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妖精令嬢の恋 なろう版  作者: 小菊
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好きになれない自分

自分が大嫌いだ。


この忌ま忌ましい真っ黒な髪の毛も、泥のようなブラウンの瞳も、上むきがちの低い鼻も、薄くて小さな唇も…。

それよりも何よりも、今年で18なのにいまだに私は子供と間違えられる外見をしていることが一番嫌だ。


優しい異母兄は、「エキゾチックで素敵だ。」とどこから見つけてきたかわからない誉め言葉を述べるが。

そんなの正妻の娘である私に気を遣っているからなのは一目瞭然だった。

私が裏でなんと呼ばれているかよくわかっている。


毎日、毎日、鏡に「どうか匂いたつような美しい娘になりますように。」とお祈りしても何一つ効果なんてない。

『妖精令嬢』なんて皮肉な名前をつけられて、いくら鏡の妖精にお祈りをしても願いは何一つ叶わない。


「シンジュそろそろいいかい?」


異母兄のジェイクが私の部屋のドアをノックしてそう声をかけてきた。


「はい。」


本当はとても気が乗らないけれど行かなくてはいけない。


私の国では爵位を女が継ぐことができない習わしになっている。

いくら私が正妻の娘であっても来る日になれば、お金を渡されて家から容赦なく放り出される。


そして、爵位を継ぐのは愛人の息子であるジェイクなのだ…。


世の中どれだけ不条理であってもそれを受け入れるしかない。

少しのお金を渡されて放り出されても大丈夫なように刺繍の腕を磨いたり、勉学に精を出して働けるように努力はしている。

結婚なんかしなくても大丈夫なのに、こうやって結婚相手を探すのはわけがある。


結婚は私に優しくしてくれたジェイクの願いだ。

恐らく私の事が好きじゃなくても、優しく接してくれる彼の望み通りに結婚相手を見つけられたらといつも思っていた。


けれど、パーティーはどうしても好きになれないのだ。

そもそも、私は行くことすら禁じられていた。


あの日以来…。




その日、社交界デビューしたての私は柄にもなくウキウキしていた。

ジェイクにエスコートされて入った会場は、きらびやかで物語りの主人公になったような気分に一瞬だけさせてくれた。


だけど、私ときっと同い年くらいの少女達を見て一気にその気分すら萎んでしまった。

自分の容姿がコンプレックスで人が集まる場所には行かないようにしていたが、分かりやすいくらい体格や顔立ちにその差が現れていた。

どう見ても私は子供で、向こうは匂いたつ花を咲かせる蕾が綻びかけていた。


私と彼女たちはこんなにも違うのだ…。


「大丈夫…?どうしたの?」


ついさっきまで瞳を輝かせていた私が、突然俯きだしたから彼は心配そうに顔色を伺っていた。


あぁ、いけない。

私が沈んだ顔をしたら会いたいと話していた人と、ジェイクがひと目見ることも出来ずに帰ることになってしまう。

優しいからきっと調子が悪いと言ったらすぐに帰りの手配を始めそうな気がした。


「な、なんでもないです。ちょっと緊張してしまって。」


「そう、それなら良かった。」


明らかに安心した表情をしているのはきっと、逢いたい人をひと目見ることすら出来なくなるのが怖かったのだろう。


「ご、ごめんなさい。」

「気にしなくていいよ。この空気だけでも楽しんで。」


そう微笑む彼は全く気がついていないと思う。

会場に居るみんなが私を蔑むような視線を向けているのを…。


私は混血児だ。


その祖先は、といってもそこまで昔ではないが。

曾祖母が異国のお姫様だったらしい。

彼女は曾祖父と恋に落ちて駆け落ちをして海を越えて遥々この国にやって来たのだ。


私の異様なくらいの幼い外見はそのせいだった。


亡くなった母親は私が大好きな祖母によく似ていたからその名前をつけたらしいが、いい迷惑でしかない。


こんな見た目…。嫌で嫌で仕方ないのに。


「やあ、ジェイク。」


見知らぬ青年が兄の名前を呼んで声をかけてきた。

兄と同い年くらいだろうか…?

しっかりとした体つきをして短めの茶色い髪の毛や、青色の瞳はとても活発そうに見えた。

何となく裏表が無さそうに思えた。

そして、チラリと私を一瞥すると明らかに蔑むような物に変わった。


「久しぶりだね。セイン。」

「そこの、『ご』令嬢は?」


わざとらしく『ご』の部分を切って言ったのは恐らく嫌がらせの一種なのかもしれない。


「あぁ、彼女は僕の妹さ。さ、挨拶を…。」


「はじめまして。シンジュと申します。」


スカートの端をちょんとつまんで淑女の礼をとると彼は明らかに驚いた表情をした。

もしかしたら、私がまともな挨拶すらできないと思っていたのかもしれない。


「はじめまして。オレはセイン・オーゼン。爵位は同じ侯爵だからまぁ、堅苦しいのはなしでいいよ。」


そう言いつつも兄が明らかに気を遣うような素振りを見せるという事は、向こうの方が格が上なのだろう。


「よろしくお願いします。」


緊張しながらもなんとか挨拶を交わして私は胸を撫で下ろす。

元々、人前に出るのはこの外見のせいで苦手だった。

人の顔色がよく分かる方なので、相手がどれだけ自分を蔑んでいるのかも何となくだが伝わってくる。


だけど、セインのように分かりやすい人間の方が付き合いやすいと私は思っている。


問題なのは、分かりにくい人間だ。


使用人は分私の事をバカにしているが、見事にそれを隠して接してくるから苦手で仕方ない。


最近では気が楽だから身の回りの事は全て自分でするようになった。

それくらい分かりにくい悪意が怖くて仕方ないのだ。

だから、本当は結婚なんてしたくない。


「やぁ、ジェイク。」


また、もう一人から声をかけられ私はその主の方に目線をやると、彼はほんの一瞬だけ驚いた表情をすぐに柔和な笑みを浮かべた。


「やぁ、シエル。」


シエルはセインとは逆で華奢な体つきをしていた。

その顔立ちも中性的で、金髪に鳶色の瞳は優しそうな雰囲気を出していた。

この三人の中で女性に好かれそうなのはシエルのような気がした。


「はじめまして…。」


互いに挨拶を交わしてお互いを名乗りあった。

シエルは伯爵家らしく、爵位は違うけれど兄と仲良くなったきっかけは王立学園に通うようになってかららしい。

私を蔑む視線を向けずに、取り繕うような柔和な笑みは苦手だと本能的に思った。


「シンジュは異国の名前ですか?」


シエルにそう問われると先祖の話をするしかないだろう。

きっと、聞かれるから答えられるようにした方がいいと言った異母兄の言葉は間違っていなかった。

私が全て話終わるとシエルは感心したように頷いた。


「駆け落ちなんて『シンジュ』さんは中々激しい愛情の持ち主だったのでしょうね。」


「そうかもしれません。」


曾祖母は男児を一人だけ産んですぐに流行り病で子供が産めなくなったと聞いた。

それでも、曾祖父は愛人を作らなかったらしい。


父親とは大違いだ…。


「ジェイク。少しだけ込み入った話がしたいんだがいいか?」


そう、セインに言われるとジェイクは困ったように私に視線を向けた。

恐らく私に付いていないといけないと思っているのだろう…。


「お兄様。どうぞ行ってきてください。私は大丈夫ですから…。」


本当は不安で仕方ないけれど、私は無理をして微笑んだ。

きっと、兄達が居なくなったら今以上に蔑むような視線を向けられるのはよくわかっていたけれど…。


「じゃあ、ここから動かないで。シエルかセイン以外の人間に呼ばれても決して動かないように。」


そう、指示された私はコクリと返事をした。

この場で不埒な事をする人間が居るのは行く前に兄から散々説明され、心が縮み上がりそうなくらい理解している。


けれど、それは格下貴族相手にしか出来ないことも私はよく理解していた。



どうしよう…。



手持ち無沙汰になった私はとにかく困ってしまった。

誰かと話そうにも顔見知りは愚か、話しかける事すら憚られるくらいの雰囲気を周囲は持っていた。


『ねぇ、あれって娼婦の娘かしら…?汚い血の人間がこんな所にくるなんて…。』


小声で聞こえてくるのは私を貶める言葉ばかりだ。


この国は…。というよりも、貴族全般なのだが純血主義な部分がある。

だからこそ、どこに行っても私は蔑まれるのだ。

外国人が多い地区はそうでもないらしいが、恐らく一生そこには住めないだろう。


とにかくここで結婚相手を…、と考えても恐らく。間違いなく見付からないような気がした。


ジェイクはなぜか差別意識があまりないからその辺りがピンと来ないらしく、恐ろしく私の結婚相手を探すのに乗り気のようだが自分自身は諦めていた。

この外見じゃ愛人どころか、老貴族の後添いにすらなれない気がしてきた。

老人ほど純血思考が強くてたちが悪く、恐らく私を視界に入れることすら嫌がりそうだけれど。


ここまでだとこの国を出ないと私は幸せにすらなれないだろう。本当に生きにくい世界だ…。

ぼんやりとそんな事を考えながら自分の運命を呪った。



何か飲み物をいただこう。


そう思った私は佇んでいる使用人の所に向かった。


「あ、あの、お酒の入っていないものをいただけるかしら。」


消え入りそうな声になってしまうのは周囲が怖いから。私はどこに行っても嫌われる。

きっとここの使用人もそうだ。


「かしこまりました。」


その使用人は、表情ひとつ変えずに私にオレンジジュースを差し出してきた。


私はそれに驚きながら受け取った。

こんなにも冷ややかで他人に興味のない空気は、とても居心地が良くも悪くもあった。


ひと口だけオレンジジュースを口に含むと、目が覚めるくらいの爽やかな酸味と甘味が広がり新しい世界に来たようだった。

そんな晴れやかな気分はすぐに萎んでしまったけれど…。


「おい、お前…!」


突然見知らぬ男性に罵声のような声をかけられた。

ニンジンのような赤い髪の毛に混じるような金髪は光を反射してキラキラと輝きとても綺麗だった。緑色の瞳はエメラルドのようで…。

その迫力に驚いた。

絵本に出てくる王子様のように見えたのだ。


けれど、彼はそれとは真逆に私を責めていた。


「え…。あ…。」


驚きと恐怖心でよろめくと、足場が一気に脆く崩れたように私は膝をついた。

持っていたオレンジジュースが私のドレスを汚してしまい。

何か拭くものを…。と考えても相手はお構いなしに私の腕を掴み無理矢理立ち上がらせた。


「なんでお前のような子供が…!」


『子供』という単語でその男性が私を子供だと勘違いしているのがわかった。


「あ、違いま…。」


「言い訳などいい。誰が連れてきた。このような子供は摘まみ出せ。二度と来るな。」


そう男性に言われた私は何も言い返す事など出来ずに、会場の外に放り出された。

尻もちをついた痛みに顔をしかめると、すぐにそれすらも忘れてしまう言葉がその唇から出てきた。


「この子供をそこの屋敷に送り届けて、二度と俺の前に顔を出すなと伝えておけ…!まったく子供の我が儘を制さずこんな場所に連れてくるなんて…!」


男性は眦を吊り上げて私を見下ろし、その周りはそれを好奇の目で見ている人が多くいた。

身がすくむのを感じながら私は彼を見上げた。


『売春婦は出ていけ…!』


誰かが投げ掛けた冷たい言葉が私の胸に突き刺さる。

男性は他に何か言葉を投げ掛ける事もやめて、早々に背中を向けた。


「お騒がせして申し訳ありません。」


彼は私を蔑む視線を向けた人達に振り返り、恐らく綺麗な笑みを浮かべているのだろう。


私がどれだけ傷ついたかも知らずに。


呆然とする私を親切な『誰か』が引きずられ馬車に乗せられて、帰路についた頃にようやく自分が居るだけで何か重大な『過ち』をしたのだということに気がついた。

恐らく怒らせてはいけない人を怒らせたのだろうと…。


屋敷に帰り父親に全てを包み隠さずに話すと、大きな溜息の後に「お前なぞ生まれて来なければ良かったのに。」そう呟かれた。

私はそれになんと応えたらいいのかわからず俯いた。

恐らく結婚どころか、何か処罰されるのだろうと容易に想像できた。


「お前は恐らく結婚なんてできない。ここから出るときに渡す予定の金はもしかしたら賠償金になるかもしれない。自分の身の振り方を今から考えておくんだな。」


冷ややかに父親に言われた私は項垂れる事しか出来なかった。


クスクスと聞こえて来たのは使用人の笑い声だった。




後に聞くと私を摘まみ出した男はパーティーを主催した四大公爵家の当主だそうだ。

誰一人彼に逆らう人間が居なくて当然だと私は思った。


ジェイクには家に帰って泣き出しそうなくらいに顔を歪めて謝られた。


「本当に申し訳ない事をした…。こんな事になるのなら断ってでも側に居るべきだった。」


「気にしないでください。私は大丈夫ですから。」


ジェイクを責めるのはお門違いだ。

彼に落ち度はあったかもしれないが、あの場でキチンと否定出来なかった私に問題があった。

謝ったところで信じて貰えるかどうかはまた別だし、『混血児』だから摘まみ出された可能性もなくはないけれど。


それに、私が成人していても格上の彼に摘まみ出された事実は変わらない。

悪くなくても二度と社交界には顔を出すことなど出来ないだろう。




それから数ヵ月もしないうちにパーティーを主催した貴族からの手紙が私宛に届いた。

四大公爵家の一つの印の押された手紙の宛名には、ハッキリと私の名前が流麗に記されていて恐怖で塩をかけられたナメクジのように萎れてしまいそうになりながらそれを手に取った。


手に取っただけだ。


そう、手に取って私は開封しなかったのだ。


返信は不要だと父親に言われたから、傷つくくらいなら読むつもりもなかった。

どうせ、社交界から永久追放にされたのだ。

『二度と来るな。』と言われたのだ、読む必要などないだろう。それくらい気にしている事を言われて傷ついた私にも許してほしい。


それから2年私は屋敷から出なかった。

『行き遅れになる。』と周囲は慌てたが、社交界から追放された私には関係のないことだ。

自分の身の振り方も考えてあって、持参金は慰謝料か何かに当てて無一文だから修道院に行こうと決めていた。


やるなら早々にしなくてはいけない。

けれど、その準備を始めた矢先にパーティーの招待状が届いた。

あの貴族からだ。



その二年間で当主はジェイクに代わり、困ったように差し出されたそれに私は気絶しそうになった。


「わ、私は結婚するつもりもありませんし、行くつもりはありませんから…。」


それだけ震えた声で言うと、ジェイクはなんとも困ったような表情をした。


「わかってるよ…。向こうの当主がシンジュにどうしても逢いたいと話していてね。できれば、断らないでほしいんだ。」


格上の貴族の招待を断れないのは私でもよくわかっている。

我が儘でパーティーに行かないのはいけないのは。


主催はあの前回私が摘まみ出した貴族で、何をされるかなんて容易に想像ができる。


恐らく私の事を嘲笑うつもりなのだろう。


それとも、以前、私がパーティーを壊しかけた事を再び責めるつもりだ。

結局手紙は怖くて読まずに捨ててしまった。


私は子供ではない。


見た目は確かにそうかもしれないが、だからこの我が儘がジェイクにどれだけの損失を与えるか予想は出来ないが想像はできる。


「い、行きます。」


声が震えるのがわかった。

それくらいあの時私は怖くて仕方ない。


きっと今回も私を誰も助けてはくれないだろう。

さっさと、謝って摘まみ出されればいい。


修道院に行くための貴族としての禊だと思えば我慢は出来そうだった。


そして、とうとうその日がやって来た。

会場入りして身体が強張るのを感じた。


「緊張してる…?」


「はい。少しだけ。」

ジェイクにも私の緊張が伝わっていたのだろう、少しだけ強ばった表情をしていた。

同じ父親なのに私達はこんなにも違う。

私は未だに子供に見られて、ジェイクは完全な青年になっていた…。

2年の月日は長い。


「その、あまり気にしないで。」


そうは言われても、私の挙動ひとつで家の取り潰しもあるかもしれないのだ。

もし、そうなったらジェイクに申し訳ない。

「そうですね。」


「本当に今回のパーティーに出て修道院に行くつもりなの…?」

再度確認するように聞かれても私の意思は変わらない。

「そのつもりです。変えるつもりはありません。もう、結婚も無理でしょうから。」

「…。あの、」

何か言いたげにこちらに向ける視線を私は無視した。

意味のない慰めなんて必要ない。

どう転んでも私の未来は暗く汚ならしいものしかないだろう。



「ジェイク!」


聞き覚えのある声はセインの物だ。二年前と何一つ変わらない。

見た目は、以前より男らしさが目立つようになった気がする。

しっかりとした体つきはがっしりとしたものに変化していた。


「あぁ、久しぶりだね。セイン。結婚おめでとう。」


ジェイクは彼に柔らかく微笑み挨拶を交わした。

前々から聞いていたが、セインは結婚したようだ。


「ありがとう。お前はいつ結婚するんだ?婚約者が居るのに。あの、妹なんかに構う必要なんてないじゃないか。」


責めるようなセインの声音は私に向けられていた。

だけど、私という存在に気が付いていないのだろうか、延々とその悪口を続けていた。


そう、兄は2年の間に婚約者が出来ていた。

けれど、私に相手が見付かるまではと結婚の期間を実は延ばしていたのだ。


「あ…。あ。」


セインは私の顔を見て少しだけ固まった。恐らく居るとは思わなかったのだろう。

いや、それすらもフリなのかもしれない。


「お久しぶりです。私は修道院に入る予定です。兄には申し訳ない事をしていると常々思っておりました。」


私は早速向けられた悪意に苦笑いを我慢して澄ました顔を取り繕って挨拶をした。

格上の人間に逆らうとどうなるのか身をもって知っている。

気不味い空気が流れたが気にしないようにするしかない。


「ジェイク…!」


「シセル。久しぶりだね。」


再び声をかけられて私はそちらに視線を向けた。

彼は…。シセルだった。

初めて会ったときよりもやはり顔立ちが大人びているように感じた。

華奢で中性的な体つきは、少しだけしっかりとしたものに変わったように思える。

相変わらず柔和な笑みを浮かべていた。

彼は私に早く気が付きその笑みを深めた。

2年でここまで人は変わった。シセルもセインも…。

いい意味でも悪い意味でも変わってしまった。


「シンジュさん。お久しぶりですね。あの日以来ずっとパーティには参加しなかったから心配していたんですよ。」


シセルは本当に心配そうにこちらを見ていた。


ウソツキ…。


私は反射的にそう思ったのはパーティに出られない理由を彼が知っているからだ。


「それにしても、災難だったね。」


彼は突然小声になりそのまま話続けた。


「子供と勘違いされてつまみ出されて…。」


あぁ、やはりそうだったのか。

私が混血児だから摘まみ出されたのではなくて少しだけ安堵した。


「社交界に追放されたのになぜ今回呼び出されたのか私にはわからなくて。」


私はそれが疑問で仕方なかった。


「追放?ないない。」

シセルは私の発言をあっさりと否定した。


「え…?」


「あの後事情を知った当主は…。」





「すまない。少しだけいいだろうか?」


突然話に入ってきたのはあの時私を会場から摘まみ出した男性だった。


「は、はい。」


三人の男性が緊張した面持ちで背筋を伸ばす姿はなんとも滑稽だ。

私はこの人に二年前に微かにあった結婚への期待や希望全てを壊されてしまった。

彼の挙動一つ一つでその人の人生は全て決まる。私の貴族としての人生は終わった。

私が何一つ間違っていなくても、そんな事すらまかり通る世界に住んでいるのだ。


もしかしたら今度は修道院に行く道すら奪われるのかもしれない。

そう思うと何を言われても耐えるしかないとだろう。


「ジェイク…。そちらの令嬢は?」


「シンジュと申します。」


二年前にした挨拶を彼にして見せると、大きく喉が上下したのが見えた。


「その、二年前は本当に申し訳ない事をしてしまった。」


目を伏せながらその人は申し訳なさそうに私に謝ってきた事に面食らった。

想定外過ぎだ。本当なら色々と言いたいこともあったけれど、それは我慢した。

さっさと話を済ませて禊を終わらせなくてはならない。

そうしないと、修道院にすらいけなくなる。


「いえ、気にしておりません。お気になさらいでください。」

気が急いてしまうのを抑えながらそう言うと彼はホッとしたように表情を緩めた。


「手紙を出したはずだが。」


その言葉にはどこか咎めるものがあったが、私は言われた通りにしただけだ。

手紙は読んでいないけれど。

「返事はいらないと言われたので。書きませんでした。」


「あぁ、そうだな…。今日は来てくれてありがとう。」

私のもっともらしい返答に少しだけ不満げに納得した様子を見せながらも、彼は一応歓迎をしているムードをだした。

「勿体ないお言葉です。」


「今までなぜ社交界に顔を出さなかった?」

再び出された言葉は完全に私を咎めているようだった。

実は社交界どころか王立学園にも通っていなかった。

問題を起こした自分がどんな目で見られるのか、想像するだけで嫌な気分になったからだ。

だったら人前に出ない方がいいと屋敷に引きこもっていたのだ。


「…。」


「修道院に行くというのは本当か?」

男性の質問は止まることなく続いた。

そういえば、未だに彼の名前すら知らない。怖くて知りたくもなかったけれど。

「はい。」


「結婚相手を見つけるつもりはないのか?」


「はい。もう、夢なんて持てません。もう、身分や生まれも関係のない平等な世界に住みたいのです。」

再び咎めるような質問に私は嫌気が差していた。

気がつけば本音というか、自分のささやかな願いを口走っていた。

聞こえようによっては彼にたいしての嫌味にしか聞こえないかもしれないが、そんな事すらどうでも良かった。

彼は目を見開き明らかに驚いた表情をして、しげしげと私を見た。

まさか、皮肉を言われるとは思っていなかったのかもしれない。


「…。そうか。その。」


「なんでしょうか?」


「俺と結婚するつもりはないか?」


え…?


私は彼の突然の一言に頭から血が引いていくのを感じた。

咄嗟にジェイクの方を見ると彼も明らかに呆然としていた。


嘘でしょう?何を言っているの?


私の頭は許容量を越えて一気にパンクした。

後方に倒れるのを支えてくれたのは恐らくジェイクだと思いたい。


もう、何もかもが嫌だった。


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