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Violet Noir  作者: 江藤樹里
11/20

11 ローズベルト


 スマホから候補の候補だった女のメモリを消去して、霧黒は画面をオフにした。自然と口元に笑みが浮かぶ。


「おや、何か良いことでもあったのかい?」


 主治医の白異が新聞を僅かに下げて霧黒を見た。向かい合ったひとり用ソファに腰掛けて霧黒は肯定する。


「お、遂に候補が見付かったのか?」


 そう言いながら作り立てのスコーンをバスケットに大量に入れてやって来たのは真っ赤な髪をした霧黒と同じくらいの歳の青年だ。


「ええ、まあ」


「もしかして紫音ちゃん?」


 白異の座っているソファの背もたれに反対側からもたれかかりながら萌黄が目を輝かせる。


「誰だ? その“紫音ちゃん”て。どんな子?」


「……美人じゃない、けど、可愛い子……」


 彼の疑問に、蠱墨と向かい合ってトランプでババ抜きをしている失墨が口を挟んだ。


「もう目なんて落っこちそうなくらい大きくて可愛いのよ」


 萌黄の力説にスコーンの入ったバスケットを抱えた青年は非難の声をあげる。


「何で萌黄と失墨が知ってんの! もしかして蠱墨もっ?」


 恐らく失墨がジョーカーを持っているのだろう。蠱墨は失墨の残り二枚の手札から視線を外さずに答えた。


「知ってますよ。僕らが“棺”の時に来たお客様で、赤月さんが“棺”の時は僕らが“回転木馬”にいる時に失墨が連れて来ましたから……こっちだ!」


 蠱墨がカードを引く。ニヤリと笑って両手からカードを投げた。スペードのエースとハートのエースで揃っている。


「……あー……負けた……」


 相変わらず無表情に失墨はジョーカーを眺める。


「んで、具合の悪い紫音ちゃんを診て欲しいって失墨に頼まれて、あたしが行ったってわけ」


「ずるいずるいずるいー! 俺も“紫音ちゃん”に会いたいー!」


 バスケットを放り投げて青年──赤月──は幼子のように駄々を捏ねた。宙を舞ったバスケットは一人の黒髪の少女が部屋に入って来た時に見事に受け止める。


「何、この騒ぎ」


 少女は屋内なのにも関わらず赤いフードを被っている。白異が新聞を折り畳んで少女の方を向いた。


「遂に霧黒様が候補を見付けたみたいでね」


「あら、やっと?」


「私は赤月のようにすぐ他人の本質を見抜けるわけではないのですよ、(りょく)(はつ)


 すらりと長い足を組んで笑う霧黒から緑初は視線をそらす。バスケットをテーブルの上に置いて、拗ねて床にどっかと腰を下ろした赤月の後ろから首っ玉にかじりついた。


「それで、その子は耐えられそうなの?」


 緑初の言葉に白異も霧黒を鋭く見やる。霧黒の返答を誰もが気にしているのか耳をそばだてているのを霧黒も感じていた。


「大丈夫ですよ。今日一日、一緒に行動して大体分かりました」


「……生まれる時代を、間違った感じ……」


 カードゲームを終えた失墨と蠱墨が霧黒の両脇に立つ。そして失墨が呟いた言葉を霧黒も肯定した。


「それに私は、彼女を派閥争いに巻き込むつもりはありません。彼女には甘美な毒を含んだ夢を見させてあげます」


「大層だねぇ。もし“紫音ちゃん”がイエスの返事をくれなかったらどうする? 失墨のコレクション入り?」


 赤月がニヤニヤと笑って言う。緑初が構って欲しそうに赤月の頬に唇を落としている。


「そうですね。……いえ、私が直接」


 霧黒が自身の右手を見ながら呟く。けど、と蠱墨が霧黒の横から言った。


「彼女なら大丈夫だと思いますよ。もうかなり、霧黒様に惹き込まれているように見えましたから──ですよね、萌黄さん?」


 視線を向けられ、そうねぇと萌黄は目の前にある白異の長い真っ直ぐのプラチナブロンドを指で梳きながら答える。


「あの子は人間の持つ本能を知っていて、それでいて全てを受け入れようとしてる。人間の暗くデリケートな部分を人一倍強く意識してて、でもとてもナイーブ。

 だからあの子は“人間ではない人間に近いモノ”を求めてるように見えるわね」


 また難解な話が始まったわと緑初が息をついた。萌黄の話は難しくて半分以上分からない、と口を尖らせるのを赤月がまぁまぁと宥める。


「あの子きっと、天使より悪魔を、英雄より悪役に魅力を感じるタイプ。秩序とか正義といった公正の塊より、少しでも本能を見せた“人間より人間臭い”タイプが好きなのね。

 背徳によって得る安心感、快感。“いけないこと”をしているという罪の意識が、甘く蝕んでいる。それを美しくさえ感じる、アダムとイヴの禁忌でさえも賞美してしまうような、特殊な精神ね。

 ま、霧黒とは合うんじゃないの」


 最後の最後に投げやりな纏め方をした萌黄を、ソファに腰掛けている白異が見上げた。


「驚いた。いつから人間のメンタルケアもするようになったんだ?」


 萌黄はあは、と笑む。


「違うわよ、白異。あたしがしたのは“もうすぐ人間じゃなくなる”女の子のメンタルケア。人間じゃないわ。専門は変えてないもの」


 バタン、と部屋の外で派手な音が響いた。一瞬で部屋の空気が緊迫する。誰かに会話を聞かれたのだろうか。


 キィ、と開いた扉から重たいブーツの音を響かせながら中に入って来たのは、青い短髪の男だった。


「なんだ、()()かー。あーびっくりした」


 赤月が大袈裟に胸を撫で下ろしてみせる。だが笞刺と呼ばれた男は険しい顔で無表情だった。


「それで? 俺達の話を盗み聞きしてたのは何処のネズミ?」


 目を細め全て見通しながら笑んだ赤月に、笞刺は廊下を親指で無造作に示す。それから霧黒を見て不機嫌そうに口を開いた。


「あんたの客だ。“棺”の“医者”だよ」


 うわ、と蠱墨が呻いて流麗な眉を顰めた。


「……霧黒様の命令、逆らったんだね……」


「殺しますか?」


 失墨と蠱墨が霧黒の両側から冷酷な表情で進み出た。クス、と笑んで霧黒は頬杖をつく。


「お通ししなさい。何か大切な話を持って来たのかもしれないでしょう? 私の──夜には部屋を訪れるなという──“お願い”を踏みにじってまでのものを」


 双子は即座に部屋を突っ切り、扉の外で腰を抜かしている男をとても少年とは思えない力で連れて来た。扉を閉め、二人は男を両側から押さえつけて跪かせる。


「──それで」


 霧黒がうっすらと笑みを唇に刻んで言う。


「何の御用ですか?」


 口は笑んでいるのにその目は決して笑んでいない霧黒に、男は押さえつけられて身動きできないでいるのにも関わらずブルブルと震えた。


「……オ、オーナー、が……」


 恐怖のあまり声を出せないのか、空気のような音だった。


「夜に……あんた達が何してるか、調べて来て欲しいって……」


「こいつ馬鹿? そんなことまで言って、生きて帰すと思ってんの?」


 緑初が吐き捨てるように言った。赤月が彼女の黒髪を一房手に取って唇を寄せながらそれを宥める。


「こらこら俺の赤ずきん。人間は同族を売るものだって教えたろ?」


「“売られた側”にしか分かんないことだってあるのよ、赤月。貴方じゃなかったら、あの時もう死んでた」


「可愛いなぁ、俺の赤ずきんは」


 人目を憚らず抱き合う二人を余所にして、霧黒は話を進めた。


「しかし厄介ですねぇ。あのオーナーは全く人を見る目がない」


「……同族にするのも嫌だがね」


 白異が呟く。失墨がそれに反応して霧黒を見た。


「……要らないなら僕が欲しい……」


 ええっ、と蠱墨が顔をしかめる。


「また変なコレクションが増えるの? 勘弁してよー、あそこ蝋人形館みたいで僕は好きじゃないんだよ」


「……でも、器の置き場がないと困る……」


「そんなんじゃ器しか愛せなくなるよ?」


 珍しく失墨がムッとした表情を浮かべた。お、と蠱墨が目を丸くする。


「何? 好きな子でも出来たの?」


「彼女は駄目ですよ、失墨。あれほどまでに人脈の広い者は喰らわずに甘いお菓子をあげて泳がせておくのが良いのです。

 私に紫音さんを見付けさせたように」


 失墨が残念そうに息をつく。蠱墨がその肩を男越しに叩いた。


「そう、しかし……そう考えればオーナーがいないと御友人も妹さんもやって来ないでしょう。万が一にでも彼女を諦めなければならなくなった場合のためにオーナーには生きていて貰わなければ」


 クス、とまたも霧黒は笑う。そしてまだ震えている男を見ると宣告した。


「今夜、貴方をどうこうはしません。オーナーの所に戻り、私達が談笑していた事実をお伝えなさい。内容は、そう──恋の話とでも。

 決して自らの身に災厄が降りかかるような言葉は使わないことですね」


「……このまま帰すんですか?」


 蠱墨がそれは賢明ではないと言った表情を浮かべて霧黒に問うた。


「ええ。さぁ、お客様のお帰りですよ」


 笞刺が双子の間から腕を伸ばし、男の服の襟をひっつかんで外へ引き摺って行った。それを見送り、良かったんですか、と蠱墨が霧黒へ視線を向ける。


「彼を殺せば彼を来させたオーナーも手にかけなければならないでしょう? そうなれば私達はお尋ね者ですよ。

 調べれば歳を取らない私達の過去が何百年も前から発掘されてしまうかもしれない……それだけは蠱墨、貴方だって嫌でしょう」


 不服そうにしながらも、それはそうですけど、と蠱墨は頷いた。


「紫音さんが薔薇の浸食を受け入れて下されば、近い内にあちらへ戻れますし、此処にいる理由もなくなります。そうすれば万事上手く行くのですよ」


 霧黒に諭され、蠱墨は渋々承認する。その後、笞刺を手伝うために双子は部屋を出て行き、笞刺は重たいブーツの音をさせながら戻って来た。


「……けど最終的には殺すんだろ?」


 意地の悪いことを考えている時の顔で、緑初を抱き締めたままの赤月が霧黒に訊いた。


「ええ。彼は勘違いしているでしょうが、確かに私達は“人間”としての生を終わらせ、秘密を知られれば息の根を止めて来ましたからね」


 いやー、と赤月は直立不動の笞刺を見上げる。


「流石は元“ハンター”だな。三百年前もそれくらい速かったら俺も仕留めて童話通りだったのに。なぁ、ヴィルヘルム?」


「……その名は捨てた。もう呼ぶな」


 笞刺が赤月を睨む。赤月は肩をすくめた。


「仕様がないだろう。人間と我らでは、違う」


 白異が何でもないことのように言う。緑初が目を閉じて赤月にもたれかかった。


「俺の赤ずきんは甘えん坊だねぇ。

 まぁお前の目的は彼女を守ることだから俺と一緒だろ? 仲良くしようぜ」


 笞刺は、ふんっと鼻を鳴らし(きびす)をめぐらせて乱暴に部屋を出て行った。あーあ、と萌黄が呆れたように笑う。


「俺が同族にしたこと、まだ怒ってんのかなぁ?」


「生かされちゃったもんだから自分が情けないのよ。男の子ってどうして生かされたことをラッキーって思えないのかしらね」


「女性と男性では守るべき対象が少しずつ違うということだ、萌黄」


 白異の言葉に萌黄は、分かんないと返す。キャラメル色の柔らかい自身の髪を指でくるくると弄び、萌黄は壁にかけられた時計を見て声をあげる。


「日付変わったわよ」


 それと同時に霧黒のスマホからアラームが鳴る。それを止めて霧黒は立ち上がった。


「行くのか?」


「ええ。白異、車の運転お願いして良いですか?」


 分かった、と白異は立ち上がると黒いコートを羽織った。伸ばしっ放しの金髪がさらりと流れる。


「あ、霧黒様! 僕達も行きます!」


 戻って来た蠱墨が慌てて言った。隣で失墨が頷く。


「なぁなぁ、その“紫音ちゃん”に俺のこと紹介しといてな」


 赤月が緑初を抱き締めながらニコニコと言う。おや、と霧黒は足を止めて笑んだ。


「もう紹介しましたよ。貴方の名前は出しませんでしたが『童話の森』で真実を教えましたから。貴方が緑初を見初めた時の話を、ね」


「サンキュ。気を付けて行って来いよ」


 赤月と霧黒はお互い腹の内を探るように笑んだ。赤月はこれから口にする言葉を、霧黒は予想した言葉を、それぞれ想って。


「ローズベルト様」




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