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Violet Noir  作者: 江藤樹里
15/20

15 招待状


「紫音!」


 透子が駆け付けた時、部屋の鍵は閉まっていた。しかしドアノブ付近に開いている穴を見て血の気が引く音が自分でも聞こえるようだった。はからずも霧黒と同じことをして透子は中へ足を踏み入れた。


 部屋はしんと静まり返っており、眩しい陽光がリビングに射し込んでいる。


 リビングのテーブルには紫音の薄いピンクをしたスマホが電源を切った状態で置かれ、ソファには大きな少女の人形が座っていた。


「紫音? いないの?」


 透子も、透子の兄も、鍵を開けてもらうために呼んでいた管理人も手分けして紫音の部屋を調べたが紫音は何処にもいなかった。


 通報で警察もやって来たが、殺人事件と関与がなさそうだと判断されると大した捜査はされなかった。被害者が残したメッセージと同じ名前ということで一応申し訳程度の捜索はされたが、紫音の足取りさえ掴めなかった。


 貴重品等も盗まれず、鍵も実際にはポストの中に入っていたことから最終的には家出となってしまった。ノブの横の穴は謎にされたまま。


 透子は竹中に連絡を取って霧黒の行方を尋ねたが、殺人のあった職場では働けないと辞表を出し、仲間共々故郷のイギリスへ帰ってしまったらしい。


 ヴィオレノアールにあった紅茶の店も、他の人に売ってしまったと透子は聞いた。


 経営が危ぶまれた『セルクイユ』だったが、マニアな支持者が意外とおり怪奇現象等も別段起こらなかったためか、また客足が向くようになっていた。霧黒達ほどとはいかないが、イケメンの従業員を再度雇って女性客に火が付いたらしい。


 透子は実家を離れてたったひとりで紫音の捜索を続けていた。気付けばあれからもうすぐ一年が経とうとしており、元々ない手掛かりが更になくなっていた。


 大学も休学して探す透子に兄は幾度となく諦めろと言ったが、透子は耳を貸さなかった。紫音の両親には一度だけ会ったが、驚くほど淡泊だった。もう我々とは関係がない赤の他人だ、見つかろうが見つかるまいが報せてくれなくて結構と門前払いをされた。あんな両親が存在するなど透子には衝撃的だった。彼らのもとで紫音が育ったことを思うと透子は胸の奥がぎゅっと大きな手に握りしめられたように痛んだ。


 もっと早くに気付いていれば、と良心の呵責がずっと透子を苛んでいた。何に対してそう思うのかは透子には判らない。だが、紫音という存在を知れば知るほど、希薄な人間関係の中で過ごしていたことが窺われた。紫音宛ての郵便物はなく、透子が支払って契約を続けているスマホに入る連絡もない。部屋にいると時計の針の音しかせず、世界に自分だけが取り残されたように感じる。ソファに座ることのできるビスクドールだけが、人の形を保って存在していて自分が同じような形をしていることを思い出せる、そんな感覚に陥りそうだった。


 透子は紫音が住んでいたのと同じ部屋を借りている。人は趣味が悪いと嫌悪感を露にしたが、透子は構わなかった。


 いつどんな形で紫音についての情報が入るか分からない。その為には紫音名義で借りたままの部屋にいるのが一番近道だと透子は思っていた。紫音が行方不明と知らない誰かがヒントとなる手紙を送るかもしれないし、知人が訪ねて来るかもしれない。だが鳴らないインターホンに鳴らないスマホが鳴る日を待ち続けて一年近く経過しても、ひとつの便りもなかった。


 透子は既に、友人をなくしていた。誰もが消えたゴスロリ娘に執心する透子を気味悪がり、理解の色を見せない周囲の人々を透子も切り捨てて来たからだ。


 だがそろそろ限界かと、透子は思い始めていた。


 インターネットでも世界中に呼び掛けているにも関わらず、情報は全然入って来ない。入るメールもスパムだらけだった。


「ただいまぁーっと」


 透子は今日も足を棒のようにして部屋に帰って来た。聞き込み調査も収穫がなくなって来ている。


 鞄をソファの上に置いて、透子はもうひとつのソファに座った大きな人形を眺めた。


 一年前に紫音が残して行った物。ビスクドールの趣味のない透子にはサッパリ分からない。だがいつ紫音が戻っても良いように調べて出来るだけの手入れだけはしてあった。


 不意に。



 ピンポーン……。



 チャイムが鳴って透子は先ほど閉めたばかりの玄関へ向かった。ドアスコープを覗くと郵便局員が立っている。透子は扉を開けた。


「……河井、透子さん。貴女に招待状です……」


 透子と同じくらいの背丈の小柄な局員はそう言って招待状を差し出した。透子は疑問に思いながらそれを受け取る。


 此処は紫音名義で借りられていて透子が住んでいるとは分からない筈なのに、誰がどうやって透子の居所を突き止めたのだろう。実家の家族は透子が消えた友人の部屋を借りていることを気味悪がって口外しない。だがこの配達員は透子の名を呼んだ。


 透子を知っているのだろうか。


「あの、どうしてあたし──」


 言いながら招待状の差出人を見て透子は言葉を失った。


 紫音からだった。


 透子は驚いて招待状を開く。それは結婚式の案内だった。


「紫音が、あたしを招待……? 何処で……」


 場所を見れば住所はイギリス。日時は去年ヴィオレノアールに行った日。参加条件は──。


「『全員が、吸血鬼であること』──?」


「驚かれましたか? まぁ一年も音沙汰がなかったら当然ですか」


 ふと背後からの声に透子は振り返った。見覚えのある少年が立っている。いつの間に部屋に入ったのだろう。


「今日は言いつけられてお迎えに参りました。失墨がどうしても貴女を傍に置きたいらしくて……霧黒様からもお許しが出ましたし、精々動き続けられるように努力して下さい。あの人も寂しがります」


 透子は少年が去年ヴィオレノアールで見た少年であることを思い出した。だが彼にはもうひとり、双子がいなかったか。


 ハッと透子は目の前の少年と郵便局員が同じくらいの背丈であることに気がついた。だが振り返る前に体へ衝撃を受け、必死に繋ぎ止めようとしても勝手に意識が遠のいていく。


 脱力する体を、誰かが抱き止める。しかし透子の目は閉じようとしていた。


「紫音さんも未だに貴女が探していることを知って驚いていました。良かったですね、また会えますよ。ただし、次目覚めた時は──」


 透子の意識は、其処で途切れた。






 終







参考文献


〈ショトル・ミュージアム 英国貴族の邸宅

 著者:田中亮三・増田彰久

 出版:小学館〉


〈図説 英国貴族の城館 カントリー・ハウスのすべて

 著者:文・田中亮三

    写真・増田彰久

 出版:河出書房新社〉


〈紅茶

 著者:田中蓉子

 協力:日本紅茶協会

 出版:西東社〉


〈紅茶好きのメニューブック

 著者:山田詩子

 出版:文化出版局〉


〈紅茶の時間

 監修:谷口安宏

 出版:永岡書店〉


〈日本茶・紅茶・中国茶

 監修:南廣子

 出版:新星出版社〉




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