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Violet Noir  作者: 江藤樹里
18/20

Bloody twins and restriction of the rose 


「ん、ぅぅー……んん……っ!」


 女の声。恐怖の滲んだ、別れを予知した者の、悲鳴。


 本当の恐怖に直面した時、人間は声が出せなくなる。悲鳴は小さくか弱く、細く自らの体内に飲み込まれてしまうものだ。


 ふるふると、かぶりを振る倒れた女の喉を片手で掴み、もう片方の手で女の口を無理矢理に開かせる。


 夜霧の街に、出歩く者はなし。路地裏で見付けた下賤の女は、まだ少女と言っても通用する程に若い。霧が這う冷たい石畳に押し付けられている女は足をばたつかせるが、裸足の足では響かなかった。


「……大丈夫、すぐ、終わる……」


 そう呟いたのは無表情な、だが美しい容貌の、死神だ。栗色の髪は夜闇に紛れてよく分からない。だが彼は、女よりも遥かに年下だった。


「……痛いのは、一瞬……」


 彼が視線を上げると、彼と同じ顔形をした少年が頷き、倒れた女の前に片膝をつく。少年同士が向き合うような格好になって、だが先程の彼よりも豊かな表情の少年は、女に笑いかけた。


「そういうわけなので……世界へのお別れは済みましたか?」


 答えられずに涙を零す女の口に、小瓶から毒を注いで、少年はまた立ち上がった。


「即効性なので、あっと言う間の筈です」


 女は卒然ゴホッと咳き込み、真っ赤な血を吐き出した。だが闇のせいか血は、黒く見えた。


「ほらもう、痛くないでしょう?」


「……もう、聞こえてない……」


 少年は膝をついたままの弟を見下ろして、息を吐いた。


 全く同じ容貌、同じ生年月日、同じ性別に同じ血液型。同じ収集趣味。


 だが決定的に違う点は、彼が人体収集家である点だ。


 何が良いのか知らないが、彼は兄の毒物コレクションを用いて、気に入った人間の一部を得る。


 兄も兄で、折角のコレクションを飾るだけでは勿体ないと、弟の為に自分の為にと使用してその効果を書き記している。


 弟は既に〝解体作業〟に入っていた。今回は右腕と左脚が気に入ったらしく、熱心に切断箇所を検討している。


 兄はいつも、この時間が不安だった。霧が隠しているとはいえ、接近するまで気づかないのはこちらも同じだ。誰かに見付かれば全てが終わる。


 彼らは親を持たない。いなかったわけではない。ただ、何処にいるか知らなかっただけだ。


 美しい容貌が幸いして、絵のモデルをしている。入る小銭は双り合わせても多いとは言えないが、兄弟のコレクションを増やすことは出来た。だが、コレクション展示室はない。兄はともかく、弟のコレクションは置き場に困るものだ。


 今は偶然見付けた廃教会の地下に隠してあるが、いつ見付かるともしれない。人間の四肢ばかり、物言わずに鎮座する様は常人の目にはどのように映るのだろう。


「……終わった……」


 女の白い右腕と左脚を綺麗に〝解体〟した弟が立ち上がり、少年達は霧の中へ音も立てずに去って行く。それを、四つの目が始終見ていたことにも気付かないで。


「おやおや……とんだ切り裂き魔に出くわしましたねぇ」


 クスクスと楽しそうに声を零して、青年は隣に立つ自分より年上の青年を見やる。


 プラチナブロンドの青年は、医師の顔で放置され肢体の持ち去られた死体を眺めた。


「これは……見事な切り口だ。人体の構造を理解していなければ、こうはいかない。

 毒も動物性の、即効性が強い物だな。南から取り寄せたか、珍しいこの辺には生息しない動物……いや、虫か」


「蠍の類いですか?」


「……どうかな。専門家じゃないからよく判らないが、あんな子どもがどうやって」


 考え込む医師から双りの少年が去って行った方へ視線を向けて、青年は唇に微笑を刻んだ。


「此処は随分と血の匂いが濃くなりましたねぇ……あの双子のせいなのでしょうが」


「気になるか」


「貴方こそ、気になっているのではありませんか? 恐らく独学で、彼らは此処まで知識を身に付けた」


 青年医師は立ち上がり、パンパンと外套の汚れを払う。調べる時に指についた女の血を舐めて、青年と同じ方へ視線を向けた。


「まぁ、そうだな。ちゃんとした場所で学べば、まだまだ上を目指せる。こんな危ない遊びに耽ることもなくなるだろう」


 おや、と青年は医師に笑ってみせた。


「それは分かりませんよ。天才と変人は、紙一重ですからね。有名な啓蒙思想家も、露出狂だったと言うではありませんか」


 それなら、と青年医師はクスクス笑う青年を見やって首を傾げた。


「変人と噂された者達は天才だった可能性もあるのだな」


「ええ。昔、貴方が手にかけて下さった私の父は監禁の天才だった」


「……自ら傷を抉る必要はない」


 諌めるように言われて、青年は目を伏せ肯定した。すみません、と小さく謝罪してから、どうしますかと尋ねる。


「放っておけば、まだ若い、いずれ捕まり投獄されるでしょう。しかもそれで済む保証はない」


 青年の声に思い煩うものを感じ、青年医師は目を伏せて問うた。


「気になるのだろう。自由すぎる世も、或いはまた狭いということか」


 クス、と青年は笑う。


「……貴方を誤魔化すことは出来ませんね」


「主治医、だからな」


「ですが帰るのが遅くなれば彼女が暴れますよ?」


 青年のからかいを含んだ言葉に、青年医師はしばし考えるようにしてから頷いた。


「ああ、だがまぁ、解ってくれる筈だ」


 やれやれとばかりに青年はかぶりを振った。


「優しくして差し上げないと、女性は不安になるものですよ。

 何も言わずに抱き締めて差し上げなさい。それだけで、会えなくて淋しかった想いが伝わりますよ、彼女だって鈍感じゃないんですから」


「そ、そうか」


「そうですよ」


 夜闇でも判る程に真っ赤になった青年医師を笑んで見つめ、青年は双子をどのように追い詰めようかと思考を巡らせた。すっかり狼の友人に感化されたなと思いながらも、唇が弧を描く。


 青年は目を細めた。



 * * * *



「……あの、人……」


 呟いた弟の声に反応し、何気なくやった兄の目に、彫刻でしか見たことのないような端正な男が二人歩いている姿が入ってきた。朝靄の中でもはっきりと分かる黒。その夜闇のような外套を纏ってすぐ其処の小路を進んでいる。


 街から大分離れた郊外に建つ廃教会の窓から眺めながら、兄はこれ程までに整った顔立ちの人間を見たことなど今までなかったと思い至った。


 二人の男は相当高価な外套や帽子を纏っているが、馬車や従者はいない。余程あの街に近くとも、馬車を使う方が彼らのような人間にとって大切なことではないのだろうか。


「……綺麗な、指、欲しい……」


 だが、弟は疑問に思うよりも自分の欲望に天秤を傾けたようだった。弟の妙な趣味は一度出たら止まらないことを、兄はよく解っている。自らもそうであるから。


 二人の男は何事か談笑しながら歩いて行く。行く手は森だ。姿も、死体も隠せる、格好の場所だ。幾度あの森で双りの犠牲者が出たか知れない。


 二人の青年達が森へ入ってから、双りは追いかけた。鬱蒼と茂る森は、朝だと言うのに暗く陰鬱だ。


 森の中腹で休憩にか足を止めた二人に、双りは飛び出して行った。


 だが二人の青年は驚きもせずに双子を見つめる。


「これはこれは、血塗(ブラッディー)双子(ツインズ)さん」


 黒い外套を纏った青年は、柔和に笑んでそう言った。


 自分達が血塗れに見えるのだとしたら、彼らは何かを知っているのだと兄は思う。知らず力が入って身構えたのを青年の目が細められただけで見透かされたような気がした。


 青年が、クスと笑んだ。


「私達を狙ったつもりで貴方達自身が狙われていることを、理解しましたか?」


 ヒク、と兄の頬が引きつる。


「どういう意味で──」


「皆まで言わなければ、解りませんか? 優秀な貴方達にならば解るでしょう?」


 柔和だった青年の笑みが、途端妖しくゾクリとする程の色香を漂わせた微笑に変わった。


「独学で、其処まで出来る貴方達にならば」


「──毒は南に生息する動物の物、切断面は人体の構造を知り尽くしている者の技、誰に習える物でもない。医学を学んだ私でさえあんな場所は見付けられない」


 青年の背後に控えるように立っていたプラチナブロンドの青年医師の言葉に、無表情だった弟でさえ表情を変えた。当然だ。全て見抜かれている。


「そ、れで……僕達を警察へ突き出すつもりですか」


 まさか、とまた柔和に美しく青年が笑う。だが青年がまた何か言うより先に、ガサガサと茂みが騒いで腹を空かせた野犬が数匹、飛び出して来た。


「おやおや……これはとんだ邪魔が入りましたね」


 外套と同じ色のハットを深く被り、青年は笑う。プラチナブロンドの青年医師が出て青年を下がらせた。


「すぐ片付ける。先に行っていろ」


「ええ──では、お願いしますね」


 青年はプラチナブロンドの青年医師を残し、双子を連れて下がる。


「さぁ、行きますよ」


 何処か有無を言わせぬ声でそう告げられ、双りは青年について行った。背後で青年医師と野犬の争いが起こったことを気配で察しながら。


「い、良いんですか、あの人だけ残して」


 抗えず青年について来たは良いが、青年医師を置き去りにしたことに罪悪感を覚えた兄が先導する青年に問う。青年は笑んで答えた。


 良いんですよ、と。


「私は彼が口にしたことは守ると信じている。彼も私が信じていることを信じている。

 それに、ほら──」


 青年はハットを押さえて唇だけで双りに笑んだ。


「野犬の血しか、匂わない」


「え……」


 双子の鼻は血の匂いなど全く感じなかった。途端何かを感じたのか、弟が立ち止まる。それに合わせて青年と兄も足を止めた。


 ガサリと茂みが鳴いたと同時に、野犬が一匹飛び出して来た。染み付いた血の匂いに惹かれたか、弟を狙って飛び掛かって来る。


「──……!」


 兄が弟の名を叫ぶより先に、青年が前に出ていた。瞠目する弟の前で、余裕に笑んだ青年が野犬を片手でなぎ払う。


 キャン! と弱々しい声をあげた野犬は、ヨロヨロと立ち上がったが青年の視線を向けられると、急に狼狽したように大人しくなった。


「去りなさい。此処は吸血鬼がうろつく」


 野犬は怯えた目をして身を翻す。脱兎の如く駆ける野犬から無理矢理に視線を動かし、兄は青年を見つめた。


「貴方は、一体……」


 クス、と青年が声を零した。ゾクリ、と双りの背に全く同じものが走る。


「言ったでしょう? 此処は吸血鬼がうろつくと」


 ザワ、と森が騒ぎ出す。双りの犠牲者達の嘆く声に聞こえたのは、恐らく兄だけだ。弟は、青年の指に魅せられている。


「そんなに強く血の匂いを漂わせて、狙うのが野犬だけだと思いますか?

 ですが私は、貴方達を招待するつもりなのですよ」


 警戒する兄に微笑みかけて、青年は柔らかく言う。しかし兄は、抗えない青年の魔力にも似た魅力を、力を、知ってしまった。


「如何ですか──神に寵愛された、それ故に人間に疎まれる、世界は?」


 尤も、と青年は妖しく笑う。


 毒物を愛でるが故に、兄は其処に解毒する術のない毒を含むことを理解してしまった。


 青年の、毒の如き微笑に。


「貴方達に拒否権はないのですが、ね」


 弟が、青年の差し出した手に自らの手を伸ばす。兄も怯える少女のように、妖しくも美しい手に自分の手を重ねる。


 それに触れた刹那、もう戻って来られないことはどちらも解っていた。だがそれでも、囚われることを望んだのだ。


「すまない、一匹そちらに逃した」


 青年医師が追いついて言いながら、双子が青年の手を取っているのを見て息をつく。


「心配なかったか」


「ええ──信じて下さっていたでしょう?」


「まぁ、そうだが」


 双りの手を両手で繋ぎながら青年は微笑する。


 青年医師は双子が自分同様に囚われたのだと胸中で察した。


「では、参りましょうか」



 甘美なる、薔薇の拘束に。





Bloody twins and restriction of the rose,fin.



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