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妖精令嬢の恋 なろう版  作者: 小菊
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『ねぇ、あの子お父様とお母様と全く似ていないのね。』


やめて。そんなのよくわかってる。

私だけが父親にも母親にも似ないで、異国の血が多く出ている外見なのは…。



『まるで取りかえっ子みたい!』



本当にその通りだ。私は子供のような見た目で出来そこないの混血児で…。

曾祖母は向こうではお姫様か何かだったらしいが、異国に行けばただの野蛮な外国人でしかないのだ。


私はいつまでもここにいる限り野蛮な外国人なんだ。

それが、心に身体にまとわりつく。身分があっても私はどこに行ってもバカにされる。

使用人ですらそうだ。


あの日お茶会に行ってから私は貴族としての役割を全て放棄した。

誰とも知り合いを作らずひっそりと生きていくつもりで。


父親とジェイクは私に結婚させたいようで躍起になっていたが、そんな望みなどない。

ただ、贅沢なんていらないひっそりと慎ましく生きたい。

誰からも差別されずに。



頭が重い…。何も考えたくもない…。


私に行ける場所なんてどこにもないんだ。



「あ…。」



底無し沼に全身を捕らわれたような身体の重さのまま私の目は覚めた。

縫い付けられたようなまぶたをこじ開けて目に入ったのは見覚えのない天井だった。


「起きたか…?」


そう声をかけてきたのは先程、謎の求婚をしてきた男性だった。

どうやら付き添ってくれていたようだ。


未婚の男女が一室に居るのはどうかと思うのだが…。

と、思いかけて女性の使用人も傍らに控えているのに気がつく。



「あ、あの…。」



ここはどこですか?貴方は誰ですか?と聞く前に彼は答えてくれた。


「俺はクロヴィス。あの後すぐに君は気絶して、ここは俺の屋敷だ。君の異母兄にはそのまま宿泊して貰っている。」


「そう、ですか。申し訳ありません。私のような者にそのような慈悲など…。」


『無用です。』と最後まで言わせて貰えなかった。

というよりも言えなかった。


「その、本当に申し訳ない事をしてしまった…。」


そう言いながらクロヴィスは深々と私に頭を下げたのだ。

突然の事で私は絶句してそのまま固まってしまった。


今まで生きてきて親しくない者からの『言葉だけ』の謝罪ならいくらでも受け取った事はあった。

けれど、心の底からの謝罪は初めて受け取ったのだ。

しかも、自分よりも上位貴族に…。


あの、お茶会で心無いことを言った女の子は下位貴族だったが、私の外見を見て彼女やその両親は苦笑して謝りもしなかった。


それを考えるとこの人は、恐らく人としてはマトモな分類のように思えた。


貴族としては問題があるけれど。

彼のような人がそう簡単に謝ってはいけない。


「あ…。あの。」


「二年前。俺が君を子供だと思い込んで摘まみ出して以来どこにも出たことがなかったそうだね?」


クロヴィスはなぜか私に彼にとって本来ならとるに足らない事を聞いてきた。


「は、はい。」


「王立学園にも通っていなかったそうだね?」


別に関係のないことなのになぜそこまでこだわるのだろう?

本当は答えたくもないけれど、相手が相手なので答えるしかない。


「は、はい。」


「俺は本当にあの時、君の事を知らなかった。ところで、君は異国の血が混じっているそうだね?」


クロヴィスは私の核心部分に触れた。

一番触れてほしくない場所に。

だから、やはり結婚は諦めてくれないかと言いたいのだろうか?

そもそもそんなものに夢など持っていないのに。


「…。はい。」


「その事を咎めるつもりは一切ない。そもそも、俺は君の生まれを貶めるつもりなど一切ない。『何も知らない』から主催である自分が、君を社交界から閉め出すような発言をしたことを本当に申し訳なく思っている。」


そう言いながら彼の目は伏せられた。


そもそも、彼に落ち度はないはずだ、挨拶を済ませていなかった私達がいけないのに…。


初対面の時と全くの別人だ。

『子供』という理由で、見苦しい異国人を会場から追い出したのだとあれからしばらくして私は思っていた。

彼の事を合理的な嫌味な貴族かと思っていたが、とても、誠実そうな人柄のように見える。


私などに気を使う必要なんてないのに。


「い、いえ。私にそのような事をしなくても。」


「俺のせいで君は結婚相手を見つける事も、外に出ることすらしなくなった。あの時、とても怖い思いをさせてしまったのだろう?」


申し訳なさそうに目を伏せる姿は獰猛な犬が、飼い慣らされて叱られて途方にくれているように見える。

シュンとしてなんだか情けない。


あの時の剣幕は一体なんだったのだろう?


「あの時は当主になったばかりであれを成功させることにかなり気負っていた。君の事を見て子供なのに興味本位でこっそり忍び込んで来たのだと俺は思ったんだ。」


あの時の言い訳をしているというのに、私はクロヴィスへの好感度がかえって上がっていた。

二年も前の事なのに、彼なりに気にしていたのだろう。摘まみ出された後どうなったのか私はわからないけれど。

その後、大慌てで謝ろうとしたのだと思う。

あの手紙は読んでいないが恐らく謝罪が幾重にも書かれていたかもしれない。


二度と会うこともないからと怖くて手紙を開けなかった事が恨めしい。

考えてみれば彼の屋敷の使用人は、私を見ても顔をしかめるような事をしなかった。

それは、当主の人柄が反映していたからかもしれない。


貴族として問題だが素直な性分なのだろう。


「後から別の貴族に君が社交界デビューしたばかりの令嬢だと聞いて。その、手紙を書いたのだが…。」


クロヴィスは言いにくそうに私に聞いてきたのは、返事はいらないと言った手前もあるのだろう。

本当は返事が欲しくて仕方なかったのかもしれない。

だから、二年も経った今私を呼び出したのだろう。


「あれでしょうか…?申し訳ありません。読んではないのです。」


「なぜ…!?」


「あ、あれには、再び私を咎める内容の物が書かれているのだと思っていました。もう、社交界から追放されたので二度と会うこともないと思ったので読みませんでした。」


あの時に思った事を素直に言えたのは、何となくクロヴィスなら怒りはしないと思ったからだ。

でも、やはり苦手意識はついて回り伺うように彼を見てしまう。


「そう、だったのか。だから、社交界にも顔を出さずに縁談話の依頼もなかったのか…。」


「はい…?」


そこまでするつもりだったのか…。

私はてっきり謝って終わりだと思っていた。


「あれには君への謝罪と名誉回復に勤めるけれど。もしも、縁談相手が見付からなければ誰か相手を見繕うつもりだと書いてあったのだ。」


「え…?」


このまでのやり取りで何となく人柄はわかったので、そこまで本当にするつもりだったのがなぜか納得できた。


この人…。凄くいい人だ…!


きっと、ジェイクよりもずっと。


「さすがに、殿下や俺よりも格上の貴族との縁談は難しいが…。」


恐らくまだ、私の『いい』という相手が居たらその相手と縁談を組むつもりなのだろう。


なんだろう、凄く怖い。


私がじゃない、縁談を組まされる相手がだ。

そんなの絶対に断れないじゃないか。

たぶんクロヴィスは無自覚で善意のつもりでやってる。


恐ろしい男だ。



「そんな事望んでいません。もう今さらですし。その、修道院に行くつもりですから。私はこのような見た目ですから。その、いいという相手も居ませんし。」


とにかく結婚なんてしたくなくて断ると、クロヴィスは負けじと私の顔にグイッと顔を近づけた。


「そんな事言わないでくれ。やはり、君に酷いことをした俺では嫌か?」


あ、そうだ。

パーティーで求婚されたことを今さらながら思い出した。

色々ありすぎて頭の中はゴチャゴチャで整理したい。


もしかして、私が結婚する意思がない事に責任を感じてあんなことをしたのかしら?

責任感の強い人だから十分に有り得る。


やっぱり恐ろしい人だ。


「なぜ私なんかを?」


「あんなことをした責任感は少しだけあるが、何となく君とならうまくやっていけそうな気がしたからだ。」


意外というか、なんというか彼と共通するところは同じ人間という部分だけなのになぜそう思ったのだろうか?


「私は貴族としての役割を果たすことができません。もっと、良い相手が居ますでしょう?」


クロヴィスの公爵家はたくさんの事業をしているのは知っているが、歴史のある貴族でパーティーの主催をしたりと色々とすることは多いはずだ。

私などに務まるはずがない。


「貴族の世界でならそうだな。俺の話を知っているか?」


クロヴィスは…。


ジェイクより二つ上だと聞いた。

確かあのパーティーの前に両親が『事故』で亡くなって彼が継いだと聞いた。

それから、実は借金で首が回らない状態の公爵家が持ち直し豊かになったと…。

それは、人種や国籍や身分なども問わずに優秀な人材を雇いアドバイスを貰いながらやり遂げたと聞いた。


それを知ったのは奇しくもパーティーの後で、ある意味絶望した。

彼にならどこかで雇って貰えると微かに期待をしていたからだ。


確かに、彼なら私と結婚を躊躇う事などないかもしれない。


「はい…。」


「『優秀な人材に身分や国など関係ない』そう謳った本人が一番してはいけない事をした。君に何度も謝りに屋敷に行こうとしたが周囲に止められて…。」


確かにグイグイくる彼ならあの時の私だったら恐慌状態に陥りそうな気がした…。

二年間、人と会うのが怖くて屋敷から一歩も出ることが出来なかった。


「俺と会って『再び恐ろしい思いをさせてどうする?』と怒られたのだ。」


「そうですか。私はあの事は気にしていません。あの、ですから結婚の話は聞かなかった事にしてもらえませんか?」


今ではクロヴィスの事は怖くないけれど、やはり結婚への夢は持てなかった。


「君が幸せな人生を歩める相手は俺しかきっといないと思う。」


けれど、彼は自信満々にそんなことを言い出す。


「なぜそう、言いきれますか。」


「そう、遠くない未来に貴族という制度はなくなるだろう。威張り散らしてなにもしない。役割りすら果たさない。そんな奴らは近いうちに泥水を啜ることになると俺は思ってる。」


彼の言うことはまことしやかに何年も前から言われている事だった。

だけど、何一つ変わりはしなかった。

それを期待していたけれど、結局私はずっと蔑まれて生きてきた。


世界は変わらない。


「そう、何年も前から言われていましたけど未だに何も変わってません。」


「そうだな。だけど、君はこの国にいる限り異国人だ。修道院に行ってもかわらない。どの道、差別されるよ。」


「…。」


何となくそんな気はしていた。

わかっていた。だけど、夢は持ちたかった。


「俺という庇護があれば少なくとも今よりは差別されない生活ができるぞ。」


「きっとそうですね。」


「俺じゃなくても他の相手でもいい。君は役割を果たしている貴族の庇護がなければ何もできない子供だ。大人になっていても。わかるだろう?」


「わかってます。」


私は貴族という後ろ楯がなければきっとどこかでのたれ死んでいるような存在だ。

よくわかっている。


「少しだけ時間をやる。答えは今すぐじゃなくていい。別に気になる相手が居るなら教えてくれ。倫理的な問題やその家自体に問題がなければ最大限の協力はするつもりだ。」


「はい。」


「あと、俺が出席するパーティーには必ず参加するように。」


クロヴィスは最後にそう付け加えた。

本当に私を結婚させる事を諦めていないようだった。


きっと二年前に私を傷つけた事に対しての贖罪のつもりなのだろう。だけど、今さらそんな事を言われても私にはすぐに頭を切り替える事はできない。


彼の見立てた相手は恐らく何の問題も無さそうだが、私と婚姻する事に対して申し訳なさがある。

クロヴィスの話を私一人なら断る事は簡単だが、問題は父親もジェイクも恐らくこの事を知ったら絶対にそれを阻止する気がする。


かといって今更結婚なんて…。


私は途方にくれることしか出来なかった。

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