前日に彼女を蠱墨と失墨に迎えに行かせます。

 本当に、よろしいのですね――?」


 改めて問われて紫音は神妙に頷いた。その様子を見て霧黒は諭すように微笑んだ。


「人ひとりの人生を変えてしまう出来事ですから、私とて慎重になりますよ。

 まぁ、一年も探して下さっているのですから、大丈夫だとは思いますが、ね」


 霧黒は急に黙ると腕を伸ばして紫音をすっぽりと包み込んだ。霧黒からするいつもの紅茶の香りを吸い込みながら、紫音も無言で見上げ理由を訊ねる。


「すみません、いきなり抱き締めたりして……実を言うと、こんなに大切だと思える家族を持つことになるとは思っていませんでした。大切な仲間は多くいるから、その延長のようなものだと。けれど今は、貴女と先を生きていきたいと思える。永い永い時間を貴女となら一緒に過ごせる。そう思うのです。

 貴女も私も、両親はあまり親らしいことをして下さいませんでしたね……。ですが神の前で誓い、いずれその神が私達に授けてくれることがあるなら、私は努力しましょう。

 貴女がいるなら、此処に友人達がいるなら、良い夫、良い父親になれそうな気がするのです。

 貴女が笑って、いて下さるなら――」


 ――幸せに、なれそうな気がするのです。


 霧黒の飲み込んだ言葉が聞こえた気がして紫音も微笑んだ。


「幸せに、なりましょう?」


 そう返した紫音の言葉に霧黒はおやおやと微苦笑した。貴女には適いませんねと続けながら。


「約束ですよ――……」



Red moon and Orange rose(with Purple Lolita)



Happy Halloween!!

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